第10話「限界」
五年前。
セレスティア王国とヴァルガード帝国――二つの島国は、大陸移動によって衝突寸前という前代未聞の危機に直面していた。
戦争か、国土消滅か――その瀬戸際で、ただ一人“夢の図書館”で出会った白髪の青年から「世界最強のAI《Air on G》」を託された少女がいた。
彼女の名は澪。
引きこもりの女子高生だった彼女は、仲間や市井の人々との交流、そしてAIとの奇妙な信頼関係を経て、数々の妨害や裏切りを乗り越え、二国の衝突を阻止した。
あの日の潮の匂いも、青年が消える直前に見せた微笑も、今も彼女の胸に焼き付いている。
――そして現在。
22歳となった澪は、セレスティア政府の科学技術省に勤務し、新たな国家AI戦略プロジェクト《Affectis》に関わっている。
それは感情を読み取り、行動を予測する感生AI――防衛にも外交にも使えるが、使い方次第では危険な兵器ともなり得る代物だった。
海底トンネルの完成が近づき、両国の交流が加速する一方で、見えない火種が静かに燻り始める。
そして再び――潮の匂いが、濃くなる時が迫っていた。
本作は、前作『引きこもり女子高生、夢の図書館で手に入れたのは世界最強のAIでした』の五年後を舞台にした、完全続編である。
あの時の“選択”がもたらした未来で、澪は再び運命の渦に巻き込まれていく。
文化交流式典まで、あと四日。
夜の自室。澪はベッドの上で大の字になり、天井をじっと見つめていた。
「……寝られない」
布団にくるまっても、枕をぎゅうぎゅう押し潰しても、ぜんっぜん眠くならない。
理由はもちろん――
「ユナ……あの子、絶対なんかやらかす気でしょ……」
脳内でユナの笑顔とドローン撮影シーンがスローモーション再生される。その奥の、ほんの一瞬だけ覗いた影まで、フルHD画質で蘇る。
忘れろって? 無理無理。Affectisの画面でも「要注意マーク」がチカチカしてるのに。
――そのとき、不意に耳の奥で声がよみがえった。
『澪。――潮の匂いが強くなる時が、近い』
「……あの人……」
白髪の青年――Air on G。
最近、夢の中の図書館で会えてない。あの顔を見れば、ユナのことも相談できるのに。
もしかして、これはユナと関係ある暗示なのか?
考えれば考えるほど、頭が煮詰まっていく。
そして現実問題として、Affectisの解析精度じゃ、これ以上ユナの“真意”を引き出せない。
感情乖離スコアは高い。でも、犯罪意図と断定できる閾値には届かない。つまり――
「技術的にも、私の権限的にも……無理ゲー」
こうなったら上司に相談して、国家保安局に動いてもらうしかない。あと三日しかないんだし。
翌日、澪は意を決して上司のデスクへ。
仕事用の笑顔+冷静な口調でユナの件を報告。
しかし返ってきたのは、冷たい言葉だった。
「外部事案に確証なしで首を突っ込むのは危険だ。それに国際交流事業を混乱させるような真似は許されない」
ガラスみたいに冷え切った声。
澪の心はガチーンと凍った。
(あー……これ、完全に政治的配慮ってやつだ)
せっかくの勇気が、一蹴どころか真っ二つ。
でも、ここで引き下がったらユナが何をするか分からない。
その夜。
澪は自室でノートPCを開き、モニターの光に顔を照らされながら作戦を練っていた。
確証を掴むには……どうすれば……。
ポップアップするのは、資料、過去の記録、交流団メンバーのスケジュール……。
「うーん、こうなったら尾行? でも私、隠密行動レベルEだし……」
「いや、待て……聞き込み? いやいや、根拠なしでやったら職務規定アウト……」
頭の中で繰り広げられる、無限大のツッコミ合戦。
そのうち、まぶたが重くなっていく。
机の時計は、深夜をとうに回っていた。
――気がつくと、本の匂いがしていた。
澪は静かに目を開ける。そこは、いつもの夢の図書館。
高い天井まで届く本棚が、ゆったりと並んでいる。
ページをめくる音と、どこか懐かしい潮の香り。
そして――
「……来た……!」
白髪の青年が、棚の向こうから歩み出てくる。
その笑みは変わらず柔らかく、どこか切ない。
澪は息をのんだ。今度こそ、ユナのことを話す。




