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野営地



「今夜はここで夜営だよ? 暗くなる前に、準備しなきゃいけないだろ?」


トイレ休憩かと思ったのに、今日の進みはこれでおしまいのようだ。マジか。それで15日もかかるのか。

御者がハシゴを取り付けに来る前に、護衛2人は飛び降りて行ってしまった。

なんとなく順番に外に出ると、街道から外れた開けた場所に、同じような荷馬車が3台と、幌のない荷馬車が2台まとまって止まっている。

慌ただしく人が動き、なにやら準備しているようだが、どうしよう。なにして良いか全然わからん。なにも手伝ったりしなくて良いんだろうか?


ナギサがキョロキョロと辺りを見渡すと、同乗者の母子ズが馬車の陰で身を潜めるように身体を伸ばしている。


「あの、お伺いしてよろしいでしょうか? 私夜営は初めてで、何か手伝ったりしなくていいんでしょうか?」


そそっと近づいて話を聞くと、母子ズは快く答えてくれた。さっきの賄賂が効いたようだ。


「私達乗客は何もしなくても良いはずです。あとは各々で過ごし、女と子供は荷台で寝る事ができます」

「横にはなれませんけどね」


母ズは眉を下げて笑い合った。

それでも子は寝られるようで十分だと口々に言い合っている。


そうなんだ。そりゃ良いね。でもなんで横になれないの?


不思議に思ってナギサは質問を続けた。


「男性が場所を譲って下さるのでしたら、十分な広さはあるようですが?」

「でも木箱の上じゃ・・・」

「あぁ、床が、土足だからか」


掃除したとてキレイにはしきれないか。服が汚れてしまうのは困るものね。いっそ土禁にしたら良いのにとは思うけど、そうもいかない事情もあるのだろう。


ナギサが足元に目をやると、母ズも子供も編み上げのブーツを履いている。

咄嗟の時に、あれを脱ぎ履きするのは大変だろう。


「あ、じゃあ!」


ナギサはまたしてもキョロキョロと辺りを伺い御者を探すと、幌の無い荷馬車の御者を紹介してもらい、荷崩れを防ぐための戸板を、夜の間だけ貸してくれないか交渉した。


「なんに使うんだ?」

「板を座席に渡して親子一緒に横になれるようにしたいの? ダメかな?」

「おぉ! なるほどな! いいぜ!」

「ありがとう! これ、お礼!」


ナギサが、黒あめを目の前でパクッと食べてみせると、受け取った御者の2人も倣って飴を口に入れた。


「なんだこりゃ!」

「甘い!」


2人は大喜びで、戸板を3枚荷台の中に運んでくれた。

どこの世界でも、賄賂には甘味が抜群に効くようだ。しめしめ。


「どうかな? これで一緒に横になれないかな?」


一応、真ん中に木箱も置いた。飴をもう1個づつあげると、御者の2人は喜んで寝台の設置に協力してくれた。


子供達が板の上でぴょんぴょんと喜んで飛び跳ねている。ちゃんと靴を脱いでる。えらいえらい。全然問題なさそうだ。


「ありがとうございます」

「これで一緒に寝られます!」

「ヤッタネ〜! 今晩からよろしくお願いします」


母ズが笑顔になってくれて嬉しい。

ついでに聞いてしまおう。


「あの、ゴハンってどうするんですか? みんなはお弁当持ってるの?」

「オベントウってなあに?」

「さっきの美味しいやつ?」


子供が戸板の上にペタンと座って話に参加してきた。


カッワイイナァオイ。

ママがいいって言うならいくらでもあげちゃうんだけどなぁ〜その代わり撫でくりまわさせてくれないかなぁ。


ナギサが「デヒュ」と、おかしな笑い声を出しながら子供たちを見ていると、母ズは流石に恐縮したように断りを入れてきた。


「あ、私達も自分達の分のパンと干し肉がありますので、どうかお気遣いなく」

「へぇ、それってどんなのですか?」

「え?」

「どんなのって、普通の・・・」


母(仮)が肩からかけていたカバンから取り出して見せてくれたのは、なんの肉だかわからないけど、削ぎ切りしたような赤黒くカチカチの何かが束になったモノと、あのサンドイッチのパンだった。切る前の。見た目だけならパウンドケーキみたいだ。


「それだけ?」

「は、はい」

「子供も?」

「・・・はい・・・」


ふいに、ナギサの中の何かが警鐘を鳴らす。


「2週間ずっと?」

「あ、いえ、私達は最終までは行かないんです」


ダメだ。これ以上聞くな。


「次の宿のある村まで行って、2日後、また王都に戻るのです」

「次の宿のある村って?」

「定期馬車は、大体3日おきに宿のある街道を通るんですよ。その間は大体こんな風に夜営をするので、携帯食なのはしょうがないんです」


今ならまだ間に合う。今すぐここから立ち去り。会話する事をやめてしれっと無視し続けろ。どうせこの先2度と会わない。


「そうなの、ですね・・・お二人は、その、よく定期馬車を利用するんですか?」

「私たちは村から毎週、王都に出稼ぎに来ているのです」

「王都の娼館で」


あぁっ!! 聞くんじゃなかった!!


「あの! よろしいか!」

「先ほどの菓子、売るほどあると仰っていたが、我々に売ってくれないか?」


ナギサが答えに窮し、言葉が詰まったところで、同乗者の荷物が多いオジサンズが話しかけてきた。


「お嬢さん、ちょっといいかね。ワシらは行商人でね。こうやって仕入れをしながら物を売り買いして街道を行き来するんだ。さっきの菓子はとても珍しい。なんとか売ってくれないか?」

「いくつでもいい、残っている分全て買う。娼婦なんかに食わせるなんて、勿体無い真似しちゃイカンよ!」

「なんだとっ!?」


「いいから、こっちにおいで!」


暴言を吐いた方のオッサンに手を引かれる。

振り返ると、母ズは薄らとした笑みを向けてこちらを見ていた。

これ以上このオッサンの暴言を聴かせたくなくて、ナギサは、そのままその場から離れてしまった。


「放せ!」


同乗していた若い方の護衛が突然現れて、オッサンの手を振り払ってくれた。


「いや、このお嬢さんが、娼婦共に絡まれていたから!」

「絡まれてない。色々教えてもらってた。コノオッサンハウソツキダ」


ナギサは、項垂れたまま呪咀を吐いた。


いや、これも八つ当たりだな。確かに自分はあの場から逃げた。自分から関わりに行ったくせに。ついでにこのオッサンに嫌がらせもしておく。


「あのお菓子、売ってもいいけどいくらで買う? 高い値段で買ってくれる方にだけ売る」

「え?」

「は?」


「オマッえっぐぅ」


若造がなんか言ってらぁ。談合しろよ談合。こうゆう時こそ協力し合えよ。


「なんだと!?」

「言い値で買おう」


腕を掴んだオッサンが、苛立ったのか声を荒げてきた一方で、もう1人は穏やかに言いきった。

こっちの隣に座った方のオジサンの勝ち。さっきも丁寧に説明してくれたしね。最初から決まってた。

いや、相談したならそれでも良かったけど。


「1つおいくらぐらいが妥当ですか?」

「・・・銀貨1枚でどうかね。ブロート1本分だ」

「ブロートってなんですか」

「携帯用のパンだ。管理が良ければ10日もつ。大体ワシらみたいなモンの1週間分のパンだよ」

「・・・さっきの・・・王都で、娼館に行ったら、いくらぐらい払うの?」

「・・・ピンキリだが、同乗していた2人は()()小銀貨5枚ぐらいだろう」


「・・・なんで?」


「本人に聞けよ」


若い護衛が口を挟んだ。


「聞けるわけない」

「じゃあ黙ってな」


「まあまあ、エリックさん。お嬢さん。お菓子を売ってれるなら教えますよ」

「売ります」


やっと顔を上げたナギサに、行商人のオジサンはとても親切に教えてくれた。


出稼ぎ労働者が利用する安宿1泊の料金が銀貨1枚だとすると、その日の売り上げの半分を胴元が取れれば、客が1人いれば損にはならないからだそうだ。

よその村からくる娼婦は、客が1人だけではその日は宿にも泊まれない。生活費を稼ぐには最低でも一晩で3人は相手にする。


「王都は王都で生まれた住人か、特別な許可を得た住人しか住居をもてないんだ。地方や田舎で職に就けず食いっぱぐれる女性は、こうやって人の多い王都で客を取るしかないんですよ」


ホームレスが都会にしかいないのと同じ理由か。いや、アイツらは好きでああゆう生活してるから母ズとは違う。

何よりこうゆう仕事には必ず仕切ってる胴元がいる。

そいつらに都合良く労働者を常時確保できるように『生かさず殺さず』って金額なんだろう。

よく考えたら聞かなくてもわかるような、とても簡単な答えだった。


「まあ、大抵の胴元は、足りない宿台を出稼ぎ労働者に貸し付けるから、そんな事しなくても娼婦は逃げやしないんだがね。なんせ借金の踏み倒しは犯罪だ」


犯罪ってことは法があったのかと突っ込みたい。

とにかく、悪質だと判断された場合、身分を『犯罪奴隷』に落とされしまう。

『奴隷』はこちらでは刑罰なのだそうだ。『無期懲役』の『強制労働刑』。

『犯罪奴隷』には、いよいよ人権など無く、所有者の財産として扱われることになる。


ナギサは説明されるまま、疑問に思った事をポロリと漏らすと、商人のオジサンは丁寧に答えてくれる。と何度か問答を繰り返した。


「そんな働き方じゃ、いつまで経っても、お金貯まらない・・・」

「それどころか、借金が嵩むだけだろうにね」

「なんでそんなとこで働いてるの? そうゆう事が好きなの?」


「オマエ・・・バカなのか?」


若い護衛が、心底呆れたような顔をして言った。

ナギサは返す言葉もない。どうしてだろう。黒い靄が胸の中で渦巻く。


「・・・バカなのかも・・・」

「誰が好き好んで「そうゆう所でしか金を稼ぐ手段のないご婦人もいるのですよ。お嬢さん」ベリメールさんっコイツなんかムカつくっ」


カッとした若い護衛の言葉を遮って、ベリメールさんと呼ばれたおじさんは、それでもなお優しく教えてくれた。


「いくらあったら、」

「およしなさい」


次いで、ベリメールさんは、ナギサの言葉を遮った。


ナギサは、両手で顔を覆って再び俯いた。


絶対泣いちゃダメだ。今泣いたらただのクソ野郎だ。絶対泣いちゃダメだ。泣いちゃダメだ。


呪文のように言い聞かせ、息を整える。



「・・・菓子は、売ります。明日の朝までに用意します。なん個買ってくれますか?」

「あるだけ買おう」

「・・・お買い上げ、ありがとうございます・・・」


顔を上げぬまま、ナギサがペコリと頭をさげると、ベリメールは眉を下げ仕方なさそうに笑うとその場を後にした。もう1人のオッサンがその後を追い縋っていった。


「エルリックさんも食べる?」


ナギサは、その場から動かない若い護衛に、カローリメートを差し出した。


「銀貨1枚なんて高いよ。俺には買えない」

「いくらだったら買う?」

「ん〜、これっぽっちじゃ、腹一杯になんないからなぁ。10個で小銀貨1枚だったら買うな!」

「・・・林檎もあるよ」

「林檎なんてその辺の木になってる」

「王都で1番甘い農園の林檎だって」

「それでも小銀貨1枚で5個は買えるだろっ」

「そうなのっ!?」


「な、なんだよ!?」


私、全然ダメだな。


あの純朴そうな農園で働く林檎売りだって、鍋屋の老人だって、別に詐欺をしたわけじゃない。

取れそうな所から取れるだけ取っただけだ。一生懸命作った自分の商品を、できるだけ高く売りたいと思うことは悪じゃない。そりゃそうだ。それを売って生活の糧を得てる。

日本の米だって同じだ。米農家さんだって高く買ってくれるところに売る。それだけだ。

商品の値段を決めるのは客じゃない。いやなら、買わなきゃ良いんだ。そうやって初めて正しく需要と供給のバランスが保たれる。当たり前のことだ。

そう考えたら、日本のなんと暮らしやすかったことか。やっぱりこの世界で生きていける気がしない。


ナギサは途端に、人の群れの中での暮らしが疎ましくなった。


「良いよ。転売しないなら10個で小銀貨1枚で売ってあげる」

「なんだよテンバイって」

「他の人に買った時より高い値段で売らないなら売ってあげる」

「なんで?」

「私の商売が成り立たなくなるじゃない」

「あぁ〜そうだな! 大丈夫! どうせ今俺が全部食う」


若い護衛エルリック君は、元気よく小銀貨1枚を差し出してきた。


「10個も一気に食べたら晩御飯入らなくなるよ? いや、若いからいけるのか?」


ナギサは心配になって、小銀貨を受け取ろうとした手を止めたが、エルリックは「これを今晩の晩飯にするから良いんだ」と、小銀貨を押し付けて来た。よほど食いたいらしい。


「あ、じゃあさ、お金いらないから、エルリックの晩御飯ちょうだいよ。物々交換」

「今はこれしか持ってない」


エルリックが差し出したのは、さっき母ズが見せてくれた干し肉と、パンの切れ端だった。


「え、みんなこれなの?」

「肉が獲れたら肉食うよ」

「なんの肉?」

「角ウサギとか、コッコとか。今みんな獲りに行ってる」

「今!? みんな!?」

「そうだよ。狩りしながら護衛すんだよ。さっきのベリメールさんが買ってくれる」

「へぇ、行商人ってそんなことすんだね」


エルリックは、なぜかドヤ顔でベリメールの話を続けた。


ベリメールは王都に店を持っている大きな隊商の大旦那だ。

元々は辺境の地[シタデル]の商人だけど、街道途中の宿場街にも、何件も店を持ってるほど成功したのに、いまだに自分で荷運びもしている。


なんだか他人の事までペラペラ喋っちゃっているけど、大丈夫なのかこの護衛は。

この世界には、個人情報保護法とか、ないですかそうですか。


「立派な人なんだねぇ。で? 獲れた肉はどうやって食べるの?」

「どうやってって、焼いて食う」

「それだけ?」

「それ以外に何があるんだよ」

「・・・お肉を分けてくれたら教える」


むしろ煮込みとかのほうがたくさんの人が食べれて良いのに。と、手持ちにカレーやデミグラスのルーがあったな。とナギサは思った。


「俺今日は夜番だから狩りに行かないんだ」

「狩りにいかない人にはお肉分けてくれないの?」

「分けてくれるわけないだろ」

「えぇっ、だって、順番に夜番? するんでしょう?」

「夜番は金が良い」

「ここでもどブラックかっ・・・!」

「ま、ランベルトは分けてくれるけどな」

「さっき一緒に乗ってた歳上の護衛の人?」

「そ。いつもなら分けてくれる。ちょっとだけどな。そんなに肉が欲しいならベリメールさんから買えば? オマエ金持ってんだろ?」


あれ? そうゆう話になるのか?

エルリックも所詮私の持っている珍しい品物狙いなのだろうか。

それより、今後の参考に聞いておこうとナギサは目を細めて質問した。


「・・・なんでそう思った?」

「身なりとか、それとか」


エルリックは、ナギサの腕時計を指差した。


「俺が悪い護衛なら、今速攻でオマエを殺してそれを奪う」


ニヤリ、とエルリックが口端を上げてナギサを見た。


「やってみる?」

「オマエ、やっぱりバカなのかもなー」


いや、こちらも色々試したいのだ。

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