表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/22

「斡旋所」




ナギサは、しばらく呆然とした後、ランドリーバッグを取り出した。

コンビニまでクロネコさんが運んでくれた箱は3つ。

そう大きくもない2つは、妹へのプレゼントだった包丁セットと、父親が樽で買ったとかの酒だ。誰も飲まないから溜まる一方のブランデーとウイスキーのミニボトルが季節ごとに数本届く。出資者だったらしく本人が死んでも届く。いつまで続くのかわからん。


そして、少々大きいこの箱こそが、アルツベルグのティーポットだ。

九品仏の食器屋で偶然見かけて、一目で気に入って買ってしまった。

ぼってりと丸くて、真っ白なティーポット。


駒込家で紅茶を飲むのは渚だけだったので、このティーポットを使っている時は、家でゆっくりできる唯一の時間だった。

それが気に入らなかったのか、こともあろうに母親が、手を滑らせて床に落として割ったのだ。

自分が使いもしないポットに、一体何の用があったのか。

幸いキレイに割れたので、そっと破片を拾い集め、金継ぎを頼んでいた。

半年以上かかったけれど、やっと出来上がったんだ。


ナギサがダンボールを開けると、ティーポットの箱の他に、3つの小箱が入っていた。

どおりでティーポットにしてはちょっとでかいなと思ったんだ。

同封されていた封筒を開ける前に、待ちきれなくてティーポットの箱に手をかける。

丁寧に梱包された包みを慎重に開けると、そこには装いも新たに、黄金のラインを施された、より美しいティーポットに生まれ変わっていた。


「ステキ・・・」


しばらく眺めてから、そっと箱に戻す。

良かった。もっと好きになった。諦めて捨てなくて良かった。この職人さんに頼んで良かった。

そして、やっと封筒を開けてみた。てっきり領収書かなんかだと思ったのに、中に入っていたのは手紙だった。

驚いた事に、最初はお店の定型文のような印刷なのに、後の方に手書きの文字が綴られていた。



『駒込渚さま』


ティーポットの金継ぎをしたのは初めてでした。

とても良い経験をさせていただき感謝しております。

練習にしたコーヒーカップとティーカップを添付してしまいましたこと、どうかお許しください。

こちらもとても良くできましたのに、この子達も行き場がなかったのです。

それがたまさか巡り合わせた渚さまのティーポットと、とても似合うと思ってしまったのです。

引き取ってくださるお礼に、いつも飲んでいる茶葉を図々しくもお薦めさせていただきます。

抹茶も好きですが、実は私も紅茶が大好きなのです。


この度のご利用、誠ありがとうございました。


『金繕いKASUGAI 松田』



あ、元気出た。

なんか、一つのことでもうダメだとか、しんどいとか、人権を蔑ろにされるって思考が真っ黒になる。でもだからって、自分まで腐っちゃダメだった。目の前の世界は色で溢れている。


小箱を開けると、どちらもソーサー付きで真っ白なカップだ。

時代を感じるデザインなのにシミひとつなく、愛されていた什物品だとわかる。

ところどころがぷっくりと、ミルクの海を滑らかに這った跡のような金継ぎが入っていて、うっかりすると体内から何かがでちゃいそうなほど美しい。

あとでじっくり眺めよう。と、慎重に箱に戻して、最後の包みを開ける。

紅茶はロンネフェルトの茶葉の缶だった。いつか、自分でも淹れてみたいと思っていた茶葉だった。


ナギサは、目を瞑り深くゆっくりと深呼吸した。


家族から解放されて、魔法が使える世界にいるんだ。

帰れないのなら、これからは自分のためだけに生きられるんじゃん。

そう考えたらなんだか楽しくなってきた。


もっと色々試したいことはあるけど、とりあえずこの壁に囲まれた街から出よう。

検問が敷かれているかも知れないから、なるべく秘密裏に壁抜けしたい。できるもんなら。

壁や門がどんな感じか見に行ってみようか。


スーツのポケットに入れていたアクセサリーも化粧ポーチに入れ直し、リュックにカラビナでぶら下げていたヘッドホンの代わりに[小鍋]を吊るす。

残りの荷物はとりあえず全て[収納]に蔵って、ナギサは決意新たに立ち上がった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


ナギサは、[斡旋所:南門前]と看板がある建物の前で逡巡する。

門が本当に目と鼻の先だった。

門前には門番のような兵士が数人いて、門の出入りをする人達なのだろう、何やら一人一人とやりとりをしているのがみえるぐらいだ。

荷馬車が数台列をなし、それなりに賑わっているように見える。

兵士達に高圧的な感じは見て取れないが、いかにも「検問でござい」と言った雰囲気は否めない。

いっそこのまましれっと門に向かってしまおうか。と、考えあぐねていると、またしても女性に声をかけられた。


「[斡旋所]にご用ですか?」


栗色の髪をフワリとゆるく一つに括った若い女性は、どうやらこの[斡旋所]の職員のようだ。

何屋さんなのかわからないが、その物腰の柔らかさに少々興味が出た。


「[斡旋所]とは、何を斡旋する場所なのですか?」

「? 王都は初めてですか?」


女性の返事にただ頷くと、女性はナギサを足元から頭の先まで眺め見る。


「それは、どこかにすでにお勤めでは?」

「そのはずでしたが仕事の内容に手違いがあったようで、途方に暮れているところです」

「あぁ、それは・・・大変でしたね。こちらへどうぞ」


俯き身体をさするように目を伏せれば、女性に「中でお話を聞きましょう」と促され、建物の中について入った。

会話の流れから、仕事を斡旋する所なのだろうと当たりをつけ、素直に従ってみる。

市場で見た人たちと違い、整った服を着ているし、こちらを気遣う優しさも感じる。

28にもなってみっともないが、少々小娘感を装って、オドオドと辺りを伺う様子を見せつつ聞いてみた。


「実は、気づいたときには見知らぬ部屋で目覚めまして、無理やり攫われ連れてこられたようで、なんとかお屋敷からは逃げ出せましたが、この街からも直ちに出たいのです。何か問題がありますでしょうか?」

「えっ!!?」


女性の優しさに付け込んで、少々乱暴なことを言ってみる。でも嘘じゃないし。


「そ、それは、人攫いにあったという事でしょうか!?」

「えぇそのようで。隙を見て逃げ出してみたのですが、本当に右も左も分からないのです・・・ですのであまり大事になりたくないのです・・・」

「あ、はい。でもっ」

「いいえ、今更相手()()をどうこうしようとは考えておりません。ただできるだけ速やかに街から出たいのです。とりあえずここはどこなんでしょう?」

「あぁっ! やっぱりそうなんですねっ! あの、ここは[メスヒカイツ連合国]の内の[パイシス国]の王都で、そのまま[パイシス]と呼ばれる街です。その、どちらから攫われ・・いらしたのですか?」

「それもわからないのです」

「でっ、では街を出ても困るのでは!?」


女性職員の言うことは尤もだ。

王都と言うことは、この世界最高峰に優れた集落であろう。

だが、馬車や建物、市場での人々をみるに、文明的に現代日本とは到底かけ離れている。

人権意識からしても、女性の一人旅が成立する世界ではないだろう。

それを踏まえた上でも、この街に居続けるつもりはない。

[界渡り様]と言う存在が、どうゆう扱いになっているかわからないが、有無を言わさぬアイツらの世話にはなりたくない。


「とりあえず、ここから1番近い、次の街か村に移動したいのですが、何か方法はありますでしょうか?」

「えぇっと、その、なにか、壁の外に出て魔獣や獣に対抗できる【スキル】はお持ちですか?」

「え? 魔獣?」

「・・・()は、危険です・・・よ?」

「危険? 人攫いにあって逃げてきたのに? それよりも危険?」

「あ、で、ですよね〜・・・」


責めるつもりは全くないのだが、どうしても会話が不穏になる。ナギサは申し訳ない気持ちになった。


「あの、街を出入りするのに、何か制限がありますでしょうか?」

「あ、いえ、それは何も、お客様が犯罪者でもない限りなんの問題も、ない、と、思います・・・」

「あぁ、そうなんですね。ならばこのまま行きます」

「待って待って! 危ないって! また人攫いにあうかもしれないでしょ!」

「え、そうなの?」

「あ、いやぁ〜・・・」


口調が砕けると途端に幼さが目立つ。この子いくつぐらいなんだろ?


踵を返した足を止め、今度は逆にナギサがまじまじと職員の女性を眺め見る。

それにしても魔獣か。なるほどな。この世界は典型的な[剣と魔法と封建社会]なのだな。


「でしたら、定期馬車とか、定期隊商など、女性が同行できるような移動方法はありますか?」

「それはもちろんありますけど、その、それもお一人で?」

「やはり女性1人で壁の外への移動など、あまり一般的では無いのですか?」

「一般的でないどころか・・・傭兵や行商人には見えませんし、その、魔法使い様ではないのですよね?」


女性職員の視線がナギサの頭部に移動した。

あぁ、黒髪は魔力が強いんだっけ。


「魔法が少々使えるようですが、魔法使いではないんです・・・では、次の街まで行く定期馬車を斡旋していただけますか? あ、お金が無いな。おいくらぐらい必要でしょう?」

「えっ!? あ、ですよね、お金なんて無いですよねっえっと、どうしようっ」

「換金できるものを少々持っているのですが、品物を買取してくれる場所などありますか?」

「あっ! それでしたらこちらでできます! 大概の物は買い取れます!」


やっと自分の力になれることができた! とばかりに、女性職員が目を輝かせた。


「獣の肉ですか! 魔獣の素材ですか!? まさか魔石をお持ちですか!」

「あー・・・これなんですけど・・・」


ナギサは自分の耳からピアスを外して差し出した。

買物袋の中に3パック980円の肉はあるが、パックでラップでスライスだ。出せるわけがない。

そんな事より(きん)の値段が知りたかった。


「これ、は、え、いいのですか!?」

「あいにくこれぐらいしか手持ちがなく」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください、これ(きん)! 金じゃ無いですか!? いいの? こんなキレイなピアス、これ売っちゃって大丈夫!?」

「えぇ、私の全財産です」


女性職員は「ですよね!?」と目玉が飛び出さんばかりに驚いた声を上げた。

やはり(きん)の価値はそれなりにあるのだろう。だが、通貨として金貨を使っているらしいじゃ無いか。まさか金貨とは名ばかりで素材は(きん)じゃないとか?


「あぁ、それと・・・これも売れますかね?」


ついでにサワーチェリー味の飴の缶も取り出す。大盤振る舞いに10缶取り出した。


「これは? キレイな入れ物ですね?」

「飴です。砂糖を煮詰めて果物の味と香りをつけました」


ナギサはカウンターの上の缶とは別に、新しくリュックから出した缶を開けて中を見せ、一粒とって口に入れた。

あぁ相変わらず美味しい。

そして「おひとつどうぞ」と、女性職員の口元に飴を差し出した。


「え、あ、あ〜ん・・・ってウマっ! 美味しい! 甘い! なにこれ!?」


女性は口から飴を摘んで出し、じっくりいろんな角度で見つめ出した。

うおぉい。なにも口から出さんでもいいだろうに。

ナギサが若干引いていると、女性は慌てて飴を口に戻した。


「しっ、失礼しました! アメ! 砂糖菓子ですね! こちらも買い取れます! ひと缶金貨1枚でどうでしょうかっ!?」

「え、金貨1枚!?」

「あっもっとしますよねっ! でもっ私の裁量では一度のお取引で金貨10枚が限界でしてっ! お客様は緊急に逃走資き、お金が必要でしょうし、これなら10個全部買い取れますしっ! そのピアスも売らずに済みますし!」


あぁ、なるほど、この子もきっと良い子なのだ。


「金額に不満はありません。因みに、こちらのピアスはおいくらですか?」

「金は重さによって取引されますので、小さな物だとそう高い値がつかないのです。素晴らしい装飾ですが付与もありませんし、悪くなる物でも無いですし、このお菓子を売る方がずっと良いです!」


やはり。

ナギサはニッコリといい笑顔で女性職員を見た。凄く良い子じゃないか。


「気遣ってくれてありがとう。ではそれでお願いします」


ナギサが頭を下げると「ちょっと待ってて下さいね!」と、女性職員は飴の缶を持って奥へ引っ込んでいった。

大事(おおごと)にしたく無いと言うこちらの願いを聞いて、最大限こちらに良いようにしてくれたのだろう。

先程の熊の胆亭の女性店員といい、この職員といい、“困っている女性”に対してとても優しい。

こちらの女性はなかなか情に厚いようだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ