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獣人の子らの心配




それからおとなしくしていたことで[アルレシャ]の街には問題なく到着した。

荷下ろしを済ませた隊商の常宿に一泊して、明日の午前中に街を出る。

宿の部屋は[ベレノス]と似たようなもので、子供達と一緒だ。十分な広さがある。


部屋に入った子供達が窓を開け中を探索しているのをぼんやりと眺めながら、ナギサはさっきまでのオジサン達とのやりとりを思い返していた。


「私達は隣におりますので、何かありましたらお声がけください」


最後に部屋に入ったブランドンがそう言い残し、ベリメールとランベルトは先に隣の部屋に入っていったが、[ベレノス]で聞いた『傭兵はこの常宿には宿泊しない』という言葉が気に掛かる。エルリックを筆頭に『傭兵だ』と紹介された方々は、街に入った荷馬車が停車した途端にどこかへ行ってしまったぐらいだ。


「ブランドンさんはベリメールさんの専属護衛だから一緒なのはわかるけど、ランベルトさんは・・・子供達がいるから?」


独り言を漏らしながら、一つだけあるテーブルの上に事前に作っておいた昼食を並べ、人数分の椅子を出す。

カイルとアルは呼ばずともそばに来て椅子に座った。


「ナギサ、疲れてる?」

「あ〜少し? でも大丈夫よ。今晩ベットで眠ればきっといつも通り」


マグカップに野菜ジュースを入れ、並べた皿の上にサンドイッチを出していく。

分厚く切ったベーコンと葉野菜と、日本から持ってきた卵で作った目玉焼きと、こちらで買ったトマトをサンドしたBLTサンドからは、作りたてのように湯気と、たまらない燻製の匂いが立ち上がり空きっ腹を刺激した。


窓の外を見ていたエドが椅子に座って、お手拭きがわりの布巾で手を清める。


「ナギサ、この布はどうやって湿らせたの?」

「お湯を出していないのに」


兄のエドに倣って手を拭いているアルが、布巾を広げてたたみ直してと、ただのリネンの布を不思議そうに観察している。

そうかこうゆう事も普通では無いか。と、ナギサは眉間にシワを寄せた。


「魔法があるのに、あまり生活に活かされていないの不思議だわ」

「生活に? 活かされていない?」


カイルに返された疑問に答える前に、ナギサは「いただきます」と号令をかけて食事を促した。

子供達が手にしたサンドイッチにかぶりつく。

トーストされたパンごと口に含めば グジュリ とその形を崩した目玉焼きの黄身がベーコンの油と混ざって、素晴らしいソースに口内調理される。

鍋の中で“合成”されたベーコンは、塩が効いていて正しく燻した風味がついている。時間も手間も吹っ飛ばして。


「魔法はこんなに便利なのに」

「魔法を料理に使う人間を見た事がない」

「僕が魔法で焼いたらこのお肉は真っ黒焦げだよ」

「美味しい。ナギサの作る食事はとても美味しい・・・」


モグモグと口を動かしながら、今度はまじまじとサンドイッチを観察する子供達に、ナギサは言葉で説明できないもどかしさを感じた。


この世界の子ども達は、その魔力をヒトを他者を攻撃するためだけに使うため魔法を学ぶのか。と切なさが募る。

他人にどれだけダメージを与えられるか。それだけで優越を決められてしまう世界で、魔法で作られた料理を『美味しい』と感じる感性とどう向き合うのだろう。


「人間の、先生達は、どうやってあなた達に魔法のあり方を伝えたのかしらね・・・」


眉間にシワを寄せるナギサの、思わず漏れ出たような答えに、カイルの視線が向けられる。


「俺、言っちゃいけないことを聞いた?」

「まさかっ。そんなもんないわ。ただ、私が答え方がわからなかっただけで」


ナギサは慌ててカイルの顔を見た。その瞳が不安で揺れている。

子供がする質問に余計な事など一つもない。疑問は口にしろと言ったばかりではないか。

揺るぐな。迷うな。吐いた言葉を覆すな。

ナギサは、大きく息を吐いて、手に持っていたサンドイッチを皿に置いた。

その様子に、カイルは更なる不安を募らせる。


「大人を困らせる質問をする悪い子供?」

「あぁ、違う。待って。食べてる最中に行儀悪いけど、そうね、見て」


ナギサは手のひらを上に向けて小さく〈水の球〉を出し揺らすと、あっという間に水蒸気に変えた。〈水の球〉は ボワリ と、湯気になって消えた。


「この蒸気を布に染みさせて“蒸し”たのよ」

「複合魔法だ」

「それが違うのよ〈水属性〉しか使ってないの」

「〈火属性〉じゃないの?」

「そうね。魔法を使わずに水を蒸気に変えるには火が必要だわ。でも、魔法を使えば水の分子運動をコントロール・・・水の状態を変えるだけでいいの」

「水の状態?」


「水は通常液体だけど、その状態を変える事ができる物質でしょ? 個体にも気体にもなる」


ナギサが、同じく両手のひらの上に出した〈水の球〉を、右手で氷に、左手で水蒸気に変えると、子供達は「わぁ」と揃って声を上げた。


「こんなふうに状態を変える魔法が多分〈錬金術〉って言われてるんだけど、ここではそうゆう魔法の使われ方がされてないのよね?」


そろってウンウンとうなづく子供達に、ナギサは「なぜ〈錬金術〉は使われてないのかなって思っちゃっただけなのよ」と、カイルに視線を返した。

カイルもウンウンと頷いて「なぜだろう?」と同意してくれる。


『複合魔法は難しい』とされている世界で、その力を持つ特権階級にある立場の人間は、家事や身の回りのことは他人任せだから、『便利』か『不便』かなど考えも及ばない。

自分の代わりに、薪を切り火を炊いて湯を沸かしてくれる人がいるなら、その工程や労力など考える必要もない。と捨て置くには、あまりに無能過ぎる。愚かだと思わずにはいられない。

でも、子供相手にそれを口にするには、浮かんだ疑問が傲慢すぎる。

自分ができるからと言って誰もができるわけでもない事ぐらい知っているからだ。

ナギサの疑問は、自分で考え付かなければわからない答えなのだが、カイルの求める答えは()()()()()ではないのだろう。


なんだろう。なんと答えるのが正解だ?


ナギサは必死に考えを巡らせる。


「こう、『こうだと良いな』って、“願い”は、気が付かないと考えも及ばないのだなって。『不便』にも思わない事を、わざわざ変える必要あるのかな。って、自分でも不安に、そうね不安になったのよ。私って余計な事してるのかなぁって」

「余計な事って?」

「料理が美味しいことは余計なことじゃないよ!」

「布が暖かいのも嬉しいよ!」


「そうよね? そうなのよ。なのに、なぜ他の人はそうしようとしないのかしら?・・・って、ん〜これも傲慢な考えかしら?」

「あっ!」


ナギサが考えつくままに口に出していると、カイルが突然大きな声を上げた。


「これが一緒に知って行こうって事!?」

「え、あぁ、そうね。一緒に考えてくれて嬉しいわ、えっと、、、」


「ナギサが元気なかったのは『わかんなかった』から!?」

「んぇ? えぇ、そうね。答えが、正解が? わからないわ」


元気が、なかったかしら? と、ナギサが自分の頬に手を当てると、アルが叫ぶ。


「おんなじだ!」

「ほんとだっ! 僕もわかんないことばっかり!」

「誰に聞けば正解がわかるのかな!?」


パッと表情が明るくなるアルに続けて、カイルとエドが賛同するように言葉を続け、なぜかそのまま機嫌良さげにニコニコしながらサンドイッチを食べ始めた。


・・・なんの問題も解決していないが?


今度こそ、眉間によりそうなシワを必死に表情筋で伸ばして平静を装いながら、ナギサは子供達の様子を見守った。

子供達は『水の状態』についてああだこうだと言い合いながらも、着々と食事を進めていく。


「良かった。ナギサの元気がないのは、あの大人達に何か嫌なことをされたのかと思った」

「考え事をしていただけなんだな」

「わからない事があると元気がなくなるよね」


想い想いにその不安が解消された安堵を告げ合うと「美味しいね」「お腹いっぱい」「また食べたい」と会話は移ろい「今食べたボア肉の香りの正体について」と『水の状態』とは全く関係のない話をしている。


なるほど。共感と過程か。一緒に考えるこの工程が必要だったのだな?


そしてナギサは、訳もわからず不安が解消された自分自身の悩みまでもが、この目の前の子供達と同じだったのかと、信じられないような考えが頭をよぎり驚愕するとともに心底呆れた。

子供の悩みなんぞ些細な事。と、軽んじる気はさらさらないが、そんなナギサの心情をよそに、子供達は楽しげに食べ終えたサンドイッチを褒め称えている。


「ナギサが元気になって良かった」


ひとしきり感想を言い終えたカイルが満面の笑みでそう告げると、エドは「この宿屋の中庭は前の宿より広い」と言葉を続け、アルが「中庭でどんな魔法の練習をしよう」と、話はどんどん進んでゆく。

食事は終えた。これからどうしようか。と先々の事を考えている子供達を前に、目が覚める思いのナギサは、フッ と息を吐き、肩の力を抜き切り独りごちる。


「どんなに独りで思い悩んでも、外の世の全ては成るようにしか成らぬのだなぁ」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


ランチの後はいつものように、子供達は魔法の練習をしてオヤツを食べお昼寝させる。

ナギサは、子供達が寝てる間に移動中に必要になりそうな料理や生活雑貨を中庭で用意する。

宿屋に泊まれるのは3日に1回なので、特に料理はまとめて作っておきたいのだ。

鍋で[合成]するにしても、流石に荷馬車の中では人の目が気になる。一度作った料理を[収納]内で[複製]しておくのも忘れない。全くチート様様だ。


子供達が2時間ほどで目を覚まし、少し身体を動かすともう日暮れの時間なので、宿屋の食堂で夕食を済ませる。

街の中にいる間は、なるべくその街の食事を摂ることにして、ナギサ自身が“群れ”のルールを学ぶ場にしている。

テーブルには、子供達と、いつものオジサン達も一緒だったが、他の隊商員もちらほら見かける中、目の前のランベルトを別にして、やはりエルリック含む他の傭兵達の姿はひとりとして見当たらなかった。

なぜなのか。これは少々知っておきたい事象だ。


「食後に少々お時間頂きたいのですがよろしいですか?」

「素材買取の件もありますし、食後のお茶をご一緒しましょう」


食事中、ナギサがチラリと子供達に視線を向け申し出ると、察したベリメールが部屋に来るよう了承してくれた。


部屋に戻って子供達の寝支度を整えると、チラリと腕時計を見たナギサは、ベットに寝かしつけた子供達に言い含める。


「仕事の話をしにお隣に行くね。でね、戻るのは夜遅くなるかもしれないから、先に寝てて欲しいの」

「お隣に、ずっと、いる?」

「いないわ。でも、ベリメールさんとブランドンさんは絶対にいるから、何かあったら2人を頼って欲しいの。良いかな」

「どこに行くの?」

「学びに行く」

「どこに?」

「んん〜それも聞いてからだから、今はまだわかんない」

「僕達は一緒に行けないの?」

「たぶん、大人しか行けない場所なの」

「・・・わかった」


揃って眉を下げる3人に、ナギサはなるべく正直に話した。つもりだ。年長のエドに念をおす。


「エド、2人をお願いね」

「ランベルトさんと2人で出かけるってこと?」

「大丈夫なの?」

「え、なんで?」


「・・・ナギサは、ランベルトさんが好きなの?」

「なんで、そう、なった?」


困惑気味に眉を顰めるナギサに、エドとカイルは顔を見合わせて「やっぱりついて行こうか?」と身体を起こす。つられて間に挟まっていたアルも起き上がった。


「待って。違う。夜の街の様子も知っておきたいだけなんだけど、ランベルトさんは私の監視や護衛もあるみたいだから、ついてくるかもしれないなぁってそれだけなんだけど?」

「それだけ?」

「ほんとうに?」


ナギサは「他に何が?」と首を傾げた。


うつらうつらと船を漕ぎながら、大きくあくびをしたアルが眠たげに瞼を擦る。


「周りに頼りになる大人がいるうちに、色んなこと知っておきたいのよ。ちゃんと戻ってくるから心配しないで」

「・・・わかった」

「今は夜だよ。気をつけてね。ナギサ」

「え、うん。大丈夫だよ。街から出ないし」

「「気をつけてね!?」」

「お、おぅ・・・」


ハモったカイルとエドが、渋々と言った様相で再び枕に頭をつけると、アルもパタリと横になり、大きく息を吸って途端に規則正しい呼吸を繰り返す。

ナギサも添い寝の形で横になり、毛布をたくし上げると、なかなか目を瞑ろうとしない2人の胸を、交互にトントンと撫でながら「大丈夫。大丈夫。良い夢を」と呪文のように繰り返した。


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