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甘い考え




ナギサが我に帰ると、薄明かりだが目に入った物で、ベリメールのテントの中で寝かされていたと気づいた。

テントの布一枚を隔てて、薪の爆ぜる音と人の気配がする。

身を起こし、ひどい臭いに顔を歪めて身体に張り付く毛布を剥ぎ取ると、服が濡れている。


最初の遺体を目にした瞬間からどうかしていたが、荷馬車の中、小さな赤ちゃんに集っている虫を見て理性が吹き飛んだ。

その後の自分を思い出し、ナギサはギュッと目をつぶった。


さっきまでの激昂とは裏腹に、今の凪のような感情に自分でも吐き気がする。そして今更襲ってくるのは相変わらず役に立たない猛省だ。


臭いでも服の不快感でも無い。クソみたいな自分の感情にマジでゲロ吐きそう。

またしても、怒りに任せて他人を、ランベルトさんを余計な危険に晒した。


ナギサは、寝かされていた寝台ごと、全身に〈浄化〉をかけて身綺麗にすると、毛布を畳んでそっとテントからでた。

外はまだ真っ暗で、すぐそばの焚き火を囲んでいたいつものオジサン3人が、一斉に立ち上がってこちらに視線を向けた。


「ランベルトさん・・・お手数をおかけしました。申し訳ありませんでした・・・」

「あんな目にあって目覚めた第一声が謝罪とは・・・」


ベリメールが応え、眉を下げて手を上に向け伸ばす。


ランベルトは一瞬口を開いたが、何も言わずにそのまま椅子がわりにしていた横倒しの丸太に座り直し、手にしていた枝で火をいじる。

ブランドンが歩み寄り、そっとナギサの背に手を当てると、空いている丸太に誘導し座らせた。


「白湯ですよ」


ベリメールは、焚き火にかけていた鍋から湯をすくい、木製のカップを手渡した。

ナギサは素直に受け取った。とても口にする気にはならないけど。


「カイル達は・・・」

「荷台で寝てますよ。まだ真夜中です。ずいぶん心配していました」


ブランドンの答えに、ナギサは眉を寄せ「すみません」と小さく謝って、チラリと腕時計を見ると時間は深夜2時。これから寝ても3時間は寝れるだろう。


「寝台をとってしまってすみません。元に戻しておきましたので、今からでも休んでください」


今度は、ベリメールに向かって謝罪を述べると、ベリメールは懐から拳大の緑色に輝く宝石を出して差し出した。


「[クイーンキラービー]の魔石です。しかも状態の相当良い、他の採取屋なら命懸けで採取する〈風属性〉の最高級品ですよ」

「・・・・・」

「これは討伐者の戦利品です」


ナギサが黙っていると、ベリメールはその手からカップをとって傍に置き、無理やり魔石を握らせた。

そしてそのまま、他に[羽根]と[毒針][顎殻][風属性の魔石]が大量に採取されたらしい事を告げると、余計なことは言わずにいつもと変わらぬ笑みを向けたまま淡々と商談を始める。


「コレ以外を全て買取させていただきたいのですが、如何しますか?」

「・・・それでお願いします。お値段はお任せしますので、ベリメールさんの良きようにお取り計らいください・・・」

「では、内訳と支払いは明日[アルレシャ]の街に到着後でよろしいですか?」


ナギサは無言で頷いた。


「それでは、後の問題はお二人でよくよく話し合って解消なさいませ」

「え!?」

「・・・・・」


ベリメールはニヨニヨとした笑みを湛えたまま、後ろ髪を引かれるブランドンを引き連れて、テントを背に馬達の逗留場所にそそくさと歩いて行った。


なんでよっ!?


ランベルトにチラリと視線を向けると、いい歳をしたオッサンがブスくれた表情のまま薪をいじっている。

ナギサは、グッと腹に力を入れて改めて謝罪の言葉を口にした。


「無理やりついて行ったのに、勝手なことをして、申し訳、ありませんでした」

「・・・もう、大丈夫なのか」

「どこも怪我しておりませんっ!」

「いや・・・怪我とか・・・そうゆうのでは無くて・・・」


手を止めたランベルトは、こちらを見ることなく言葉を止めると、そのまま何やら考え込んだ。


「考えがっ甘かった。人の死に対して、そのっ、リアリティが、いえ、あんな風に人が死ぬなど・・・いいえ、違うな、あまりにも浅慮で愚かでした。すみません・・・」

「それは、何に対しての謝罪なのだろうか」

「ランベルトさんを要らぬ危険にさらしました」

「・・・ッチッ!」


なんとか素直に謝罪の言葉を告げたナギサだったが、ランベルトはそれに盛大な舌打ちを返した。

ナギサは頭を下げて項垂れる。


あぁ、もうイヤだ。ダメだ。

他人に迷惑をかけた上に、その他人の世話にならないと生きられない。何それどんな拷問? いや、言い過ぎか? でもこんな生活、息が詰まる。

カイル達を目的地に送り届けたら、やっぱりひとりでどこかに隠れて暮らそう。私には無理だ。ひとりで勝手気ままに生活して、無責任にひとりで朽ちたい。

もう放っておいてほしいっ。


「危険などなかったでは無いか」

「いえっそもそも同行を願ったのが間違いだったのです。愚かにも私は、蜂を1匹づつ倒して魔法の練習する軽い気持ちでした」

「なっん、だと!?」

「ヒッ! すんませんっ!」


『夜は暗いので街道を進むものなどいない』その言葉を真にうけて“被害者がいる”と微塵も考えなかった。全くだ。

多くの人の死を目の前に、ただでさえ情緒不安定な自分がどうなるか、きちんと考えるべきだった。当たり前だ。だからこその[モンスター討伐]なのだから。


「(この世界では)自分が街の外では未熟であることを失念していました・・・」

「・・・そうゆう意味での謝罪、か・・・」


ランベルトがやっとナギサに顔を向ける。

読み取れぬその表情に、ナギサは如何なるお叱りも覚悟してギュッと目を瞑った。


「あの魔法はなんだ」

「はいっ! 電気です!」

「デンキとはなんだ」

「イカズチ? カミナリとか?」

「天候を操ったということか?」

「そうゆうわけでは、無い、ですかね?」

「じゃあなんだ?」

「大気中にあるプラスとマイナスの電子を〜・・・静電気とかあります?」

「セイデンキ?」

「こう、すんごく乾燥した寒い日にドアノブに触ると パチッ ってなったりしません?」

「あ? [妖精のイタズラ]のことか? それとも精霊魔法か? 属性はなんだ?」

「え、風属性? かなぁ? っていうか[妖精のイタズラ]ってなんですか?」

「ック!」


ナギサが、無言で人差し指を差し出すと、ランベルトはそれに導かれるように手を伸ばす。と パチッ と僅かな痛みと共に青白い光が発光させた。


「イダッ!?」

「これが[妖精のイタズラ]ですか?」

「殺す気かっ!?」

「え、なんでよ」

「大量のキラービーは一瞬で焼けこげたでは無いかっ」

「いやだから、アレはこの現象のずっともっと強い力ですよって説明を・・・すみません・・・」


シュンとしたナギサを前に、ランベルトは「その力でなぜ赤子の遺体は焼かれなかったのだ」という言葉を飲み込んだ。


自分の額に両手の指をつけ、項垂れ何やらブツブツと思い悩むナギサに、ランベルトは眉尻を下げて「もう大丈夫なようだな」と、小さく呟いた。


「風属性なら、俺にも習得できるのか?」

「物理なので、ランベルトさんには見えないし多分理解もできないから無理です」

「なんだと?」

「錬金術寄り? 的な?」

「またそ錬金かっ随分都合がいい言い訳を見つけたもんだなっ」

「錬金術って台所から発展したって言われてるんですよ。変に特別視するから忌避感が増すんだわ」


「料理と同じなのに」と言い募るナギサに、ランベルトは「聞いたこともねえわ」と笑みを向けて答える。

オレンジ色の焚き火の灯りに、美しく光るエメラルドの虹彩がキラキラと光る。

ナギサは、フ と息を吐いた。


本当に尋問したいことは他にあるんだろうに。


ナギサは、ランベルトの大人の対応に、尊敬の眼差しを向けた。

未知の魔法を展開した素性わからぬ女に、ただ一言「異世界人だろう」とも「[界渡り]だろう」とも聞かないのは、シ動揺している自分に対する気遣いなのだろう。

そういった意味でも、コミュ障の自分は未熟なのだから頭が下がる思いだ。

言い難いこと聞き難いことは、曖昧にうやむやにして流し去る。そうやってその時の感情を抑え込み時の流れをやり過ごす。

例えそれが、大事な何かを手放す事になっても。


「あの赤ちゃん達は・・・ご遺体はどうなりました?」

「・・・他の魔獣に襲われないように焼いて土に埋めた。身分を示す必要な遺品は次の街で官憲に渡す」

「そうなんですね・・・」


あの街道は、明日また自分達が通る道だ。この世界ではそうすることが当たり前なのだろう。

自分に何ができるか。などと考えるのもまた傲慢な思い上がりのひとつなのだ。

世界はいつでも、どこでも、自分の憂いとは関係なく回り続ける。


「次からは、きちんと命令に従います。お手数をおかけして大変申し訳ありませんでした」

「“次ぎ”なんぞ、ないことを祈るよ」

「そうですね・・・」


ナギサは、目を伏せて焚き火に視線を落とす。

自分に明かすことのできない秘密がある限り、説明のつかない平行線な会話は、ただただ解消できない価値観の違いを浮き彫りにした。


自分はきっとこの世界に馴染めない。


ランベルトの気遣いは逆にナギサの孤独を深め、分かり合えることなどないのだ。とより強く印象づけた。


ランベルトから向けられた柔らかな視線に気づくことのないナギサの憂いは、言外以上の今までとは違うなにかを感じとることはできなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


夜が明けると、すっかり朝食の準備を終え、空っぽの鍋を繁々と見つめるナギサに、ブランドンを伴わずひとりで戻ったベリメールが話しかける。


「眠らなかったのですか?」

「ベリメールさんこそ。昨晩はご迷惑をおかけしました」


他の商会員達も起き出してテントや荷馬車から這い出し、それぞれに今日の運行の準備を始めたのに合わせて、ランベルトも周囲の巡回にどこかへ出かけてしまった。

ベリメールは「私はしっかり寝ましたよ」と告げながら、定位置の椅子に座るが、ナギサが「子供達を起こしに行くつもりでいた」と応え視線を鍋に戻すのを、不思議そうに眺める。


「その鍋もなにかの魔道具ですか?」

「いいえ。王都で銀貨2枚で買ったただの鍋です。()()()()買ったので、やはり鍋屋さんでもやろうかなと」

「ナギサ殿ほどの商人が、何の付与もない鍋を売るのですか?」


フフッと笑い声を漏らしながら、足を組み直しテーブルに肘をつき頭をたむける。

ナギサは、顔を上げてもう一度朝ぼらけの薄明かりの中ベリメールに視線を向けた。


無精髭ひとつない色白の顔。真っ直ぐに伸びた長髪はベト付きもなく明るい褐色が輝き、衣服に汚れやシミもない。なぜ気がつかなかったのか。

肉体労働とはかけ離れた豪商の長と言われればそうなのかもしれないが、このような長旅を続ける他の男性のように異臭が全くしないその美しい佇まいに、つい本当の事が知りたくなってつついてしまった。


「ベリメールさんは大商人と聞いていましたが、物の売り買いが本業ではないのですね」

「なぜ、そう、思ったのですか?」

「この何の変哲もない鍋の真の価値をご存知ないからです」


ナギサの返答に、ベリメールは目を見開いた。


「それでもあくまで商人だと言い張るのでしたら、ベリメールさんの主力商品は、そうですね『情報』というところでしょうか? この隊商の正体はおそらく間諜集団。何処の首輪が付いているのか存じ上げませんが、私はこのままお世話になっていてよろしいのでしょうかね?」


その笑みをたたえたまま、こちらに向けられたベリメールの琥珀色の瞳がスゥッと細められる。


「鎖につながれてなどいませんよ。ご心配なさらずとも我々は正しく商人です」


え〜・・・ご主人様がいないとか、テロリストとかレジスタンスとかもっとヤベェ存在じゃないか。ただの『情報屋』がどんだけ()()()いるっていうんだよ。


ナギサはフイと視線を外し、手にしている鍋に向けた。


昨夜の、ランベルトさんとの会話で思い知ったはずなのに。

自分の出自を隠している以上、誰とも答え合わせなどできないのだ。

この世界に元々あった、何の変哲もないこの鍋。

これは鍋以上の価値を見出されることのない、商人にとって安全な商品だ。

この世界の()()の商人であるベリメールさんが、異世界から来た自分にとって、それが何にも変え難い()()()()であるという言葉の違和感を、見逃すはずがない。

あぁ、やはりこの人達には、自分が異世界人であることがバレているのだろう。

そうだとしても、自ら口にすることなんぞできる勇気もないのだけれど。


ナギサの心中のざわめきに追い打ちをかけるように、ベリメールは鍋の値段を訂正した。


「その証拠に、何の変哲もない普通の鍋に、銀貨2枚の価値はございません。その大きさと材質ならば小銀貨3枚と言うところでしょうか。いったいおいくつ購入されたのでしょう」

「うげ、やっぱりぼったくられてた」


あの見窄らしい鍋売りが最終的に告げた金額は『小銀貨5枚』だったはず。まさに商魂たくましい。完敗だ。

アレとは異なる目の前の自称商人も、結局否定も肯定もせずにニコニコと人の良さそうな笑みを崩すこともない抜け目のない商人様だ。全くどこの世界でも商人ってやつは。


これからはせいぜい、迂闊に力を発動させぬようこの何の変哲もない普通の鍋の中で調理する事にしよう。とナギサは決意を新たにした。



次回:獣人の子らの心配

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