初めての討伐
狩りから何事もなく帰ってきたナギサとランベルトに、カイルとアルは安堵の表情を浮かべ飛びついて来た。
『何もわからない』と言ってしまっていた手前、子供達の心配はナギサが思っていたより大きかったようで、申し訳ないことをしたと謝り倒し、美味しいご飯を作るからねと、そばを離れぬ子供達を宥めた。
初収穫物である[フォレスト・ボア]は、ナギサの手によって根菜たっぷりの[豚汁]に調理された。
アチラの世界でも、慣れぬものには香りが独特で好き嫌いの分かれる味噌味だが、幸いコチラの方々には好意的に受け入れられたようで、手持ちの味噌はこれからも有効活用されることがナギサの中で決定した。
魔獣だという猪肉の脂は甘く、臭みも無く、柔らかく、よく食べていた日本の豚肉と大差無く、調理になんの問題もなかった。
畜産されたものでも無いのに、野生種がこのように人の舌に合うというのは不可解極まりないが、より良く生きるためにもなんでも食べる人間の業を思うと『美味しい肉を育てる』元いた世界の方が異常だと思い至る。なんとも罪深い事だ。
「魔獣になりきらぬ猪の方が、肉質は固く獣臭さがあるようですよ」
「へぇ。魔力が高い方が美味しいんですね」
この世界の万物は魔素からできている。
魔力というのはその効能の他に味にも影響があるのか。“美味しい”と感じるのも魔力のなせる技なのかもしれぬと考えたら随分と感慨深い。
ナギサが、しみじみと器から箸で摘んで口に入れた猪肉を噛み締めていると、近づいてきた護衛の1人がランベルトに何やら耳打ちした。聴覚を〈強化〉して側立てる。
「マズいな。キラービーか」
今夜の夜営地の先、街道に[キラービー]なる魔獣が確認されたらしい。
“ビー”って蜂かな。虫のモンスターもいるのか。
東京の、それなりに古い家屋で生まれ育った渚は、一般的には忌避されるあの茶色くてデカい“G”のなど、都会の家屋敷の敷地にいる害虫に精神耐性があった。
流石にネズミや蛇などの害獣類は目にすることはなかったが、生ゴミや水回りの掃除衛生にどんなに尽力していても、家の内外に出る虫を完全殲滅することはできない。
子供の頃、カブトムシやクワガタに夢中だった弟ですら悲鳴をあげるしまつだったので、他に駆除できる人間が家にいなかったのだ。長女の渚は正しく慣れた。
売ってしまう前の家はそれなりに庭もあったので、蜂などの害虫駆除も季節の風物詩として事務的に行われる“家事の一環”に他ならない。
もっとも、スズメバチは大事になる前に駆除業者に依頼するだけだが。
ランベルトが立ち上がるのと同時に自分も立ったナギサを見て、ランベルトは小さな舌打ちを打った。
「数が多い」
「ですのでご一緒しようかと」
「俺1人で十分でな」
「何事も練習は必要です」
「・・・ッチッ」
今度はわかりやすく大きく舌打ちをしたランベルトに、ナギサがベリメールを見ると「よろしいんじゃ無いですか」と、咎めるつもりもないらしい。
ナギサは小さく会釈して、カイル達に荷馬車の中にいるように言い付けると「今度は大人の言うことをきちんと聞くように」と、しっかりと目を見て言った。
月明かりの中、徒歩で街道を進むランベルトに、ナギサは当たり前のように話かける。
「馬は使わないのですね」
「刺されたら馬が可哀想だろ」
先ほどの耳打ちに、何があったのか改めての説明はないが、コチラが内緒話を聞き取れることは想定済みなのだろう。
「数が多いのに独りなのは、魔法の属性上よくある討伐なのでしょうか?」
「・・・一気に焼き払うのが1番楽なんだよ」
「火属性魔法ってフレンドリーファイヤするのねぇ」
ナギサの独り言に、ランベルトはピクリと眉を上げた。
「なんだその、フレなんちゃらとやらは」
「目的の敵だけピンポイントで攻撃することができないんですね」
「お嬢さんはできんの?」
「理論上は」
魔法は魔素を元にしている攻撃なのだから、火が燃えるとて、目的のものだけ燃やすのは容易いことのように思えるが。
ナギサは、やったことがないのでわからないけど。と付け加えて言った。
「魔法を適当に放つのではなく、特定の範囲や特定の敵だけを意識して発動させなさいよ。多重魔法のマルチタスクと同じだよ。魔法の発動は無意識にして、ターゲットを絞るの」
最終的にはどちらも無意識にできてこそ“そこそこできる魔法師”と名乗れるんじゃないの? と、軽く挑発しておく。
どうもこちらの攻撃魔法とやらが、雑過ぎで理解できない。威力を重視している結果だろうが、MPを消費する攻撃なのだから、残量を考えながら戦うのなら、当たり前の思考じゃないんだろうか?
ナギサは「何が起こるかわからないんだから、数値を目視できない以上、余力を残すのは当然では?」と、純粋な気持ちで質問した。
ランベルトが驚いた顔をする。
「やったことがないと言っていたが?」
「目にする機会だけはそれなりにあったんですよ」
テレビやゲーム、映画なんかの架空のストーリーだけど。
ナギサが含みも無く当たり前のように答えるので、ランベルトは頭を掻いて「どんな世界観だよ」と言葉を漏らした。
それもそうか。リアルで害獣やモンスターを相手に生存戦闘が行われる世界に“ファンタジーな物語”が娯楽であるなど考えも及ばないか。
「人が死に難い国では、恐怖刺激が娯楽になるようです」
「ナニソレッコワッ!」
それは同意。
スカイダイビングとか絶叫マシンとかお化け屋敷とか、私も意味わかんないもの。
ナギサは、弟妹が好んだホラー映画が、全く楽しめなかった過去を思い出した。
ブンッ!
不快な音と共に頭上から黒い影がこちらに目掛けて近づいたのを、ランベルトがショートソードで一刀両断した。
早い。
抜刀と攻撃が全く見えなかったナギサは、ランベルトの見事な一太刀に感心した。
なんだこりゃ。デカ過ぎないか? 頭が取れた胴体だけでもバスケットボールぐらいあるじゃん。これが蜂って怖すぎない?
「見ろ」
打ち落とされた蜂の死骸に釘付けになっていたナギサの視線を正すように、ランベルトは街道脇で蠢く黒い塊を指差した。
羽音はない。
ナギサは、闇夜に慣れた視力に〈強化〉をかけて指された場所に目を凝らす。
「あぁっ・・・!」
思わず漏れ出た声に、ランベルトは舌打ちをして剣を構え腰を落とす。
蠢いていた塊は動きを止め、一斉にこちらに視線が向いたのを感じた。
地面に倒れ伏していた人型から、羽音と共に数十の蜂の形をした巨大な何かが飛び上がり、コチラに向かって来たが、ナギサは瞬時にそれぞれを水の塊で黒い影を包み込むと、その水塊ごと自分の目の前に引き寄せ、足下に手繰り寄せひと塊りにした。
「あっ、ま、待てっ!」
足下の水塊をそのままに、ナギサは倒れていた人型に走り寄ったが、確認するまでもなく、それは見るも無惨に肉片が千切られ、かろうじて人とわかる形を保つのみで既に息をしてなかった。
[キラービー]肉食性を持つ蜂だったか。
周辺の魔素がぐらりと揺れる。
ナギサは腰の採取ナイフを抜き、横倒しになる荷馬車に大声を上げながら近づく。
「虫ケラがっ!」
バチバチと派手な音をさせながら、自らの周りを青白い電光で発光させる。
ワッ とキラービーが声の主に押し寄せるが、いち早く近づいた蜂が バチンッ! と音をさせて地に落ちると、ナギサを包む青白い光から細い線が触手のように伸び、あっという間に無数の蜂がボトボトと地面に落ちていく。
「な、な、なっ!?」
ランベルトは、近づくのを躊躇してその場で足を止めた。
「どなたかっいらっしゃいますか!?」
ナギサが、荷馬車の中を覗き込むと、そこは凄惨な血の海が広がっていた。
「あぁっ!!」
ナギサの悲鳴にも似た嘆きと同時に、周囲の魔素が激しく揺れた。
ビャンッ!
以前響いた琵琶の音が周囲に響きわたる。
数匹のキラービーが小さな肉塊を持って反対側の業者台から飛び立つと、そのまま林の中に入ろうとする。
「逃がすかよっ!」
「待てっ! 深追いするな!!」
「赤ちゃんをっ持っていかれたっ!! 許さないっ!」
「もう死んでるっ!!」
「だからなにっ!?」
ランベルトは、雷光に怯むことなくその腕を掴んだが、ナギサはランベルトを睨みつけると、引き絞られた魔素が弾かれたように振動しはじめる。
ビャビャンッ!
掴んでいた手が緩むと、ナギサはランベルトの制止を無視して、羽音を頼りに街道横の林に入る。そう街道から離れぬそこに、巨大な蜂の巣が現れた。
その巣を守るように蜂は周囲を飛び交い、威嚇するようにけたたましく響かせる羽音にそれは重なった。
ビィギャンッ!!
楽器の弦が切れたような音が打ち響いた刹那、その明るさを増した青白い光が巣を取り囲んだ。
殺戮は一瞬だった。
落雷のような甲高い轟音と、目を開けていられないほどの閃光の後、巣からは白い煙が上がり、夥しい数のキラービーの死骸が一面を覆い尽くす中、ナギサは巣に近づいて膝をつくと、地に落ちた物言わぬ赤子の肉片をかき集め、震える両手で抱き上げた。
「ン〜ッ・・・!!」
ナギサは、遺体の血に塗れたまま地面に頭をつけると、そのまま体を揺らして絶叫するように泣いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「これは・・・ご婦人がご同行してるのに、配慮できなかったんですか?」
「よく目にする機会があるって言ってたんだよっ」
討伐後の素材回収のために〈 発光弾 〉で呼び寄せた自分の護衛の1人が、街道脇の木にもたれかかり放心しているナギサにチラリと目をやると、ヒソヒソと小声ではあるが明らかに責めるように言った。
凄惨な惨状の中に一般女性を連れて行ったランベルトに、若い頃からどうにもこの人は、人を襲った魔物を前にするとやりすぎるきらいがある。と、護衛は呆れたように盛大なため息をついた。
思わぬ大量の素材回収に商会員達はウハウハだろうが、[キラービー]に襲われた集団の末路なんぞ、こうなる事は分かりきったことだっただろうに。
「それにこれは俺がやったんじゃない」
「え?」
ランベルトからボソリと落とされた呟きに、護衛は怪訝な視線を向けた。
あの血はナギサの物ではないと説明を受けたが、篝火に照らされた顔まで赤黒い血に塗れ、虚を見つめているその顔に憐憫と共に少しの色気を感じた護衛は、頭を振って「おおかた良いとこ見せようとしてドン引きされたんでしょ」と、軽口を叩いて魔石拾いの隊員達の元に戻った。
街道の真ん中に横倒しになっていた荷馬車と馬は街道脇に移動され、6人分の遺体は身元を確認できる物と遺髪を切り取った後、穴を掘って火で焼かれ埋められた。
街道に遺体をそのままにしておくと、別の獣や魔獣が血の匂いで出て来てしまう恐れがあるため、この処置は妥当。
積荷は、街道整備隊に処分回収されるか、盗賊や通りかかった者が勝手に回収するが、盗品と分かればそれ相応の調べと罰は受けるので、よっぽどの理由がない限りこうゆうケースでベリメール隊商が手をつけることはない。
遺体は遺族から要請があれば調べられたり改められたりもするが、あくまで要請があればのことで、金銭的にもかかる人員的にも平民相手では滅多にあることでは無い。
全てを無視して捨て置いても咎められる事は無いが、曲なりにも名ばかりとはいえ貴族のランベルトが伴う隊商が発見し、次の目的地で遺品を渡して『これこれこうゆうことがありました』と報告して終いにしても、むしろ僥倖と言える処置であった。
この荷馬車の積荷に特別なものはなく、御者と護衛の他に、女性と思われる遺体が2体あった。
どんな謂れがあって危険を伴う移動をしていたのかはわからないが、赤子がいたため先を急いで日暮でも街を目指し、赤子がいたため[キラービー]の追撃を振り払えなかったのだろう。
夜営地に我ら定期隊商が先に居たら、その選択も変わっただろうが、それは考えても詮無いことだ。むしろ予定より早くついたぐらいなのだから。
すっかり静まり返った周囲を警戒しつつ、回収要員を呼び寄せ返事を確認するも、その間何を呼びかけても返事も、その場を動こうともしないナギサを仕方なく横抱きに林から出た。
木の根元に座らせ、ぐずぐずに崩れた赤子の遺体を引き剥がすようになんとか取り上げたが、その後ナギサはピクリとも動かない。
この状況の中、光の灯らぬ暗い瞳を瞬きもさせずに潤ませて、微動だにしない女の扱いなど学んでいない。
このまま強引に、子供達のいる夜営地に戻るわけにもいかないだろう。
いったいどうすれば良いのか。と、眉間を揉んだ後、ランベルトはため息をついてナギサの横にしゃがみ込む。
口を半開きに、妙に艶っぽいその顔に、手拭きの布を湿らせると、顔についた血糊を拭った。
あの閃光。
見たことも聞いたこともない恐ろしい魔法を放ったナギサだが、事前の会話で言っていた通り、赤子の遺体を一切焼き焦がす事なく、見事に全ての[キラービー]だけを一瞬で焼き落とした。
モンスターとはいえ、何百という命を刈り取るその魔族のような所業にも関わらず、縁もゆかりもないたった1人の遺体を胸に慟哭するなぞ訳がわからない。
身にまとう烏衣はこの闇夜ではわからぬが、内臓までは達していなかったとは言え首が取れかかっていた遺体を抱いていた。おそらくこちらもそれなりに汚物と血で塗れているだろう。
「濡れて冷たくはないか?」
ランベルトが胸元に手をかけると、パシリッとその手を掴まれた。
そのまま声も無く手のひらを頬に当てられると、ハラハラと両目から涙が流れ落ち、ランベルトは成人前の小僧のように動揺した。
なんと美しい。
血の気をなくした真っ白い柔らかな肌の感触と、長いまつ毛が涙で濡れ、自分の子でもあるまいに、ただ泣き伏せる女の顔に見惚れてなんの言葉を告げられずにいると、ハクハクとしたその唇からただ小さく「悔しい、悔しい」と言葉が漏れた。その言葉にハッとする。
ランベルトは、地面に膝をつきナギサの頭を抱きかかえると「そうだな。そうだった」と、その頭を優しく撫でさすった。
次回:甘い考え




