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初めての狩り



「魔石って全部の属性がどこかしらで購入できる品ですか?」

「次は何を作る気だ?」


今朝の朝食は、ベーコンと玉ねぎと舞茸がたっぷり入ったマフィンだった。

生地には市場で買ったカボチャを練り込んだので少しだけ甘い。

大きく作ってしまい不安だったが、子供達はマグカップのポタージュごとペロリと平らげ、カイルもエドも果物のヨーグルトがけをおかわりした。ヨシヨシ。たくさん食べろ。とナギサは目を細めて子供達の食事を見守った。


午前中の馬車の中で、ランベルトの質問をスルーしたナギサは、なぜかずっとおとなしいエルリックをチラリと見た後、隣に座るベリメールに話を戻す。


「そう大きくなくても良いのです。全種類見て違いを知っておきたいだけなんで」

「大きくなくて良いのなら、次の[アルレシャ]でも購入できますが、やはり森に近い[シデタル]の方がお値段も品質も良いですよ?」


道中にあった森とは違い、海から離れ内陸に入ると、この大陸の中心には[クワイエットフォレスト]と呼ばれる広大な森《魔領域》がある。

魔素の豊富な森の魔獣は正しくデカく、魔石が採取しやすいのだそうな。因みにデカさに加えて強くて邪悪。と、いう事になっているらしい。


「無条件で人間は襲われるの? っていうか食料?」

「そうだな。獣の類は食用目的なのかもしれないが、魔物はそうとは限らないだろ?」

「魔物。なんとなくしかわかんないんだけど、具体的にいうとどんな感じ?」

「そりゃ、悪魔とか、魔女とか」

「ほほう?」


ランベルトの口から出た『魔女』と聞いて、ナギサの肩がぴくりと上がる。

やはり魔女は討伐対象なのだな。って、待てよ。


「悪魔とか魔女からも魔石が取れるのですか?」

「とれるんじゃねえか?」


なんで曖昧?


ナギサが怪訝な視線を送ると、ベリメールが笑って言った。


「魔女や悪魔は伝説上の魔物ですよ」

「実在しない、と?」

「まぁここ数百年は討伐記録はねえな」

「なるほどねぇ」


自分の体内に、異物があるような感じがしない。

称号こそ[魔女]ではあるが、種族は人間だ。

それとも異世界に来た時に、体内に何か生成されたのだろうか?

まさか埋め込まれたとかないよな。異物感は無くとも結石とか腫瘍とか?

魔石ってなんなんだろう。


ナギサは胸に手を当て、自分の中に有るやら無いやらわからない、得体の知れない物の気配を感じること無く大きく息を吐く。

ここは異世界。人外になったとて、何を憂うことがある。

[魔女]が討伐対象だったとしても、そんなもんはなから織り込み済みでは無いか。向かってくる敵は、全て叩き潰すつもりであの城を出たのだから。


「今晩の“お肉狩り”に、同行させて下さい」

「は? 今の会話でなんでそうなった?」


眉間にシワを寄せたランベルトが、意味がわからない。と、首を左右に振ってため息をついた。


「何もできないより、戦えるようになっておきたい」

「いやでも、お嬢さん。魔獣を相手にするのは、あのチンケなおっさんをどうこうするのとは訳が違う」


でしょうね。と、ナギサはランベルトに説明を続ける。


「その辺のところも確かめておきたいんです。私、ひとりで生きていかないといけないんだから」

「だから、なんでそうなるんだ? わざわざ危険な目に遭おうとせんでも、街で生きれば良いだろ」


呆れたように正論を述べるランベルトに少々腹がたつ。

ナギサは、街でだってひとりでうろつけないような場所しか無いではないか。という言葉を飲み込んだ。


「ウチの家訓に『自分で仕留められないような肉を調理をする資格は無い』と言うのがありまして」

「はぁ!?」


取ってつけたようで申し訳ないが『食うためだ』と言えば『否』とは言い難いだろうがよ。と暗に告げる。

睨み合うランベルトとナギサに、クククッと声を殺して笑うベリメールが間に入る。


「家訓とあらば仕方のない事ですねっランベルトさん。護衛の方しっかりお願いいたしますね」

「・・・わかったよ」


渋々承諾したのに申し訳ないが、コチラとて自重するつもりはないんだ。せいぜい大物を釣り上げてもらおう。

ランベルトを勢子がわりに使ってやろう。と目論んでいたのが伝わったのか、自称そこそこヤレる傭兵はこめかみをもみながら深いため息を吐いた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


車輪の無くなった馬車は快適に進み、夜営地には問題なくついた。

問題無いどころか、いつもより2時間ほど早い。荷馬車をひく龍馬の速度が上がっていたことに、御者どころか護衛の騎士たちも気が付かなかったほどだ。

とは言え次の目的地を目指すにも中途半端な時間なので、野営地に止まる時間を長くすることでしばらく調整することになるだろう。


「で、なんの肉を狩るんだ?」

「何がいるかもわかんないのに」


時間的にはオヤツの時間だが「僕達も行く」と申し出た子供達を「流石にそれは無理」と説得して待機させ、ランベルトとナギサは、ポツンと森の前で佇み暗い方に視線を向けていた。


「ホーンラビットならその辺にいるだろうが、コッコは探さないと見つけられんだろうな」

「違うお肉食べたく無いの? 豚肉とか有ると良いなぁ」

「豚、ボアか?」

「ボア。猪か。大変?」

「大変っちゅうか、狩るのはお嬢さんなんだろう?」

「見たこともないわ」

「なんだと!?」


ナギサは、猪は動物園でも見たことがないなぁと首を捻る。以前ニュースでみた猪は飼われているもので野生のそれでは無かった。


「いや、食用のウサギも生きてるのは見たことないし、っていうか野生動物の狩りなんてしたことないんだけど?」

「だろうよ。そんなんでどうやって殺すつもりなんだ? って話だろうが」

「ごもっともで」


ランベルトが呆れたように眉間を押さえて首を左右に振った。

んじゃなんでも良いからサクッと見せてくれ。と視線を返す。


「・・・ついてこい」


ナギサは、ウンウンと気軽に頷いて、指を「アッチ? コッチ?」と左右に振った。

ランベルトは、深いため息をついてから、無言で森の中に歩き出す。闇雲に進んでいるようには見えないが、黙って森の中を進む。当然道は無く藪をかき分けてしばらく進むと、獣道のような細い道にでた。そこでやっと辺りを伺うような仕草を見せると、ランベルトは口に指を当て『声を出すな』とゼスチャーしてから指をさした。その先に少しだけ藪が開かれた場所があり、何か数頭の獣が蠢いている。


そこでは茶色い兎が数頭、地面に落ちた木の実を喰んでいる。

なるほど。兎達はこちらに気付いていないようで、長い耳をしきりに動かしながらもその場にとどまっていた。

ランベルトに『ここで待機』とゼスチャーされ、ナギサは素直に頷いた。


ランベルトは、一瞬だけ胡乱な視線をこちらに向けると、小さく息を吐いて、音も無くそばにあった木の枝に飛び乗った。

「えっ!?」と、声が出そうになったナギサは、慌てて口を押さえて押し留める。

頭上のランベルトが、眉間にシワを寄せこちらに向けた視線に、ナギサは口を押さえたまま『ウンウン』と頷きを返す。


またしても小さく息を吐いたランベルトは、大きく迂回して器用に木の上を移動して回り込むと、少しずつ兎の群れに近づいて行き、1匹の兎が首を上げた瞬間、なんらかの〈風属性〉の魔法を放ってその首を刈り落とした。

ワッと群れが散り散りになった瞬間に、もう1匹の首も落とすと、木の上から降りて兎の死体に手を伸ばし、後ろ足を掴んで引き上げた。


ダバダバと刈られた首元から血が落ちる。

そのまま2体目も拾い上げると、やっとナギサに視線を向けて手招きした。


「凄いっ! こんなに簡単にお肉ゲットなのですねぇ」

「あのなぁ」


実際はその経験から、餌場を見つけ風下に周り、気配を悟られず限界まで近づいて、と「色々やってんだ」と説明したが、こんな風に遠隔攻撃が有効なら、()()を見つけてしまえば後は同じなのだろう。

何やら文句を言いながら、ランベルトは手近な木の枝に手際よく兎を吊るすと、下に穴を掘って素早く頭部を入れ、血が滴り切るのを待った。

ナギサは、角兎にツノがあるのか確認できなかった。


「にしてもデカくない? 芝犬ぐらいあるけどそれ普通?」

「デカいか? こんなもんだぞ?」

「そう・・・」


ランベルトは[死体袋]と呼ばれる〈臭い消し〉が付与された巾着状のズタ袋を取り出すと、兎の死体を入れた。


「それは[マジックバッグ]ってヤツですか?」

「そんな上等なもんじゃねえが、臭いと重さが限りなく軽減する[拡張袋]だな」


その間口が許す限り、なんでも入れることができるが、無限に入るわけじゃ無い。と説明された。

やっぱりすでに[重力軽減]の魔法があるんじゃん。と納得いかない視線を向ける。


「どうする? 戻るか?」

「え、なんで?」

「もう十分だろ」

「2匹じゃみんな分には足りないし、私まだ何もやってない」


ランベルトが眉間にシワを寄せる。


「ここは暫く肉になるような獣は来ないぞ」

「あぁ、血が・・・あ、肉食の奴が代わりに来るとか?」

「そうだな。蛇や熊や狼がいる」

「なるほど。じゃ、次の餌場に行きましょう」

「簡単に言うなぁ」


血の匂いは感じないが、獣のそれは人間とは違うのだろう。ナギサは、熊や狼は食えないのね。と、考えながらさらに森の奥を目指した。


先ほどとは違い、少し広い獣道を見つけると、歩きやすくなったそれを進む。

と、離れた場所からでもわかる。いる。その音と匂いで、兎とは明らかに違う“大物”の気配がしっかりする。


ランベルトは眉間にシワを寄せたが、ナギサはチラリとその顔を見ただけで、次は自分が。とゼスチャーして、獲物に向かって手をかざすと、2頭の巨大な()()は逃げること無く同時に倒れ込んだ。


「なんっ!?」


ランベルトが驚いて声をあげるが、ナギサはなんでも無いように猪に歩み寄る。


デカい。これが猪? ハイエースぐらいあるよね? これは普通なの?


どうなのか? と、ナギサはランベルトの顔を確認するが、わけのわからないランベルトは、恐れ慄いた表情をナギサに向けて言った。


「何をしたっ!?」

「あぁ、二酸化炭素を集めて()()させたの」

「にさん? って昏倒!? 生きてるのか?」

「どうだろ?」


ナギサは、倒れた猪の首元に魔法で深く穴を掘ると「どうやって血抜きしよう?」と一瞬逡巡したものの、氷の円盤を()()させて地面側だけ斬首した。


「猪の皮は厚いって聞いてたけど氷で切れたな。血抜き、あ、そっか[収納][削除]っと、確か内臓を傷つけちゃダメなんだっけ。見えてないから[()()収納]は無理っぽいな。どうやって運ぼう」

「な、な、な、」


何が起きたのか未だ理解できていないランベルトをそのままに、ナギサはサクサクとことを進めていく。

血液は傷口から容易に[収納]することができたが、[解体]は見たこともないのでイメージできないせいか、感覚的に無理だと感じた。

そのまま[収納]して持ち帰ることも考えたが、いくら自重しないと決心したとて、流石に人前でこの大物を入れたり出したりするのはどうなのか? と考えたナギサは、その場でシーツに〈浮遊〉の魔法を付与すると、2頭の死体を乗せ引いて夜営地に戻った。


「解体ってお願いできますか?」

「それ、は、問題ありませんが、またこりゃ大物ですね・・・」


ナギサは、驚く肉担当商会員の見事な解体術を、そのまま見学させてもらった。


「簡単に習得できる気がしない」


魔獣化しているという巨大な猪[フォレスト・ボア]は、2人がかりで瞬く間に皮を剥がれ、腹を割かれ、あっという間に可食部と廃棄部に、鮮やかな手際で分けられてゆく。

肉担に「血抜きが完璧で解体しやすい!」と絶賛され、2頭目は一緒に解体を手伝わせてもらった。が、やはりデカい。指導されながらとは言え、職人2人の手を煩わせても、皮を剥ぐだけで1時間以上かかってしまった。


「素晴らしい一枚皮が取れました!」

「ダンジョン産でも無いのにこれは珍しいですよ!」


大喜びしている肉担に、狩りの収穫物についての説明を受けながら、残りの解体の手解きを丁寧に受ける。

ダンジョン産のモンスターだと、討伐後に[ドロップ]という形で[素材]がゲットできるのだとか。解体の手間は省けるが、全身丸ごと採取できる森での狩りと違い、皮だけ。とか、魔石だけ。というのもざらで、どんな部位が[ドロップ]されるかは[運]に左右されるのだとか。

どんな理が全くわからないが、モンスターにダンジョンにドロップと、並べられるいかにもファンタジーな単語。実際に目で見てみたいものだ。


「肉なんかは大幅に少なくなりますからね」

「食用には森での採取が1番ですよ!」

「へぇ〜」


「に、しても、この量。どうすんだ?」


積み上がった生肉の塊を前に、ランベルトが呆れたようにナギサを睨みつけた。


あぁ、そうか、普通の[マジックバッグ]には、時間停止機能が無いのか。だからこの隊商でもナマモノを運んでいないんだった。


ナギサは「グムム」と首を捻って考え込むと、意を決したように[買い物バッグ]を取り出した。


「これには時間停止機能があります」

「なんだと!?」


背に腹はかえられぬ。大っぴらに[収納]を使うよりは良いだろう。と、出したはいいが、やはりこれも《神聖遺物》扱いだったようで、肉をポイポイ入れている途中に現れたベリメールに驚愕された。


「なるほど。こんな物までお持ちで・・・」

「ハハハ・・・」


ナギサは乾いた笑いでこの場の疑問を誤魔化しながら、[秘密保持]の引き換えに[レンタル]を約束すると、ベリメールは、文字通り泣いて喜んだ。イケオジが本当に泣いてる。

そんなに!?

いわゆる[マジックバッグ]である向こうの買物バッグは、メッシュでナイロン製。駒込家の1週間分の 買物袋 (ショッピングバッグ)として使っていたが、本来はファミリータイプの海水浴バッグだ。間口が広く手で持ち上げることができる物であれば、大抵のものが入る。

それが《神聖遺物》であるはずの時間停止機能付きの[ 拡張袋 (マジックバッグ)]として存在しているのだから、使い勝手はごろうじろというところだ。

[複製]でいくらでも生産できる身としては献上しても良いところだが、気軽にやり取りできるようなアイテムでは無いので、向こうのお望み通りあえてレンタルとさせてもらう。もっとも返してもらう気も無いが。


「魔道具(魔法付与道具)として、生産されているわけじゃ無いんですね」

「私の知る限り、ダンジョンや遺跡からのドロップ品です」


となると、(きん)と同じく、『商品として売り出し大金持ち』ってわけにもいかないか。なんともままならないものだ。


当たり前のように返されたベリメールの答えに、ナギサは、錬金術や魔法付与師の気苦労にため息をついた。

どんな能力を持っていたとしても、そこに必ず身の安全が付きまとうのが封建社会の難しいところだ。自分で身を守る術を持たない者の自由は、その上、さらにその上の権力者達にいとも簡単に蹂躙される。

日本にいたってそれはつきまとうことではあろうが、向こうはそれなりに“人権”と“法律”が徹底周知されている。

コチラではそれが無い。無いのだ。皆無。圧倒的暴力が力の全て。泣けてくる。


「やっぱり()()()()が無難で良いのかもねぇ」



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