自分の能力
となると、やはり自分の能力を知っておくべきか。
何ができて何ができないのか。
みたところ、この街はぐるっと四方を高い壁で囲まれている。
街から出るには、何かしらの検問があるだろう。
この国を出る手始めとして、街からすら出られないのでは、目も当てられない。
そもそも追手がかかっているのかどうかもわからない状況だけど。
ナギサは、林檎売りが指さしてくれた方向に向かって歩きつつ、たち並ぶ露店をぬけ、ひらけた場所にたどり着く。
道から続いた石畳の広場だが、数ある木陰のベンチに座っている人は1人もいなかった。
そりゃそうだ。今は皆働いている時間なのだろう。
たくさんの人々とすれ違ったが、誰もが忙しそうで、こちらを気にする者など誰1人としていなかった。
適当に選んだベンチの一つに腰を下ろす。
ベンチは、鋳物の骨組みに座面は木製。意外にもガッツリ頑丈で、鋳物部分に植物のデザインがされている可愛らしいベンチだった。
空を仰ぐと、日差しを遮っている青々と茂った葉の形から、この木はコナラに見える。秋にはどんぐりがつくあれだ。
ナギサは、[熊の胆亭]の女性店員が渡してくれた布の包みを思い出し、リュックから取り出すと、切りっぱなしの布切れの端をそっとつまんで開けてみる。
そこには、チーズが挟まったパンが一切れ入っていた。
あ、いかん。こりゃいかん。
目の奥がジンと熱を持ち、目から何か溢れそう。
こんなところで泣きたく無い。って言うか、もうどこでも泣いちゃいかん。
涙が流れるたびに、心がスッキリする。
心がスッキリするたびに指針が揺らぐ。こんなんじゃきっとどこにも辿り着けなくなる。
「[鑑定解析]」
チーズサンド:トカプチカウの乳で作ったチーズ
状態:可食
ナギサは、サンドイッチに躊躇なく噛みついた。
パンはパサパサで、少々酸味があり、あまり美味しく無い。
チーズは、食感が固くホロホロとしているが、乳の味が濃く、ガツンと塩味が効いている。これは美味しい。
サンドイッチとしては美味くはないが、食えなくはない。
[熊の胆亭]は『美味しい食事』を提供しているらしいが、これが一般の人の食事のスタンダートかどうかはわからない。
だけど、善意100%の頂き物な事は間違いないので、残りのサンドイッチを3口で平らげた。
あの老人の様子からも、ここではまだ砂糖が一般流通していないのがわかる。
[鑑定解析]
林檎:王都の農園で朝採り
状態:生食可
今度は先ほど買った林檎を丸ごと齧ってみた。
「林檎だ。むしろいい感じに酸味があって味が締まってる。美味しい」
店主が『格別に甘い!』と言っていただけあり、十分に甘いが酸味とのバランスが良く、新鮮なのか品種かわからないが、パリパリジューシーで、そうだな、千疋家の藤やジョナゴールドを食べた時のような感動がある。
「食の好みが異常に違うって事はないみたいだな」
ナギサは、さっき買ったばかりの中鍋に手元から出した水を注ぎ入れ、クルクル回して中身を木の根元の地面に捨てる。
「え〜と〈浄化〉」
水を出した時に気づいたが〈魔法〉や【スキル】の発動に、特に詠唱は必要ないようだ。
鍋をきれいにしたかったのだが、狙い通りか定かではなかったので〈浄化〉と唱えてみた。
うまく行ったようで、中鍋がポワッと光ったので、続けて[鑑定解析]を展開させる。
[鑑定解析]
コルドロン(中)長脚付き:直火オーケー
状態:清潔
いいね。ところで〈魔法〉で出した水は飲めるんだろうか?
ナギサは、手のひらを上に向け水の塊を出したが、水はダバリと流れ落ちることもなく、手のひらのギリギリ上で浮き漂っている。宇宙ステーションの飛行士達が良くやっているアレだ。
ただし、手を動かすとついてくる。これも水を出した魔法の一環なのだろうか?
[鑑定解析]
魔力水:術者の魔力を含んだ水
状態:冷たくてとても美味しい
さようで。でも、見慣れぬ名前にちょっと抵抗あるから、ペットボトルの水使おう。
出した水を一旦鍋に入れておく。
あ、そう言えば。とやっと思い出し、[収納]の中から、コンビニで引き取った荷物を取り出そうとしたが、入れる時はあまり深く考えずにこう、胸に蔵う。的な感じで[収納]しちゃったけど、取り出す時はどうすりゃ良いんだ?
「ステータスボードみたいに、収納物の一覧でないかな?」
ナギサが胸の高さで手をかざすと、出た。ステータスボードと同じように、半透明のモニターが。
[収納物]
買物バッグ
ランドリーバッグ
普段使っている家計簿のアプリと同じ仕様だ。ありがたい。
ランドリーバッグの中に入っているダンボール箱を取り出そうと指を添え、やべぇ! 買物バッグの中の肉とかどうなってるんだろう!? と、新たなポップが出た。
[ロックをかけますか?]
んん? ロック?
ナギサがポップ画面を長押ししていると、注釈がついた。
[ロックをかけますか?]
ロック機能:収納物を保存状態にします
え、保存て?
ナギサはとりあえず、心配だった買物バッグを長押しして[ロック]を選択した。
[収納物]
買物バッグ(鍵)
ランドリーバッグ
個数の横に南京錠のマークがついた。そのまま「取り出し」と呟いてみる。
[ロックがかかっています。[複製]しますか?]
ほほう!?
そのまま[複製]の文字を触ると、0から999と表示されたロールカーソルがでたので、999をポチり。と、する。
[収納物]
◆買物バッグ(鍵)
買物バッグ×999
◆ランドリーバッグ
買物バッグ×999 を見ながら「取り出し」と、呟いてみると、目線の先のモニターに重なるように[買物バッグ]が飛び出て、膝の上にトスンと落ちた。
駒込家が愛用している買物バッグはメッシュタイプの大容量ビーチバッグだ。
食べ盛りの男子高校生と女子中学生がいて、家族4人分の食材をまとめ買いするので、この大容量なのだが、買ったはずの荷物の重さもないし、メッシュタイプなので中身が消えているのが見て取れる。
「あれ? 中身は?」
疑問に思いながら、膝の上の買物バッグを手に取ると、勝手に引き出し線が引かれ鑑定結果がバーチャル表示された。
[鑑定解析]
異世界の買物バッグ:アイテムバッグ(時間停止機能付き)
「え? は?」
間口のチャックを開いてみると、メッシュ素材のはずなのに、中は真っ暗で底が見えない。
恐る恐る手を入れると、中身が頭の中に浮かんできた。
「お、え、わ、わぁぁぁ!」
試しに[氷]に注目して掴み、バッグから手を引き出してみる。
ナギサの手には、東急ストアで買ったVマークの[ロックアイス]の袋が握られていた。
中の氷は買った時とほぼ同じ状態で凍ったままだった。
なるほど[時間停止]が仕事したのだな。と、バッグには戻さず今度は[収納]で胸の中に蔵う。[収納]は時間停止機能がついているのだろうか。
そうして[買物バッグ]に再び手を突っ込むと、コンビニで晩酌用に買ったエビスビールを取り出し、人目も憚らずプシュっと栓をあけ、ゴッゴッゴッと音を立てて缶をあおった。
「っかぁ〜っ空きっ腹にきくぅ〜」
おそらく平日の午前中だ。チラホラと人は見かけるが、いずれもこちらを気にする者などいない。
ナギサは缶ビール片手に作業を続ける。
[収納物]モニターに目を戻し、[ランドリーバッグ]にも[ロック]をかけておく。
缶をベンチの上、自分の横に置いて、ブーツを脱ぐと[収納]してから同じく[ロック]をかけ、長押し[複製]ロールカーソルで[1]を選ぶ。
[収納物]
◆買物バッグ(鍵)
買物バッグ×998
ロックアイス
◆ランドリーバッグ(鍵)
ブーツ(鍵)
ブーツ
思い通りの操作ができたので、[ブーツ]を取り出し、リュックの中に替え用の黒靴下があった事を思い出して、リュックに手を入れると、[買物バッグ]の時と同じように、中に入っているものが頭に浮かんだ。
[鑑定解析]すると、こちらも[マジックバッグ]になっていた。
さらに[リセット]機能なる表示がある。
ナギサが、リュックのポケットを探ると、女性店員に渡したサワーチェリー缶がそのままあり、さっき鍋と変えた黒あめも減っていない。
しかし、女性店員から貰ったサンドイッチの包みは手元にある以外、無くなっているようだ。
[鑑定解析]の引き出し線にある[リセット]に指を添えると[異世界から持ち込んだ品物限定]と注釈が出た。
・・・なるほど?
ブーツ同様、[リュック]も[収納][ロック]して[複製]したリュックを取り出しておく。
[収納物]
◆ビジネスリュック(鍵)
◆買物バッグ(鍵)
買物バッグ×998
ロックアイス
◆ランドリーバッグ(鍵)
◆ブーツ(鍵)
とりあえず一度取り出したサワーチェリー味の飴を[収納]で999個に増やして、元々入っていたリュックのポケットに入れてみた。
面白いように入っていく。
飴の缶を全てポケットに入れ、持ったり触ったり、出したり入れたりとしてみるが、リュック自体の重さもポケットの膨らみも変わらない。なるほどこれはこれで便利だ。
リュックから他の物も色々取り出す前に、ふと目の前の中鍋を[収納]した。
[収納物]
◆ビジネスリュック(鍵)
◆買物バッグ(鍵)
買物バッグ×998
ロックアイス
◆ランドリーバッグ(鍵)
◆ブーツ(鍵)
◆中鍋
[中鍋]を長押しするが、[複製]のロールカーソルは出ても、[ロック]のポップは出てこない。
[収納物]を長押ししてみると、説明のポップが出た。
注釈:
再入手不可品には[ロック]がかけられます。
異世界物は魔素から形成され、不足している情報部分を既存のエーテルで補っています。
(鍵)のマークがある物は[収納]の中から決して無くなりません。
[収納]の中から消したい場合は全て取り出すか、[複製]のロールカーソルから[0]を選択してください。
[収納]内で消滅してしまった物は、2度と入手することができません[0]を選択する場合は、十分にお気をつけください。
あ、はい。
ナギサは、買物バッグ×998のロールカーソルに指を添え[0]を選んで手を離す。
[買物バッグ×998]が消滅します。よろしいですか?
[はい] [いいえ]
さらにポップが出た。親切丁寧。
ナギサが[はい]を選択すると[買物バッグ×998]が一覧から消えた。
[収納物]
◆ビジネスリュック(鍵)
◆買物バッグ(鍵)
ロックアイス
◆ランドリーバッグ(鍵)
◆ブーツ(鍵)
◆中鍋
こんな機能何に必要なんだ? と首を捻るが、手持ちの缶ビールを飲み切って思い至る。
カラになった缶を[収納][複製][0]を選択。
[ビールの缶]が消滅します。よろしいですか?
[はい] [いいえ]
[はい]を選択
[ビールの缶]が一覧から消えた。
なるほど[ゴミ箱]機能ね。理解しました。
改めて[中鍋]を選び[複製][1]を選択して[収納]の中から[中鍋]を取り出した。
入れた時と同じく[魔力水]が入っている。
ナギサは、今度こそリュックの中からサニタリーポーチを取り出すと、中から靴下を出して履き、ブーツに足を入れた。ついでに化粧ポーチも出して、スペアのピアスもつける。
当日につけていたアクセ類は、スーツのポケットに入れてランドリーバッグの中だ。
どうやら、バッグの中を[収納]内で出し入れすることはできないので、一度全部取り出し、収納し直した方が、[収納]の【スキル】は使いやすそうだ。
そういえば、[マジックバッグ]から物を出すときは、バッグに手を突っ込んで掴んで引き出すけど、[収納]からの[取り出し]は視線の先に現れる。
ナギサは[収納物]の[中鍋]を[99][複製]して、モニターから目を離すと、[中鍋]を意識しながら、ベンチの上に視線を向けて「取り出し」と、呟いてみた。
カタンと音を立てて、ベンチの上に[中鍋]が現れた。
今度は少し背筋を伸ばして、前を向き呟いてみる。
ナギサの目線に高さに現れた[中鍋]は、足元の石畳の上に ゴワンッ! ガシャン! と大きな音を立てて落ち、中の水をぶちまけた。
慌てて[収納]すると、倒れた[中鍋]が、蓋ごと胸に蔵われる。
モニターに目を戻すと表示内容は変わっていた。
[収納物]
◆ビジネスリュック(鍵)
◆買物バッグ(鍵)
ロックアイス
◆ランドリーバッグ(鍵)
◆ブーツ(鍵)
◆中鍋(魔力水入り)×97
◆中鍋
今、目の前には[中鍋]が2つある。もはやこの鍋売って生活できそう。
「はぁ〜なるほどねぇ[収納]便利だなぁ!」
いや、別に売るなら鍋じゃなくていいのか。
たった今付け替えた丸玉ピアスは小さいが24金だ。際限なく増やせるのなら金塊を作り出すのも容易いだろう。
「あぁ、それなら」
ナギサは、さっき手に入れた銀貨と小銀貨5枚を[収納]する。
[収納物]
◆お金
銀貨
小銀貨×5
◆ビジネスリュック(鍵)
◆買物バッグ(鍵)
ロックアイス
◆ランドリーバッグ(鍵)
◆ブーツ(鍵)
◆中鍋(魔力水入り)×97
◆中鍋
それまでと同じように[銀貨]を長押ししてみるが、[ロック]も[複製]も現れなかった。
続けて財布から500円玉を取り出し[収納]する。
[収納物]
◆お金
銀貨
小銀貨×5
◆ビジネスリュック(鍵)
◆買物バッグ(鍵)
ロックアイス
◆ランドリーバッグ(鍵)
◆ブーツ(鍵)
◆中鍋(魔力水入り)×97
◆中鍋
500円玉
[500円玉]を長押しすると[ロック]と[複製]ロールカーソルが現れた。
もしかして、法を遵守する概念が【スキル】にあるんだろうか?
こちらで[通貨]としての価値がある[硬貨]は[複製]できないけど、いまや[金属素材]としての価値しかない[500円玉]はもう[通貨]としての価値が無いので[複製]できる。とか?
ナギサは、さっきつけたばかりのピアスを片方外して[収納]する。
[収納物]
◆お金
銀貨
小銀貨×5
◆ビジネスリュック(鍵)
◆買物バッグ(鍵)
ロックアイス
◆ランドリーバッグ(鍵)
◆ブーツ(鍵)
◆中鍋(魔力水入り)×97
◆中鍋
500円玉
丸玉ゴールドピアス
[丸玉ゴールドピアス]を長押しすると、[ロック]と[複製]のロールカーソルが出た。
[999]を選んで、手のひらの上に全て取り出す。
[鑑定解析]
丸玉ゴールドピアス:24金
換えピアス純金620g
[お金]が[複製]できないのはなんとなくわかる。納得できる。でも、アクセサリーとは言え、 金 が簡単に量産できてしまうのですが、それは良いの?
手のひらの上のピアスはジャラリと音をたて、1つだけでは決して感じることがなかった異常な重みをもって、黄金の威厳を遺憾なく発揮させた。