ため息と星空
今晩の夕飯は、様々な野菜をトマトで煮込んだ“なんちゃってラタトゥーユ”に、一口大にしたグリルチキンを足した煮込み料理を隊商員全員分に振る舞った。
パンはそれぞれの手持ちに任せる事にして、ナギサと一緒に食べるいつものメンツにだけゆで卵とトーストをつける。
「こんな風に鍋ごと渡すのでよければ、皆様の野営地での夕飯を作っても良いですよ」
「いやはや、ありがたい!」
道中の夜営地で、温かいものを食べられるのは何よりのご馳走だ。ということで、大鍋ひとつ大銀貨1枚プラス材料費で毎晩お買い上げいただける事になった。
[ベレノス]からは、特別な荷である獣人の子供を運ぶため同行者は募らず、王都出発時より少し減って25名分になったが、一品だけとはいえメインディッシュの代金に1万ジェンとは、金額だけ見たらそうでも無いように感じる。
こちらは飲食物の価格が著しく安いせいで、妥当なのか安いのか高いのかよくわからなくなるが、大銀貨1枚は、銀貨10枚分。安宿10泊分の大金だ。この感覚にも早く慣れたい。
調味料やメイン食材以外の材料はナギサの持ち出しだが、魔素さえあれば無限に増やせる[収納]からの産物である。こちらに労力以外のマイナスは無い。
そんなに手をかけたものを作るつもりもないし、涼しくなってくているので、煮込みや汁物で良いだろう。
何より、その場にいるみんなが同じ物を食べてもらった方が、子供達ともども視線を気にせずに済むので気が楽だ。
そんな子供達の寝支度を済ませ、大人組は食後のお茶で食休み。
ベリメールとの商談をまとめるべく挙げられる提案に、ナギサは困惑していた。
「ではこの付与の代金は如何ほどご用意すればよろしいでしょうか?」
「それなんですけど、相場がわかんないし、なんの保証もできないですし、要らないかなって」
「ナギサ殿。それは良くない」
「わかりますよ。でも、ただでさえ面倒ごと全てお任せしてますのに、代金は本当に請求し難いのですよ。わかります画期的なんですよね。理解してます」
食うに困らない今、面倒ごとに巻き込まれる富や名声は要らないのだ。
なにせぶっちゃけ実感がない。なんの努力もしていない。その発端すら自分が産んだ発想では無い。元いた世界の先人の知の結晶。よくあるファンタジーの定番だ。でもそれをどう説明して良いかわからない。
ナギサは、後発の[状態異常攻撃無効]の効果を思い出し、おそらく〈浮遊〉はただただ《大いなる者の力》でしかない。それだって縁もゆかりも未だ無いのに。と、ため息混じりに返答した。
「じゃあ一般的な[魔法の付与]料金で良いです」
「一般的な[魔法の付与]など無い」
「そうきたかぁ〜」
ランベルトに、ティーカップを優雅な所作で傾けながら鼻で笑うように言い捨てられ、ナギサは額に両手を当てて項垂れてしまった。
こちらの世界では魔法の付与は何者かが施術する物ではなく、すでに付与されたアイテムが《神聖遺物》としてすでに存在していると言うのだ。
それとは異なり、生活に使用される便利な[魔道具]は、すでに付与がある素材の組み立てに過ぎないのだそうな。
〈魔法〉の[付与]ができるのも異世界チート【魔素干渉】のおかげ。恐ろしく万能だ。
自分をここに連れてきたナニカは、今この現状をどこかから監視しているのだろうか。
ナギサが思わず遠い目をしてしまうと、ベリメールが何気なく質問してきた。
「そう言えば、ナギサ殿が付与に使っているあの金色に輝く糸はなんなのですか?」
「あ〜・・・金です。金糸ですね・・・」
「黄金を、金属をあのように、糸状に加工しているのですか?」
「あ〜・・・はい。マリーさんの魔法を、参考に・・・」
「・・・・・」
金塊を持っていることをバラしても良いものかと、歯切れの悪いナギサだったが、黙り込むベリメールが二の句が告げぬのは金塊のせいでは無い。
「手持ちの材料では金しか思いつかなかったので」
ベリメールが無言な理由がわからないナギサは、観念したようにリュックから取り出した鍋に入っている金塊を見せると、スルスルとその塊から金糸を紡ぎ、円状に形成して魔力を流して光らせてみせた。
「・・・つまり、ナギサ殿には魔法発動の際このような紋様が常に発光して見える。と、言う事でしょうか?」
「そうですけど?」
「・・・・・」
今度は、その場にいるベリメール、ランベルト、ブランドンが驚愕の表情のまま固まってしまった。
ナギサは、以前ランベルトに『いちいち光らせているそれは何か?』と問われ『浄化の魔法だ』と答えたことがあったはずだが、どうやらみんなのリアクションから察するに、常に魔法の発動時に魔法陣が現れ、光が放たれるわけではないらしい。
魔法発動がわかりやすくて良いと思っていたが、どうやらあの ポワッ と光る現象は、自分にしか見えていないと、つまり、無意識ではあったが、つけなくてもいい余計なエフェクト、いや、むしろついている方が不自然だったわけで。
グルグルと考え込むが、せめてこれからは光らせまい。と今更思ったとて全て後の祭りだと、ナギサはガックリと肩を落とした。
すでに夜は更け辺りは暗くなっており、ナギサのいるテーブルは自らが出した〈ライトボール〉で煌々と照らされている。
エルリックは今晩は夜番のようで、周囲の警戒を理由に夕食後早々に立ち去ったのでこの場には居ない。
子供達はすでに入浴も済ませて、明日に備えて荷台で寝ている。
懸念されていた獣人の子供たちの輸送1日目は、“なんの問題もなく”遂行された。
自分が迂闊なことをしでかさなければ。
「えっと・・・なんか、すみません」
「あ、あぁ、まあ、そうだな・・・いや、そうだな」
ブランドンにあんな嫌味を言っておいて、面倒ごとの発端が自分だった事に、とりあえずの謝罪を口にしたナギサに、やっと再起動したかのようにランベルトだけが応えた。
つられて我に帰ったベリメールはおもむろに立ち上がり、テントの中からランタンを持って出てくると、ナギサに手渡してひねるようにゼスチャーしながら言った。
「そうゆうことも含めて、ナギサ殿の不安は、魔石を使えばある程度“偽装”できるのでは無いでしょうか?」
「魔石?」
「本来、魔法が付与された道具には、その効力の源になる属性の[魔石]が使用されています」
ナギサは、この世界に来て初めて見るランタンのガラスホヤの底をひねって開けると、中に入っていた[魔石]を手に取った。
「それは〈光属性〉を持つ魔獣、[ライムディア]からドロップした[魔石]です。それに魔力を流すと発光する効果のある魔道具です」
ナギサは、ベリメールに言われたままに魔石に魔力を込めてみる。
魔石はそのまま ポワッ と光を放った。
途端にブランドンが頭を抱え、ランベルトは肩をすくめてため息を吐く。
そして、ベリメールも呆れたように呟いた。
「まさか魔石そのままを発光させるとは・・・ランタンに、その[魔道具]についているツマミをひねると、魔石から魔力が供給され[ライムディア]の角が発光する仕組みなはずです」
ナギサは慌てて魔石をテーブルの上に置いたが、その灯りは消える事なく発光し続ける。
ベリメールは、魔石を手に取りランタンに戻すと、ツマミをひねって徐々に光を細め正しく消灯させた。
「ナギサ殿は、魔石に直接魔力を込めることもできるようですね」
「皆様はできないのですか?」
「できてたまるか。魔石は普通は使い切りだっ。効果が消えたら中の魔石ごと新しい物に取り替えるのだ」
つまりこのランプの魔石はとっくに魔力切れしてたってこと?
待って。それってどんな罠よ。
ランベルトの説明に、ナギサは眉間にシワを寄せベリメールを睨み見た。
「たいていの魔石は魔獣の体内から取り出しますが、その時の状態によって魔石の蓄積魔力保有量には違いがあります。ですのでなるべくその魔力を消費しないうちに魔獣を殺して採取するのが好ましいのです」
言われてみれば夜営地の照明は、術者の魔力を消費し続ける〈ライトボール〉か、焚き火の灯りのみで、ランタンやランプを見たことがなかった。
特に〈光属性〉の魔石を保有する魔獣は珍しいらしく[魔石ランタン]はそれなりに貴重な品で、王侯貴族や豪商しか常用していないと。
平民は日の入りには眠り、日の出と共に1日を始める生活をしているのだ。闇を照らすなんぞ、暖をとるための薪の明かりや、せいぜい粗悪な蝋燭の灯り、それすら贅沢な物らしい。
宿屋に照明が無かった謎が一つ解けた。
「ナギサ殿が何気なく出しているこの〈ライトボール〉も、こんな無造作に出しっぱなしにしている者などいないのですよ」
「そっか魔力を消費し続けるから・・・」
さもありなん。
だからこそ、夜間の移動ができないのだ。
しかも、ナギサの〈ライトボール〉は現代日本の照明がイメージ元だ。昼のように明るいなんぞ本来ならばあり得ない。
ナギサは今更ながら慌てて〈ライトボール〉を消した。
「ナギサ殿はこのように色々規格外のようですが、その理由をご自分で理解しているのですか?」
「私以外の方々の規格とやらを存じ上げませんので」
「上手いことおっしゃいますね」
ニコニコと、いつもの笑みでベリメールが応える。
「では[付与]の代金は、魔道具の組み立て代と、使われている黄金材料費でいかがでしょう?」
「はい・・・異論ありません・・・」
ナギサは、他に選べる選択肢もなく頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「だよねぇ暗いよねぇ」
荷馬車に1人戻ったナギサは、子供達の寝息を背に、荷台に上がる木製の階段ステップに座り煙草に火をつけた。
明かりの魔法を使わずにいると、東京の夜では味わえない暗闇に包まれ、どこか非現実的な夢の中のようで心細くなる。
月明かりがあるせいか、真っ黒で何も見えないと言うわけでは無いが、確かに暗い。
ナギサは、自分の黒いブーツに目をやって、その輪郭を確認するように視線でなぞる。
黄色の縫い目が見えるのにホッとして、ため息のようにタバコの煙を吐き出した。
思いかえせば日本にいた時だって、どれだけの人間がその構造を理解意識してそれらを使用していたっていうんだ。
ナギサは、異世界に拉致られる前の直近の仕事で、自動車の部品構造を解析し、3D画像データに変換するソフトウェアを作っていたことを思い出した。
現代日本でどれだけの人間が、自分の乗っている車の内部で、ガソリンを爆発させてピストンを動かし動力を得ている。などと意識しながら車を運転していただろう。
海外旅行に向かう飛行機の中で、どれだけの乗客が、あの鉄の塊が空を飛ぶ理由を理解していた?
恐らくそのようなことを気にして海外に向かう旅行者などいない。
到着した先のホテルの清潔さや、異言語による意思疎通の心配しかしていないだろう。
いや、それすら無い。旅行先で何をして楽しもうか。と、それだけ考えている旅行者が大半で違いない。
特別な瞬間でなくとも、公的機関や医療現場や交通機関で、どんなど田舎で暮らしていようとも、絶え間なくその力を使っているにも関わらず、日本のどれほどの人間が身の回りで粛々と仕事をし続けるデジタルソフトウェアに感謝していた?
挙句目につくAIを批判し『人間味が無い』『配慮が足りない』『温かみが感じられない』とのたまい始めていたではないか。
そのAIだって、同じ人間が寝る間を惜しみ人間らしい生活を犠牲にしても『世の中の人のためになるなら』と作り上げた、道具のひとつに過ぎないというのに。
朝目覚めた途端、寝起きの空腹を満たす料理が食卓の上に並んでいても、毎朝続く日常になると、それがどんな風に用意されたものかなんて、思いを馳せる余裕も思いやりもなく日々は流れていくのだ。
毎朝必ずその食卓を一緒に囲んだはずの家族ですらも。
所詮どんな世界でも、便利さは無知を凌駕する。“正しい答え”を求め続けるのがほんの僅かな人々だとしても、世界は問題なく周り続けていく。
ナギサは、荷馬車のステップに腰掛けたまま、地面に向かって大きく息を吐いては、指先のタバコの煙を燻らせる。
ベリメールの『ことが起こってから悩めば良い』って言葉は“真理”以外の何物でもないのだろう。
「いっそ付け込まれる隙のないほど便利にしてやろうか」
異世界チートが怠惰を広め、この世界の大切な何かが腐り落ちる結果になろうとも知ったことか。と、見知ら無何者かに呪いの言葉を吐きながら悪態をつく。
この世界に害獣を引き込んだ自らの行いを、せいぜい後悔すればいい。ざまあみろ。
ナギサは、腕を投げ出した状態で咥えた煙草を深く吸い、その毒を身体中に巡らせた。
自分の愚かな選択で、身体に悪いことをしている罪悪感が、痺れを孕んだ心地良さに変わる。
月明かりだけが頼りの闇夜で、相変わらず自分の靴先を見ながら、辺りを満たす魔素を全身で感じとると、吐いた煙が目にしみて自分が俯いて暗闇ばかり見ていることに気がついた。
夜の方が、魔素の濃さを実感できるのは、やはり称号[魔女]の為せる技ゆえなのだろうか。
「風の魔石が欲しいな・・・」
細く真っ白な煙に巻かれて、こぼれ出た独り言がふわりと空に向かって立ち昇り、つられるように視線が追いかけた先に、ナギサは思わず目を細めた。
見上げた頭上には、濃紺の背景を切り裂く上下に並んだ紅白の三日月と、銀砂を撒き散らせた満天の星空が広がっていた。




