浮遊の魔法
「同じ馬車に乗って良いの?」
「良いに決まっているじゃん?」
ベリメール隊商隊の荷馬車を前に、カイルが顔を見上げて問いかけた言葉に、ナギサは苦い考えが浮かんで眉間にシワを寄せた。
「もう檻馬車じゃないの?」
「・・・・・」
アルの言葉に、エドが幼い弟の頭を撫でる。自分だってまだ子供なのに。
ナギサは下唇を噛み、そばにいたブランドンに視線を向けた。
「・・・申し訳・・・」
謝罪を述べそうになったブランドンの言葉を右手を挙げてナギサが制する。
ナギサはそのまま地面に膝をついて、カイル達に視線を合わせた。
「これまでの馬車とは違って、[ベリメール隊商]の馬車があなた達を[カニス国]まで運ぶわ。その間あなた達のお世話をするのは私。だからこれからは私と同じ待遇を受ける。わかる?」
3人の獣人の子供は静かに頷いた。
今までの人達と、これからの人達は違う。と告げたいのだが、どう言い含めるか考えあぐねる。自分がいなかったらベリメール隊商も“これまでの人達”と同じく檻馬車とやらで運ぶつもりだったのだろう。
運搬の方法の違いではない。根底にある“そうせざるを得ない理由”は変わらないのだ。
「この隊の長は[ベリメール]さん。ヒト族の人間だけど、彼は“強い”。だから・・・」
その後の言葉を続け伝えるのは違う気がする。
その“強い力”を子供に理解できる言葉で説明できる気もしない。
ヒトの価値観の違いを言語化できるほど、こちらの世界観に明るいわけでもない。
ナギサは、自分も心の底から信用しているわけではないのに。と、自嘲気味に笑い首を左右に振った。
「ヒトは、いえ、違うな私、あくまで私はだけど、知らない物が怖い。きっと同じく多くの人は、ヒト族は“怖がり”だから・・・」
「でも、ナギサは最初から俺達を怖がらなかった」
何を言おうとしたのか察したのだろう。カイルが真っ直ぐに見つめてくる。
聡い子だな。
ナギサはため息をついて真摯に答えた。
「ううん。怖い。怖かったよ。まだ何もかも怖いよ。知らないことが多すぎる。だから一緒に知って行こう」
「一緒に?」
「うん。私もコレから色々な事を知って、怖い事をなくしていこうとしてる」
そしてできれば、誰彼かまわず攻撃するような事態にならないようにしたい。
そう選択したのは自分だけど、できれば誰も傷つけたくない。
「・・・だって・・・ヒトの群れから外れて生きるのは難しいっ」
絞り出すように答えたナギサに、エドが手を伸ばして顔に触れ言った。
「ナギサは、獣王国に来れば良い。きっとその方が生きやすい」
「俺もっそう思うっ!」
「ナギサはウチで一緒に暮らせば良いの」
カイルとアルまでも「一緒に」と言ってくれた。
目の奥がツンと痛くなる。
カイルとエド達の両親は、ヒト族の家庭教師を追放したのだ。どんなに頼んでもおいそれとその望みが叶えられるわけはないだろう。
それどころか、おそらくこん件のことは国家間の話に事は及んでいる。一個人どころか、子供の意見など歯牙にもかけられないだろう。
ナギサは、頬に置かれた優しい手に、自分の手を重ねてその体温を堪能する。
良い子達だな。なんて優しんだろう。自分達が不遇の最中にあるというのに、こうやって他人の事を思いやれるなんて。
「ありがとね。それも良いかもね。考えとく。とにかくっ色んな考えのヒトがこの世にはいるのよ。善人も悪人もそれ以外も。今までがそうだからって、これからもそうとは限らないの。だから、居心地の良い方向に自分の居場所を変えていけるのも自分だけだって思って欲しいの。伝わった?」
再び静かに頷いた3人の獣人の子供を、ナギサはまとめてハグして、グリグリと頬を擦り付ける。
「せっかくだから楽しい旅にしようね」
この世界に来てまだ数週間。自分もこの子供達と変わらない。いや、もっと知らない事は多い。でもせめて大人の矜持は捨てずにいよう。せいぜい小さな見栄を張ってカッコつけてみせてこそ大人なのだ。
先ほどの不安げな顔と打って変わって、ニコニコしながら荷馬車に乗り込む4人を見守っていたブランドンは、階段ステップを積み込むと大きなため息と共にひとりごちる。
「ナギサ殿を獣王国になど、ベリメール様がむざむざ許すわけがない」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
これまでと同じくベリメールとランベルトの他に、荷馬車には[ベレノス]の街では見かけなかったエルリックも同乗していた。
ナギサは「あら?」と一瞥しただけで、すぐに視線を子供達に戻した。
子供達はハンギングチェアーにのせたが、揺れが心地いいのかしばらくすると寝入ってしまった。
やはり木箱の上よりはマシらしい。大人の分は用意しなかった。全身を預ける事になるので咄嗟の時の乗り降りには難ありだ。
そしてつくづく思う。魔法のある世界なのになぜ車輪に頼っているのだろう。
「モノを浮かす魔道具とかは、無いのですか?」
「それは、どのような属性の魔法なのですか?」
「そうですか。無いのですね」
隣にいるベリメールに、世間話のつもりで問いかけたが、なるほど[重力]のコントロールが何の属性になるのか見当もつかない。
易々と重い物を持つのは〈身体強化〉、〈無属性〉の〈強化〉魔法だが、重力からの解放も〈無属性〉だろうか?
いや、この世界での重力って? いやいや、元いた世界ですらアリストテレスが四大元素を元に考えていたような。いやそれはコペルニクスが出てきた時点で否定されてたんだっけ? っていうか、この世界に地動説の遠心力とか万有引力とか適用されるのか? いやいや、ここは現代日本人らしく、アインシュタイン先生の考えを適用させるべきか。となると素粒子の基本相互作用の何ちゃらで量子力学か。ちんぷんかんぷんだったわ。
ナギサは1人でブツブツと考え込むと、ぺチリと額を叩いた。
いや待てよ。水やなんかを掌からそれぞれの属性で出している時、それらは浮いているでは無いか。
現象としてすでに存在するのだ[鑑定解析]ら『魔法はイメージ』でイけるのでは無いか?
ナギサは、魔法についてはあまり考え込まない方がうまくいく。というのをここ数日で学んでいる。
ナギサは掌の上に〈水の球〉を出しよくみながら〈浮遊〉を解析した。
魔法陣の〈浮遊〉の部分だけが光って見える。そのまま〈光〉の筋を出してコピーしたが、それはなぞった手元の空中に浮いたままになるので、マザーボードの基板を意識してリュックの中に隠した金塊から引き出した金糸でコピーし直した。
金は魔力の通りがいいはずだという思い込みからだったが、取り出したボールペンにまとわり付けるように[付与]し魔力を流してみると、思った通り。ボールペンは掌の上に出た〈水の球〉と同じ高さに〈浮遊〉した。が、なぜか目の前のペンは後ろに交代していく。
いや、これは馬車が動いているからか! 〈浮遊〉しているだけで推力はない。なるほど[重力からの解放]。慌ててペンを掴み取ったナギサは、改めて宇宙飛行士の映像を思い出した。
「お見事・・・!」
「あーえっと・・・止まってみないと、馬車から降りて検証しないとまだわかんないですね」
両眼をこれでもかと見開いて、ペンの動きを見ていたベリメールが感嘆の声を上げたので、我に返ったナギサは、いかにも取って付けたような言い訳をして考えを巡らせる。
これはかなりのシンギュラリティになるのではないか?
スプリングサスや、ゴムタイヤすらないこの世界で、現代日本でもあり得なかった[重力からの解放]なんて、それこそ個人が換金して得る金額で値崩れなど起こせるはずもないのに、そんな“些細な事”でビビっていたのが、バカらしくなるほどの大事件なのでは?
自分の鼓動が早くなるのをじわじわと実感しつつも、ナギサは、面倒ごとを避けるためとは言え換金出来なかった黄金がここに来て利用価値がでたな。と、呑気な考えを浮かべる自分の心持ちに激しく動揺した。
やっぱり、認知バイヤスがおかしくなってる気がする。
俺強えぇで無双。なんぞ、相当な度胸がないと実現できそうも無い。
ある意味でそれ以外を切って捨てる選択だ。それこそ世界との断絶を意味する諸刃の剣。
ナギサが最初に危惧したように、情を持ち始めている人も出てきてしまった。
そしてリアルに感じる『自分の大切にしたい人だけ守れれば良い』なんて無理に決まっているのだ。そこまで楽天的になれるわけが無い。
悶々と考えるナギサに、ベリメールはため息をついて笑みこぼす。
「ナギサ殿は考えすぎなのです。人はそもそも我儘にできている生き物なのですよ」
「仰りたいことはなんとなく理解できるのですが・・・」
「すべての事象はことが起こってから考えた方が気が楽と言うものです」
その通りだとは思う。だが、自分でも一体何を恐れているのか具体的なモノがわからなくなる。
この世界で1番恐ろしいモノとはなんだろう。
すでに孤独であることは紛れもない事実なのだが、それは日本にいた時と何が違う?
馬車が速度を落とし、街道から逸れるように森に近づく。
隊商は野営地に到着したようだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
〈浮遊〉を付与した戸板の上で子供達がぴょんぴょん飛び跳ねている。
戸板は弾んで多少上下するものの、地面につくこともそれ以上飛び跳ねることもなくその位置をキープし続けた。
「これに綱をつけて引っ張れば、うん。問題無いですね」
昼食をサンドイッチで簡単に済ませると、ナギサはさっそく〈浮遊〉の魔法を成功させてみせた。
〈浮遊〉の現象は[重力からの解放]なので、付与した物への荷重は関係ない。
試しに乗り込んだランベルトとエルリックごと、空中に浮いたままの戸板に、ベリメールは両手を組んで賞賛した。
「ぜひ! この魔法を荷馬車に付与して下さいませ!!」
「やっぱそうなりますよね」
そうは言っても今までにない魔法なのだ。いきなり人が乗る馬車に試すのは怖いということで、人の乗っていない荷馬車に付与して今夜の夜営地を目指す事にする。
「高さは車輪分1メートルほどに設定して実際に走らせ様子をみましょう」
ナギサは、荷を積んだ馬車の底に魔法陣を付与すると、車輪を外してもらってその効果を確かめた。
荷馬車を繋いだ龍馬は落ち着き、なんの変化もなく歩き出す。
御者が少々不安げだが、すぐにその快適さを実感し「こりゃぁ良い!」と感嘆した。
「龍馬も荷重を感じないようです」
「摩擦や負荷が一切無いのかしら?」
どこまでを“ひと塊り”として付与されているのかわからないが、荷重が馬と荷馬車をつなぐ木製の 轅の重さだけになった龍馬は、快適にその歩を進めているようで弾むように楽しげな足取りだ。
4時間後、なんの問題もなく夜営地に到着する。
「大丈夫そうですね」
「これをすべての馬車に付与していただけますか!?」
「良いけど・・・」
ナギサは、金糸を紡いで魔法陣を描き、最も簡単にすべての馬車底に付与して荷馬車を浮かせた。
「こんな、簡単で、良いのか?」
「・・・ねぇ?」
「良いのです! 良いに決まっているでは無いですか!」
ブランドンとナギサがぼんやりと不安を露わにするが、ベリメールはご満悦だ。
「ただこれだと、今までのブレーキが効かないんですよ」
今までのブレーキは、龍馬を手綱で止め、木製の車輪の回転を止めるブレーキだったので、車輪のない今その術を失った。
「轅が木製なので問題無いのでは?」
「スピードが出ると急ブレーキん時に馬のお尻が可哀想な事になるかも」
「それは軛部分にこちら側に戻らぬようにストッパーをかければ、馬の尻に荷台が当たることもないでしょう」
「あ、そうか」
多少の改良点はあるものの、それは車輪を外すのより簡単に御者達によって改造された。
ナギサは「オンオフのスイッチが無いのも不安だなぁ」と首を捻る。走行中に突然効果が切れたら目も当てられない。
これだけの効果がある付与なのに、なんらかのエネルギーを必要をしないのも不思議だったが、[重力からの解放]なのだ。それもすべて【魔素干渉】で問題無いと考えて良いものなのか。
「〈魔法〉は魔素を消費し続けて、【スキル】はそれに当たらないって感じなのかなぁ」
それなら態々〈魔法〉と【スキル】が分かれているのも腑に落ちると言うものだが、あくまでこれは〈浮遊〉という〈魔法〉の[付与]なのだ。
浮いた荷台に乗り込んでワイワイとその効果を試す子供達を尻目に、ナギサはグムムと歯噛みする。答えが、正解がわからない。
「良いでは無いですか。ナギサ殿は難しく考えすぎなのです。現象として問題がないのですからこれ以上の僥倖はありません」
「そうゆうものですか」
とにかく明日1日の運行で様子をみようと、今日のところは夜営の準備に移った。
今年もよろしくお願いいたします。




