ファンタジーポーション
「盗賊団の討伐隊が街に戻ってきたようです」
朝の挨拶もそこそこに、ブランドンが廊下で告げることには「全て恙無く」事は済んだようだ。とのことだ。
明日にでも、ベリメール隊商は最終目的地[メスヒカイツ連合国]のひとつ[パイシス国]の国境である[シタデル]に向けて隊を出立させるらしい。
「本日はここ[ベレノス]最後の日になりそうですが、何か足りぬ物や買い足す物が有りますか?」
「えっと、この港町[ベレノス]を出た後、、、」
各領地で売買を繰り返しながら日用品を運ぶこの定期隊商は、野営地で2晩夜明かして、初の伯爵領地で大きな街の[アルレシャ]、それからまた野営地を2つ後に、宿泊街[トルクラー]を経由。
同じく3日後にベリメールさんの拠点の[アルフェルグ]が最終地点。
[王都]からは、野営地で2晩過ごして[糸紡ぎの村]があり、そこからまた、野営地で2晩過ごして港町のある[ベレノス]についたので、トータル15〜20日ほどかけて移動し、それぞれで15日逗留して[王都]〜[アルフェルグ]を行き来する。
「今回は隊商を離れ、国境[シタデル]に移動して、隣国[カニス国]で、子供達の引き渡しをすると」
ナギサは、それまでに聞き齧った[ベリメール隊商]の[定期隊商]の経路をなぞり確認した。
ちなみに国境の[シタデル]を含む[アルフェルグ]は、ワーグナー侯爵家の領地だ。ランベルトの兄が現在の領主で領地を治めているが、ご両親は健在で次男と3人で王都で仕事をしているのだとか。
ブランドンは「お見事。その通りです」と、ナギサの記憶力の良さを褒め称えた。
「それらの宿泊街でも物資の買付はできるのですよね?」
「はい。なんの問題ありません」
ナギサは、なんの躊躇もなく即答するブランドンに、いささか胡乱な視線を向ける。
そりゃ拐かされた[トレハンツ獣王国]の子供達を隣国に迎えにきた獣人貴族達に、無事送り届ける問題以上に大問題なことなんぞは、そうそうないだろうけれども。
「『なんの問題もない』・・・そう願います」
視線の意味に気づきバツが悪そうなブランドンに釘を刺し、ナギサは道中の準備をすることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昨日と同じ朝市で、いつものメンツで朝食をとりながら「他に必要な物は?」と、食後の動向を話し子供達から色々聞いたところによると、この世界にはお約束の液体回復薬[ポーション]があるらしいじゃないか。
様々な薬効のある素材を組み合わせて[薬師]が調合する魔法の薬[回復ポーション]。ココでも活躍するのが[錬金術師]ではないことが不思議でならないが、代わりに医師の役割も果たすのが[薬師]なのだそうな。
「癒しの魔法〈ヒール〉を使う[治療師]は希少な〈光属性〉を持っている人しか使えないのでしょう?」
〈癒しの魔法〉はコモン魔法では使えないらしい。
ナギサはチラリとカイルの顔を見る。
カイルが〈光属性〉持ちなのは、勝手に[鑑定解析]をしたナギサは知っているが、口には出せない。
察するに、どうやらコチラの[鑑定]は、人物に有効な魔法ではないらしい。
「じゃあ魔道具の照明と[ポーション]がある方が便利かな」
ナギサは眉間にシワを寄せながら、慎重に自然な感じで情報を引き出す。
人物のステータスを他者が知るには《神聖遺物》である[真実の球]を使う以外にない。
基本的に、個人のステータスは神殿や然るべき組織、家族や親しい間柄以外には教えてはならないらしい。
「番に結婚を申し込むときに『アナタとステータスを共有したいです』ってプロポーズするんだよ」
ナギサが気軽に魔法属性の確認をした際、子供が無邪気に笑って教えてくれたが、実際にはベットの上で行われるような艶めかしい意味合いを含む“プロポーズ”らしく、向かいの椅子に座り不的な笑みを浮かべるベリメールの後ろに侍り、目を泳がせるブランドンに圧をかけ口を割らせた。
話の流れから紡がれていく驚愕の事実に、ナギサの眉間に深い皺が刻まれた。
入壁の手続きで目にしたり、王都で荷馬車に乗るさいに触り、青色にポワッっと光った[真実の球]は、犯罪歴があるかどうかを確認するのみで、ステータスの開示が目的ではなかった。
なんらかの組織に所属するためのギルドタグを作る以外での『ステータスオープン』によるステータスの完全開示は、大抵の場合、犯罪者に向けた尋問の手段であり、一般的に行われるものではなかった。
当然、謂れのない開示を断ることはもちろん、気軽に聞くようなことではないらしい。
ナギサは、夜営地でのテントの中で、まるで当たり前のように行われた[ステータスオープン]の一件に歯噛みする。
「女の子のステータスを知ってしまったら“責任”を取らなきゃいけないから、簡単に聞いちゃダメよって言われたよ」
なんとアルまでがそう言いきった。
お兄ちゃんであるエドが、ヨシヨシとアルを撫でている。つまり産まれてから4年しか経っていない幼児まで知っている一般常識だったわけだ。
「ナギサは僕の番じゃないけど、教えてあげても良いよ」
と、頬を染めたカイルに大変な名誉を賜ったのだと思い直して溜飲を下げる。
〈ライトボール〉は〈コモン魔法〉だが、カイルの生み出す“光”はそれとは明らかに違い大変に美しい。
なるべく人目につかない方が良いと、なんらかの照明器具が欲しくなったのだが、同じく話に上がったのが〈ヒール〉と[回復ポーション]は、旅支度に必須アイテムではないか。
朝食のシチューと共に色々飲み込んでお伺いを立て、その場でベリメールに実物を見せてもらう。
素焼きの小瓶のコルクの蓋を容赦なく開け、中の液体を[鑑定解析]して成分とレシピをゲットする。素材自体はありふれた誰でも手に入れられる物らしい。
[鑑定解析]
[回復ポーション 小]銀貨1枚
ヒール草 魔力水
これは、隊商の全員がいくつか個人で携帯しているらしい。
これにヒール草の薬効を強める他の様々な素材を足して[回復ポーション 中]銀貨3枚。[回復ポーション 大]銀貨5枚。さらに[エクストラポーション]金貨1枚。と、回復レベルの違う[ポーション]が一般的にあり、その他の状態異常を回復させるファンタジーな[液状の薬品]が存在する。
一通り見てみたい物だ。と、ナギサは思った。
「レシピはそれぞれの薬師に伝わる秘伝ではあるが、レシピ本もあるぞ」
「それは私でも買えるの?」
「買えるが、調合や薬学は専門部署で学ぶ」
「本を見たら誰でも作れるってわけじゃないって事?」
「・・・お嬢さんならできるかもな」
[ステータスオープン]の話から、気配を消していたランベルトが「ちょっと待ってろ」と、急いで器をカラにすると何処かへ駆け出して行った。
残されたみんなでシチューをゆっくり平らげる。
渡された木の器を返しに行っている間に、ランベルトが戻ってきた。
「ほら」と手渡されたのは立派な革表紙の本だった。
「・・・本屋さんがあるの?」
「いや・・・まあ、入手先は聞くな」
視線を向けると、ベリメールはニコニコと笑ってこちらを見て言った。
「儲けましたね! 誰でも簡単に手に入れらる物では無いですよ」
「本当でしょうね?」
ナギサは、本を受け取ってペラペラとページをめくると「不誠実なプロポーズの代償が、こんなもんで済んで良かったですね」と笑み返しておいた。
市場での買い物を済ませたら、常宿の中庭に戻って早速試してみよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
[ポーション]に必要な[ヒール草]は、市場で簡単に手に入った。
手製のブーケガルニのように、乾燥した草の束が1束銀貨1枚で売られている。これで[ポーション 小]が小瓶10本分作れるらしい。
生の状態の[ヒール草]を使うともっと少ない量で済むらしいが、それはあまり流通していないようだ。
[ヒール草]はそれだけで回復の効果がある薬草で、簡易ではあるが傷口に噛み砕いて塗ったりしても効果はそれなりにあるらしい。
「いやぁ[調合]を見るのは初めてです。ワクワクしますね」
なぜか常宿の中庭、焚き火を挟んで向かいで目を輝かせるベリメールに、ナギサは火にかけた中鍋をクルクルと木べらで混ぜながら眉をひそめて視線を返す。
とりあえずレシピ通りに作ってみる。
[回復ポーション 小]の作り方は、なんのことはない。加熱した魔力水を沸騰させないように気をつけながら薬草を入れて煮詰めるだけだった。
誰にでもできそう。
一抹の不安を覚えながら、木べらを動かしていると、ある瞬間から魔力水がトロリとし出して ポワッ と青い光を放った。
「あ、できたようです」
ナギサが[鑑定解析]すると、鍋の中身は[ポーション 小]と解析結果を表示させた。
「あっけないですね」
「本当にこんなもんなんですか?」
ものの十分もしないうちにひと鍋分できてしまった。
ベリメールが「どれどれ」と、鍋の中を覗き込む。
「鑑定の結果は正しく[ポーション 小]の合成に成功したようです。おめでとうございます」
「これで大銀貨1枚分か・・・カレーパンより簡単だな・・・」
2人で鍋の中身を覗き込む。
「いや、イヤイヤイヤイヤ、そんなはずはっ!」
後ろでブランドンが慌てたように声をあげると、少し離れたところで三重魔法の練習をしていたランベルトと子供達が駆け寄ってきた。
「1発で成功させたか!」
「ナギサ、凄いっ!」
「スゴー!」
「え? えへへっそう? そうかな?」
素直に喜ぶナギサに、納得いかない視線を向けながら、ブランドンは深いため息をついた。
ベリメールが「まあまあ」と声をかける。
[回復ポーション 小]は経口接種薬。すりつぶした薬草を塗布止血できるような怪我なら一口で飲み切れる量で治るようだ。[鑑定解析]の結果、治癒を早める作用があるっぽい。その速さの違いが効果レベルの違いになるようなので、強い魔力を込めれば上位のポーションも作れそうだが、ここで試すのはやめておこう。治療の効果も直接見てみたいものだが、それがどうゆう事か考えやめておく。
ナギサは、あらかじめ用意していた片手に握り込めるほどのガラスの筒に、先の尖ったレードルを使って流し入れた。
蓋はこちらでは一般的なコルクを用意した。既存の[ポーション]は素焼きの陶器に入っていたが、大きく割れやすいので、使い勝手の良い強化ガラスを採用。本当ならペットボトルを流用したかったが、コチラにはプラ容器が無いので、希少でもガラス瓶の方が自然だろう。洗浄と〈浄化〉を併用して使いまわせるし。と、完成した[ポーション]を掲げて眺め見る。
「これで銀貨1枚、宿泊1泊分かぁ」
見た目は青汁で、匂いと味はそのまま“草”って感じだ。ちなみに失った血液は回復しないのだそうな。
あくまで薬なので、美味しくしようとは思わないのだが、労力や時間を抜きにして原価を考えるととても利率が良い。
「これを商売にするのは何か資格が必要ですか?」
「効果があるなら商品にしても問題ないですが、本職の[薬師]は師弟関係を結び学んだ証明書を必ず所持表示していますね。金額は個人で違いますが、それが問題になることもありません」
「なるほど。許可証ではなく修学証明書。でもまぁそうゆうのがあるなら売り物にするのはやめておきますか・・・」
「残念ですねぇ」
ベリメールに確認をとり、ナギサは[ポーション]を商売にするのは諦めた。[金]と同じく、面倒ごとが増えそうだ。軟膏や錠剤と違い液状の経口接種薬っていうのがどうにも気にかかる。その場で食べ切る食品と違い、消費期限とか賞味期限とか安全性の徹底は売り手側には管理しきれなさそう。こちらの[薬師]達はどうしているのだろう。
何にせよ、一度作ってしまえば、後からいくらでも増やせる。大前提は、売上より面倒ごとの回避だ。鍋を売ってる方がマシだろう。
ベリメール達三者三様のリアクションを見比べ、ナギサも大きくため息をついた。
「色々ままならないものだなぁ」
それではみなさまより良いお年を。




