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知るという事




アルが得意げにマルチタスク、両手で異なる図形を描き、足でリズムをを取ってみせているが、ランベルトがその魔法を発動する前の段階ですら四苦八苦しているのを、ナギサはぼんやりと眺めていた。


カイルは小さな水と炎を展開しながら、得意な〈光属性〉の〈ライトボール〉を展開させ大喜びしている。習得が早い。素晴らしいことだ。

エドは、掌の上でクルクルと小さな風を回転させているのをじっとみている。

いずれも無詠唱だ。意識しているのか無意識かわからないけど、4人とも忘れているのかなんなのか、もはやそこにこだわっている者はここにはいない。


ナギサは不思議でならなかった。

できるのにやらない理由はなんだろう。何か自分の知らないリスクがあるのだろうか。


「ねぇ、ランベルトさん。みんなこんなに簡単にできる様になってるけど、本当は何か不味かったかしら?」


心配事があったからこそ()()していたのだろう。と、夢中になって手足を動かしていた中年の集中を途切れさせた。

一生懸命教えていたアルも、ハッとした顔の後に、不安げにランベルトの顔を覗き込む。

ランベルトはナギサに言った。


「魔力暴走は知っているか?」

「ごめん。知らないわ」


ランベルトは「だろうな」と、ため息をついたあと、アルの頭に手を置いて撫でさすったあと、貴族と平民の魔力持ちの違いについて説明した。


「なぜ平民の中に魔力持ちが居ないことになっているかわかるか?」

「あ〜・・・なんとなくわかった」


ナギサは、以前説明された教育格差に思い至る。

安全な()に囲まれた《聖領域》で暮らす人々は、魔獣や魔族などの圧倒的脅威を生涯目にする事はないのだとか。

対人での犯罪現場に遭遇する事はあっても、容易に生命を脅かす脅威とは、元いた世界よりも格段に縁遠い生活を送っているのだ。

ここは貴族と平民が織りなす[剣と魔法の封建社会]で、常時は守る者と、守られる者が交わることのない世界。

つまり、ここでの常識である〈強力な魔法攻撃〉を目にすることも、それを学ぶ機会も圧倒的に無いのだ。


「魔法は危険なもんだってのが、まあ前提にあるわけだな」

「そりゃ知ることがないなら知りたいと思う人もいないって訳ね」


魔法を“便利”だと思うナギサと違って、ここでは魔法は〈攻撃〉の手段の一つに過ぎない。

他者を攻撃するのは、他者を守るにしろ自分を守るにしろその組織体の上の方、弱者を護る王侯貴族。という事になっているのだろう。


「でも、【魔術】のスキルを持つ人なら誰でも魔法が使えるのでしょう? それなのに強力な魔法攻撃を発動する〈スペル〉の情報を貴族階級が管理する事で一部の人間にしか知らせないのは、やっぱり愚民化政策?」

「まぁ、守るって名目で平民の力を削ぐって目的があるのは否定しない。だが、そもそも魔力が強い状態の平民は大人になれないんだ。持て余した魔力を出力できない幼子はそのままその魔力に喰われて命を落とす」

「えっ!?」


これには貴族として生きて来たカイルも驚いた様で、手を止めてランベルトの話に集中した。

有り余る魔力をコントロールする術を学ぶのは、その余力がある貴族階級だけだ。

魔法を使えない者は、火を起こすのも、水を手に入れるのも現代日本とは比べ物にならないほど労力を必要とする。

ここでは日々食うことにこと欠く衣食住が安定しない世の中だ。皆食べていくことに必死で仕事をし、その多くが日々の糧を得て命を繋いでいる。

元いた世界でも大小あれど『知識は贅沢品』だったではないか。それが顕著だってだけの話だった。


「それでも【魔術】のスキル持ちよりも、魔力を持たない平民の方が圧倒的に多い。コモン魔法を使える平民はそれだけで他の奴らより()()()()いるって本人達も考えているんだ」

「シビリアンコントロールって言っちゃえば聞こえがいいけど、それって革命の脅威を先送りにしているだけだよね。結局は封建社会は崩壊するよ。間違いない」

「・・・それは予言か?」

「助言だよ。人は平等だ。あなた達貴族は本当に平民を守ってると胸を張って言える?」


「ナギサは本当に勉強してないの?」


ランベルトとナギサのピリリとした会話の空気に、カイルが不安げに口を挟む。

そうだね。これは八つ当たりだ。異世界人の自分が持ち込む最も恐ろしい物は、先進技術や技術知識など取るに足らないその場限りの物質的な物なんかではなく、こうゆう主義主張なのだ。

ナギサは大きく息を吐いて謝った。ないない。そんな胸を張って主張したいことなど本当は何も無い。どうでも良い。単なる売り言葉に買い言葉。


「ごめんねカイル。私は貴族じゃないから、表面的な事しか言えないの」

「ううん。僕も、先生に言われた。僕の知り得ることなど、家から出たら日々の暮らしになんの役にも立たないんだって。忘れるなって。僕はそれを、獣人を妬んだイジワルをされてるって、お父様達に聞かされてた・・・」

「良い先生だったんだね」


ナギサの言葉に、カイルとエドは首を左右に振った。


「お父様達は、すごく怒って、先生を追放した。先生はヒト族で、王家が弱体化したのも、番をヒトから招いたせいだって」

「俺達の、両親は反王族派だから、王妃が獣人じゃ無い事を、すごく、怒ってて、ヒト族が、番を選ぶ本能を狂わす、なにか、良くないことをしたんじゃ無いかって、ずっと、疑ってて・・・」


俯く子供達に、ランベルトは狼狽して誤解を解こうと言い訳するが、カイルとエドは自国での自分達の扱いを吐露し始めた。


「ま、待て待て、ヒト族には元々そんな本能がないのに、ソチラさんの希望で泣く泣く嫁いで行ってんだ。ソチラさんの言い分じゃ獣人の(つがい)は生まれた時から決まってる運命の相手だって言ってるじゃないか」

「三代前から番が、ヒト族が続くのは流石におかしいって、ウチも元々は代々の王族派だったのに、絶対的な弱肉強食の本能に従えるだけの力が今は少なくなってるって」

「だから・・・俺達みたいな魔法が得意だからとヒト族に教育を受けた子供達は、今じゃ『失敗』だったって『悪い子』だって言われてるんだ」


「なんじゃそりゃ!?」


ナギサの叫び声と共に、周囲の魔素がグラリと揺れた。


「そもそもその先生とやらを招いて家庭教師をやらせたのは親達本人でしょう!? なんでカイル達がそんな事言われなきゃいけないわけ!? バカじゃないの!?」

「ま、まて、落ち着けっ」


遠くで龍馬の悲痛ないななきと、荷馬車の揺れる音が聞こえ、ランベルトが慌て出す。


「そもそもねぇ、獣人って〈身体強化〉が常時デフォルトで魔法展開されているのに、放出魔法を使える時点ですでに多重魔法は展開されてるわけよ。それを知ろうともしないで子供に『できない』って教育してる時点でアホかと。バカじゃないの。って話なのよ」

「え?」

「えぇっ!?」


ナギサは「あのねぇ」と、根拠なく“多重魔法”が可能だと言い切ったわけではない事を説明する。


「自ら子供達の力を()()()させておいて、それに気づかず教えを乞うた他種族のせいにしてるなんて、張本人がバカも休み休み言えって話なのよ!」

「ナギサ?」

「お嬢さん!?」


ナギサの憤怒に、カイルが驚いた顔で身を縮めている。ランベルトがあわわと動揺して辺りを見回している。


ナギサは、一般的家庭にいて当然の中年男性という社会的にも稼ぎ頭がいない上に、病気がちだからと働()ない役立たずな女親しかいない辛い境遇にあっても、家屋敷を売って将来的に自分の財産を減らすことになっても、周りの大人達の蔑みの目にも負けず、『弟妹の学業の機会を奪うのは絶対的な悪である』と信念を貫いてきた。

弟妹の未来を守るために、無駄にでかい家など必要ないのだ。そんな物、いずれ己の家庭をそれぞれ築く弟妹の、知恵と工夫でなんとでもなる。

弟妹の未来の選択を狭めるぐらいなら、未来のない母親(クソ)に詰られ、自分が悪者になるくらい屁でもないと考えていた。


それを、五体満足な家庭の親が、金も時間も、権力も、何もかもに余力がある立場の大人が、自ら追い込んだ子供の境遇を自分の政治的な主義主張に利用するなんて、クソが過ぎるだろうが。


「貴族ってみんなそうなの!?」

「いやっ、いやぁ、まぁ、そう、そうかな? そうかも」

「クソがっ!!」

「口悪りぃなお嬢さん! 落ち着けっ、な、龍馬達が怒られるだろっ!」


子供達の前で喫煙するわけにはいかない。

咎めるランベルトに、ナギサは大きく息を吸って気持ちを落ち着かせると、子供達に向き直ってはっきりと言い切った。


「いい、カイル、エド、見て、よく聞いて。2人ともなんんっにも悪くないからね。全然悪い子じゃない。親がバカなだけだ! 2人は賢い! 何にも間違ってない!」

「僕も?」

「アルも良い子!! みんな超絶良い子! 今回の件は大人が間違ってます。みんなが優秀! 花丸あげちゃう!」


ナギサが、ワッシャワッシャとアルのイヌ耳を撫でさすりながら抱き上げると、カイルとエドがランベルトの顔を見上げて呟いた。


「お父様と、お母様が間違ってるの?」

「大人なのに?」

「大人が、間違ってる事もある」

「なによう。私が言ったんじゃダメなの?」


ナギサが口を尖らせて不満を漏らすと、ランベルトとカイル達は「アハハッ」と、声をあげて笑った。

ナギサが「んもっ〜! でも天才! 最高!」と、子供達のケモ耳を大いに撫でさする。

ランベルトはその様子に目を細めながら独りごちる。


「いやしかし、獣王国の弱体化がヒトの手による物だと? 聞き捨てならん事聞いちまったな・・・」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


宿の食堂で昼食をすませた子供達は、午前中に魔法才能を十分に発揮させたせいか、なんの肉かわからない煮込み(たいへん美味しい)を頬張っている間にも、うつらうつらと船を漕ぎ出した。

ナギサは腕時計をチラ見する。昼寝させるか。2時間したら起こそう。

食事もそこそこに部屋に帰り、パジャマに着替えさせてからベットに寝かしつける。


「ナギサは、寝ないの」

「今寝たら夜眠れなくなっちゃうもん」

「一緒にいて」

「置いていかないで」


ありゃりゃ、アルどころかカイルまで可愛いことを言っている。相当眠いのに頑張っているのだな。

エドは、横になった瞬間に夢の中のようだ。とっくにゆっくりと深く呼吸している。カワイイ。

ナギサは「大丈夫。大丈夫」と呪文の様に繰り返す。


「大丈夫。中庭にいるから、目が覚めたら窓の外を見て」


ベットには入らず、2人の胸をトントンと叩く。

眠いのに、不機嫌になってまで寝ない様に頑張る弟妹を思い出し、ナギサはフフッと声を出して笑う。寝ちゃえば良いのになんで子供って変なとこで頑張るんだろう。と思ったものだ。

と、思い出したところで、またガックリと項垂れる。


「はぁ、なんなんだこの定期的にくる感情の揺り戻しはっウザッマジでダルい」


3人がしっかり寝たのを見計らって、滑る様に部屋から出る。


中庭に出たナギサは、早速朝調達した大麦を炒る。

実践するのは初めての事なので【魔素干渉】はつかわず、薪に火をつけ鍋から作ったスキレットを十分に熱した後、大麦を適量入れて鍋をこまめに振る。

加熱された大麦から水分が抜け、やがてパチパチと爆ぜる音が響く。


「いい香り・・・」


焦げる手前で鍋を火からおろし、粗熱が取れたところでポットにいれて、水魔法で出した熱湯を注ぎ入れる。

蒸らしている間に空を見上げると、雲ひとつない青空に、ホッと息を吐く。

焙煎したてのコーヒーも、おそらく2度と手に入らない物なのだと憂いながら。


「よう。今度は何作ってんだ?」

「ランベルトさんは勤勉ですね。ベリメールさんから私の監視でも命令されているんですか?」

「いや? やることなくて暇なんだよ」


ランベルトは何気ない様子で、頭をかきながら近づいてくるが、いつもなら護衛の傭兵達はこの宿に居ないのだろう?

ナギサは、先ほどとは違うため息をついた。


「お嬢さんのさっきの魔法、俺にも教えてくれねえか?」

「教えるも何も、()()()()のはランベルトさんの資質ですよ」

「これでも魔力持ちとしてはそこそこヤれる方なんだがなぁ」


ランベルトはナギサの隣に容赦なく座り、足で地面を叩きながら左手で腿をすると、利き手を胸元に上げて指をくるくると回すが「どうしても左手が上がらないんだ」と、眉間の皺を深くした。

魔法の発動どころか、両手を違う動作で動かす時点でつまづいている。

不器用な人なのだろう。

ナギサは、フフッと笑ってその様子を眺めみた。


「右手をテーブルの上に置いて、動かさなくて良いから、左手と右足の動きをしばらく止めないでみてください」

「あ、あぁ」


自分の左手を見ながら話していた顔がこちらに向く。

ナギサは、動いていない右手に注目した。


「・・・まだか?」

「せっかちだな。まあ待ちなさいよ」


トントンと足が動き、左手はスリスリと動かしていない足の腿をする。

やがて左手は右足と同じリズムを刻み、動かしていない右手まで、無意識に同じリズムで指がテーブルを叩いている。


「フフッ、それじゃあ無理よ」

「なんだ? なんでだ?」

「結局同じことしているのだものっフフッアハハッ大人は不便ですねっ」


笑った後、ナギサはテーブルの上に紙を2枚出して、片方に大きく円形を書くとそれを指でなぞるように言った。


「足は動かさなくて良いわ。指でなぞるだけで良い。何も考えずに円をなぞって」

「お、おう・・・」


くるくると紙をなぞる指。大きくて節がゴツゴツしているが、指が長くて美しい指だ。


「キレイな手ですね。大きい」

「え、あぁ」

「ハイ、手は止めない」

「うえ、あぁ・・・」


不意に話しかけられ、自分の手指に注目しかけたランベルトの意識を逸らす。


「ランベルトさんは、焚き木に火をつけた時〈ぱいろっとふらむ〉と、詠唱? していましたけど、アレは火をつける〈スペル〉ですか?」

「あ? あぁ、そうだな小さな火を()()()


ランベルトは、止まりかけた手を強引に動かしながら答える。


「それは『火を()()』魔法ですね?」

「火を()()?」

「火を出すことと、既にある火を操るのでは、全く違うのをご存知ですか?」

「え、いや、考えたこともねぇな・・・」


「実は火を()()と言う現象は、とてもあり得ないほど凄いことなんですよ」

「・・・・・」


ナギサは、「円をなぞるのは止めないで」と、注意した後、片方の手で火を出し灯し、もう片方の手で焚き木の火を()()()()()


「コレとコレは違う魔法なのに、ランベルトさんは同じ現象の様に魔法を操っている・・・」

「・・・・・」


考え込むランベルトに、ナギサはニコリと笑って話を続ける。


()()()()()()()できなくなることもあるのですよ」

「・・・それでも知りたいと思ってしまった」


「そうですか・・・選んだのはランベルトさんですからね」


ナギサはしっかりと釘を刺した後、【鑑定解析】で見た衝撃の事実を述べる。


「・・・こちらの魔法は〈風属性〉です」


そう言って、引き出した炎をくるくると大きく灯してみせる。


「なっ!? んだと?」


手を止めてしまったランベルトに、「さぁ知ってしまいました」とナギサが苦笑いをすると、フワリと浮かせた灯火を消した。


「コレから話すことは呪いです。考えたことはありませんか? 〈パイロットフラム〉で焚き付けた薪の炎が、なぜあなたの制御から離れて燃え続けているのか」


当然このせかいではあの薪も酸素も《魔素》からできているのだろう。

だから、あの現象は、薪と酸素が化学反応を起こし燃えている魔法陣が展開されているに過ぎないのだ。

それなのに、コチラの世界の住人は魔法陣を見ることができない。なぜか、見ようとしていない。


「ランベルトさんは、〈火属性〉と〈風属性〉をお持ちですよね? でもどうです? あの火を操ることができますか?」

「!?」


ランベルトが、慌てた顔をして焚き木に手を伸ばすが、その火はその手元に寄ることなく薪を燃やし続けている。


「魔素を〈スペル〉で管理している弊害ですよ。〈スペル〉を知らないアナタはもう2度と“火を操れない”」

「!!?」


その顔から色を無くしたランベルトが、必死に何かを試しているが、ナギサの()()通り、その手には何の魔法陣も発動しない。


「なんだ!? なんでっ、何をした!?」

「知りたいと言ったのはランベルトさんですよ」


人の心は弱い。


ナギサは、慌てるランベルトに目を細めて笑み返した。



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