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プリンと毒 後編




「なにそれ! なにそれ! なにしているの?」

「ンフフ〜今夜のご飯は[焼鳥]だよ〜っ美味しいよ〜っ」


ナギサが有頂天で踊っていると、ワクワクとしながらリリーがぴょこぴょこと飛び跳ね駆け寄ってきた。

ナギサはそれを受け止め、リリーを抱き上げると、一緒にクルクルと回った。


「キャハハハ!」

「お腹減った? どのぐらい食べれる?」

「おなかへった。わたし、たくさんたべるわっ」

「そっか。コッコおっきいの獲れると良いねぇ」


みんなもそれを笑って見ながら、設えられたテーブルセットに座り、バーサとマリーは[レース編み]の道具を広げ出した。

まだやるのか。と、ナギサが「〈照明〉」で、発光する球をテーブルの上に投げ照らすと、見上げたレンが「わぁぁ!」と声を上げた。


辺りは夜の帳が下り初め、美しいグラデーションが空を柔らかに色濃く染め始めている。

代わりに夜営地の所々で焚き火の灯りが目立ち始め、木々のざわめきは虫の声に取って代わられた。

そろそろエルリックも狩を終えて戻ってくる頃だろう。成果はいかに?


ナギサは、優しくリリーを地面に下ろし「肉を受け取ってくるね」とバーサの元に戻るようそっと背を押すと、昨夜の解体場が設置されているであろう場所へ向かおうと、ウキウキした気分のまま皆に背を向けた。


すると、そこには昨日は現れなかった暴言おっさんが立っていた。


ニヤけ不気味に笑うその顔に、あからさまに眉を顰めながら、ナギサが無言で通り過ぎると、暴言おっさんもニヤニヤしながら歩を進め、まるで椅子に座っている4人に向かって行くよう。


「何アイツ?」


ナギサが振り返って見ていると、座っていたバーサとマリーが、大慌てでテーブルの上を片付け始めた。


「おい! オマエ、そっちの若い方、来い!」

「あ、私が先に買ってる。今晩一晩貸切です。諦めて?」


暴言おっさんは、これ見よがしに声を張り上げ、乱暴にマリーの腕をつかんた瞬間、ナギサは急いでみんなの元に戻ると、大銀貨を4枚テーブルの上に置いた。


「ごめんね。でも早い順なのでしょう? 先にお願いしてたの。申し訳ない」


ナギサは丁寧に頭を下げた。


「はっ、嘘つくな! 護衛の奴が言って回ってたぜ? アンタ、昨日もコイツらを買ったろう? 同じ人間が同じ娼婦を2晩続けて買う事は禁じられてるんだ。そんなことも知らねぇのか!?」

「なにそれ、適当な事言ってんじゃねえっつの」


バーサがそっと間に入る。


「この人の言っている事は本当です。私達は奴隷ではありません。続けて買われるという事は、一生買われるのと同じ事。それを防ぐために、私達は客を()()ことができるよう、そう決められているのです」

「えぇ〜・・・でもまあ良いや、それならとりあえずそいつ頭おかしいから断っちゃいなよ」

「いいえ、断る事はできません。断る正当な理由がありません」

「はぁ!? なにそれ!」


ナギサが思わず抗議すると、憎らしいほどニヤけ顔を浮かべた暴言おっさんが顎を上げてウンチクをたれた。


「こいつらはな、道中仕事をするのが条件でこの荷馬車に乗せてもらってんだ。仕事を放棄するって事なら、契約破棄だ。一方的な契約不履行は、厳罰だぜ? 下手すりゃ奴隷落ちだっ」

「なっ!?」


「良いのっ! 行くよ。買ってくれてありがとうっ! こんなヤツの言うことなんか気にしないでっもう行こう。どこでするの?」


マリーは、暴言おっさんの腕に飛びつき、ぐいとその身を押し付けた。


「ウソっ!? 待って! マリーさん! もうそんな事しなくて良いはずでしょ!?」

「アンタ一体何様のつもり!? さっきっから勝手な事ばかり言って私達の仕事の邪魔しないで!」


マリーに怒鳴りつけられ、ヒュ っとナギサの喉が鳴った。


リリーとレンに見つめられたまま、暴言おっさんは最後までニヤニヤとしながらマリーを連れ、来た道を戻ると、さらにその奥、闇夜の暗がりに消えていく。


いつの間にかそばに来ていた、ベリメールが「今晩の御相伴はあきらめましょうかね」と、会釈をして戻っていくのを、エルリックを殴ったランベルトが引きずって後をついていった。


「あの、どうか気にしないで。仕事を休まないのも移動の条件なの。仕方のない事なの」


バーサは小さくナギサに声をかけると、リリーとレンの背を押して、2人になにも言わさず荷台に入っていった。


なす術なく、無言で全てを見送ったナギサは、がくりと膝をつき、拳を握って両腕を地面に叩きつけた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


荷台に上がる階段に座り、ぼんやりと離れた場所に浮かぶ〈照明〉を見ていると、照らされたテーブルには、何も乗っていないランチョンマットだけが虚しく敷きっぱなしになっていた。

いつの間にか虫の音も止まっていて、やけにシンとした静寂がどこか緊張感を匂わせる。


ナギサは、[収納]から出した煙草にライターで火をつけ、胸いっぱいに煙を吸い込んだ。


最後に吸ったのはいつだっけ?

父親(クズ)が死んだ時か、当座の生活費の資金繰りに実家を売ったあと、母親(クソ)になじられたときか?


ナギサは項垂れ、地面に向かって慣れた調子で息を吹き出す。

肺のフィルターは正しくニコチンやタールを絡め取り、吐き出す色も無く正しく毒は体に吸収された。

ざまあみろ。


「おう、馬が怖がってる。って、なんか良いもんやってんな」


見なくてもわかる。なぜのこのこと現れた。

さっきあんなに役立たずだったくせに、どの面下げて目の前に現れたのか。


ちゃらけた口調のランベルトの顔を見てやろうかと思ったが、それもだるくてナギサは俯いたまま答えた。


「これは毒。蓄積遅効性の猛毒。死にたくなった時に吸うの」

「俺にもくれよ」

「やめた方がいい。本当に毒だから」

「なんだよただの煙草だろ俺も家じゃ吸ってる」

「なんだ。あるんだ・・・一本だけなら良いよ」

「細っせえ煙草だな」


ナギサは顔を上げる事なく、くわえ煙草で箱を左手に、右手で煙草を一本抜き取り掲げると、ひょいと受け取ったランベルトは、ドカリと隣に座って魔法で火をつけ、スゥゥゥゥと勢いよく煙草を吸った。


「か〜なんじゃこりゃ!? えれぇうまい」


煙草を美味しいと感じる感覚も同じなのかよ。それなのに。


ナギサはやっと顔を上げ、ランベルトに胡乱な視線を向けた。


「いい加減落ち着けよ。お嬢さんがピリピリしているせいで馬が落ち着かない。明日の運行に支障が出る」

「なにそれ。なんで私のせいだってわかんの?」

「魔力が強い奴の感情が揺れると、周囲の魔素がつられて揺れる。魔獣達はそれが怖いんだ」


可哀想だろ。と、ランベルトは言った。


「私のせいだって言い切れる根拠を教えて」

「俺より強い魔力持ちは、ここにはお嬢さんしかいないんですよ」

「それ本当?」

「ホントホント」


ナギサは、何度かにわけて大きく煙草を吸い切ると、ギリギリで携帯灰皿に煙草を入れて揉み消した。

そして続け様に新たな煙草に火をつける。


「お、良いぞ。上手い上手い。能力のある者は感情のコントロールに気をつけないとな」

「子供扱いすんな」


頭を撫でようとランベルトが伸ばした手を、ナギサは容赦なく振り払った。


「そもそも魔力が強くても何もできなかったじゃないか。自分より若い女の子2人も助けられない。所詮私も役立たずのクソだ」


「口悪いなぁ。お嬢さん本当に大人? 成人してる?」

「ねぇその『お嬢さん』って言うのやめてくれない!? ちゃんと名前で呼びなさいよ」

「いやそれは失敬。ふさわしい振る舞いをなさったら以後気をつけますとも。お嬢さん」


ナギサは、チッと舌打ちをした。


「ねぇ、ランベルト・ワーグナー。アナタってワーグナー侯爵家のお(ウチ)の子なんでしょ? 国民が困っているんだから助けてよ」

「は!? アンタ一体なに言ってんだ!?」

「口の悪さはお互い様だね。貴族家のお子さんが聞いて呆れるわ」

「・・・お子さんって、俺もう35のオッサンなんだけど。三男だし」

「そんなの市井の人間になんの関係があるの?」

「いや、なんの力もないってば。ただの雇いの護衛傭兵。平民と変わらんって」


ナギサは勢いよく煙草を吸うと、吐き出す息と共に怒りに任せ、無意味と解っていても、言いたいことを言い切った。


「はぁ? なに言ってんの? 税金使ってそこまでデカくなっておいて。ぶっちゃけ、両手でたりないなら、足でも、首でも、股の間にぶら下がってるもんでもなんでも使って国民を助けろよっ。青い血はどうした腰抜けがっ、身一つで家族を養ってる彼女達を見習えよ」


知ってる。これはただの八つ当たり。

言ってもどうしようもないことを、ただダラダラと垂れ流し、聞いてもらうにかまけて自分の溜飲を下げたいだけ。

知ってる。禁煙のイライラと同じで自業自得。

優しいランベルトさんに甘えて、自分の欲を満たしたいだけ。

だからどうか、呆れてこの場を立ち去って。

私を突き放し、もう2度と優しさなど向けないでください。


ナギサは、再び両腕を投げ出し項垂れると「もう行って」と、小さく吐息のような言葉を漏らした。


「キャァァ!」


静寂を切り裂く女の悲鳴に、ナギサはほぼ反射で駆け出した。


この声はマリーさん、やっぱりイヤだったんだ。何か酷いことされたんだ。あのクソ野郎。


「殺してやるっ」

「待て! 落ち着け!」


殺意あらわに走るナギサにランベルトは追いつけない。


「マズイマズイ、流石に殺しはマズイっ」


視線の先では、こちらに逃げようとするマリーの腕を掴み、同乗の行商人がなにやら喚き立てながら茂みから引っ張り出された。


ナギサの動きが止まったのを良いことに、追いついたランベルトが息を吐いて問いただす。


「なんだ、なにしてる。女が嫌がってるじゃ無いか、乱暴にするのはダメだ」

「はぁ!? なんだそれ!?」


ナギサが、アホなのか? とランベルトと睨むと「オマエはまず落ち着け」とナギサを諌め始める。


気を逸らされた暴言おっさんも、負けじと声を張り上げた。


「冗談じゃないっ乱暴もなにも、コイツが逃げ出そうとしたから捕まえただけだ」

「アンタが私の物を盗ろうとしたからだっ」

「あぁ!? オマエのような奴が俺の欲しいものなんぞ持っているわけがないだろっ!?」

「私のリボンを盗もうとしたっ」


「あぁ!? 優しくしてればつけ上がりやがって! そのまま突っ込んでやればよかった!」


「黙れクソ野郎っ! ぶっ殺すぞっ!」


ナギサがそうとは知らずに〈咆哮〉を放つ。

ランベルトは慌てて後ろからナギサを羽交締めに押さえつけたが、ナギサは逃れようと暴れ、言葉にならなずとも、拙い〈咆哮〉を上げ続けた。


周囲の魔素が激しく揺れ、向こうに集められている龍馬達が嘶き、足を踏み鳴らして立ち上がり暴れ出すと「なんだ?」「どうした?」と、皆も集まってきた。


「一体どうしたって言うんですか。双方落ち着きなさい」


とうとうベリメールが声を張り上げる。

ナギサは、ウグゥと、押し黙ると、ベリメールに向けて正式に抗議した。


「嫌がる女に無理強いするのになにが“仕事”だよ。ここではそんな事が許されているの?」

「当然そんな事は許されていません。彼女達は奴隷ではありません。彼女の意思を無視して嫌がる事を強要するなど許されない事です」


ベリメールは、隊の(おさ)らしくきっぱりと言い放った。

最初から一方的に悪だと決めつけられた物言いに、暴言おっさんは逆上して、ベリメールにまで食ってかかった。


「こっちはキッチリ金払ったんだ! 仕事をさせてやっただけだ! 嘘だと思うなら[真実の球]でもなんでも持ってこい!」

「ふざけんな! オマエのやった事は婦女暴行と窃盗未遂、ただの強盗だっ! 真実だかなんだか知らねえが何色にだって光らせてやるわこの犯罪者がっ! その薄汚ぇ手をさっさと離せ!」


ランベルトに抑えつけられながら吼えるナギサの言葉に、ベリメールが片眉を上げる。


「この人っ服の中に隠した私のリボンを()ろうとしたっ本当ですっ『設計図をよこせっ』って無理やり服を破いたっ嘘じゃないっ!」

「黙れ!! 勝手に口を開くな!」


暴言おっさんは、マリーの顔を、あいていたもう片方の拳で殴った。


くたり。と、力を抜いたナギサが暴れるのをやめると、恐ろしいほどの勢いで、周囲の魔素が収束し、ビャンッ! と、琵琶をかき鳴らしたような音が周囲に響きわたる。引き絞られた魔素が弾かれたように振動しはじめた。


「オマエみたいな商売女の言う事なぞ誰が信じるかっ」


ビャンッ!


「いったい誰のおかげで生きていられると思ってんだ!? 立場もわきまえず同じ馬車なんかに乗りやがってっ」


ビャビャンッ!


「臭えぇんだよこの病気持ちがっ誰がオマエみたいな女のっ」

「まて、オマエ、おっさん、そろそろ黙れ、それ以上喋るな、なっ?」

「だってそうでしょう? ランベルトさん、こいつらさえいなか」


「もう良い。死ね」


ビィギャンッ!!


ナギサが静かに呟くと、掻き鳴らされた楽器の弦が切れたような音が打ち鳴り響く。

周囲の人間が「わっ」と、自分の耳を両手でふさいだ。


すると、暴言おっさんの顔の周りに、どこからともなく現れた水の塊がまとわりついた。


「ガッ!? ボガガッ! ゲブァッ!!?」


顔の周りに絡みつく水を引き離そうと、マリーから手を離した暴言おっさんは、無茶苦茶な動きで口元の水を掻き分けるが、水は増える一方でその意味を為さない。

暴言おっさんが、その場から逃げようと必死の形相でナギサに背を向ける。


ナギサが「逃がすかよ」と笑った一瞬で、暴言おっさんの全身が水の塊に包まれた。


水の塊に囚われ身体が浮き、哀れ地面を蹴る事もできなくなった暴言おっさんは、のたうち回るように激しく暴れると、やがてダラリと急にその動きを止め脱力した。


ザバーッ


勢いよく流れ出す水の塊ごと地面に倒れたおっさんに、ブランドンが駆け寄り呼吸を確かめる。


「死んでます・・・」


やっとナギサを抑えていたランベルトの手が緩んだ。

辺りが呆然とする中、ナギサが、フー・・・と息を吐くと、死体の傍で、流れた水に濡れて泥まみれで、ガタガタ震えているマリーに気づいた。


ハーッ、ハーッ、フーッ!


荒い深呼吸を経て我に返ったナギサは、死体に駆け寄ると、両手を組んで ドン! と倒れる暴言おっさんの胸を力一杯に叩いた。


そのまま馬乗りに、数を数えながら心臓マッサージをすると、頭に回り込んで顎を上げおっさんの口に躊躇なく口をつけ肺に息を吹き込む。

そして、いつの間にか愛と勇気が友達の正義のヒーローの歌を歌いながら、心肺蘇生を繰り返した。


周囲の誰もがその鬼気迫る姿に、水に包まれ死人が出た先ほどよりも恐怖を感じ、誰1人として身動き取れずにいる。


周囲のドン引きを無視して、誰も聞いたことのない呪文を歌いながら、一心不乱に死体を痛めつける異形。


皆の目にそう映ったナギサが2度目の人工呼吸をすると、暴言おっさんは水を吐き出し「ゲホッガホッ」と咽せ込むと、文字通り息を吹き返した。


「バカなっ!?」

「生き返ったぞ!!?」


ランベルトとブランドンが同時に叫ぶと、ナギサは立ち上がって、肋骨が折れていないか[鑑定]した後に、咽せうずくまる暴言おっさんの腹をガツンと蹴り上げた。

おっさんは「グギャ!」と叫んでその身を縮める。

ナギサは、短く息を吐いて口を拭うと、全身に〈浄化〉をかけた。


「行こっ」


ナギサがマリーの肩を抱くと、その身がビクリと跳ね上がる。

よく見ると、マリーはビスチェの下のアンダーシャツまで破かれて、手で覆っていないと中身がこぼれ落ちそうなるほど、その白い肌が露出していた。

ナギサは、自分の着ていた外套を脱ぎ、マリーに被せると「ごめん」と小さく言った。


「なんでアンタが謝んの!? 助けてくれたんでしょっ!? なんでっ!?」


今度は震えていたマリーが叫んだ。

ナギサは無理やりマリーを抱えて立たせ、荷馬車に向かって歩き出した。


あれだけ揺れていた周囲を包む魔素は、何事もなかったかのようにすっかり落ち着きを取り戻し、マリーの啜り泣きが離れていくのを、ランベルト達はただ黙って見送っていた。




ナギサは、荷馬車に戻るとそのままテントの中にマリーを引き込み、「〈照明〉」と呟き明かりをつけると、足元にすのこを置いてテーブルも出し、直ぐに濡れている服を脱ぐようマリーに言った。


「な、なんで!?」

「・・・濡れた服を着てると風邪をひくから」

「服はこれしかないっ」

「うん。だから」


ナギサは、マリーが見ている前で迷う事なく、全身がつけられるほどの鋳物琺瑯のバスタブを[収納]から出し、あっという間に水を満たすと、指先に小さく火の玉を灯してバスタブに投げ入れる。


ジュワァー!


むせかえるほどの湯気と共に、音を立てて水が沸騰したので、ナギサは慌ててバスタブを両手で挟み ポワッ と光らせ適温に戻した。


「最初からこうすればよかった・・・」


さらに[ボディソープ]を入れて手でかき混ぜて泡立てると、振り返ってマリーの顔を見た。

マリーは分かりやすくドン引きしている。

だよね。と、ナギサはため息をついた。


「髪を洗ってあげる。大丈夫。得意だから」


ナギサは、自分の着ているお仕着せを主張すると、たった今自分が起こしたばかりの失態を取り戻すべく[収納]から[シャンプー]を取り出すと、同じく[琺瑯の洗面器]の中に湯と液剤を入れ、泡立ててみせた。


「良い、匂い・・・」


マリーの肩から力が抜けたのを読み取って「良いから良いから」と、泥で汚れた着ている物をはぎ取ると「さあさあ」「どうぞどうぞ」と強引に掛け湯をして、バスタブの中に入るように()()する。

真っ裸にひん剥かれたマリーは、身を隠すためになす術もなく湯に浸かった。


「あったかい・・・」


漏れた呟きに聞き耳を立てながら、ナギサは剥ぎ取った服を〈浄化〉して水分だけを[収納]して乾かした。

その後で破れた服を[修復]して、それぞれを丁寧にたたみ、テーブルの上に置く。

後で何か言われても構うものか。と、振り返ると、マリーはすっかりバスタブの中でとろけていた。


「頭に触るね」


優しく声をかけて、その長い髪をゆっくりとまとめ取り、頭を支えてバスタブの縁に置いたタオルの上にそっとおく。

マリーは無言だが抵抗は無い。ナギサはマリーの髪をシャンプー入りの洗面器に入れ、優しく揉み洗った。

みるみるうちに洗面器の湯に汚れが溶け出してくる。ナギサは無言で何度も湯を変え、ゆっくりと丁寧に頭皮の隅々まで洗い上げた。

やがて、マリーのクリーム色で緩やかにカーブのかかった豊かな髪は輝きを取り戻し、身体からも汚れが落ちると、その顕になった幼い顔にうっすらと浮かぶアザをみて、ナギサは悔しくてたまらない気持ちになった。


生まれてからまだ17年しか経ってないこんな子供を、大の大人が揃いも揃ってあんな目に合わせるなんてっ。

治れっ。癒えろっ。悪いところは全部。

この子がこれ以上苦しまないように。せめて今日より明日がマシになれば良い。


「ごめん。ごめんね。ごめん。怖かったよね。助けるのが遅くなって本当にごめんなさい。ごめんなさい」


ポワッ ポワッ と湯船を光らせながら、ポロポロと涙を流し謝るナギサに、マリーはどうして良いのわからないでいた。


なぜこの人が謝るのだろう。

なぜこの人が泣くのだろう。

なぜこの人はこんなに優しいのだろう。


とうとう困ってしまって、またいつものように叫び出したくなるのを、今はグッと堪えて、ナギサの言葉に集中した。


「やっぱりアイツ、死んだままにしておけば良かったね」


ナギサが、泣きながら繰り返す謝罪に続けた言葉のギャップに、マリーは「バフッ」と吹き出すと、大きな声をあげて笑った。


「一回死んだ人を生き返らせておいて、咽せてうずくまる人間の腹に蹴り入れるって、アンタ魔族かなにかなの!?」

「え、ダメだった?」

「ダメだろっ! 周りのみんなドン引きしてたよ? どうするの? 明日から」

「あれ? もしかしてベリメールさんに怒られる?」

「知らない! アイツ、潰れたヒキガエルみたいに『グギャ』って、アハハッ、あんなにいきがってたくせに、『グギャ』ってっ」

「え、コワっ・・・」

「なんでよ!? アンタの方が怖いから!」


マリーは結局叫んでしまった事を反省すると、スゥと息を吸い「良い匂い」と微笑んだ。


「アンタおかしいよ。金儲けの方法は知ってるのに、世間知らずだし、強力な魔法使いなのに、凄く脆い。このままじゃいつかきっと誰かに何もかも奪われてしまうわ」

「それは〜・・・困りますね」


「だから、アンタにもいつか家族が、大事な人ができますようにって、女神様に祈ってあげる。私が代わりに」

「それは〜・・・ありがとう・・・」


マリーは、ちょっと前の恐怖など忘れ、すっかり整って湯から上がり、サブサブとお湯をかけられると、おとなしく身体をくまなく拭かれて、新品のようにキレイになった服を着せられた。

いつの間にか椅子に座らされて、髪をゴシゴシと布でこすられている。


ついさっき味わった恐怖が、あの下衆な盗人のせいか、目の前の不器用な女性のせいかわからなくなった頃、生暖かい風がブワリと頭を包み、慌てて髪に手を入れた女性が、シャカシャカと大急ぎに両手を動かし始めた。


全然上手くいってなんか無いのに・・・。


乾いた髪を梳りながら「さあさあ甘い物でも食べなね」と手渡された透明な瓶には、黄色と茶色のとろりとしたものが入っていて、強烈な甘い香りで、レン達が言っていた[プリン]という甘い食べ物だ。と気づいた。


黄金に輝くスプーンですくった[プリン]を一口、そっと口に含む。

柔らかに口の中を甘やかされたマリーは、髪を優しく撫で梳かれている間、ただただ静かに涙をこぼしナギサにお礼を言った。


「ありがとう。優しくしてくれて。ありがとう。ありがとう」


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