プリンと毒 前編
ナギサが、自分が乗っていた荷馬車に戻り、腕時計を見ると18時ちょっと前。
とっくに陽が落ち、あたりはすっかり薄暗くなっている。
女性が寝る馬車が分けられているのか、荷台の幌がある馬車は、対面に離されていて、木箱が積まれただけの荷馬車を間に三台入れて駐車されている。
今晩ここに泊まっているのは、ベリメールさんの隊商だけなのだそうだ。
荷馬車を引く馬の数は6頭。御者が6人。
騎馬が2頭。ベリメールさん専属の護衛騎兵2人。ランベルトさんのような雇われ護衛・傭兵が8人。ただしこれは大体いつも同じメンツらしい。
私達のように移動するだけの者が私を入れて6人。私達のようにお金を払って同乗する行商人がベリメールさんも入れて3人。ベリメールさんの商会員が4人。御者の方々も商会員だそう。
総勢29人での大移動だ。と、思ったのだけど、規模にしてみたらそうでも無いらしい。
街道で強力な魔物や魔獣に遭遇する事はほとんどなく、護衛の多くは荷を狙った盗賊や山賊の対人対策。
なんとも世知辛い世の中である。
ナギサは、[収納]から新たに出したシチューの入る鍋を、自分で組んだ焚き火にかざした。
馬は、人がいる所とは離れたところにひとまとめにされていて、馬から離れていれば、どこで煮炊きをしても良い事はベリメールから聞いていた。
馬はやはり普通の馬ではなく[龍馬]という魔獣だと教えてもらった。後で触らせてもらおう。
薪の中に胡桃の木があったので、先ほどの調理中にいくつか失敬して[収納]していた。
薪用に、山鉈で適当な大きさに割ってもみたが[加工]でも問題無く好きな大きさに割り出す事ができた。
[加工]は、用意した材料の総質量より大きくする事はできないが、分割できる事は小鍋の件でリサーチ済みだ。
薪も“割った”のでは無い。そうゆう形に成形したのだ。
両手で挟んで、その物の形を想像するだけで良い。
目の前には全く同じ形に割られた薪が積み上がっていた。
火おこしも、ランベルトと同じ詠唱をしようとしたため、上手く魔法が発動しなかっただけで「〈着火〉」と自分の言葉で呟けば、なんの問題もなく火はついた。ついでに試してみると、詠唱すら要らなかった。
これは〈全属性〉持ちだからなのだろうか? 誰にでもできる事だからなのだろうか。
薪を[収納]の中で増やして取り出し、母子が並んで座れる大きさに[加工]して、垂直に割っただけに見える丸太のベンチを、火を囲むように設る。
器とスプーンとフォークも大小作っておく。木を輪切りにして簡単なトレイも作った。
食器は木製だが、ベリメールさんから買った物より、ツルツルのピカピカで滑らかに仕上げたので、これからはこっちを使うことにする。
念願の木ベラも作った。ふんだんにある鍋を素材にして、手に持ちやすい形のお玉も作った。
シチューボウルや、菜箸やお箸も[加工]で薪から成形し直す。
それを想像したので当たり前なのだけど、日本で使っていたのと遜色ない仕上がりになった。食器屋さんになるのも良いかもしれない。
新たな鍋でお湯も沸かしておく。ヤカンのようなものは目にしなかった。
四季があるのかどうかもわからないけど、[斡旋所]のおねえさんがくれた外套は、天然ウールの間違いなく秋冬用防寒着だった。
今は陽が落ちると、ほんの少し肌寒い気候だというのがわかる。
これから寒くなったり雪が降ったりするのだろうか。
こちらでは、夕飯は何時ぐらいに食べるのだろう。もう済ませてしまっただろうか。
鍋の中で、シチューがクツクツと小さな音を立て始めた頃、荷馬車に上がる階段を上がって帆布を捲り、中を伺うように声をかけてみた。
外につられて荷馬車の中はすっかり暗くなっていて、それなのに明かりをつけるでもなく、おしゃべりするでもなく、母子4人は、ただ黙って戸板の上に座っていた。
「もしかして、もう寝てしまうところでしたか?」
「いいえ」
「シチューを作りすぎちゃったので、一緒にどうですか?」
「でも・・・」
「バーサ、私、お腹が空いた」
「・・・・・」
「マリー、僕も食べたい」
「・・・・・」
「あの、本当に、たくさん作ったので、ぜひ、温かいうちに、ぜひ、あの」
「・・・お気づきでしょうが、この子供達は私達の子供ではありません」
「子供を連れてれば、道中そう酷い事をされ無いだろうし、こうして、あなたのように親切な人に助けてもらえるって胴元が用意した、私達の足枷なの」
仮母2人の突然の告白に、ナギサは動揺して言葉を失ってしまった。
「え? な、どうゆう・・・」
「こんな子供がいたら、私達は絶対に王都に連れ帰らなきゃいけないでしょ? 一生面倒見るわけにいかないし、だからってどっかに捨てたりできないってわかってて、世話を押し付けられる代わりに村と王都を行き来できる」
「この子供達は、王都のお店で働いている娘達の誰かがやむなく産んだ子で、普段は皆仕方なく面倒を見ているのです。この子らもそれを知ってるので道中の事は全部告げ口される。だから、あなたはこれ以上私達に関わらない方が良い」
そしてやはり、仮母2人の言葉は、ナギサの事を慮っての忠告だと言うのが痛いほどわかった。
「・・・ごめんなさい」
「え!?」
「すみません。ご迷惑をかけるつもりは無かったのです。本当に、その、ごめんなさい。私はただ・・・」
ナギサは、口から出かかった言い訳を切り上げて、ぺこりと頭をさげると、すごすごと階段を降り、焚き火近くの割り木ベンチに座って頭を抱えた。
辛いっ!! もう色々と自分の行動が痛すぎて辛い! 穴があったら入りたい。
浅慮、とか、浅はか、とか、独りよがり、とか、押し付けがましい、とか、もう誰でもなんでも良いから罵ってくれっ!
ナギサが、そのまま頭を掻きむしり、うーうー唸っていると、荷台から子供達が飛び出してきた。
「私達だけ食べてきなさいって」
「子供は食べて良いんだって」
「・・・そっか。ありがとう」
泣きそうな気持ちで鍋の蓋を開けると「わぁぁっ」と歓声が上がった。
可愛らしい子供2人に挟まれ、大変なお接待を受けているような錯覚に陥る。
ナギサは、そうか、こうゆうことか。と、切なさを押し殺して鍋の中をぐるぐるとかき混ぜる。
「は、2人とも子供だけどアレルギーとか大丈夫? って聞いてもわかんないか」
ナギサは思わず2人を鑑定した。
ステータス
リリー 6才 ♀
種 族:人間
スキル:【魔術】
魔 法:〈水属性〉
状 態:栄養不足 アレルギー無し
ステータス
レン 7才 ♂
種 族:人間
スキル:【魔術】
魔 法:〈水属性〉
状 態:栄養不足 アレルギー無し
「あ、はい」
表示結果に思わず返事をしてしまったナギサは、何者かに伝わっているかの如く答えが明確であることにゾッとした。
「まるでチャットGPTちゃんとの会話・・・いや、考えちゃダメだ。感じるんだ」
ナギサは、良いじゃん。アレルギーがないのがわかって良かったじゃん。と、気持ちを切り替え調理の続きを開始した。
ブロッコリーの入っている鍋を両手で挟み、もっと柔らかくなるように[加工]発動。鍋がポワッっと光りを放ち成功。
同じ鍋にゆで卵を入れて、殻だけ[収納]して殻を剥く。ポワッ。成功。
シチューを器によそったら、両手で挟み込み[加工]で60℃になるまで冷ます。ポワッ。
子供用の小さいスプーンに乗る大きさに砕いたブロッコリーと、縦に4つに切ったゆで卵を入れて完成。
具材の大きさを心配したが、全て柔らかく煮てあるし、汚したら綺麗にしたら良い。弟妹達の時と違って今は魔法がある。経験上このぐらいの年頃なら大丈夫と判断して、ナギサは「熱いかも、気をつけて食べてね」と、2人にシチューを手渡した。
興奮した面持ちで器を受け取ったリリーとレンは、躊躇なくスプーンですくったシチューを頬張った。
「お〜いしい!」
「美味しいです」
「冷まして良かった。ゆっくり食べなね」
そこからは、先に食べたオジサン達と同じく一心不乱にパクつく2人を、ナギサは、ただただジッと見つめた。
ひゃーかわいい。ほっぺを膨らませてモグモグモグモグしている。たまらんな。
ちゃんと野菜も食べている。偉い。
肉が大きすぎたか、一生懸命に咀嚼しているがその顔は弾けんばかりの笑顔。良かった。美味しそう。
あるだけたくさん食べてほしいが、食い過ぎで腹を痛めるのはかわいそうなので、おかわり防止のため秘密兵器を出す。
「シチューはそれでお終いにして、次は甘いデザート食べましょ。千疋家のプリン〜♪」
ナギサは、名残惜しそうに器を覗き込んでいたリリーとレンの目の前で、瓶に入った魅惑のプリンを差し出し蓋を開けた。
甘いカラメルの匂い。お子さんにはたまらないでしょう〜? お好きでしょう〜?
「なにそれ! なにそれ!」
「甘い匂いがする・・・」
「これはねぇ『プリン』って言うんだよ〜これを食べると眠〜くなるの。でも美味しいよ〜どうする〜?」
「食べる!」
「食べます!」
「私も一緒に食べちゃお〜」
3人同時にスプーンを口に入れた。
「おーいしー!」
「あまい・・・」
「うは、うま。初めて食ったけどうんまいわ。アイツやるなぁ・・・」
見ると2人とも顔をとろけさせ、ちびりちびりとスプーンを舐めている。
この顔を見られただけで、セクハラ上司から逃げてきた甲斐があるってもんよ。とナギサはご満悦だ。
子供がお腹空いてるとか嫌だな。お腹いっぱい食べて欲しい。
そしてできるだけ美味しくて、栄養がある食事をして欲しい。
こんなことばかり思っているから、弟妹達があんな風になってしまったのだろう。
ナギサは、リリーの口端についたプリンのかけらを手で拭いとり、うっとりしながらプリンに夢中になっている2人を目を細めて眺め見た。
私には母性がなかった。
あの母親と同じで、弟妹を猫可愛がりしただけ。
そんな暇などないと、きちんと躾けたり、社会に適応できるように物事を教えたりしなかった。
より面倒な事になるよりマシだから、身の回りの世話をしてやった。
後からあれこれ非難されるよりマシだから、要求をきいてやっていた。
可哀想だと思う事で、自分の時はマシだったと思わないと、優しくできなかった。
全部自分のためにやっていた事なのに、結局何もかも放り出して清々しているなんて。
所詮私もクズとクソのハイブリット。
どんなに良い人間であろうとしても、上手くいくわけがない。
すっかりプリンも食べ終えて、途端にトロトロとゆっくりとした瞬きを繰り返す子供2人に問いかける。
「2人は兄妹なの?」
「キョウダイってなあに?」
「そっか〜そうきたか〜明日の朝ごはんは何にしようか?」
ナギサはしれっと話題を変えた。
「シチュー食べたい!」
「私も!」
「え〜違うのも食べたくなぁい? 例えば〜ホットケーキとか」
「なにそれ! なにそれ!」
「甘くて柔らかくて良い匂いがするやつ!」
「「それ食べたい!」」
「んじゃ明日起きたらソレ焼くね。だから、残りのシチューはバーサさんとマリーさんに持っていってあげて?」
「良いよ!」
「わかった」
甘いお菓子と言葉で唆し、子供2人を操るなんてお手の物。称号の[魔女]は伊達じゃなかった。
2人をトイレに連れて行き、手洗いのついでに口を水でゆすがせ、丸ごと〈浄化〉をかける。歯磨きの習慣はなさそうだ。
時計を見ると20時前、寝るには早い気がするけど、辺りはすっかり真っ暗になっている。
ナギサは、2人を荷馬車に上げて、シチューの入っている器の乗ったトレイを二つ渡すと、レードルをベリメールに返すため、そっとその場を離れた。




