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第12話 口癖の切ない話

「はあ」

 ため息をつく美しいOLの胡桃沢みるく。手鏡を持ったまま頬を押さえている。今会社は昼休み。彼女は近くの公園のベンチで、ランチを終えたばかりだ。スヌーピーのお弁当箱に、水玉模様の弁当を包む布。それにこの美貌と言えば、男性社員が放っておかない……筈なのだが、現実には一人である。ほっとけない、いやほっとかれるのだ。

 彼女はさらさらのストレートロングヘアをかき上げながら、水辺に戯れる鴨の群れを眺めていた。その憂いをひめた瞳がまた彼女の孤独感からにじみ出てくる美しさを増長させる。

『どうして私って、男性にもてないのかしら?』と心の声。

 そして彼女の口癖の「嫌だわ」が漏れる。

 彼女がつとめる『気弱カンパニー』は軟弱な男性社員が多い。一説には社長の方針で、自己主張や統率力のある人間は採用されないという噂もある。

 浮遊物のように、空間を漂う男性社員がいつも社内を回遊している。それだけで仕事になる会社である。原因は誰も知らないが、会社の雰囲気に馴染んでくると浮遊物化してしまうと言う、言い伝え、都市伝説のようなものがある。



 彼女は弁当箱を籐で編んだバスケットバッグにしまいこむと、通りを渡って自分の会社に戻る。信号待ちをしている彼女に、隣の部屋にある総務課の孝が話しかけてきた。

「胡桃沢さん、お食事は終わったんですね」

 横に並ぶように孝は、信号を待つ。爽やかな笑顔だ。

「ええ」

 頬を染めるみるく。孝は社内でも人気のある美男子だ。上司の評価もよく、育ちもよい好青年だ。みるくは少しだけ期待した。モテない自分に話しかけてくれる好青年。少女マンガなら恋に落ちるパターンだ。

「もしよかったら……」

 彼が髪をかき上げるように、自信ありげに誘いの言葉を言い始めた。

 ……とその時彼女は、恥ずかしさの余り、

「嫌だわあ」と声に漏れる心の声、ひとりごとを言う。それは彼の誘いの言葉を遮ってしまった。

 絶世の美女、みるくにそんなことを言われた孝は、へこみにへこみまくった。彼の顔はみるみる青ざめ、空気中に浮かぶ浮遊物のように、魂が抜けたように、風に飛ばされながら会社の建物に逃げて行ってしまった。



 経理の部屋に戻ると、給湯室の前にたむろしている女子社員を見つけた。みるくは、彼女たちの話に耳を傾ける。

「総務の孝君、彼までも浮遊物になったみたいよ」

「ええっ、ショック。私、彼がお気に入りだったのに」

「やっぱり、この会社に入って一年。彼も例外ではなかったわね」

「浮遊物になっちゃったなんて、この会社にはまともな男の人はいないのかしら?」

「軽いサスペンスものよね」

 マグカップを持ったまま彼女たちは井戸端会議である。

 みるくはその横を通りながら、

『さっきまで、元気だったのに、孝君。どうしたのかしら?』

 彼女はデスクの下に弁当箱のバッグを置いて、買ってきた紙製のカップ珈琲をすすり始めた。そしていつものごとく、「嫌だわあ」と呟いた。



 絶世の美女が持つ美貌が罪だということを彼女はまだ分かっていない。他人事のように、珈琲をすすっている。

 PC画面のスクリーンセーバーには、彼女のセットした「今日の格言」というアプリが表示されている。そこには『知らぬが仏』と偶然にも意味ありげな、ことわざが表示されていた。

                      了

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