第三章 Ⅰ 【優しい雨】
とりあえず、途中までUPします。
座って見える窓越しから覗く空はまだ昼間にも関わらず薄暗く、雨雲しか存在しない。地面を覗いてみれば大きかったり、小さかったりする水溜りが転々と広がっている。どこを見渡しても一面、雫が空から地面に落ちている光景しか見えない。
静かな時間の流れに身を任せて聞こえる雨音は、時間が夜に向かうにつれ増えていき激しさが増していく。しとしと、と降る雨は室内にまで影響し、あちらこちらがベタベタと湿っており蒸し暑い温度をかもし出していた。
道端に咲いている湿ったあじさいを眺めながら、私は本日何回目か数え切れないほどの大きなため息をついた。
「はぁ……」
第三者から見て気の抜けそうなため息をする原因は、まさにこの雨のせいだった。
現在の暦は六月下旬である。そしていわゆる梅雨という時期でもあった。毎日のごとく雨が降っており、洗濯物も室内乾しでなかなか乾かない。外出すれば車によって水溜りに溜まっている水が、私目掛けて飛び散ってくる。室内もベタベタと湿っていて、無駄に暑いというメリットが全く感じられない時期だという事が、私にとってはとても大問題なのだ。
いわゆる雨が超がつくほどの雨嫌い。確かに雨が降れば、水不足も解消されるだろうけど、大量の雨が降れば土砂崩れだって起こるだろうし、川の水が溢れて大洪水が起こる事だって充分に考えられる。私が言いたいのはメリットがあればそれだけのデメリットが生じるということだ。
だから雨なんて一ヶ月に三回ぐらい降れば、地球はバランスよく成り立つと考えられるのに、なぜ神様は梅雨なんて時期をくれたのだろう。神様は随分と人間には厳しくしてくれたものだ。
私は、朝起床した時間から時々窓の前に座り込んで外を見ていた。せめて少しだけでも雨が止まないかな、と小さな期待をもっている。テレビで見た天気予報では、午後に晴れるなんて言っていたけど、そんな気配は全く有り得ないほどの雨量だった。
朝からずっとため息の連続。本当に幸せがどこかに行っちゃいそうなくらい、憂鬱なため息で気が滅入る。
雨についての愚痴しか言葉に出来ずにいたが、今はもう六月下旬でこの家に居候してから早一ヶ月も経ってしまっていたのだった。すぐにでも出て行ってやろう、と計画してはいたのだが、元の世界に帰る術は何も見つからない上に、この変な世界で他に住む場所の当てがなく現在に至るわけなのだ。
まあ、別に元の世界に帰ってもいつも通り学校へ行って、勉強するだけなのでこの現状は正直もう慣れてしまい、もうどうでもいいかな、なんて有るまじき事を考え始めていた。
まだ当初の頃は少しだけ何とかしなきゃ、なんて全力を尽くしてきた。それでも結構冷静でいられた事にかなり驚きつつあったりする。もう少し驚いて慌てて、元の世界に帰りたいと思える感情性豊かな人間になりたかったものだ。いわゆる自分は物臭さな人間なのです。
「ふぅ……」
それにしてもよく降るわね……。今まさに腹の虫が煮えくり返っている状態だよ。ああ、もう早く止まないかな。おまじないとか信じてないけど、照る照る坊主でも作ってみようか、なんて思っていると誰か人がこちらの方向へ向かってくる気配と足音が聞こえる。
「何しけた顔してんだよ」
窓の前でじっと座っていた私の上から、この家の主である神崎颯馬さんの声が降ってきた。だけど、今の私は完全にイライラモードなので必要な一言だけをこぼす事にした。
「雨のせいです」
少し引きつった愛想笑いで即答をすると、颯馬さんはわざとらしいため息をつきながら、呆れたような目つきを私に向けてくる。
「よっこいしょ」という掛け声と一緒に胡坐を掻いて座ると呆れた目から、睨んでいる目に変わっていった。
「おまえ、何イライラしてんだ?」
「だから、雨のせいです」
その一言の一点張りで、機械のように言葉を発する。また同じこと聞かれても、ずっと「雨のせいです」とだけでも言っておこう。颯馬さんの質問は軽く流して、少しでも雨が止むようにお祈りをしようとする。
「……雨嫌いなのか?」
「嫌いです、もうね、本当に嫌いです! あり得ないじゃないですか! 雨って何? おいしいの?」
雨という単語を聞いただけで、頭に血が上ぼって声を荒げてしまうくらい嫌い。気持ちまでもが辛気臭くなる。
「おい、キャラが崩壊してんぞ。それとも俺に対する嫌がらせか?」
邪悪な引きつった笑顔を見せてくれる颯馬さんに対抗して、私は眉間にしわを寄せ、ぶすっとした表情を作る。そして地声よりも低く、冷徹で冷蔵庫よりも寒い声色を発そうと口を開く。
「はい。というわけで、今話しかけると些細な事でも絶対怒るかもしれませんので、話しかけないで」
「ほお? そんな事言っていいのか?」
私の冷たい無愛想な一言で、さらに一層引きつった笑顔……もはや笑顔と呼べる代物じゃない颯馬さんは私に対抗してか、いつもより倍も低すぎる声で疑問符のくっ付いたものを言い放った。
そしてニヤリと魔王が悪い事を企んだかのような怪しい笑みを浮かべると、これから厳しい言葉を吐き捨てやろうという雰囲気を出し始めた。
「俺は? 一応? こう見えても? この家の主だから、雨の中にお前を投げる……じゃなくて、ゴホンッ! ……追い出してもいいんだけどなぁ」
「え? あれ? 今さり気に恐ろしい事言わなかった?」
聞き捨てなら無い動詞に、敬語を使うのを忘れるくらいに動揺する。何となく咳払いして誤魔化してたけど、投げるとか非現実的な事を口走らなかった?
颯馬さんの目が今までに見た中で、真剣だったから余計恐ろしい。この人、本当に雨の中に私を投げ捨てる気ではないのか……。
とりあえず現在一番最優先するべきなのは、自分の居場所確保なのだろう。その為には颯馬さんに謝らないといけない。決して先ほど私が冷たく放った言葉を否定した訳ではなく、ただ謝るだけだから。
お堅いプライドを一かけら捨てる覚悟をして、私は颯馬さんのさっきから何も変化のない邪悪な瞳を見るのを避けながら
「す、すみませんでした……」
と、ぼそっと呟くように言った。とても人に謝る態度では無かったのだが、私の性格を考慮してくれたのかそれだけで颯馬さんは頷いて納得してくれた。
「……ったく。分かればよろしい。つか、俺だって雨は嫌いだっつーの全く」
いじける様に舌打ちをしながら、ブツブツと少しずつ愚痴を吐き始める。
あれ? 私だって雨のせいでイライラしてるのに、颯馬さんの愚痴を聞く事に付き合わなきゃ駄目なの?
ただでさえじめじめしている部屋なのに、さらに他人のじめじめした愚痴を聞くのは最悪なんですけど。だけど、この場を無視してしまうと本当に雨の中に投げ捨てられかねないので、一応颯馬さんの顔に視線を向けながら適当に生返事をしておく。
「ですね……」
「ゴミ袋を出そうと外に出たら、水ぶっかかるしよ。こっちが何だこれって感じだこのヤロー!」
聞いているんだか聞いていないだか分からない返事にも関わらず、次々と颯馬さんの愚痴が零れ落ちる。確かに言っている事は十割くらい納得するけど、もう言わなくていいから。
早く颯馬さんの愚痴の蟻地獄から開放されようと、視線を窓越しに見える雨に移す。
「それはそれは大変」
もうどうでもいいので、返事は素っ気なくなる。素っ気ないどころか、台本に書いてある言葉の羅列を棒読みで読んでいるみたいな台詞を言う。
「だろ? だからよ、俺も今は若干かなりイライラしてるわけだ」
それでも一応聞いてはいたので、私の耳に届いてくる言葉にどのような返答するか迷う。
ただ感じた事は、日本文法が間違ってしまうくらい、怒っているんだと確信しつつ、とりあえず頷いとこうという考えがピンと頭に舞い降りている。
「はあ……、仕方ねえな。ちょっくら犬と戯れてくるぜ」
私に愚痴をこぼしても無駄だと思ったのか、大きなため息をつくと床に座っていた大きな体を立たせると、どこかへ行こうとする。
「はい、いってらっしゃい……ん? ……って、え?」
時間差の反応に自分で呆れながら、颯馬さんが呟いた言葉に脳内で疑問を抱え始める。分からない事があったり、疑問があったら質問して聞く事に限る。そして私の納得出来る答えを求めよう。
自分の心の中で頷くと、立ち上がった颯馬さんを引きとめようと私は座り込んだまま着物の裾を掴む。
「今、何と言いましたか?」
「だから、犬と遊んでくるって言ってんじゃねえかよ」
「え……? 犬? 犬……? 犬いるんですか? どこに?」
疑問符が大量に付いている言葉を何度も発する。私の心の中にあるモヤモヤな気持ちを確かめたい。
「ああ? この家にいるけど?」
「ええええ!? なな、な、何ですか、それ! めちゃくちゃ初耳じゃ……ないですか!」
驚きの声が大口を開けて出てくる。口をパクパクと金魚みたいにさせながら、次の言葉の繋ぎ目を発するのに一苦労した。
「あ? 言ってなかったか?」
「言ってませんよ」
私がぴしゃりと即答すると、後頭部を右手で掻きながら颯馬さんは少し驚いた様な目をする。私の顔を不思議そうに眺める。
「気付かなかったのか?」
「気付きませんよ」
「鈍感」
ボソリと不愉快な単語が呟かれる。プチッと私のプライドに触る音がした。口元を引きつらせていると、颯馬さんが仕方がないと言わんばかりのため息をつく。
「じゃ、見に行くか?」
「はい」
立ち上がり、雨の降る景色が見える窓を後にする。颯馬さんの足跡を追うように、私はひたひたと付いていく。あまり自分が歩くことのない廊下に、不思議を覚える。キョロキョロと周りを見渡していると、颯馬さんが立ち止まり、引き戸をガラッと一気にあける。
「わ、ぁ……かわいい」
「ワンッ! ワンッ!!」
扉の先には茶色、黒色、……ざっと見て六匹ぐらいの子犬達が集まっていた。
「だろ? 俺が豆に手入れをしてるからこの通り、手触りがふわふわだ」
自慢げに話している颯馬さんを軽く聞き流していると、足元に子犬達が寄ってきて、しっぽを振っている。何とも愛らしい。そして颯馬さんの言う通り、毛並みがとてもふわふわしていて、手で触れていて心地が良い。
「ワンッ、ワンッ! クゥーン」
「か、かわいい……ですね」
小さい子犬たちが、しっぽを振って、まだ幼い小さな鳴き声で上げたら誰だってかわいいと思ってしまう。
私は子犬達と目線を近くするため、子犬たちをもっと触るために膝を曲げて屈む。
「これ全部飼ってるんですか?」
今までこれだけの子犬がいて、気が付かなかったなんて不覚すぎる。あまり行く事の無い部屋なんて、目も向けないからね。今度から色々と目を光らせて見てみよう。ああ、でも居候している身で人の家を覗くのは失礼か。
「まあ、全部飼って、るな……」
どことなく悲しげで、うつむいて言いずらそうに話し、言葉に詰まる颯馬さんなんてめずらしい。きっと何か言いたくない事情でもあるんだろうか。
私はこの話題は控えるべきだと直感で悟り、立ち上がって空気を変えようとする。
「へぇー。かわいいですねー」
「……飼ってるっつーか……拾ってるんだよ」
「……」
一瞬、沈黙が走る。
小犬たちも静かな空気を感じているのか、黙りこくった。
「……拾ってる?」
私が話さなければ、沈黙は取り壊されない気がした。素直に思った事を口に出す。
「ああ。こいつらは全員捨て犬だった」
「……」
黙って私は頷く。深刻に、真面目な様子で語る颯馬さんを見て戸惑ってしまう。
頷くことしか、私にはどういう風に反応すればいいか分からない。
「だから俺は、拾ってきたんだが……逆にこんな狭い部屋に押し込めて悪い事しちまったな」
自嘲気味に颯馬さんは薄く笑う。私は自分に対して自己嫌悪に笑っている颯馬さんを初めて見た。
颯馬さんを黙って眺めていることが辛くなっていた私は、気付かぬ間に口を開いていた。
「そ、そんな事ないと思います……けど」
「……?」
颯馬さんは私の発言を、不思議そうな顔を見せながら聞いている。私はそのまま話すのを続けた。
「だって、颯馬さんが拾ってくれなければこの犬たちは、どうなっていたんだろう」
私は言葉を詰まらす事なく、述べる。まるで最初からそう思ってたかのように。
「私もそうなんですが、食べるものや住む所を提供してくれてこんな……あの……面倒見の良い人に拾ってもらって……こんな幸せなことってないと思いますけど……って、何言ってんだろ。何か偉そうな事言ってすいません!」
一人で一方的に語ってしまい、羞恥心が湧き上がる。これ以上、何か言わないように両手で口を押さえる。少し話し過ぎたかもしれない。
そうベラベラと言葉を紡いだ事に後悔を積み立てていると、颯馬さんは私の頭に手をポンッと優しく置く。
「ありがとな」
微かに笑いながら颯馬さんは、私の頭をかき回すように撫で始める。
「……そ、そんな別に……」
先ほどの後悔がどこかへと失せるような笑みに、私はどっちにしろ恥ずかしくなる。
「つか、へえー? 俺のこと面倒見の良い人だって思ってたんだな?」
そして、さっきの微笑みはどこへ行ったのやら。ニヤニヤと意地悪な笑みに変わる。
「あ……い、いや、なんていうか、全然そういう意味と違いますけど。お節介だなと思ってるだけですから?」
自分でも素直じゃないって思う。だれど、いつもの颯馬さんに戻って良かった、なんて思ってしまったりする。何だかんだでいつものニヤケ顔を晒している颯馬さんの方がいいかも、と考えてしまう。
「ふーん? ま、そういう事にしといてやるよ」
頭を撫でていた手をそっと離す。全く、髪がぐしゃぐしゃになったじゃないの。
髪を手ぐしで軽く整えて、子犬たちを触るために再び屈む。
「あ、あの、この子犬たちの名前って何なんですか?」
さすがにずっと“子犬”と言い続けるのも可哀想なので、颯馬さんに尋ねる。
「えっと、この茶色がタローで、この白いやつがジローで、黄土色の犬はサブローで、こいつがシロー、そんでこいつはゴローだな」
順々に犬を手で指していき、名前を言っていく。確かに覚えやすい名前だけど……。
「……ベタな」
私は本音を颯馬さんに聞こえないようにボソリと呟いた。
子犬達と戯れた後、私と颯馬さんは雨がまだ降り続ける中、仕方なくお店を開けることにした。颯馬さんは『一応、来るかもしれない』と言ってたけど、私はどうも期待できない。この湿っぽい雨が止めば別の話だけど。
だけど、私が絶対来ないと宣言すれば、
「照る照る坊主でも作るか」
突然、前置きもなく発言してきた。一体何を好んで、てるてる坊主なんて作るんだ。これ言ってしまうと子供の夢を壊すかもしれないけど、てるてる坊主なんてただのティッシュの無駄使いだよ。地球に優しくないんだからね。
「いい大人がそんなもの信じてるんだ……」
ぼそりと私は呟く。聞こえるようにぼそりと。颯馬さんを哀れむような目で見る。
「それは独り言なのか? 独り言で言ってるんだよな!?」
めずらしく声を荒げながら、突っ込んでくる颯馬さんを内心ニヤけながら眺める。もちろん私はニッコリと笑いながら。
「もちろん独り言ですよ……?」
「何だお前、喧嘩売ってんのか? なら、喜んで買ってやるぜ?」
「遠慮します。そんな事より本当に照る照る坊主作るんですか?」
颯馬さんが私が冗談で売った喧嘩を、本当に買いそうだったので、きっぱりと即答し、さり気なく別の話題にすり替える。
「あ? ああ、まあ作るか」
微妙に納得出来ないとばかりの、表情をしながらも、颯馬さんは頷く。私も颯馬さんに釣られて頷き、テッシュ箱を取りに行こうと足を動かす。
「照る照る坊主って、これテッシュの無駄遣いですよね……」
遠くを見るような眼差しで私はテッシュ箱を見つめながら、軽いため息をついた。まあ、今はテッシュだってたくさん生産される時代だから構わないと思うけどね。
夢の無い現実味を帯びた私の発言に幻滅したのか、呆れたのか、颯馬さんはハァーと声に出してため息を付くフリをした。
「おい、お前はもうちょっと夢のある事言えねえのかよ?」
「そんな本当の事ですし……、それに……何でもありません……!」
「それに?」
「……」
余計な事を話そうとしたので一旦中断させようとしたのに、続きの言葉を催促され戸惑い黙る。何でもないと言ったはずなのに、何故そんなに聞こうとするのだろう。颯馬さんは少しデリカシーを学んだ方がいい気がする。
「……なーんてな。別に無理に聞こうなんて思っちゃいねぇよ」
後ろを向いて答えた颯馬さんの明るい声は、室内に大きく響いた。私も次に何を言えば迷い、慌てるだけで黙った。雨が地面に落ちる音だけしか聞こえなくなる。
話すだけではなく、動くことも気まずくなる。颯馬さんも動こうとしない。表情も後ろを向いていて、よく分からない。どうしたらいいんだろう……。
沈黙が何秒も続くのは耐えられない。そう思った私は颯馬さんの「それに?」を答えようと口を開くことにした。
「それに、照る照る坊主があっても、晴れないことってあるじゃないですか……」
私の声は予想以上に大きく反響した。シリアスの様な空気に、なる。
「……かもな」
颯馬さんは小さな声で否定はせず、私の話を肯定する。そして私にとびっきりの笑顔を見せてくれた。
「けど、晴れた時はすげえ嬉しくねえか?」
「……嬉しいです……けど」
「それで充分じゃねえか」
私はこの人から真面目な答えが返ってくるのは、初めてだった気がする。短い一言でこんなにも心が安らぐ事ってあるんだ……。
第一印象はただの変態かと思ってたけど、颯馬さんと同じ時間に触れるたび、私の心が安らぎ落ち着いていくのが分かってしまう。
ただ安らかな気持ちとは裏腹に、先ほど颯馬さんが垣間見せた笑顔が過ぎり顔が熱くなる。顔から火がでているみたい。
「それでは、早くてるてる坊主作りましょう! こ、こんな雨がやむように!!」
赤面している顔を誤魔化すかのように私は、大声で叫ぶように言い放った。
「そうだな」
また、満面のニコッとした顔を見せる。
「テッシュ箱、持ってきますね」
颯馬さんの顔を見るのが気恥ずかしくて、くるっと後ろを向きテッシュ箱のある場所へと向かう。テッシュ箱を三箱を両脇に抱えて持ってきて、レジにどさっと一気に置く。
「輪ゴムも必要……だな」
颯馬さんが輪ゴムを探す動作を開始すると同じく、私はレジの下の右から二番目の引き出しに入っている輪ゴムを奥から取り出す。
「お前何気に、俺よりか物の在り処を把握してるじゃねえか」
「伊達に二週間もコキ使われてませんからね。いずれは金庫の場所やその暗証番号まで分かっちゃうくらいになるかもしれませんね? そんな事になりたくないと思いましたら、少しは私を休ませてくださいよ?」
ニタァという顔で、颯馬さんに壮大な嫌味をぶつける。たまには意地悪して、颯馬さんの悔しがる顔を拝んでみたいものだ。けれども、それがなかなか隙が付けなくて未だにこの人のペースに挟まっているから困ったものよ。
「金庫の傍の掃除以外で、これからもたっぷりコキ使ってやるよ」
「……は、い」
私の嫌味を反撃しやがった。最初からこの人に勝てるとは思ってないと分かっていたけどさァ……。もう少し私の立場を与えてくれてもいいじゃないかな。まあ、居候な奴が何言ってんだろうね、本当にって言われるけどね。
最初から颯馬さんの嫌味ビームに勝てるわけ無いと頭で再確認つつ、素材がテッシュのてるてる坊主を作り始める。
「つか、テッシュ三箱って、てるてる坊主を何体作るつもりだ」
「つ、作れるだけ……ですかね?」
我ながら、テッシュ箱三箱は持っていきすぎだろうか、とは一瞬考えたけどやっぱりそうよね。もう作りたいだけ作ればいいじゃない。
「いい大人がそんなもの信じてるんだとか言いつつ、お前が一番信じてるんじゃねぇの?」
笑っている口元から見える白い歯が憎たらしい。信じてるわけないじゃない。小学校の遠足の時だって、天気予報で雨が降ると予報していたから、てるてる坊主五個くらい作ったけど結局晴れなかったし。まあ、自分が信じないと断言するのは体験したからだけどね。
「だから、信じてませんよ」
「どうだか?」
ニタニタ。ニヤニヤ。
まさにニタニタ、ニヤニヤという効果音が似合う顔をしてくれる。反論しようと思ったけど、もう一々反論してもどうしようもないからやめとこう。どうせ、また何か言い返されるだろうから。
私は颯馬さんを無視して、黙々とてるてる坊主を作る作業に取り掛かる。
「出来ました」
「おー、俺も出来た。じゃあ入り口の所にでもぶらさげるか」
てるてる坊主の首にひもを結んで、のれんの様に入り口に引き戸の上に括りつける。
てるてる坊主がお客さんを迎え入れるかのように。
「よし、これで晴れると嬉しいですね!」
「だな」
私と颯馬さんがてるてる坊主を飾って少し満足感にひたっていると、窓から光が差し込むのが見えた。
これは、まさか……。
そしてそのまさかと思った事が、現実となったのはすぐだった。
窓からまぶしいくらいの光があふれ、私と颯馬さんを照らし始める。漫画みたいなタイミングだけど、てるてる坊主を飾った瞬間に晴れた様だった。
「……まぶしいですね」
「ああ、まぶしいな」
太陽の光のまぶしさに目を細め、私はかすかな声で言った。颯馬さんも私と同じく、目を細めて言った。てるてる坊主なんて晴れたらラッキーというぐらいの御まじないだったのに、こんなに早く晴れてしまうと少し複雑かもしれない。早すぎて喜んでいいのか分からなくなる。
「お客さん来るといいですね……」
「来るといいな……あ」
颯馬さんは何かを思い出したような顔をした。
「ん? どうしました?」
「久々に晴れたし、犬の散歩してぇな」
窓から見えるまぶしい光を見ながら、颯馬さんは呟く。
「行ってくればいいじゃないですか」
「お前一人で店番頼むわけにはいかないだろ。レジ打ち出来ないし」
「じゃあ、仕方ないですね」
ああ言えば、こう言うで、人の提案に対して文句ばっか言って、かなりムカつくんだけど、どうしたらいいんだろう。
「代わりにお前が行って来い」
しかも結局は私に頼むんかい。面倒くさいけれど断るわけにもいかない。でも、ほんの少しだけ抵抗してみようと思う。
「……私あまり遠い所まで散歩出来ませんよ?」
「近くでいいぜ」
これは行くしかないな。心の中でため息をして、諦める。まあ、ここは逆の発想をしよう。犬の散歩に出掛ければお店の手伝いはサボれるわけだ。
「……分かりましたよ。居候している身で口答えするのもアレですしね」
ブツブツと文句を言いたい気持ちでも、とりあえず犬のいる部屋へと階段を上り、重い足取りで向かう。引き戸を開けると、子犬たちが私の足に向かって飛びついてくる。犬の頭を撫でてから、私は犬の首輪とリードを探す。
「颯馬さん! 犬の首輪とかリードとかは、どこにあるんですか!」
颯馬さんの耳に聞こえるように大声で叫ぶ。
「右の棚の上に置いてある!」
颯馬さんの返答通りに、右方向にある棚の上を覗いてみる。そこには当たり前の様に、犬用の首輪とリードが置いてあった。
「あ、あったあった」
手でそれらをむんずと掴むと、犬を連れて階段を下りていく。子犬たちは階段を下りるのが苦手らしく、私の後にはついてくるもののよたよたと歩いてくる。ちょっと可愛い……。
「あはは、大丈夫? ゆっくりでいいよ」
少々時間はかかったが、無事に階段を下りることが出来て胸を撫でおろす。
外へと繋がる出口に進み、引き戸を開ける。子犬たちが先に出るのを確認して、私は颯馬さんに出掛ける合図を声にする。
「それでは行ってきます」
颯馬さんは片手をひょいっと軽く上げると、ニコッとした笑みで送り出してくれた。
「おお、行ってらっしゃい。なるべく早めに帰って来いよ」
ここで戸を閉めた為に颯馬さんの顔が見えなくなった。
とりあえず散歩すればいいんだろうけど、どこで散歩すればいいかが全く分からない。
さすがに颯馬さんの家をぐるぐる回るだけなのは駄目だろう。だけどどこへ行く当ても無い。
「さて、どこ行けばいいんだろ……」
「ワンッ!」
質問に応答してくれてるかのような鳴き声に私は、苦笑いをする。
「公園に、行く?」
あまり遠くには行けないけど、私が唯一遠くと呼べてたくさん遊べる場所はそこしか思いつかなかった。
颯馬さんと私が出会った場所でもある公園。
「ワンッ!!」
Yesという返事かNoという返事かは分からないけど、元気よく吠えたからきっとYesの方だろう。
私は犬の返事を勝手な解釈で捉えると、早速公園に向かうことにした。
~続く~
早めに投稿しなければと思い、若干手抜きですが…
多分読めないほどでは無いと判断したので、UPしました。