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第二章 Ⅱ 【喜びと思い出】

ひとまずこれで最後の更新です。第二章、完結です。

第三章はまだ書き終わっていないので、更新するのは大分後だと思います。



風は生暖かく、だが少し肌寒さも残っているというまさに五月下旬といった気候だった。季節の中では夏が一番好きなのだけど、でもこういう暑からず寒からずといった中途半端だけれど清々しいこの季節もいいなって思う。道端に凛々しく立っている木を飾る鮮やかな緑色に染まっている葉も、きれいだなって思ってしまう。

道路を歩くたび見たこともない建物がとても珍しい。でもだからこそ、興味がわく。見慣れないものだからこそ新鮮なのだと改めて考え込む。自分でも信じられないくらいはしゃいでいるのが分かる。そう、まるで子供みたいに。明らかにキャラが違うぜって思いながらも、心の中のわくわく感は隠せない。

「うわぁー! あのビルすっごい高いですね。あ、空飛ぶ自転車ですよ! すごーい……」

「……そんなに珍しいか?」

「あはは……」

むしろ私の方が珍しいかのような視線に自分自身反省して自重しようと心がける。うっ、ガラにもなくはしゃぎ過ぎたわ。このアベコベな世界では空飛ぶ自転車なんて珍しくも何とも無い所かそれが普通なのかもしれない。そもそも私が住んでいた所も、結構田舎っぽいところもあったし。元いた世界の都会とかには高層ビルなんて普通にあるだろうけど、私が住んでいた地域にはそれほど大きい建物なんてなかったしな。だけどものすごいド田舎ってわけでもないんだけどね。

颯馬さんが私のおのぼりさん状態を見て、溜め息をわざとらしく吐かれた。そんな露骨に迷惑そうな顔しないでよ。何か自分がおかしいみたいじゃない。確かに私はこのアベコベな世界の住人じゃないけれども。今更ながら私、颯馬さんに時空を超えてこのアベコベな変な世界に来たって事言ってない。そもそも言ったところで信じてくれないだろうけど。むしろ信じろって方が無理だよね。私が逆の立場だったら絶対に信じないもん。まずそんな寝言みたいな事言っている人の頭を心配するかも。ってでも事実なもの事実だし。しばらくはこの在りえない非現実的な話から目を背けよう。時間が経てばこのアベコベな世界にも慣れてくるでしょう。

「あんま騒ぐなよ、うるせぇから」

「す、すいません」

確かに少し……いやかなりはしゃいでしまった事にまた反省しなくてはいけない。言い訳がましいけれど、初めて見るものを見た時には誰だって心は少年少女に帰るものだよ。さすがにさっきのは少女じゃなくて、三歳ぐらいの幼い子供に帰ってた気がするけれども。もう本当にどっからどう見てもおのぼりさんだね。でもあちこち見渡せば見たこともない建物ばかりで飽きない。挙動不審と言われてもおかしくないくらい、目をギンギンに光らせながら目を泳がせる。そんな怪しい事を繰り返していたらいつの間にか二十分くらいの時間が経っていた。その二十分間の間に結構、独り言連発してたかもしれない。一応颯馬さんに話しかけているつもりだったけど、あまり関わりたくなさそうな目で見てきた為に結果的に無視されて独り言になってしまった。でもそれでも着物が売っているらしきお店には着かない様子だった。わりと遠いわね。長く歩くと私筋肉痛になるかもしれない。

気長に歩きながらキョロキョロと町並みを眺めていると、一軒の小さな花屋が目につく。一番目に焼き付いたのは、ピンクと白でよりどりみどりに飾られた清楚なスイトピーの花束。他にも情熱的に真っ赤なバラや、時期外れな夏らしさを司るひまわりも売っている。小さな店なのにわりと花の種類が多くて、思わず足が立ち止まってしまいそうなほど魅力的な花たちがたくさんあった。

「きれい……」

思わず囁くような小さな声で呟いた。しばらく歩きながらでも花にうっとりと魅入っている自分からハッと我に返る。まるで今の態度と言動は、花を買ってほしくて物欲しそうにしてる様に見えるのではないか。そこまで意地汚い人間ではないと思いたくて、颯馬さんの顔をちらっと見る。すると私の視線に気が付いたのか、横顔が段々ニヤニヤという擬音語が似合う顔に変化していく。

「ん、どうした? 俺にかまってほしいのか?」

「ち、違います!」

どうしていつもそういう系に引っ張っていこうとするのかな。でもその様子だと私のさっきの言葉は聞いていないみたいだし、さっきの態度も見ていないみたい。それだけも良しとしよう。

花屋を通り過ぎて、一分後のところでようやく着物が売っていると思われるお店に到着した。正直、これ結構な運動になったんじゃない? 約二十五分間もウォーキングしたようなものだし。最近、運動不足で体力不足だったし丁度いいかもしれない。でもそのおかげで筋肉痛になるわ。私ってかなり動かなさ過ぎなのかも。まあ運動にはなったし、健康的だよね。

ちょっと得したと喜びながら、店内に足をまたぐ。そして私は驚いて目を丸くする。やけに広くて大きい店だから、着物以外にも何か色々雑貨とかも色々売っているのかなと思っていたのに、着物がほとんどを占めている。さすがに着物だけじゃなくて、草履とか巾着袋とかも売っているけれどやっぱり着物がほとんどだった。これはすごい。着物の種類もたくさんある。これは選び甲斐があるわね。

「ここなら、自分の気に入る着物もあんだろうよ」

「すごいですね。こんなに種類があると、選ぶのにかなりえらく時間がかかりそうです」

これだけ着物の種類があると、本当に全部の着物を見終わるまで一時間は絶対にかかりそう。その中から自分の気に入った着物を選ぶのにもまた時間がかかるだろう。安いものならどれでもいいとは思ったんだけど、でもここまで来るとそんな事なんて関係ない気さえしてきた。うーん、多分、いや絶対に選ぶのに時間かかるよね。そこまで長い時間颯馬さんを待たせる訳にもいかないしな。着物の種類が少ないのも困るけれど、多すぎるもそれはそれで別の意味で困る。どうやって選ぼうかと心の中で迷っていると、

「しょうがねぇな。俺が特別に見立ててやるよ」

と颯馬さんがかなり意外な事を言い出してきた。私はてっきり勝手に選べとか言ってくると思ったのに、一体どういう風の吹きまわりだろう。あ、でもさっきの白いフリフリのエプロンを自ら着るあたりから予測すれば趣味とか悪そう。てか微妙だと思う。選んでくれるのはすごく嬉しいけど、問題は別のところにあってそれはそれで心配かも。とりあえずは選んでくれるみたいだし、選んでもらおうかな。

「い、いいんですか? でも、やっぱセンス悪そ……」

「何か言ったか、楓ちゃん?」

「め、滅相もありません! むしろお願いします」

いけないいけない。一瞬心の中の口が滑りそうになったわ。言っていい事と悪い事があるよね。何かほんの少しだけ颯馬さんから殺気が見えたもの。今もしも、最後まで余計な事も言い終えてたら間違いなく私に明日はない。

「おまえ、何色の着物がいいんだ?」

「え、別に何でもいいですよ?」

こう見えても私、結構ダークな色が好きだったりするけれども……。ピンクや赤よりも青や紺の方が好きだし。でもせっかく颯馬さんが見立ててくれる訳だし、たまには気分を変えてみるってのも悪くないっか。この際、何でもいい。と思いつつも何だかんだでどんな着物をチョイスしてくるか楽しみなんだよね。

「柄、どんなのが好きってのあるか?」

突然そんな細かい事まで質問するとは思っていなくて戸惑う。周りを見渡してたまたま目にした着物の柄を咄嗟に口にする。というか一応私の希望も聞いてくれるんだね。妙に律儀だねこの人は。

「えーと……花柄……とかですかね」

「分かった。ちょっと待ってろ」

まるで最初から目星をつけてたかのように颯馬さんはささっと一気に三着の着物を持ってきた。早すぎるでしょう。もしかして私の希望を聞く前から、すでに選んでたのかな。だったら私に聞かないでよ。

「これと、これと、これはどうだ?」

店内の中心にある大きなテーブルに、一着ずつ広げる。一着目は鮮やかな赤い下地に紫や黄色の花がしるされている女の子らしい着物。二着目は純白の綺麗な白の下地に水色の薔薇がちりばめられている、とても風流で涼しいそうな着物。三着目は濃い桜色に赤や黄色や白の色とりどりの花の刺繍が施されている可愛い着物。どれもとても綺麗な作りの着物で目移りしてしまう。

「……か、かわいい……」

「俺が選んだんだから、あたり前だろ」

「そ、そうですよね……」

若干呆れながらも、颯馬さんの意外なセンスの良さに驚いた。もしかして女物の服を選ぶセンスとかがいいのかも。それはそれで気持ち悪いけど。でもこれはこれで迷うわね。どれも可愛いし。うーん、こういう時は試着してみた方がいいのかな? 私が着てみて颯馬さんの感想を聞いてそれで決めてみてもいいかも。

「これ全部試着してみていいですか?」

「ああ、着てみて良さそうなのあったらそれにするか」

まずは一着目の赤い下地の着物を試着してみる事する。何か少し派手な気がするんだけどね。でもせっかくだから、着てみたい。

お店の店員さんに試着室で着付けをしてもらう。着物ってこの帯がすごくキツイのよね。綺麗で清楚で和風な感じがするからすごい憧れるけど、その分着ている時が苦しいし蒸れる。

着付けが終了して試着室から出て行くと、颯馬さんがすぐ近くで待機していてくれていた。颯馬さん何て言うだろうな。少し緊張しつつも、どんな反応してくれるか楽しみだったのだが、

「馬子にも衣装ってやつだな」

と冷たく言い放たれた。

「言うと思ってましたけれども、でも、もっとこう、別のを期待してたんですけど……」

半泣きになりながらも私は次の二着目の純白の白の下地に青いバラが散りばめられている着物を試着する事にする。正直言って私はこっちの着物の方ががお気に入りかもしれない。風流で涼しそうな感じがたまらない。そもそも私青系の色大好きだから。何か一々着替えるの面倒くさいから、もうこれにしちゃおうかしら。とりあえず着てみて颯馬さんの感想もらってからにしよう。また試着室に戻り、着付けをしてもらう。ぼんやりと着付けしてもらうのを眺めていると、店員さんが何やら白いリボンのようなものを引っ張り出してきた。何に使うんだろう。

「ねぇ、あなた、髪飾りとしてこのリボンしてみない? その着物に合ってると思うわ」

「いいんですか? なら、お願いします」

やった。予想外の展開だけど、願ってもいない事に嬉しさを覚える。店員さんが髪の毛をしばっているゴムの上から、リボンを巻くように結ぶ。何かすごく大きなリボンだな。きゅっとリボンが締まる音と共に店員さんの「出来たわよ」という声が重なる。

試着室から出てみたが、颯馬さんの姿が見当たらなかった。どこに行ったのかと、辺りをキョロキョロと見渡していると、バタバタと慌しい足音が聞こえる。その足音は私の目の前でぴたりと止まり、驚いたような顔をしてからいつもの憎たらしい笑顔に変わり一言こう言った。

「……似合うじゃねぇか」

「は、はい……」

素っ気無い言葉しか出なかったのは恥ずかしかったから。こんなに息を切らせて一体どこに行ってたんだかね。気のせいじゃなければ後ろに隠すようにしている大きな紙袋が見えるんだけど。何か買いたいものでもあったのかな?

「それにしちまえば?」

「はい、そうします」

私が笑いながら頷くと同時に、颯馬さんは財布をどこからかともなく出す。こんな素敵な着物を買ってもらえるなんて、私贅沢かもしれない。最初は安物で着れさえすればいいやって思ってたけど、何だかんだで結構な良い値段な着物を買ってもらってしまったのだ。でも颯馬さんが選んでくれたわけだし、それにそんな事関係ないよね? 自分に言い聞かせながら、家路は買ってもらった着物を身にまとい帰る。これ言うと色々台無しなんだけど、着物ってかなり歩きにくい。転んだりとかしたら着物汚れちゃいそうだな。気をつけて歩かないと。

「ちょっと休むか?」

着物の歩きにくさに苦戦しているのを理解してくれたのか、颯馬さんは広くも無ければ狭くも無い普通の公園のベンチを指差した。……あれ? 私今少し既視感みたいなものを感じたんだけど。何かここの公園来た事があるような気がする。気のせいだと思いたいけど、結構新しい最近の記憶だった。

「わ、私この公園に来た事ある気がしなくもないんですけど……」

「そりゃ、そうだろ。お前、ここで最初倒れてたんだぞ?」

あ、そういえばそうだった。颯馬さんに言われて少しずつ忘れかけていた記憶の鍵が見つかった。この公園は私がこのよく分からない世界に迷い込んだ時に、初めて瞳に焼き付けた場所で颯馬さんに初めて会った場所でもある。通りで既視感を感じると思ったわ。

「あ、そっか。この公園で颯馬さんと……」

「なんだ、俺と出会った時の頃でも思い出したのか?」

意地悪くからかう颯馬さんに抵抗したのかったのにまさに図星だったので、何も言葉にださずに首を縦に動かし頷く。そのまま黙ったまま公園に足を踏み入れて、適当に出入り口に一番近かったベンチに二人で座る。何か言えば良かったんだろうけど、提供出来る話題が無かった。しばらくの間、沈黙という名の気まずい時間が流れる。颯馬さんも黙ってないでしゃべってよ。

「お、そうだ。ほら、これやるよ」

私の心の中をさとすように、颯馬さんは沈黙を軽々しく破ってくれた。そう言うと同じに、今まで後ろに隠すように手にぶら下げていた紙袋を私の目の前に出す。さっき急いで何やら買っていたと思えるのは予測してはいたのだけど、まさかそれが私にくれる贈り物だとは思わなかった。颯馬さんって結構洒落た事するんだね。でも、何か嬉しいかも。

「ありがとうございます」

精一杯の嬉しさの意味を込めて、お礼を言う。かなりの期待を胸に紙袋に入っていた代物はピンクと白で飾られている色とりどりのスイトピーだった。このスイトピーってもしかして、いやもしかしなくてもさっきの花屋で売っていたスイトピー? 突然の出来事に頭が付いていなくて、疑問ばっかりが頭に残る。

「俺からのプレゼントなんて滅多にねぇんだから、ありがたく受け取れよ」

「え?」

気付いてたんだ。私がこのスイトピーの花束を見てた事気付いてたんだ。プレゼントしてくれた事もすごく嬉しいけど、それよりもあれだけ花屋にたくさんの花束が飾られていたというのに、私が欲しいと思っていたこのたった一種類のスイトピーの花束を分かってくれてた事の方が嬉しい。これ以上何て言ったらいいか分からないけど、本当に嬉しいし感謝の気持ちで一杯一杯で胸が熱くなる。本当は嬉しいって気持ちを伝えたいけど、何故か緊張して言葉が出なかった。ちゃんと伝えたいのに、自分が情けない。

「そういや、スイトピーの花言葉って知ってるか?」

「知らないです。教えてくださいよ」

「バーカ、教えてやんねぇよ」

「は?」

何だそりゃ。聞いといて教えないって幾らなんでもひどいじゃないか。なら、もういいし。そんなの人に聞かずに自分で調べろって事なのね。はいはい、分かりましたよ。調べればいいでしょ、調べれば。半分やけくそになりながらも、颯馬さんのニヤニヤした大人の余裕ぶる笑顔を拝む。何かやる事成すことが颯馬さんは素直じゃない。でもそれはお互い様ってところかな。そういえば私、花束なんて今までもらった事無かったな。その前に今時、花束をプレゼントするなんてキザな行為はなかなかしないよね。だけどそのキザな行為の中に含まれている優しさが私は何よりのプレゼントだな、と恥ずかしい事を考えながら私の苦難の日々は続くであろうと思う今日のこの頃だった。




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