第一章 Ⅲ 【すべては必然的】
これで、一章が終わります。ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
暇な時にでも、読んでいただければ嬉しいですね。
そしてこの後私は「本当にいいんですか?」と何回も何回も聞いて、しつこいくらい聞いた。でもそれでも「いいんだよ!! しつけぇーな!」と逆ギレされてしまった。そこまで言うなら私はお言葉に甘えて居候という名の住居をさせてもらおうと思った。助かった。でも正直、まだこの颯馬さんという人は信用は出来ない。初めて会った人にいきなり信用しろ、と言われても無理な話である。だけどきっと何とかなるし、大丈夫だと思う。この人の笑顔は憎しみとか妬みとか、人間なら誰しも持っている汚くて醜い感情を一瞬だけでも忘れさせてくれる気がした。昔の私なら、信じるなんて言葉は「偽り」の一言で片付けてしまってただろう。でもそう思いたくないのは少しだけ、ほんの少しだけこの人を信じてみたいと思ったから。
そんなこんなの流れで、居候させてもらう話をした後に、いきなり今から私は颯馬さんのお店の手伝いをすることになった。といってもあまりお客さん来ないんだそうで。これじゃ儲からないんじゃないのかな。でもそんな事言ったら少し失礼か。混乱していて細かい疑問とかが頭の中でよみがえってくる。今日って何月何日なんだろう。この長袖のブレザー制服だと少し暑い気がしないでもない。私がいた世界と同じなのかな? 一応、何月何日かぐらいは聞いとこうかな。
そう思ってレジを机代わりに右手で頬杖ついているこの滅茶苦茶そうな男、神崎颯馬に質問してみた。
「今日は何月何日ですか?」
「やっぱお前……アルツハイマーだろ」
こいつ、一発殴っていいのかな。だって仕方ないじゃん。あんたは事情知らないからそうお気楽な事言えるかもしれないけど、こっちだって悩んでいるんだかね。ここから出て行く事とか、どうやって帰ればいいのかとか。だけどあえてここは我慢しとく。殴って追い出されたら行く宛てがないし。
「違います。で、何月何日ですか?」
「五月三十日」
五月三十日か……。私がいた元の世界でもそのくらいだった。という事は時間の流れは私のいた世界と同じって事だろう。それだけでも救いかもしれない。何か共通点があるという事はいつか帰れるかもしれないと、わずかながら希望と期待がふくらむ。
「ご丁寧にどうも」
というか混乱していて、真剣には考えていなかったけど、私はいつまでここにいなければならないんだろう。さすがに死ぬまでこっちにいる訳にもいかない。でも帰り方が分からない。別にホームシックじゃないんだけどさ。何でもかんでもこの颯馬さんをあてにしないと駄目なんだろうな。この人が言っていることは、若干当てにならないかもしれない。でも実は正直なところ、しばらくここでの生活をしてみたいと思っている。私が元いた世界はとてもつまらなかったから。色で例えたら灰色。真っ黒というわけでもない。絶望でもなければ希望でもない。そんな中途半端な世界。ここにいればはっきりするかもしれないから。だから馴染んでいきたい。
そうやっていろいろと考えながら、御店の床をモップで拭いていると、レジのほうから颯馬さんの声が聞こえてきた。
「あー、楓。あっちの倉庫からアレとってきてくれ」
「はーい。ってアレじゃ分かんないです」
ちゃんと場所指定ぐらいはちゃんとしようよ。本当に面倒くさそうにするな。やる気なさそうだし。本当に滅茶苦茶な人。よくお店をやろうって決心したよね。結構こじんまりした店だし、大きい店じゃないから楽なのかな? いや、仕事に楽なんてものはないか。しかもそんなに客は来ないって自分で言ってたし。
「えー、赤い文字で書いてあるダンボール箱。確か赤い文字で書いてあるのはひとつしかねぇと思うから」
「分かりました」
言われた通り、颯馬さんに指差された扉をあけてみる。そして驚いた。この家にこんな広い倉庫があるなんて知らなかった。何か、お店の中と同じぐらいの広さじゃないのかなこれ。まぁ、どうでもいいけど。私は赤い文字で『電化製品』と書いてある大きな箱を抱えて、あの偉そうに座っている男のいるレジの前に持ってきた。
「お、ご苦労さん。おっ、そうだ、明日非番だからお前の着物買いにいくか?」
「え?」
そういえばこんなブレザー制服着ている人なんて、こっちの世界にはいない事もないけれど、そんなにいない気がする。皆基本、私服が着物っぽかった。というか私ずっとこの制服着てたんだよね。汗でベトベトだし、新しい服着たいかも。颯馬さんだって着物着てるし。でも颯馬さんの着ている紺色の着物は悔しいことに持ち主と合っている。黒髪と紺色で印象は暗めだけど大人っぽく見える。ていうか今頃だけど、颯馬さんって結構男前な顔立ちしてると思う。ただひげとか剃ればもっとかっこいいと思う。ひげがあるせいで、少し老けてみえる。二十代前半ぐらいの年齢だと思うのに、二十代後半か三十代に見える。後ちょっと無造作にしている黒髪を整えてくれればな。ってこの人よりまず私だ。何長々とこの人について語ってんだ。自分で気色悪いと思ってしまった。そして私、お金がないんだけどどうしよう。
「俺が特別に買ってやるよ。俺からのプレゼントなんて滅多にねぇからな」
「い、いいですよ。そんな居候している身なんだし、あの……でも……」
さすがにそれは悪い。というかこの人は随分と気前がいいな。でもさすがにそれは居候している身としては申し訳ないと思いつつも、欲しいと思っている自分がいやらしい。
「いや、正直な話さ、俺がお前の着物姿見てぇし、絶対に赤とか桜色とか鮮やかな色似合うんじゃねぇか?」
いや、似合うんじゃねぇかと聞かれても分からないから。変態親父から、キモイ親父に格上げするよ。いや、二十代っぽいからキモイお兄さんか。ってどうでもいいわそんな事。
「そ、そうですか……」
私はわざとこの変態から目をそらす。やっぱこの人の家に居候するのは考え直したほうがいいかもしれない。いや、でも今のところはこの人しか頼れないし。何か別の意味で憂鬱だ。理由と目的はどうあれ、買ってくれるのには変わりない。そうだ。ポジティブに考えよう。
「っと、そろそろか。この『営業中』の看板を表に出してこい」
「あ、はい」
『営業中』と筆文字で書かれた看板を抱えて、引き戸の近くに置いた。だらしなさそうにしているけど、営業時間はちゃんと守るんだね。って当たり前でしょ。私一体どんな目でこの人見てるんだ。お金も何も払えないし何もしてあげられないけど、働いてその分頑張ろう。着物も買ってくれるみたいだし、食べる物も何とかしてくれるみたいだし。
んー、なんというか働くだけじゃすごく申し訳ないかも。何か私にでも他に出来ることないのかな。
「今日はいつもより客来ないかもしれねぇな……」
「え? 何でですか?」
やっぱりこの店屋は儲からないのかな。だったら私どころか自分も養えないんじゃないの。颯馬さんはレジから立ち上がり、そんな考えを砕くように私の前に現れて頭を撫でてくれた。
「今日この近くにお祭りがあんだ、客はそっちのほうに行くだろうよ。でも安心しろ。俺の飯は用意出来なくても、お前の飯はちゃんと用意してやるからさ」
「……ぶっ、あははは。そんな大げさな事言わないでくださいよー」
真顔で何格好つけて言ってんだかね。思わず噴出しちゃったよ。この人優しいんだか、真剣なんだか、変態なんだかよく分かんない。だけど退屈しない。飽きない。笑顔の仮面なんかつけなくても、私はちゃんと笑える。この人の前だと素で笑える。何だろう。不思議な気分。
「やっとちゃんと笑ったな」
「え?」
あれ? 笑ったのは多分これが初めてじゃないと思う。確かに声だして笑うのは初めて
かもしれないけど。でも「ちゃんと笑った」ってどういう意味だろう。
「いや、お前がちゃんと笑うのって初めて見たし。なんつーか、こんな顔も出来んだなって」
「私だって人なんですよ? こんな顔も出来ますよ、あなたみたいな無愛想な人は違いますよー」
そんな刺々しい言動とは裏腹に私にとって初めて言われた言葉だった。漫画だと何かクサイ台詞だなって思うけれど、何かリアルに言われると恥ずかしいし照れる。でも嬉しい。私を私だと見てくれる人なんていなかったから、すごく嬉しい。こんな事思うなんて変なのかな。でも嬉しいものは嬉しいんだよ。
「まぁ、そうだな。悪いな、変なこと言って」
「そんなことないですよ。嬉しかった気もするし」
「へぇーそっかぁー?」
あまり何も考えずに少しさらっと素直に言ったら、颯馬さんはニヤニヤと笑ってきた。だからその笑い方やめてって。さっき言ったこと前言撤回するよ。そんなやり取りしていると、引き戸が開く音が御店内に響く。お、お客さんが来た!? 七十代くらいのおじいちゃんだ。ていうか、ちゃんと客来たよ。
「いらっしゃいませー、何かお探しで?」
颯馬さんはにっこりと今までに見たことのない満面の笑みを浮かべていた。気色悪。それって世間でいう『営業スマイル』ってやつですか。さすがにさっきみたいにダラーッとやる気なさそうにしてらんないか。って私は何すればいいんだよ。こんな所で突っ立ってても仕方ないのに。私があたふたと慌てていると、その七十代のおじいさんが口を開く。
「息子が虫をたくさん取るんだーってうるさくてね。虫かごと虫取り網はあるかい?」
「はい、ありますよ。楓、一番右の棚に虫かごあるからとって」
颯馬さんは虫かごが置いてあるという右の棚を指差した。竹で出来ている虫かごだった。すごい。初めて見たかも。ていうか結構何でもあるね。あ、だから何でも売りますってキャッチコピーなのか。今さら納得だ。私は竹で作ってある虫かごは抱えながら、颯馬さんに手渡した。
「はい」
「ああ、サンキュ。えと、虫取り網は……これだな」
レジの横にある棚にもたれ掛かっている虫取り網をとり、すばやくレジ打ちをする。私
コンビニとかやスーパーのレジ打ちとかすごい憧れるんだよね。なんかかっこいいし。
「2100円です」
「はいよ、じゃあ三千円で」
おじいちゃんは颯馬さんに三千円札を手渡した。三千円札なんて初めて知ったんだけど。二千円札なら昔あったのは知っているけど、三千円札なんて昔も今もないよ。なんか、やっぱりここの世界にいると自分のいた世界じゃないっていうのがひしひしと感じてしまう。
「900円のお返しです。ありがとうございました」
「ところでそこのお嬢さんはもしかしなくても御前さんのコレかい?」
右手の小指をたてながら、そう言って笑うおじいちゃん。小指をたてるって事は「恋人」? え、いや違いますから。この人と私はそういう関係じゃないから。ほら、颯馬さんも否定してよ。
「んー、まぁ、そんな感じです」
えええええ。そんな感じってどんな感じいい? ちょっと待てよ。何嘘ついちゃってんの。あ、おじいちゃん帰っちゃう。この人に嘘つかれたまま帰っちゃうよ。さっきの事、『違いますから』って言ったほうが良くない? でも今更って感じだよね。
「そうか、仲良くやりなされ。そんな風にしていられるのも若いうちだけだぞ」
わざとらしく笑いながら、おじいさんは御店から出て行く。とんでもない誤解を背負いながら。おーい、おじいちゃん、あなたすごい勘違いしていますよー。違いますよー。もしもーし。別におじいちゃんは悪くないから、まずはこの人に文句を言うべきだろうか。
「な、何言ってんですか全く」
「まぁ、いいじゃねぇか、嘘も方便って言うしよ。……嘘じゃないほうが良かったか?」
初めて人を軽く殴った。いや、恥ずかしさよりも怒りが勝った。こいつのひん曲がった根性叩きなおしてやろうか。つーか、性格はひとつにまとめろよ。茶化したり、真面目だったり、これ私以外の人だったらもうすでに怒ってるよ。多分、私じゃなかったらもうすでにもっと別の居候先を見つけてると思うから。
「ってぇ……!」
「ふざけないでください」
「人を殴っといて随分な物言いだな、楓?」
前途多難かもしれない。この男のペースには手こずってしまう。よく分からない人。でも思わず笑っちゃう。よく考えれば人にこんなに怒ったり、話したりするのは久しぶりかもしれない。
こんなはちゃめちゃコメディみたいな出来事はあっという間に終わり、空も大分暗くなってきていた。一日ってこんなに早かったかな。一日でこんなに笑えた日なんてあったかな。考えて思い出してもそんな日は私にはなかった。だから颯馬さんとふざけ合うのも悪くないと思った。そのおかげで私は今ちゃんと笑うことが出来てる。わざと笑わなくても自然と笑うことが出来る。ちなみに今日来たお客さんの数は十人ぐらいだった。確かに客は少ない。だけどその客がいない時間は、いろいろ他愛もない会話で盛り上がっていた。
この町にはどんなものがあるとか、何でお店屋をやろうと思ったのかとか、そんな話で盛り上がった。何というか、颯馬さんがすごく楽しいそうに語る。お店屋を建てたのは何か儲かりそうだからという単純な理由らしい。でも実際はそんなに儲かってないじゃないの? とか思ったりしてみたり。だから少しはしゃぎ過ぎて疲れたかもしれない。体は丈夫なんだけど、体力とか皆無に等しいから。
その疲れをお風呂のお湯で回復させる。私の家のお風呂よりか狭いけど、この方が落ち着くかも。そしてご飯もちゃんと用意してくれた。お米にお味噌汁と焼き魚に漬物と、世間的にこれは質素だと言うのかもしれないけどあったかい。しかも味付けに工夫されてておいしい。それはそれでとても悔しいけれど。しかも寝る時に着るジャージまで貸してくれた。颯馬さんのだから大きくてぶかぶかなんだけど。でもちゃんと私が住みやすいように気を使ってくれる事が嬉しい反面、とても申し訳ない気持ちでいっぱいだった。そのかわりにお店で働くといっても、それだけではまだまだ足りない。他にお仕事探そうかな。バイトでもいいから。というかバイトってこの世界にあるの?
ソファに座って色々考え事してただけなのにまぶたが重くなってきた。今は夜の9時だけどこんな早くに眠いと思ったことは一度もない。むしろ私は夜行性だから。なのに眠い。これはちゃんと働いた証拠だよね。うん。一人で勝手に納得していると、いつの間にか颯馬さんが私の後ろにいた。
「明日は俺、非番だから絶対着物買いに行くからな」
何かその言葉かなり聞き飽きた。それ朝も言ったよね。また買いに行く宣言を今になって言い出されても頷くことしかできないわ。私は別にどちらでもいいのに、何でこの人はそこまでこだわるんだろう。でも着物を買いに行くという事は、外にでるって意味だよね。この町のことはよく知らないし、少し知っとかないと後先困る。お言葉に甘えさせてもらおうかな。一番安いものでいいし。
とにかく今日は寝たいんだけど、結構重要なことを思い出した。そして御店の手伝いの時、何気にさらっと言われたことだった。そして、それはとても最悪な事でもある。いや、最悪って言ったら颯馬さんが可哀そうか。
『布団ひとつしかねぇから』
貧乏な生活だろうしね。一人暮らしっぽいから、二人分の布団なんて用意してるわけない。だから私はソファで寝ると遠慮してるのにも関わらず、
『風邪ひいたらどうすんだ。俺の布団使えよ、俺がソファに寝るから』
だけどそれは申し訳ないと思ったので、首を横に振って私がソファで寝ると言ったら、『なら、一緒に寝るか』
……どうしたらそういう流れになるのよ。もっと他にいろんな方法があるだろうよ。ていうか絶対に寝れないから。眠いのに寝れないって一体どこの拷問なのよ。ちゃんと居候先は確認しとくべきだった。
「さてと、今日は慣れない仕事で疲れただろ?」
「う、うん……」
だから無理ですって。戸惑っている私にお構いなく、颯馬さんはお布団の中にぬくぬくと入ってしまった。ちょ、待てよ。それはないよ。颯馬さんが寝たらソファに移動しようか。
「早くはいれよ」
とりあえず布団の中に入ろう。もしかしたら寝れるかもしれない。颯馬さんの横で小さくうずくまりながら私はお布団の中に潜り込む。颯馬さんとは反対方向を見ながら寝ることにした。そもそも一人用のお布団に二人で寝るっていうのは少し無理があるよね。
どうしても体が密着するし。あ、でもあったかい。なんかこのまま眠れちゃいそうな気がする。というかいっその事、早く寝かせてください。動揺隠すように体を動かさないようにする。そしたらいつの間にか隣から、うるさいいびきの音が聞こえた。寝るの早っ。私がどれだけ緊張してるのか、知らないのか。早く寝なくてはいけないのにこんな状態で眠れるわけない。何でこんな事になってしまったのだろう。階段から落ちて始まる物語だなんて、ロマンの欠片もない。だけど結局は始まってしまった。偶然なのか必然なのかは分からない。だけどきっと必然なんだと思う。だってもうすでに起こっている出来事だから。そしてこの家にきて初めての夜は過ぎていった。それと同時にこれからの居候の日々が始まった。
段落少なくて、申し訳ないです。今度手直しします。