第一章 Ⅱ 【すべては必然的】
主に一話完結で話を進めるのですが、一話ごとに書く枚数が多いのです。
だから、一章ごとにおよそ3つぐらいに分けて書いていこうかと…。
そして早く更新せねばと思って、手直ししていません。ほとんど昔書いていた文章をそのままコピペしただけです。いずれ修正します。
「……い」
声が聞こえる。それは私を呼ぶ声。どうやら私は、気を失っていたらしい。でも目が開けない。まぶたが磁石のようにくっ付いて開かない。これはどういう事なのだろう。
そもそも私は無事なんだろうか。いや、こんなにも意識があるから無事だとは思う。でも声が出ない。口も開かない。体も動かない。まるで金縛りにあったかのような感覚が私を襲う。
もしかしたら精神世界にいるのかもしれない。あまり信じたくはないけれど、体と心が繋がっていないのかもしれない。
……
そんな訳ないか。
先ほどまで体の痛みも何も感じられなかったけど、時間が経つにつれて少し全身が痺れて痛み出してる。でもきっと命に別状はないはずだ。
微かながらも誰かが私を呼んでいる気がする。だから私が今ここにいる場所は一応、世界の中なはず。
あえて考える事を避けていたけど、もしかしたらこの私を呼ぶ声は、天国からのお迎えかもしれない。天国のお迎えって三途の川じゃないんだね。私はてっきり三途の川を渡って死んでいくものだと思い込んでいた。珍しい経験が出来て良かったじゃないか。
いや、全然ちっとも良くないと、時間差で気が付いたのは自分自身で無視しとこう。私、無事じゃないんじゃない。命に別状ないと予想したけど、前言撤回。
ここはきっと天国なんだ。だから体も動かない。全部の不明な点は、私が死んでいるからで説明付く。
それはそれで悲しい。私は死ぬときは家族に見守られて、静かに息を引きとる死に方が良かった。なのにこんな意味不明な死に方ってないよ。何が起こってたのか、微妙に記憶が曖昧な中で死ぬには嫌だ。
「……か……ろ」
透き通るような低めな声が聞こえる。聞こえる声は男の声?
少なくとも私には男の人の声が耳に響いている。天国のお迎えの人って男なんだ。私はてっきり小さな子供がいっぱい飛んできて、ラッパみたいな楽器を吹いて私の魂だけを空へと連れて行ってくれるものかと思っていた。またまた新たな発見をしたぞ。
でもその新たな発見した時には、死んでいくなんて……。なんて悲しい性だ。
「……し……て」
男の低い声は聞こえるのだけど、先ほどから全くと言っていいほど何も起こらない。
Why? 何故?
そんなの知らんがな。
もし本当に天国に連れて行くなら、早く連れて行ってほしい。これじゃあ、まさに生と死をさ迷っているみたいですごい困る。何か潔く死ねないと格好悪すぎる。
一体どうすれば、生と死の狭間で心の葛藤をする状況から抜け出せるんだろう。
夢ならば覚め……
「おい! しっかりしろっつってんだろ!」
「うわあああ!?」
耳元で大音量の声が聞こえて、勢いよく上半身を起こした。……あれ?
「え?」
何が起こったのかよく分からず、とりあえず疑問符を付けた文字を発する。
周りを大きく見渡すと、ブランコやすべり台に砂場といった見た感じ少々広めの公園っぽい場所みたい。
どこにいるかを確認し終わった後、私は自分がどのような状態になっているかを確かめる事にした。私はベンチの三分の一を占領して座っている。
今までここで寝ていたという事だろうか。
そしてあえて突っ込まなかったけど、私と同じベンチの端っこに男の人が座っている。
誰だろう。首をかしげながら私は目をパチクリと瞬きをしながら見つめる。
私が不思議そうに眺めている顔を見て、安心したかのように軽いため息をついた。
「ったく……お前何回も呼んでんのに返事しないし、死んでんじゃねぇかと思っただろうが」
この男の人は誰?
空はもう夜で暗闇に包まれていたから、顔はよく見えない。あなたは誰で、今まで何が起こっていたのですか。たったそれだけを言いたいのに、記憶が曖昧で混乱している。頭から記憶を探ってみても、何故か何もかもが曖昧で分からない事だらけ。
一体何が起こった?
物事を頭の中できちんと整理しようと、自分が覚えている記憶を思い出す。
階段から落ちて、生と死の狭間で心の葛藤し始めたのは覚えている。というよりたった今、思い出した。
だけどそれからが全く覚えていない。本当に何があったんだろう。ベンチに座っている場から考察をすると、私は座りながら気絶していたのかもしれない。
確か階段から落ちたはずなのに、外傷がないのはおかしい。私はてっきり天国へ行くのかとばかり思っていたから。今考えれば何で天国へ行くのに、何故はっきりと意識あったのか疑問だ。まあ、それほど混乱していたに違いない。
今更気が付いたけど、階段から落ちたはずなのに何で公園らしき場所にいるんだろう。歩道橋の近くに公園なんて無かったはずなんだけど。しかもこの公園、全然見覚えの無い公園だ。
公園の敷地内を見回した後、私は次に男の人を見てみる。結局、また先ほど思った同じ疑問が戻ってくる。
この男の人は一体誰?
私が目を覚ますまで声をかけ続けていて、ここにいてくれたのかな?
何で? それは私が目を覚まさなくて心配だったから。
人が死んでいるように眠っていたら、私も心配で仕方ないわ。だからきっとこの人も、そうだったのかもしれない。よく状況が読めないし、この人が一体誰だという疑問だけが一点張りだけど、とりあえずお礼を言わなくては。
だってこの人が私を呼び起こしてくれなかったら、このまま永眠してたかもしれない。
ちょっと恐ろしいかも。
「ご、ご迷惑お掛けしました。ありがとうございます」
立ち上がってお辞儀をしたかったけど、何故か腰が重たくてなかなか立ち上がることが出来なかった。仕方なく私は、ベンチに座ったまま感謝を言葉に表す。
その人は優しく微笑みながら、私の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。髪の上から撫でられているのに、ひんやりとした冷たさと大きさを感じ取れる。大きくて冷たい手だけど、不思議と落ち着く。
「どーいたしまして。……立てるか? 立てないなら手を貸してやるぜ」
男の人は立ち上り、気さくに受け答えをしてくれた。さらに私に手を差し伸べてくれる。
最近の若者は正しい日本語を使わないわ、礼儀もマナーもしっかりしていないわでチャラチャラしている人ばかりだと思い込んでいたけど、結構しっかりと真面目で誠実な人っているんだな。少し感動やら関心をしながら、私は男の人の手につかまり立ち上がる。
「ありがとうございます。ご心配おかけしました」
「そんな事ねぇよ。それより、ちゃんとひとりでお家に帰れるか?」
少しカチンと頭に来た。私を子供扱いしている態度に苛立ちが募る。確かにクラスメート達からは、童顔とか、チビとか見た目をボロクソ言われているけど、こう見えても高校二年生の十六歳なんだから。もう立派な大人だから。ひとりでも普通に家に帰れるっていうのに、こいつは「ひとりでお家に帰れるか?」ってなめてんのか。
私を呼び起こしてくれた事は感謝しているけど、それとこれとは話が別だちくしょー。
「帰れます!」
「いいから。送ってやるよ」
何よこの人。
遠慮しているのに、しつこい。子ども扱いして失礼な人だな。私を小学生ぐらいの子供だと思ってんの?
私を馬鹿にしてんの?
確かに身長は並の人より少しばかり低いのは事実だし、私もそこは否定しない。しかも実年齢よりか幼く見える童顔で完璧、高校生には見えない。自分の容姿に対する最大なコンプレックスでもあるんだから、そんなことは本人が一番理解している。でも、小学生に間違えられるほどでも無いはず。この人、冗談で口走っている訳でもなく、真面目で悪気がなさそうだから余計にイライラする。
この頭に募る血の気をを抑えようと、急いで公園の敷地から足を踏み出す。だけど何故かそれでも後を追うように男の人は付いてくる。ストーカーかこいつ。
「だから、いいですって!」
「いや、送るっつってんだろ」
「送らなくていいですって!」
何なのよこの人は。
さっき言った真面目で誠実な人って言うのは前言撤回する。この人は、ただの変態じゃないか。
夜道に点々とある電灯に照らされるたびに、男の人の真剣そのものの顔が見える。一体何で追いかけて来るのだろう。何故そんなに必死に追いかけてくるのかな。
私はとりあえずこの状況を謎を追及しなきゃいけない。だから、早く帰らなきゃ。というより一人になって、一人で考えたい。
だけどまさに、一人になりたいと思った瞬間、足がなぜか動かなくなり、言うことを聞かなくなる。ガクンと床にひざがつき、二本の足では体を支える事が出来ない。
私どうしたんだろう。何が起きているの?
膝がカクカク震えている。でもどこも痛くない。あれ? 視界が歪む。
「おら、言わんこっちゃねぇ」
地面に倒れそうになったところを、さっきの人が支えてくれた。でも音が聞こえない。まるで耳が破壊されたかのように。私が意識を手放す前に、ふわっと体が持ち上がった。そして私は意識がなくなる―――……
目を瞑っていても、光りが差し込むほど明るい。直接は確かめていないけど、多分朝か、昼だろう。
睡魔が襲い掛かっている最中なので、目を開くのは嫌だけど手触りでどこにいるかを確認する。
感触はフカフカ。モフモフ。温度は暖かくて気持ちいい。
それから計算されてくる答えは、おそらく私は布団に寝ているのだろう。一体どこの布団なのだろう?
でもいつまでも寝ているわけにはいかないので、私はゆっくりと目を開けた。
「……」
しばらく自分自身の中で沈黙がおきる。えっと、何よ……。物事を単純に整理すると、先ほどの変態が私の横で寝ている。何で? 何で? この人は誰なの一体! ていうかここはどこ!? この状況で冷静にいられる奴がいたら、是非来て欲しい。変わってあげるから。
「……ん……」
男はかすかに声をもらしながら寝返りをうつ。この状況は少し精神的に良くないと判断して抜け出そうとするが寝ぼけているのか、何か私の腰に手が置いてある。何かこれだとまるで、抱きしめられている感じだった。あまりの驚きに声が発せなくなった私はどうしたらいいのだろう。これはまさに人生のピンチ。これは起きてもらわないと困る。がっちり腰掴んじゃってるから起こさないと離してくれなさそう。
「あ、あの……離してください……」
……起きてよ。これもしわざとだったらちょっとアレだよ。私が大人しくしていると思ったら大間違いだからね。後五分で起きなかったら窒息させてやろうかと考え始める。
「俺、枕……買ったんだぜ……」
寝言を言いながら腰に回されてる手に力がこもる。というか五分ももたない。私を枕と勘違いしているのかもしれない。いや、完全にそうだね。全くさっき一瞬ここにいて安心した私が馬鹿だった。こうなったら強行手段に移ることにする。私は男の頬をバチバチと強めに叩き始める。
「もしもーし! 起きてくださーい」
「……あー……うるせぇな……。あ……ああ、目が覚めたか?」
男はかすかに目をあけると、私の存在に気付いてあの時公園で見た優しい笑みをうかべる。この腰の後ろにある手は何なのか、とか色々怒るどころか、拍子抜けしてしまった。そしてびっくりしてしまった。
「は、はい……。あの、これは一体どういった状況なんでしょうか……?」
「おまえはどう思う?」
憎たらしい笑みを浮かべる。質問を質問返しされて戸惑ってしまうし困ってしまう。人が質問しているんだから、ちゃんと答えて欲しい。この人どこまで本気なのか分からない。茶化しているのか、真面目なのかはっきりしてほしいのよ。
「質問に答えてください」
混乱を無理強いで押さえつけようと、自分でも驚くほどの冷静を戻した冷徹な声を吐く。
「ほぉ……わりと冷てえな? 俺にそんな態度とっても知らねぇぞ?」
また馬鹿にしたようにニヤニヤと笑う。それはこんな冷たい態度をとってると教えてあげないよっていう意味だと感じ取れた。脅迫とも感じられる怪しい笑みに、苦笑いで対応する。というかやたらと「俺様」気質な人だな。
なんかこの人、変な人だけど別に危害を加えるとかいう人ではないっていうのは私でも分かる。さっきからセキハラ発言っぽい事しか言ってないけど、それは本気じゃなくて冗談で言ってるようなそんな軽さがこの人にはある。自分の考えもあまり宛にならないかもしれない。でもさっき安心したっていうのはあながち嘘ではないのかもしれない。そしてやっと私の背中にあった手を離してくれた。助かった。精神的に落ち着けない状況だったし。
この状況と状態に焦っていた私は周囲を気にしていなかった。だから今になって辺りを見渡す。なんか私のおばあちゃんの家みたいな部屋なんだけど。床はほとんど畳で、ドアもふすまで絵に描いたような和風な雰囲気がする。
「あの、ここは……? そしてあなたは……?」
「ここは俺ん家で俺は神崎颯馬だ。苗字では呼ぶなよ?」
何で苗字で呼んじゃだめなの。年上の人だし、いきなり名前で呼んだら失礼だよね。だから神崎さんでいいよね。駄目って言われたけどいいよね。
「か、神崎さん……。私……」
「おい、お前は人の話を聞いてたのか?」
やっぱり駄目か。この颯馬っていう男に少し苛立ちがわきながらも、私は笑顔の仮面を絶やさない。この仮面がなくなったら私が私じゃなくなるから。なのにさっきから取れかかるばかりだった。
「分かりましたよ。じゃ、颯馬さんで」
仕方がなく、この男の念に押されて仕方がなくそう呼ぶことにした。不本意ながらも男は嬉しそうに笑みを浮かべる。なんか見た感じやる気なさそうで、だるそうななのになんか……言葉では表せない真剣さがある。満面の笑みというわけでもなければ、無表情でもない。でも目がちゃんと笑っている人。私とは正反対の人だ。
「人に名乗らせといて、自分は名乗らないのか?」
そういえばそうだった。確かにそれは失礼だ。いつまでもこの人に「あんた」とか「おまえ」呼ばわりだと少し苛立つし、一応名乗っときますか。
「私は鈴木楓です。呼び方は……何でもいいです」
「んー、じゃあ楓な」
いきなり呼び捨てかい。でも別に変な呼び方じゃないし、何でもいいって言ったからいいのかな。その前にこんな自己紹介よりももっと大事なことがある。まずはそっちのほうに話を戻したい。とりあえず着崩れしていた制服を整え、布団の上から立ち上がる。
「分かりました。あの、話があるんですけど」
「むしろそれが本題だよな、絶対。で? 俺に分からない事はねぇから言ってみろよ」
この場所では落ち着かないので、ソファとテーブルのあるリビングに移動する。この人と同時にソファに座る。まずいろいろ聞きたい事があるけれど、何から言おうかな。じゃ、最初はこれを聞いとくかな。
「ここの住所は?」
「って、いきなりそれかよ。あ~、確か相模国の……」
え? 相模国って昔の神奈川県の地名だったけ? 神奈川県に「相模原」っていう所が今でもあるのは知っているけど「相模国」って今は無いんじゃなかったかな。え、ていうか昔? でも、あれ? また混乱してきた。どういう事なんだろう。
「あの……」
「んー……悪ぃ、何でも聞けっつってアレだが忘れたもんはしょうがねぇ。アルツハイマーかもしんねぇしよ」
おいおい。ていうか、え? もう訳が分からない。ここは私の知らない場所なの? ていうか、何で私は相模国にいるんだろう。これは夢? 夢だと思いたい私は頬が赤くなるまで思いっきりつねった。痛い。これは夢じゃないの? でもだとしたら何なのだろう。そうだ。まず外を確認しよう。この人の家は別に普通にソファや台所にテレビなどある普通な家って感じだけど、外はどうなんだろう。
「えっと……外を確認してもいいですか?」
「ん、ああ」
階段降りて、私は急いで玄関を出た。引き戸が勢いよく開く音と同時に私は異様な光景に目が丸くなる。高層ビルがたくさんあり、何か自転車みたいなので空飛んでる人たちがたくさんいる。何となく未来にきた感じはするけど、着物を着ている人や所々昔風な建物も混ざっている。そして私のような制服ごく稀にいたり、現代の服を着ている人もたまににいたりするぐらい。何か現代と昔を混ぜたみたいな所だな。……質問を変えようか。今の西暦は何年ですか、と。
颯馬という名の男がいる部屋にひたひたと歩きながら戻り、質問をしようと思った。何かここは一次元でも、二次元でも、三次元でもない気がする。もしかして……ってなワケないよね。私最近漫画読みすぎかも。落ちつくんだ私。私が落ち着かないで誰が落ち着くんだ私。って私しかいないよ。とりあえず今一番聞きたいことを質問として、私の納得のいく答えをもらおう。
「もう一つ聞いてもいいですか? 今は西暦何年です?」
「おまっ、頭大丈夫か? ……お前こそアルツハイマーじゃねえか」
ぐっ……むかつくけど否定出来ないのがすごい悔しい。確かにそう言われてもおかしくない質問。だけど今はそんな答えなんて期待してない。今は2009年だと言って。そうしないと私は本当に混乱してしまう。驚きすぎて気絶しちゃうかも。私は混乱寸前だった為にすごい形相でこの人の顔を見た。
「冗談だって。西暦は……」
2009年だよね。そう言わないと私困るから色々と。変な期待を胸に言い放たれた言葉は私にとってとても残酷なものだった。
「3001年だった気ぃする」
……えええええええ。ここは昔じゃなくて未来いいい? えええええええ。でも未来でも過去でもないと思う気がするのは私の気のせいかな。その根拠は何なのかと問われれば、答える事は出来ないけれど私の五感がそう知らせている気がする。やっぱりここはアレなの? あの漫画でよく出るアレなの? いや、まさか。そんなワケあるかい。あったら、お前アレだぞ。あえて言うのは避けていたけれどまさかやっぱりここは「パラレルワールド」なのか? 別名は「異次元」や「四次元」といわれちゃうアレ? タイムスリップならまだ少しの理解力を活発させる事は出来るけど、別にタイムスリップしたわけでもない。私が元いた世界にはない世界。簡単に言えばアベコベな世界ってことだよね。こんな非現実的な事があってもいいの? さすがに気絶するほどは驚かないけれど、これはやばい。だって住む場所とか食べる物とかどうするの。今のところ頼れそうなのはこの頼りない男だけなんだよ。本格的にどうしよう。落ち着けと言われても落ち着けないよ私。もう笑うしかないよ。
「そ、そうなんだ……あはは……」
「おい、大丈夫か? 顔色悪いんじゃねぇか?」
この状況で顔色が良いわけない。気分的な問題だけれども、気持ち悪いかも。まずこの人に何て言えばいいんだろ。「家がありません」って? それは唐突すぎる。でもそれしか言いようがない。せめて今日だけでも泊めてくれないだろうか。とりあえず恥も承知で言ってみますか。多分「ふざけんなよ」とか言って笑い飛ばされるかもしれない。いや、もう駄目もとでいい。
「なんか……家が無くなっちゃった……みたいです」
「ああ? そうだな……じゃあ、ウチに住めばいいんじゃねぇの?」
ほら、やっぱり笑い飛ばされ……って「住めば」って言った? 今住めばって言ったのこの人。てっきり笑い飛ばされると思ってたのに。いくら馴れ馴れしいとはいえ、初対面だし否定される可能性はいくらでもあった。むしろ否定されるんじゃないかと思ってたのに、この人は何も追及せずにただ優しく微笑んでいる。
「い、いいんですか? あの、家賃とか食べ物とか……その他いろいろ……」
「ああ。そのかわり店の手伝いしてもらうからな」
わりと簡単に答えを出してしまったみたいだけど本当にいいの? 言った本人が言うのもおかしいけれど、ノリが軽くないか。もう少し真剣に考えてもいいじゃないのかな、と思いながら安心してしまう自分がどこかにいた。もし断られたら、行く宛てが全く無かったから。せめてこの人が営業しているお店で働いて、恩返しをしなくちゃ。
「どういうお店なんですか?」
「『何でも売ります、買い取ります』がキャッチコピーの極普通の店屋。一階でちょっとちらっと見たろ?」
そういえば何か品物が置いてある棚とかレジみたいなのがあったような気がしなくもない。あの時はそういうの見る余裕なんてなかったから。すごく焦っていたから。階段おりる時も二段飛ばしで行ってたぐらいに焦っていたのよね。
「え? じゃあ本当にいいんです……か?」
「てめぇもしつこい奴だな。それとも俺と住むのがそんなに嬉しいのか……?」
「い、いや、違います!」
えっと……とりあえずこれは一件落着しちゃったのか。もうよく分からない。どうにでもなれ。絶望かと思ったら希望で、終わりかと思ったら始まりだった。でも一つだけ分かることはこの神埼颯馬というこの男の家に居候するのだけは確かなことだった。
何ていうか、ここまで読んでくれて本当に嬉しいです。
こんな長々しく読むのが面倒な文章を、読んでくれて感謝です(泣