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月は本当に綺麗か

作者: 川里隼生
掲載日:2026/05/01

 辻本つじもとゆきは先ほどから、横浜公園に向かう支度をしていた。いわゆるデートの準備である。恋人の前では少しでも美しく、可愛らしく自分を演出したい。例え本来の自分から乖離してしまっても、恋人好みの自分になりたいのだ。


 彼女が交際を開始してから、間もなく一年が経過する。彼女は徐々に恋愛への億劫さを感じ始めていた。相手にとって理想の自分を演じ続けることに疲れてきたのだ。そのうえ、飾らない自分をさらけだす勇気も彼女は持ち合わせていなかった。


 世の恋人たちは月を恋人に喩えているが、月は同じ面しか地球に向けておらず、三十八万キロメートルも離れ、太陽の光を反射させて輝いた姿だけを見せているに過ぎない。実際のところ月は単なる岩石の塊だ。肉眼で少し観察するだけではわからないクレーターだって無数にある。宇宙飛行士たちは、月を間近に見て美しいと感じたのだろうか。


 水と草木と生き物に溢れる地球のほうが、格段に美しいのではないだろうか。我が恋人は、輝かず穴だらけの自分を見ても綺麗だと言ってくれるだろうか。まだ三十八万キロメートルの距離を埋められない彼女は、今日も普段はしない香水をつけ、支度を終えた。

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