王子、フラグを折るよ
推しぐるみを極めた感あるので、今度はリアルな人形をつくろう。
先ずは木製で。次に陶器製のもの。ついでにセラミックの事業を立ち上げた。
「関節を可動式にしたいな。歯車でもそれなりに表現できたけれど、どうせならこの世界での魔法技術を使いたい……」
という訳で、隣国の魔法陣技術を取り入れることを思い立つ。私とキリアネットちゃんが婚約成立したのも、この魔法陣技術の提携という部分が大きい。
隣国の精密魔法陣産業は世界一であり、魔法石の産出国でもある。
そして我が国は国土が豊かなため魔法陣を活かすための素材・材料の調達ができるし、港湾都市があるため製造したものを輸出できる。
この辺の利害関係が一致しての婚約なのだった。
「開示された魔法陣技術を使ってものをつくり、隣国の工場で魔法石を組み込んで、こちらが買い取ることで隣国が潤う。そして我が国は輸出で利益を出す……と」
うまいこと考えたものだね。この政策を打ち出したのは王筆頭の有識者会でらしい。
議会制度に近いものがあるんだね。この王国には。
各分野の専門家が集まる賢人会、貴族が集まる貴族会というのもある。そこで話し合い、生み出されるアイデアを、政策に活かすことができる仕組みだ。
王様の独断と偏見で独裁政治してないってことだ。絶対王権はあるみたいだけど、それなりに民主的なのかもしれない。この国は。
そんなことをつらつら考えながら、ティーカップを傾ける11歳になった私。
うん、うまい紅茶だ。見た目も、カップの白磁に紅色が映えるね。
昨年、セラミック産業を興したことで、こうして美しい陶器が出回るようになった。白磁の陶器は前世でのボーンチャイナを真似たものだ。色付けの顔料も、この世界で代替品を探して納得のいくものを開発できたと思う。
「紅茶を淹れたのはゴリンダか。前よりだいぶ腕を上げたね。美味しいよ」
部屋の隅に控えるゴリンダに御礼を言う。
「はっ、お褒めの言葉ありがたき幸せウホッ!」
敬礼して応えるゴリンダも11歳。同い年なので。11歳にしては胸筋が逞しいな。ゴリラだからだな。語尾のウホッも、とってもゴリラ。
ゴリンダは私の側付きになっていた。いつの間にか。いや、もう乳母の娘という時点で私の側用人決定だったのかもだけど、それにしたってゴリラだよ。
どこをどう見てもゴリラなゴリンダ。メイド服着用中のゴリラそのものなんだよ。
ちょっと直視、できないよね。
でも、ゴリンダは使用人としてとても優秀で、こうやって息抜きに声を掛けることもしばしば。
「ねえ、君だったら、この人形にどんなギミック付けたら良いと思う?」
今のところ、人形の肩肘膝足首と首が回る。滑らかに回り、それでいて外れないよう、それぞれの関節に仕込む魔法陣は緻密で、魔力伝導率も最高のものだ。魔法陣を描く顔料だって、陶磁の絵付け以上に良質なものを使った。
前世でいうソフビニ製キュ〇ピー人形を目指したつもりだ。
しかし、ただ関節が動くだけじゃ物足りない気がしている。幼児がおままごとに使う場合の玩具として、動く以外に欲しい機能は何だろうか。
「そうですね。私だったら、人形がしゃべってくれたら嬉しいですね。可愛いお人形だと、つい話しかけてしまいますから」
ゴリンダの意見に、目を見開く。思った以上に最良の答えだよゴリンダ。
「なるほどね。その機能は思いつかなかったよ」
定型文をしゃべるボイス機能。前世でも、そういう人形があった。更にAI技術が発達して、しゃべりかければ成長し、別の会話が楽しめるというものもあったはずだ。
人形と会話できる夢のような機能は最終目標として、先ずは録音した定型文を流せる魔法陣をつくろう。
新たな魔法陣開発への意欲が湧きに沸いたところで、
『素晴らしい! ゴリンダのアイデアで魔法陣開発が進んだよ』
久しぶりに閃いたイマジネーション。思い出のアルバムの一枚が脳内をよぎる。
ゴリンダと同じ部屋で仲良く魔法陣開発って……まさに今、この状況だ。
やばい。私は着実にゴリンダと仲良深度を深めている。
今思えば、裁縫を頼んだり、写真撮ってもらったりと、それらも仲を深めるイベントだった気がする。うっかりしてた。うっかりゴリラと会話してた。ごく自然に傍にいるんだもんよ、あのゴリラさあ。
はっ、あ、あ、あ、もしや私の攻略ルートに入った、のか?! いーやーだー! やーめーてええ!
私の他にも攻略対象者なんぞ選り取り見取りだろう?! 何故、私へ寄って来るんだゴリンダぁ!
そ、そ、そ、傍に、傍に居る、側用人という立場が駄目なんだな。き、き、き、きっと。
四六時中というわけではないが、ここ数年は確かにゴリンダが私の近くで働く機会が多かった。こうやってゴリンダに意見を求めたことも、これまでに多々あったことだ。
で、ででででも、それは、あくまでも主人と使用人という立場での会話であって、決して恋の好感度なんて上がっていない、はず! 信頼関係は築けているかもしれないが、本当に、絶対に、これは恋のフラグじゃない! と思う。そう思わせて!
危機感が募った私は、早急に新規魔法陣構想を進め実用化まで漕ぎつけ、ゴリンダには隣国フィスティンバーグ家へ出向命令を下したのだった。
【辞令】王子付き側用人ゴリンダに告ぐ。我が婚約者を守れ!【いってらっしゃい】
出向の際、録音機能を備えた盗聴の魔法陣を盛りに盛った人形と、手紙をやり取りできる転送の魔法陣を持たせ、キリアネットちゃんのメイドとして働き、必ずキリアネットちゃんの味方をするよう伝えた。
たったそれだけで優秀なゴリンダは私の意図を汲み取り、隣国の情報を細目に送って来るようになる。
さすが主人公ゴリラ、まじ優秀です。
ゴリラ出向なんて苦肉の策だったけど、キリアネットちゃんとも仲良くやっているようだ。ヒロインと悪役令嬢が仲良しなら心配ないよね。
これでフラグ、折れたよね?
キリアネットちゃん直筆の手紙も転送陣で届いた。喜びで舞い上がり死するかと思った。嬉しい。
即、返信するよね。キリアネットちゃんからの返事も早い。丁寧な文面の中にも喜びが溢れ、私まで嬉しくなる。
ああ、素敵な子だな。こんな良い子が婚約者で幸せだ。
ゴリンダの報告書やキリアネットちゃんの手紙から知ったこと。
どうやら大叔母モクサロンティーヌ様というのが曲者らしい。私たちの婚約を取り持った人だと聞き及んでいる。
普段のキリアネットちゃんは、初対面の時も思ったけど無表情な子のようだ。感情を表に出さないよう、その大叔母に躾られているらしい。貴族教育というやつね。
確かに激情を表面化させるのは見っともないとは思う。が、子供の内からそう躾けられると情緒の無い人間に育ってしまうだろうに……。
特にキリアネットちゃんのような真面目な子は心のコントロールがうまくできず、内面に鬱屈を溜めてしまう。
それで心が壊れたら可哀相だ。
「私の人形がキリアネットちゃんの慰めになりますように……」
王子型人形をいっぱいつくって贈った。




