公爵令嬢、激情だぜ
ミラリス伯爵令嬢とパジャマパーティーということで。
着せられたパジャマが光沢と透け感のあるシルク生地で、普段よりヒラヒラレースが盛り沢山で、ふわふわリボンも胸元に肩に腰にと三段重ねの、なんとも姫系ルックに仕立てあげられたわけで。
これ本当にパジャマですか?
元男の俺としては、なんとも度し難い破廉恥な服装だと思うわけで……。
「きゃ~あ! すっごくお似合いですキリアネットちゃん!」
「う~~……っ」
未来のお義姉様が喜んでくれるのは良いが、とてつもなく恥ずかしい。
もしここで前世は男だとバレたら、俺は超ド級ド変態の烙印を押されることだろう。
迂闊なことを喋らないよう口を閉じている。が、どうしても漏れる呻き声はご容赦願いたい。
──恥ずか死にそうだコノヤロウ!
誰にともなく怒りをぶつけてみたぜ。
むしろ自分で自分を殴りたくなってきた。だって、普通のご令嬢ならパジャマパーティーなんてイベントがあれば、キャッキャウフフ楽しむものだろう。
俺には、できないからさあ。
キリアネットにも、ミラリスにも申し訳立たんぜ。
「はあ~ん、可愛い可愛い、私の義妹がウルトラ可愛い!」
そんなこと口走りながらカメラみたいなもの──物体転写魔法機っていうの?で写真を撮るミラリス令嬢こそ、フェミニンなミントグリーン色したパジャマを着てお人形さんのように愛らしいが。
前世だったら彼女にしたい子ナンバーワンなんだけどなあ。
まあ、そんなことを口走ったらヒュミエール王子から微笑みの爆弾でも喰らいそうなので、絶対言えない。
一瞬でもヒュミエール王子のことを考えたからだろうか、「殿下ぁぁご無事ですかー?!」と叫ぶゴリンダの声が聞こえた気がして、嫌な予感が駆け巡る。
「今の、声……ゴリンダさん?」
ミラリス令嬢にも聞こえたようだ。
俺は直ぐさま行動に起こし、部屋のドアから飛び出した。
嫌な予感が強くなる。肌がヒリヒリする感触が厭わしいが、その感覚がより強くなる方へ足を向けた。
「おお殿下よ、こんなことでやられてしまうとは情けない」
ゴリンダ、それは神官が勇者に向けて言う台詞!
と、もっとつっこみたかったけどつっこむ暇などなかった。
だって、その先には─────
「ヒュミエール様!」
─────ギャルな聖女の腕に囚われたヒュミエール王子が、虚ろな表情で立っていたから。
「ふぅーん、フィスなんちゃらってハンバーグっぽい名前の家、どっかで聞いたことあるぅって思ったらぁ、あんたのことだっつのねぇ。あたしのヒュミエール王子のぉ、婚約者……あんたぁ、必要ないから消えてくれるぅ?」
ヒュミエール王子を胸にぎゅっと抱き寄せる聖女は、どうやら俺のこと、嫌いらしい。
初対面なのに、敵対心が剥き出しとか、訳分からない。
確かこの聖女、監獄送りになっていたはずでは?
どうしてここにいるのだろう。そして元気にヒュミエール王子を胸に抱き、あまつさえ頭をいい子いい子、頬ずりスリスリまでしているのだろう。
とても、腹が立つ。
ハンバーグとかいう単語も聞こえた気がしたが、そんなことは気にしていられない。
それよりも何よりもヒュミエール王子の顔面をおっぱいパフパフ略しておっパフで幸せにしているのが許せん。
「いきなり我が家に現れ、無礼な言葉の数々。たとえ貴女が幸運聖女だとしても、許し難い行為ですわ。私の婚約者を開放なさい、この痴れ者めがっ!」
怒りに任せたからか、俺の中の魔力が畝った。手前に魔法陣を形成する。キリアネットは物質召喚魔法が得意なんだぜ。
間もなく魔法陣から突き出たものは、薙刀だ。
ヒュミエール王子からのプレゼント、本来なら等身大人形に装備してあるものだが、ここに呼び寄せた。
この薙刀は、ドワーフの刀匠が鍛えたこの世界で最高峰のものだと王子からの手紙にはあった。
鈍色の刀身はキリアネットの魔力で青く光り、鋭さを増した抜き身のまま、構える。
いざ、あのギャル聖女のドタマカチ割ったルうぅ!
「お待ちください、お嬢様。どうどう、落ち着いて」
勢いよく飛び出そうとした俺を、暴れ馬を止めるが如く制止したのは、ゴリンダだ。
ゴリラ腕が俺に向かって伸ばされ、薙刀を素手で掴んでいる。
……痛くないの?
あと腕毛すごい。間近に見える黒い剛毛、黒い皮膚……これらの防御力、まさか鋼並みに強いのでは……。
「止めないでゴリンダ」
キッと睨んでみるが効かないようだ。
「あらあら、この子しょうがない子ねえ」な暖かい目で見つめられてしまう。
「今は収めて、私の話を聞いてください。あの幸運聖女、護送のために魔力封じされていますが、王子はすっかり操られてます。骨抜きです。少しくらい抵抗してみせろ役立たず王子」
「あえーと、ヒュミエール様の悪口は置いておいて。魔力封じ、ですの? 出来てませんわよね。あの扉とか、魔法ではなくて?」
「私の見たところ、あの扉は王家の秘術でして、魔力は関係ありません。セザール王子を操って発現させたものでしょう。そして幸運聖女の他人を操る力……これも魔力関係なく、〈 善良なる魂 〉の能力ですね。幸運聖女が、転生前から引き継いできた神代の力なのです」
神代ときた。あの聖女は転生者ということ? しかも神代……意味がわからんな。
あと、セザール王子ってなんだっけ食べ物?
「ゴリンダ、意味不明よ。あれは殺って良いか、悪いかで答えて」
「殺っていいです。殺る気でいって、時間稼ぎしてください。後始末はお任せを」
明瞭な答え、ありがとう。
キリアネットの腕前では本気を出しても敵わないから牽制に留めて、後はゴリンダにまるっとすべて任せればいいということだな。理解した。
ゴリンダが何者とか、聖女が神代だとか、セザールってなにマジわからん疑問珍問理不尽に思うこともあるけれど、すべて後で。
絶対に後で説明してもらうぜゴリンダ。
今は、おっパフ聖女の首を狙う。
「ヒュミエール王子ったらぁ、いい体してるぅ~♡」
王子の服を剥ぐんじゃない! 18禁になるだろうが!
王子も脱がされるままとは情けない!
「おどきなさい変態聖女!」
薙刀を振るう。
わざと聖女には届かせない。ギリギリの軌跡を鋼の切っ先が描く。
「ええー、なによぉ、このケバい女。嫉妬は見苦しいわよオバサァン」
オバサンじゃねえわ! 中身、大学生のお兄さんだ!
「ふっふーん、いいのかなぁ、当たっちゃうわよぉ、そぉんな凶器を振り回しちゃってぇ、すこぉしでもヒュミエール王子を動かしちゃえばぁ、あたしの盾にできるのよぉ。きゃあ、ヒュミエール王子ーぃ、ヒス女が怖いのぉ、あたしを守ってぇ」
守ってと言いながら無抵抗のヒュミエール王子を薙刀に向けてくる聖女が憎い。
どんだけ性格悪いんだこの女。もはや聖女じゃなくて悪女だろこの女。
俺の位置取りは扉の反対側。
扉へと、ゴリンダが素早く近づくのを目端に捉える。何をするのか知らないが、聖女が勘づかないよう、俺の方へ釘付けにしなければ……。
たまに聖女へ薙刀攻撃を仕掛けるも、ことごとく王子を盾にしようとする。卑怯なり。
王子に当たらないよう、寸止めしつつ、返す刃で牽制を入れる。
俺は前世で、薙刀どころか武道の心得さえ無いけどね。
キリアネットは幼い頃から貴族教育で武道を、淑女教育で舞踏を習っていたらしく、舞うように刺す薙刀の扱いに長けている。
体に染み付いた動きは、俺というイレギュラーがいても一切損なうことはない。
達人とはまだいえないが、それなりの熟練者の技でもって、ギャル聖女を翻弄する。
ギャル聖女は、ヒュミエール王子を盾にしているから余裕の表情だが、目先三寸を鋼の刃が駆け抜ける恐怖は与えれていると思う。
その証拠に、あからさまな避け方をする。身の捻り方が雑だ。ついでとばかりにヒュミエール王子を薙刀の先へ追いやるので、やはり寸止めが難しい。
何分か追いかけっこをしたところで、ゴリンダから合図が出た。
扉があった方へ視線を誘導する。
扉が──消えていた。
「え? あれぇ?」
不思議がる聖女、サムズアップするゴリンダ、相変わらず無抵抗ヒュミエール王子を確認して─────踏み込む。
薙刀は放り投げ、肩を前に、突進した。
「きゃああぁぁ」
聖女へタックルが決まる。無様に吹き飛ぶ聖女。
そこへゴリンダが、「えいっ」と、手の平に用意していたスパークルする魔法陣を、聖女の頭に貼り付けた。
あれは電撃の魔法陣かな。
「きょああああアアアアァァッッ」
一際大きな叫び声を上げる聖女。
彼女は頭から煙を立ち登らせ、沈黙した。
……ゴリンダ、えげつねえ。




