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公爵令嬢、悩むぜ

 お兄様の卒業パーティーに出席することになってしまった。


 俺の中のキリアネット。


「ヒュミエール様が我が家にお泊りになるですって?! どどどどどうしましょう! ひとつ屋根の下ですわよ! ドキがムネムネして爆発しそうですわああぁぁ!」


 支離滅裂な状態になっている。


 卒パのことより、今夜、王子が寝泊まりすることの方が、恋する乙女には大事件なんだぜ。


 いや、でも、俺にとっては卒業パーティーの方が重大なんだが。


 だって、王子の様子を見る限り、10年ぶりに再会した婚約者といちゃつこうなんていう意図は見えない。むしろ、卒業パーティーへ行く準備の方が大変そうだ。


 忙しそうにしているのは王子側の人間だけではない。

 フィスティンバーグ家の使用人たちも、キリアネットを着飾るために、これまでの王子からの贈り物をひっくり返し、あーでもないこーでもないとコーディネイトを考えているようで。


 そんな最中、俺は大浴場に放り込まれているわけで。


 んあ~~この家のジャグジーはマジ最高だぜ。

 普段以上に花弁がバラ撒かれ、エッセンシャルなオイルを垂らされ、これでもかと泡立たせた浴槽で、足を伸ばして腕を伸ばして、入浴係のメイドさんにマッサージしまくられている。


 むくみがとれるな。

 毛穴が開くぜ。

 ……鼻毛を抜かれた。


 キリアネットはアイドルのように整った顔立ちの美少女なんだが、鼻毛は伸びるんだな。


 だって にんげんだもの きりお。


 ロマンチックに胸ときめかせている心の中のキリアネットには申し訳ないが、この夜、王子からの積極的なアプローチはなかった。

 ないんだよ、俺の封じ込めた乙女心よ、期待すんな。


 婚前交渉を控えてくれる常識的な王子で助かった。

 もし寝所に来たら……ゲロってやんよ。


 翌日は朝からてんやわんや。


 結局、ゴリンダが選んだドレスと装飾品に決まり、髪もゴテゴテに巻かれた。

 ヤベエ髪型だな。なんだこれ。女性ってみんなこんな頭にとぐろ撒いてんの? う〇こっぽくね? これが流行り? 嘘だろ。

 でも、これでいいらしい。俺にはわからん。


 解せぬって顔で鏡を前にしていたら、部屋の入口の扉が開いた。


「キリアネット……お話があります…………」


 とっても深刻そうな顔した大叔母、モクサロンティーヌ様の登場だ。

 いまだかつてない暗さを帯びた顔をしている。まるで恐慌に駆られているような……。

 SAN値チェックする?


 茶化すのも気が咎めるくらいに血の気が引いた大叔母を、取り敢えず椅子に座らせておく。

 いやだって、まだヘアメイク中だからさ。

 しばし待たれよ。


 待たせている間も、鏡越しに大叔母をチラ見していたが、ずっと顔色悪いまま俯いている。

 おかしい。

 いつもの大叔母なら、待っててなんて言ったら嫌味を三倍は返して来るはずだ。

 何も言わないなんておかしい。

 心なしか、昨日、ヒュミエール王子と話していた時より、やつれているように思う。


 大叔母が気にしているのは、お兄様のことだろうか?


 キリアネットの兄ヴェルソードとは、はっきり言って没交渉、どうでもいい存在である。

 大叔母が兄を気にしているのは、彼が跡継ぎだからだろう。

 兄に何かあったのだとは思うけど、ここまで深刻な顔して俺に会いに来るほどのことなのかと、少し身構えた。


「お前からヒュミエール王子殿下へ、取り成してください」


 あのなあ、んなこと急に言われてもな。

 俺、まだ化粧中でな。

 話なら終わってからにしねえ?


 という本音は隠し、大叔母の声に耳を傾けている風を装ってみる。


「これはフィスティンバーグ家の存続に関わる問題なのです」


 はあ。


「先日、陛下から伺いましたの。あの子、ヴェルソードは魔法学園で幸運聖女によって篭絡されていると……」


 幸運聖女が籠絡……それって逆ハーレム形成されてね?

 お兄様ったら、その一員なのね。やだ不潔よ、お兄様ったら。

 と言うのは、キリアネット心の声。


「完全に堕ちていれば廃嫡すると、お達しを受けました。更生の余地があれば、わたくしが責任を持って教育し直すと具申致しましたが、陛下のあのご様子だと、無理でしょうね」


 廃嫡決定してんのね。

 ご愁傷様ですフィスティンバーグ家。


 俺は嫁ぐことが決まってるからなあ。あ、それで嫁ぎ先の王子の力で何とかして欲しいって話か。

 それは都合良くね?

 キリアネットのこれまでの境遇を考えろよ。フィスティンバーグ家での抑圧された暮らしをさ。

 キリアネットに冷たい家族のため、嫁ぎ先でわざわざ頭下げる意味ある?

 ないよなー。ないない。


 て、すっかり王子にもらってもらうつもりで考えてたけど、俺は男。男に嫁ぐなんてゲロ吐き案件だぜ。

 ふう、危ない危ない。しっかりしろ俺。いくら嫁に行くことは決定事項でも、初夜をゲロ吐きで乗り切る野望は捨ててないぜ。そしてあわよくば白い結婚だ。がんばんぞ。


「ヴェルソードが廃嫡となれば、キリアネット、お前が次期当主です。隣国へ嫁がず、フィスティンバーグ家を継がなければなりません」


「――――え……?」


 ま? それ、ま?

 ここで、嫁に行かなくていいという選択肢が……?!


「わたくしはねキリアネット、お前の幸せを考えて嫁ぎ先を決めました。トリマッカローニ家は優秀な家系です。お前が淑女教育の試練を乗り越えて掴み取る、栄達への道筋だと確信してます」


 前は散々、王子のことをこき下ろしてたくせに?

 戦いも知らぬ小僧があぁ(意訳)とかさ。

 まあ、それって、トリマッカローニが進歩的で平和な国だってことなんだろうけど。


「それにお前は……殿下のことを好いているでしょう?」


 ほげーーーー!!!!

 好いてるとかパワーワードきたぜ!

 ぶちこんできたな大叔母よ!


「あの、お、お、大叔母様、はわわ」


 ほおら、キリアネットったら、素で真っ赤っかだ。

 いつもの鉄面皮どしたー?

 俺も、ちょっと焦った。

 まさか大叔母の口から、そんな色恋の言葉がでるなんてな。


「我が家はもはや、殿下に取り成していただくしか、存続の道がないのです。お前の口から、お願いするのです」


 大叔母は悲壮な感じで、そう言った。


 実際、崖っぷちなのだろう。

 家計は火の車、父はあれ、母いない、兄までそれでは……キリアネットが継ぐしかないのでは?


 しかし、大叔母は隣国へ嫁げと言う。

 兄を王子に何とかしてもらい、キリアネットには安全な土地へ逃げろと、そう言っているようにも聞こえた。


 穿った見方をすれば、キリアネットを嫁がせないと援助の金が入らない。ここまで育てた養育費をドブに捨てる気か。と、こういう裏もあるとみた。

 どうしても、これまでの大叔母の所業を考えると、彼女の意地汚さが垣間見えてしまう。


 ――――()、だからか?


 ただの令嬢であるキリアネットなら、喜んで嫁ぐ場面だ。


 ただ、()、が前世を思い出したから、否定の気持ちが芽生えてしまっている。


 もっと幼い頃、転生に気づけば良かったのに……。

 そうしたら俺の意識は薄れキリアネットと融合し、違和感なく淑女として嫁げただろう。


「ではキリアネット、くれぐれも、頼みましたよ」


 念を押して、大叔母は部屋を出ていく。

 俺は鏡の前で考え込む。


 いつの間にか立ってドレスに着替えていたが。考えに没入して支度が終わったことに気づかなかった。


「できました~! お嬢様、お美しい!」


 使用人の皆様一同、褒めてくれる。

 確かに、鏡の中のキリアネットは美少女だ。年齢相応の美しさ。

 皆で磨き上げてくれた賜物だ。


 部屋を出て、螺旋の大階段を降っていくと、玄関ホールでヒュミエール王子が待っていた。


 息を飲む。


 体のラインがでるスリーピース姿の王子殿下。

 前世だと高級紳士服でしか見ないような洗練されたデザインだ。

 こっちの世界でも、こういう仕立てがあるんだなと感心する。

 嫋やかな仕草、スラリとした立ち姿が、本当に絵になる。


 心做しか頬が熱い。


 悩んだことすべて忘れそう。


 この後の馬車の中でも、何を会話したか覚えてない。

 ひたすら目の前のヒュミエール王子に釘付けだったのだと思う。


 俺は男なのに、男に見惚れるとか、どうかしてるぜ……。

 と同時に、この王子は本当に男なのかとも疑う。


 やがて会場に着き、階上の来賓席へ招かれたのだけど、緊張で司会者の言葉もあまり耳に入らなかった。

 ただ、紹介されたヒュミエール様が立って、口を開いた時に、階下がザワついたのが気になる。


 チャラ男がいた。何か叫んでいる。

 婚約破棄? 今かよ。王子が話そうとしたタイミングでかよ。空気読め。


 チャラ男だと思ったのは、片腕を女性の腰に絡ませ、もう片方の手でやたら自分の髪をかきあげていたからだ。


 腰を抱かれている女の子も、ギャルっぽい。

 着崩した制服のせいで胸の谷間見えてるし、瞳のメイクも、力入れ過ぎだろ。ケバいなあ。

 あれが聖女、マジで?


「謝罪してくださぁい」って。


 あんな喋り方の女子いたなあ。前世の友達が付き合ってた。後で騙されたとか言ってたけど。


 そういえば、お兄様どれ?

 窃盗犯を引き入れたとかで、眼鏡の令嬢からざまあされてる人かな。

 短い銀髪の、ガタイが良い男子だ。スポーツマンタイプ。


 あれだけ大きな体しているのに、家では印象薄いとはなにごとだ。

 俺は、あいつのために王子に頭を下げて、男に嫁がねばならんのか。


 ちょっとムカつくな。


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