王子、来賓挨拶するってよ
静かなBGMに司会者の落ち着いた声。
卒業パーティーは恙無く始まる。
ゲストの挨拶は紹介と共にその場で起立して、一言二言の祝辞を述べるだけ。来賓数が多いので、長い挨拶は厭われるのだろう。
皆、校長先生の長話は嫌いだもんね。
「それでは次に、トリマッカローニ国が太陽の王子、ヒュミエール・ド・メッソン・トリマッカローニ殿下より祝辞を賜ります」
はいはい、私の出番だよ。
目の前に現れた小さな魔法陣。これは音声を会場中に飛ばすための魔法陣で、会場側が用意した音響設備である。
つんつん突っついてボリューム調整をする。
あーテステス。
つい、前世でのマイクと同じようにしちゃうね。
こうして、いざ、喋ろうとした時、
「聞けい、臣民共よ!」
なんかきた。
「我、セザール・ドン・モンミリョンは、そこにいるモーリン・ラ・シェル侯爵令嬢との婚約を破棄する!」
頭悪そうな王子きたこれ。
会場出入口を開け放ち、堂々と入場するあの王子は第三だか第五だか第八かもしれない王子だ。
この国、王子多すぎ。更に下にも第十二くらいまで王子いるんだよ。
で、その第何番目か分からない王子が、手下を何人か引き連れて入場してきたわけ。
もちろん手下の中にはキリアネットちゃんの兄、ヴェルソードもいる。
王子が婚約破棄宣言したのに勢いづいたのか、ヴェルソードも、「ミラリス、君との悪縁もこれまでだ」なんて声を上げている。
ミラリスはヴェルソードの婚約者ね。王子の婚約者である侯爵令嬢の取り巻きみたいな立ち位置の伯爵令嬢。
「突然に何事ですか殿下」
モーリン侯爵令嬢が冷静に受け答えする。
この状況を待ち構えていたかのよう。威風堂々とした対峙だね。
「お前は、我が愛しのハッピーに酷い仕打ちをしただろう!」
「ハッピーとは? まさか、その腕にくっ付けているハピネラさんのことですか?」
「しらばっくれるでない! ハッピーはハッピーだ。我が真実の愛を捧げる幸運を味方に付けた至高の大聖女ハピネラ・アタマラクエン嬢のことだ!」
ハッピーって犬の名前かと思ったわ。
幸運聖女のあだ名なのね。
あとセザールさ、ハッピーの腰に腕を巻き付けてんのよね。ハッピーもうっとりセザールに見惚れているだけ。
さすがアタマラクエン……頭楽園さんだね。
スラム出身の彼女が何故に姓名を持っているかと言うと、聖女に成った時に神官から授かったらしい。
神官の名付けセンスえ。
「モーリンよ、お前の悪行、筆舌に尽くしがたいがここで全てを白日の下に晒してくれるわ!」
なんて、セザール王子は自信満々に宣うが、悪行とやらを発表するのは手下だ。
自分では言わない系王子なのね。
手下が一人づつ、それぞれの婚約者へ向けて婚約破棄を宣言し、ハピネラが受けたいじめとやらを挙げ連ねるのを傍らでうんうんとしたり顔で頷くだけの、簡単なお仕事です。
「お茶会に呼ばなかった」
「教科書を破いた」
「制服を汚した」
「石投げた」
「棒でつついた」
「魔法の的当てにした」
らしい。
らしいなのは、全部が伝聞だからだ。自分たちで現場を確認したわけでも、当事者でもないという。
そんなんでいじめだ悪行だと責められてもねえ……。
「いじめなんてかっこ悪いですぅ。あたしはぁ、すごくすごぉぉく傷つきましたぁ。謝罪を要求しますぅ」
ここでハッピーのターン。続けてハッピーターン。
あ、ハッピーターン食べたいなあ。前世では、あのお菓子にまぶしてある誰もが病みつきになる魔法の粉が大好きでね、指に付着した粉を舐めると美味しくてさ。と、現実逃避したくなるくらいハッピーのラリッたような声が癇に障った。
ああいう口調の女子、いるよね。
「お前ら謝れえい! か弱い聖女をいじめて罰当たりな悪女どもめ!」
「王子ぃ、あたしぃ、怖かったぁ」
「ああ、可哀相なハッピー」
二人、がしっと抱き合う。
衆目の面前でラブれるとは、頭だいぶハッピーだなあいつら。
逆に、冷めた瞳の婚約者たちは、どこまでも冷静に反論した。
「お茶会の招待状は送りしました。返信をしなかった場合は欠席扱いになりましてよ。マナーは守りましょうね」
どうやらハッピー、招待状返礼マナーすら出来ていなかったらしい。
残念、ハッピー。
「教科書も制服も、ハピネラさんご自身でやったことですわ。証拠画像が御座います……はい、これですわ」
映像魔法陣に映し出されるマッチポンプの数々。
あらら、日時も刻印されているじゃん。言い逃れできないね。
「ハピネラさんに危害を加えたとのこと。私たちはやっておりません。目撃者を名乗るそこの方、こちらの魔法陣に向かって学年組とお名前を名乗って下さい。
……はい、嘘ですね。この学園の生徒ですらありません。外部者が何故、学園内部のことを知り得ているのですか? え、偶々? 盗みに入ったらヴェルソード様に捕まって利用された、と……窃盗犯ですね。
警備士さん、この方です」
なんとリアル犯罪者まであぶり出しちゃった。
あの嘘発見魔法陣は真実を写す魔法陣とも云われている高位魔法陣なんだよね。運用は難しいはず。それを難なく使っている。
やるねえ、ミラリス伯爵令嬢。
セザール陣営は「ぐぬぬ……」って唸るだけ。
私としては、頭ハッピー断罪劇にざまあ返しはエンターテインメントとして面白かったけど、そろそろ声かけようかと思う。
と言うのも、私の祝辞の番だったからね。
会場の皆さんも突然の断罪劇に釘付けで、私のこと忘れているかもしれない。
でもね、私ったら隣国の王子なの。
一応、来賓なんだよ。来賓の挨拶を頼まれているのよ。
セザール王子が横入りして、未だ挨拶出来ず仕舞いの間抜けな事態になっているけどね。
私の目の前にはまだ拡声魔法陣が浮いていたりする。
「そろそろ挨拶して良いですか?」
少し呟いただけで、私の声が会場中に届いたようだ。
「え? 誰の声?」
「あ、しまった」
「トリマッカローニ家の」
「今まで中断していたのか」
「セザール王子が飛び入りしたから」
「殿下の所為で」
「なんということだ。外交問題に」
うんうん、気づいていただけて良かったよ。
周りの、来賓の方々が口々に私を紹介してくれるね。
隣のなんとか大臣さんなど、私を蔑ろにしたこの状況が不敬になると気づいたようで、顔を蒼褪めさせている。
司会者さんも顔面蒼白で口をパクパクしているのが見えた。
いやあ、司会者さんの責任ではないと思いますよ。
気にせず祝辞を述べる。
「生徒の皆様、ご卒業おめでとう御座います。ご紹介に預かっておりました、隣国はトリマッカローニからやって参りましたヒュミエール・ド・メッソン・トリマッカローニです。不肖ながら、第一王位継承者として、これまでモンミリョン王家の方々とは親しくお付き合いをして参りましたが、まさか、お呼ばれした卒業パーティーにて、このような仕打ちを受けるとは思ってもみませんでした」
少し嫌味を添えて。
「これは何事であるか」
と、ここで国王陛下がいらしたようで。
悪役令嬢が王子をざまあし終わったところでタイミング良く現れて、事前に決めていた裁きを下すっていう筋書きだったようだね。
それにしたって、親子共々、私の挨拶を遮るとは……。
「ど、どういうことです、セザールは……あの子は、いったい何をやらかしたのです?!」
おや王妃。あ、違うね。王妃様こと正妃様は、あっちでニンマリ笑顔の人だ。
オロオロと国王の顔色を窺い、セザールを凝視したこの人は側妃だね。第二側妃か第三側妃かは知らないけど。
此処はひとまず、私より身分が上の陛下へ、腰を折って頭を下げる。謁見ではないので膝は付かない。こういう場では許可なく面を上げないことこそが礼儀。
「トリマッカローニの……あー、ヒュミエール殿だな。声が聞こえたのは貴殿だけだ。其方が喋っておったのだろう。面を上げい。状況を述べよ」
求められてしまったので顔を上げ、軽く説明しよう。今北産業で。
「私が祝辞を述べようとしましたら、セザール殿が遮り、あちらの婚約者様に婚約破棄を叫ばれました。
事も有ろうに、セザール殿が連れて来た紳士の皆様までも、各々の婚約者の御令嬢方を断罪いたしました。
しかし、御令嬢方から証拠を突きつけられ、その全てを論破され、紳士諸君は只今、絶賛、項垂れている最中であります」
「……それは紳士たちが情けない」
まったくです。
声には出さずとも、うっかり頷いてしまった陛下の言葉に。
「其方にも迷惑を掛けたようだな。謝罪致そう。至る後、正式に文を出す。この場では以上である」
「はい、胸に納めておきますれば。後のことはご随意に」
「ほう、立派な心掛けよな。あそこに居る余の愚息も、其方のようであれば良かったのだが」
無理っぽいですね。
「父上、あの悪女共を罰して下さい!」
なんて、吠えているし。
これから罰せられるのはお前だというに。
あと、この場では陛下とお呼びしないと。
如何ともし難い駄目王子だよ。




