公爵令嬢、ペット感覚だぜ
「私のこと、嫌いにならないで欲しい」
王子が乙女化した。俺をじっと見つめ、うるうるな金瞳で訴えてくる。
見た目はキラキラプラチナブロンドの歯まで煌めくような爽やか王子だ。けれど主張は乙女っぽい。
俺よりよっぽど女の子らしい彼だった。
*
部屋に入るなり、王子が両膝をついた。突然の奇行にびびる。一国の王子様がして良い格好ではない。もしこのまま頭まで下げたら土下座だ。
ん? 土下座ってこの世界にあんの?
「私は貴女を怒らせるようなことをしてしまったんだね……」
ああ、落ち込んでしまって、この体勢なのか。いや、だからって迷惑。こんなところで。ここってまだ部屋の出入り口付近だから。普通に通行の邪魔だぞ。
「ヒュミエール殿下、お立ち下さい」
上に立つ人物が膝を屈してはいけないと思う。知らんけど。元日本人、土下座を厭わない民族だったので。
「邪魔です」と一言発したらゴリンダが、「お嬢様、それでは益々に殿下が落ち込んでしまわれます」と。
えええ、どないせいっちゅーんじゃ。キリアネット流だとこれがデフォルトなんだぜ。
言いたいことは簡潔に述べる。たとえ他人には冷たく聞こえようが、キリアネットの心の中は「ぴゃああヒュミエール様が何故か打ちのめされていらっしゃるうう雨の中ずぶ濡れの豆柴みたああいい」と、実に大はしゃぎである。
弱った生物を見てキュンする乙女だ。
――――て、キュンキュンしている場合じゃなくて、王子の膝附をなんとかやめさせて席に座らせた。ゴリンダが。
ひょいとゴリラ腕に抱えて、ホイッと座面に王子を乗せるその手際の良さ。慣れてないかねゴリンダよ。
そんなゴリラの所業にも気にしてない様子のヒュミエール王子。出された紅茶で喉を潤す。こちらも慣れてないかね王子よ。
さて俺も座ろうかね。心のキリアネットは「隣に座ったりなんかしちゃったりしてえ」とか妄想しているが普通に向かい側へと座る。俺は普通だ。ノーマルなんだ。
俺も紅茶へ口を付けたところで、王子から切り出した。
「貴女に謝りたいけれど何がいけなかったか分からなくて……」
そりゃそうだろうよ。王子が悪いことなんて一つもないもんよ。
「その、手紙での貴女は私のプレゼントにも喜んでくれていたように思う。会えない分、文を多く書いたかもだけど……もしかして、しつこかった?! 手紙ウゼエ、キモイって思ってたとか?!」
「いえ、それはないです」
本当に。それはない。王子からの贈り物は珍しいものも多くて、キリアネットは毎回プレゼントのどこが良かったか、この技術はどうなっているのかなどの感想を喜びと共に伝えていた。王子が語りたそうな文面を見つければ手紙の中で存分に語ってくださいと、男性を立てる返事をたくさん書き送ったものだ。さす淑女。
だから、文が多くて困ることなど決してない。
というかウゼエだキモイだの単語が王子の口から出るとはね。王子やっぱ転生者説再浮上。
「じゃあ、何故……手紙もプレゼントも喜んでくれたなら……はっ、会えなかったこと? 10年間、一度も会えなかったよね私たち。仕方ないこととはいえ、私だって貴女に会えるものなら逢いたかったよ。でも、初対面で無理やり会いに行ったことを父上に咎められて、貴女の大叔母だという人からも苦言の手紙をいただいた。淑女教育の済んでいないキリアネット譲に会うな、節度を守れと……」
大叔母モクサロンティーヌ様ったら……。
この前の発言、「手紙は寄越さない、贈り物のセンスもない、年に一度の会う約束はすっぽかす」だったかねえ。
これは大叔母が王子から、「手紙が貰えない、贈り物があっても好みじゃない、会う約束したのに会ってくれない」の意味だと結論付けたのだけれど……。
これをキリアネットに置き換えると、「愛の手紙いっぱい、素敵な贈り物いっぱい嬉しい、会う約束……しておりましたっけ?」となる。
王子の言が確かなら、大叔母の方からキリアネットと会うことは止められていたようだ。
「大叔母様は私のすべてを管理しておりますの。もしかして他にも殿下へ手紙を送りましたでしょうか?」
「え、ああ、そうだな……婚約者らしい距離感をとか、女性に対する贈り物がなってないとか、文面が悪筆すぎるという手紙も来たな。あと、年に一度は顔を見せろともあったので丁重にお断りした。我が婚約者に会わせてくれないのに、親族には会えとは理屈が通らないからな。その手紙以降は受け取っていない。来ても無視している。すまない。貴女の大叔母なのだが……私とは相性が悪いようだ」
いやいや、大叔母はあの性格だから誰とでも相性悪いので、気にしないでくれ王子。むしろ相性悪いだけで済ませれる王子がすげえよ。手紙無視もグッジョブ。既読スルーどころか読んでさえもいなさそうで草。
キリアネットを気遣っての発言に、王子への好感度は只今絶賛上げ上げ中だぞ。俺の中のキリアネットが。
逆に大叔母へは悪感情しか渦巻いてねえ。
「私の大叔母がご迷惑をお掛けしました」
本当に。切実に。
「迷惑だなんて思ってないよ。貴女を想っての口出しだとは思っているけどね」
優しさポジティプかよ王子。
「ただ、10年もの間、貴女を放ったらかしにした事実に変わりはなく……だから、あの、私、私……私のこと、嫌いにならないで欲しい」
ん、んぐっ、んんん? ちょ、なぜ、そんな円らな瞳を向けてくるの?
哀し気な柴ワンコがキュンキュン鼻を鳴らしているようだ。やだ可愛い。
可愛い幻影が見えちゃったけど、目の前の彼は王子様。決してワンダフルなワンコではない。
けど、けど、幻影が……っ、捨てないで、嫌いにならないで、愛して欲しいと訴えかける健気なうるうるおめめのもふもふのかたまりな幻影がね……!
ふぐぅぅぅぅ可愛いいいいい!!!!
堪りかねてキリアネットが立ち上がる。あんなに照れていた距離を詰め、一切気にすることなく王子の隣へと着席。
「殿下……いえ、ヒュミエール様とお呼びしても?」
「え、うん、勿論、いいよ」
軽いな王子。嬉しそうな顔ではにかんでいるようだし、なんだこいつ乙女か。いやいや、立派な筋肉ついた男だよなあ、どう見ても。
顔は女顔と言えなくもないけど、胸は厚いし肩幅もある。筋に覆われた腕と節くれ立った指。どこをどう見ても男性の身体だ。
でも、豆柴。シバ幻影が背後に見える。キュンキュンだ。
「ヒュミエール様を嫌いになど、なりません。こんなにも愛らしい方を婚約者に持って、嬉しい限りですわ」
こんなにも柴なワンコに似て一生懸命な、御主人たまだけを見てくれるいじらしい生き物を捨てれるわけがない。
俺は愛犬派だ。拾ったら最後まで責任持って育てるんだ。
「キリアネットちゃん……!!」
おや、急に崩れたな。
「あ、こんな風に呼んでごめん。心の中ではいつもこう呼んでいたから……」
「かまいませんわ。そう呼んで下さる方なんておりませんもの」
ちゃん付けなんて、あの大叔母なら絶対許しはしないだろう。それでも、王子が懐いてくれているようで可愛いから、許す。めっちゃ許すぞ。
……俺は王子のこと何だと思ってんだ。ペットかな?




