少年期-6 艦長は誰だ
防護巡洋艦 浪速
およそ半年の訓練期間を経た海兵新兵は1~2月に艦艇に配備されることになる。そこから2カ月新兵教練を目的とした猛訓練が行われる。
4月になってようやくその訓練は落ち着きを見せる。艦艇の整備点検を考えると必要な期間ではあるがその間でも新兵たちには安らぎなどない。
唯一、新兵の上陸が許される日曜日…新兵は外泊を許されない日帰りだが、田中義二はその外出を断る。
彼は弟が作った釣り具で釣りをしながら読み物・書き物に耽る。そこに通りがかったのは艦長だった。
「何をしておる。外出はせんのか?」
地獄の訓練の中にいた新兵にとっての息抜きをしない以上目立つ。
「申し訳ありません。お気遣い感謝いたしますが、何分、外出する弟の学費が減ります。外の様子を知るには古くともこれで十分です。」
彼は新聞を手に取って見せる。上官や先輩のつてを頼ってタダで手に入れた数日遅れの代物だ。その新聞を見た艦長は目を見張る。
「そいつは英字新聞だ。内容はわかるのか?」
その口からこぼれる言葉は冷静さの中に微かな驚きが混じっていた。
「ハイ。わかります。(経歴に) 傷さえなければ兵学校に挑戦しようと思っていましたからこの程度は…」
「来なさい。」
艦長は話を途中で遮る。彼はすぐに釣り具を引き上げてバケツに入れて走る。途中の掃除道具箱に新聞とともにぶち込みながらついてゆく。
行先は艦長室。そこで命令されて艦長室に入る。
「読んでみなさい。」
艦長が差し出したのは万国公法と呼ばれる国際法の書類と英和辞典だった。
なお、ここでは艦長室でずっと立ちながら万国公法を読みふけり、時間を忘れ、釣り具の件を含めて珍しく周りに怒られ、同僚には戦果の少なさを嘆かれるのであった。
本当ならあり得ない事象だと思いますが、当時の浪速艦長が国際法に詳しく、のちの戦役でかなり有名になる人物であることを考慮してのストーリーです。さてと、日清戦争をお待ちください(笑)。