日清戦争-19 英船撃沈
久しぶりの更新になります。会社が事実上の吸収合併を食らって仕事が忙しくなってました。
申し訳ない。
「停船要請の空砲を打て『済遠』への砲撃は一時中断してもよい。…… 進路はそのまま。停船せねば『吉野』、『秋津洲』に任せればよい。」
自然と艦長の後ろから離れなくなった田中が耳打ちすると命令が追加される。
停船こそしていないが速力を落とした『済遠』は『浪速』に追い抜かれる。
後ろを見れば『吉野』に停船の意思はない。どうやら追撃に最適な『吉野』は『済遠』の撤退方向に出ようとしていた。
「『吉野』から信号!!『浪速』に英国船の対処を求めています。追撃は『吉野』、『秋津洲』が担当するとのこと」
周りがざわめく。
「一番敵の退路に近いところにいるのはわれらが『浪速』です!!われらが一番追撃に優位なのになぜ!!」
その先の言葉を艦長が目線で制す。
「艦長。坪井閣下は英国船の対処に『秋津洲』の上村艦長よりも『浪速』の東郷艦長が適任とお考えのようであると愚考いたします。」
田中がサポートするかの如く口を開く。田中は彼の経歴を知っている。日清戦争前に行われた大規模なリストラ。彼は国際法に詳しいという理由からリストラリストから外れた。日本海軍有数の国際法の専門家であると。
「面舵一杯。英国船の対処に向かう。『秋津洲』に英船が停船したかどうかを聞け。追撃は任せる。」
『吉野』
「よろしいのですか?」
「国際法の専門家に任せておけ。薩摩隼人の代名詞、猪武者の上村には任せられんだろう」
薩摩海軍といわれるほど薩摩軍人が多い海軍の中で珍しい長州出身である坪井が揶揄す。ただし、適材適所ではある。
だがその行動はとある動きを誘発させる
「『済遠』逃走を再開します!!」
『吉野』マスト見張り員の叫びだ。『浪速』が英船対応のために『済遠』の退路を開けた。『吉野』が迫っている以上、この時点以外にここから逃げ出すタイミングはない。
「追撃する。『秋津洲』にも信号を出せ。」
「『済遠』の逃走方向は『操向』と同一の模様です。」
「問題ない。『秋津洲』は来ているな!!」
『浪速』
「艦長室に行く。ここは任せた。」
艦長はそう言い残すと艦橋を離れようとする。
「申し訳ありません。自分も小便に行こうと思います。艦長が戻るまで見張り以外小休止だと思います。」
田中は冷静だった。そして周りの緊張を解くように冗談を交える。
「小休止を命じる。厠と配置にいる限り休んでよし。」
艦長が去り際にそれを容認するように命じると艦橋を離れる。それに田中はついてゆく
「田中君。来る必要はないのだが?」
「私は艦長の従兵です。それにいざという時の伝令兵が必要でしょう。それに艦長の判断…見取り稽古させてもらいます。」
「そうか。」
『吉野』
「『済遠』、『操向』に並びます。」
旧式砲艦『操向』の最大速力はたったの9ノット遅すぎる。『済遠』でも15ノットを出せる
「砲撃を『操向』に集中。脅せ。」
しばらく砲撃を受ける『操向』逃げ切れるわけがないうえに火力も圧倒的に『吉野』に分がある。
「『操向』白旗確認。速力低下します。」
当然降伏の判断だ。目の前の艦を降伏艦の接収に手を取らせれば『済遠』は逃げ切れるという判断もある。
「『秋津洲』の位置は?」
坪井は冷静だ。見張りに後方の友軍間の状況を確認させる。
「ここから見える範囲の後ろです。」
幸いにも『秋津洲』は全速にて後ろにいる。
「『済遠』の追撃を継続。機関が古く加減速に弱い旧式艦は『秋津洲』に任せる。我々は『済遠』を追う!!」
「了解!!」
秋津洲
「『吉野』 『操向』を放棄して『済遠』を追います。『操向』煤煙の量が増えます。逃走を再開する模様。」
「威嚇の空包射撃が無視されたら即座に実弾射撃を開始せよ。」
喧嘩早い上村艦長の命令は早い。逃走の再開を見越して対処する。
最終的に『秋津洲』は『操向』を停船、捕獲することになる。
『浪速』
「カッター(手漕ぎボート)を下ろせ」
田中義二が艦長からの命令を伝えに走る。その場にはすでに伝声管での命令が伝わっていたが、念のためである。もう一つの目的もある。
「艦長から命じられました。艦橋伝令兵ですが臨検に随伴せよとのことです。」
それが田中義二の立ち位置である。貴重な体験をさせてもらえることはありがたいことだ。
「流石に何もしないのは申し訳ありませんので舵は任せてください。」
『吉野』
「『済遠』浅瀬に向かいます。」
清国の防護巡洋艦『済遠』は朝鮮半島沿岸の島に向けて航海する。
「水深はわかるか!?」
坪井が叫ぶ。提督の坪井には苦い過去がある。自分の船を座礁・損失させたことがある。かつて座礁させた艦は「第一丁卯」といい、戊辰戦争(1868年)直前に長州藩が購入(1867年)した船である。損失したのは日本が朝鮮への実力行使を含む砲艦外交が行われた江華島事件と同年の1875年である。
日清戦争当時からしてみれば旧式も旧式だが、江華島事件当時は主力艦。その主力を失った彼はしばらく陸上勤務を命じられたほどだ。
今回も主力艦を失うような危険行動はできない。水深の情報を得ると
「追撃を中止する。」
苦渋の決断だった。
浪速
カッターは『高陞号』を往復した。『高陞号』に代表して乗り込んだのは士官であったためただの水兵である田中は『高陞号』に乗船することはできなかった。
田中は『浪速』に戻ると、士官を先に艦長に報告に向かわせた。カッターの回収はやけにのんびり行われている。
「英国商船『高陞号』は捕獲を受け入れました。」
艦橋に戻った士官は清国兵1000名以上、大砲14他を運ぶ『高陞号』を拿捕したことを報告する。
「『高陞号』に随伴するように信号を上げよ。本艦も錨を上げよ。」
東郷は船を出そうと命じる。無論その様子は『高陞号』にもわかる。だが『高陞号』には船を出そうとする様子が見られない。
「英国商船『高陞号』より信号!! 再度の話し合いを求めカッターを送るように信号が出ました!!」
東郷はその報告を聞くと再度、カッターを『高陞号』に派遣することを決める。さらにこの時、欧米人が日本艦に移乗を望めば連れてくるようにとの命令をも出す。
やけに引き上げが遅かったカッターはすぐに降ろされた。そして再度『高陞号』に向かう
「誰か降りてくるぞ!!」
『高陞号』からタラップが下ろされる。1度目のカッター派遣の際はこの時、士官が『高陞号』に乗り込んだが、今回は乗り込もうとする前に降りてくる人間がいる。
「大尉殿…船員ですか?」
艦長のお気に入りということで士官のそばにいた田中義二が聞く。
「違う…だが清国の人間ではない。」
乗ったことのある士官は彼らの服装を覚えていた
「なるほど…尊大な清国人がわざわざ出向くわけがありませんね。ということは事情があるのでしょう…我々を乗せられぬ事情が。」
田中義二は後半の話をしながら鼻で笑う。
降りてきたのはドイツ人だった。コンスタンティン・フォン・ハンネケン 李鴻章に協力する軍事顧問団のメンバーである。
「本船が清国から出航した際には戦争は始まっていなかった。故に拿捕は不当と考えます。本船を解放し、出港した港へ引き返すことを求めます。」
ハンネケンはそう答える。田中は耳打ちする
「ハンネケン殿。異なことをおっしゃらないでいただきたい。7月19日時点で最後通牒を出しております。内容は返答なき場合、25日以降の清国の増兵行為は敵対行為とみなし、開戦する旨が含まれております。すでに5日も前に宣言している。開戦前に出港していたなどという戯言は無意味です。」
大尉がハンネケンにそう返す。確かに戯言だ。中国から朝鮮まで2日の船旅なのだ。出港前に清国が知らないという状況はあり得ない。
意図的に知らせなかったということであるならばそれは何かしらの策謀のにおいがする
「くっ…」
一撃で封殺された以上、反論できない。彼は苦虫をかみ殺したような表情をする。
「ゴールズワジー船長はご存じないのですか?ご存じでないのであれば直接お伝えせねばならぬことです。乗船させていただきますよ。」
大尉がタラップに手をかけるだがハネッケンが大尉の手を取って止める。
「ならば私が伝えに戻ろう。」
意地でも船に上げようとしない。
「乗艦させれば死ぬということですか?」
ここで初めてドイツ語で口を開く。
周りが驚く。特にハンネケンだ。ドイツ語の分かる日本人水兵などほとんどいない。
「士官たる大尉殿が上がれないのであれば私が上に行きます。ハンネケン殿とともに上がれば意思を伝えられるでしょう。自分は英語もできますし。」
田中がカミングアウトした内容は一水兵としては異常な教育水準を語るものだった。そして臨検士官の海軍大尉がそばに置く理由もわかる。
「田中!!死に行くつもりか!!」
大尉の叫びは当然だ。とっさの日本語もその動揺を物語る
「弟が陸軍にいるんです…すでに朝鮮にいる。私よりも優秀な弟だ。死なせるに忍びない。その危険減らせるのならその価値はある。ここにいる1000の兵朝鮮に上陸させるわけにはいかないのです」
あえてハンネケンに聞かせるために英語で大尉に返答する。
「仕方がない。」
大尉はハンネケンの前に立ちふさがる。田中は縄梯子に手をかけた。
ドボーン
しばらくして田中は海面にたたきつけられる。
「田中が突き落とされたぞ!!救い出せ!!摑まれ!!田中!!」
浮きを投げる水夫が叫ぶ
「敵対行為と認める。すぐにカッターを離せ!!」
カッター操船を指揮する下士官が叫ぶ。
「ハンネケン殿同行願いますよ」
大尉は拳銃を抜いてまだカッターに残っていたハンネケンに向ける。
「田中浮きに摑まりました!!カッターを出します。」
下士官が状況を報告する。大尉はうなずくだけだ。
「放すなよ!!みんな手繰り寄せるんだ!!」
浮きにつけられたロープをオールの漕ぎ手以外の兵士が引っ張る。
「小銃構え!!攻撃を警戒しろ」
兵士が小銃を構えた瞬間、発砲音が響く
「応戦しろ!!」
叫ぶ大尉。構えた水兵が小銃を撃つ。
「手旗信号で砲撃を要請してくれ」
さらに命じる大尉。
「田中船に上がりました。」
「砲撃が来るぞ離れろ!!」
第1弾 遠弾『浪速』から見て『高陞号』の向こう側にすべての砲弾が落ちる。半分威嚇だ。カッターに被害を出さぬためでもある。
「逃げろ逃げろ!!こんな小舟波だけで転覆するぞ」
大尉が外聞もなく叫ぶ。だがその顔は笑っている。
「大尉殿!!安全圏で待機を!!撃沈後の英国人船員を救助を!!」
田中が士官に意見する。通常あり得ないことだ。
「しかし!!清国兵がうじゃうじゃいるぞ!!」
大尉はその発言に関しては驚愕する。
「東郷艦長のことです。救助用のランチを出すと思われます。本艇もその一助に!!」
直後、『高陞号』は直撃弾を受けた
長いのでどこで切るかを悩みましたが時間が空いたので一気に『高陞号』事件を終わらせました。




