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日清戦争-17 視界不良

 海戦の流れそのものを変えず、様相を変える描写は難しいですね。兄には未来記憶はないのでそれを予想して戦術を変えることもできません。史実通りの描写をなぞらないと…まあ、回線は回数が少ないのでほとんど一つ一つ描写がある分マシかな?

『3番艦〈浪速〉ジンケイヲイジセヨ』

 先頭艦吉野からの信号である。浪速が単縦陣を乱している。日本艦が艦側面に小口径砲を多数搭載している関係上、敵に側面をさらしてつるべ打ちにする必要がある。単縦陣の異名を持つ坪井司令率いる第1遊撃隊は開戦前より徹底的な猛訓練により、通常航行中にも単縦陣を維持する第1遊撃隊としては信じられない事態である。

 だがこの時、この世界では防護巡洋艦『浪速』だけが戦闘開始直後、単縦陣より船幅2つ分、進路をずらしたのだ。

 旗艦『吉野』からの信号も返答をしてそれ以上無視だ。

 

 そのうち距離3000mに達する。すでに清国艦の砲撃による水柱が周りを被っている。

旗艦『吉野』の各砲一斉発射を合図に日本艦隊が一斉に砲撃を開始した。日本艦隊の砲は小口径。砲弾、装薬とも軽く、装填も早い。

 だがそれはとある問題を引き起こした。

「前が砲煙でわからん!!」

 2番艦『秋津洲』艦長上村彦之丞少佐の発言だ。これと同じ状況…それ以上にひどい状況になったのが史実『浪速』である。

 当時、日本艦艇の発射薬には黒色火薬が採用されていた。唯一の例外は最新鋭の『吉野』である。これが大口径砲の少数射撃なら砲煙の量も少なかったであろう。史実では『吉野』、『秋津洲』両艦の砲煙・朝の海霧をまともに受け、砲撃にも支障が出た。

 だが、予期していた『浪速』は砲煙をかわしていた。そのうえで長距離から見れば単縦陣に見える位置を守る。微妙な判断だ。だから敵がよく見える。

「『広乙』突っ込んできます!!」

 見ればわかることを士官の一人が叫んでいる。だが、それ以上に落ち着いていたのが艦長が独断で伝令兵の一人として艦橋に置いていた田中義二であるが、彼の独り言は大きすぎた。

「『済遠』は『広乙』と反対に面舵…この動きは逃走…?」

 史実以上に敵艦の動きをはっきりと見ることができた『浪速』であるも、敵情を読み取れるとは限らない。突撃を求める『広乙』に視線を集中させれば広い視野は取れない。『浪速』艦橋士官の中でも『済遠』の動きを把握していたものは少ない。

「取舵、『済遠』を追う。両舷各個に両艦を打て」

 周りが田中の独り言に驚き、『済遠』を見るが、艦長の東郷はその先を命じる。

「左舷及び前部主砲は『済遠』を撃て!!右舷・後部主砲は『広乙』を撃ち続けろ!!」

 日本艦は舷側〈側面〉に速射性の高い小口径砲を並べてつるべ打ちにする。だがそれには小さいが問題がある。搭載している砲は半数近くが敵と反対側になり、役に立たないのだ。

 これを防ぐには戦術的に敵に挟まれるような動きをすればいい。『浪速』が直ちに取舵を取れば左舷側に『済遠』、右舷側に『広乙』となり、全ての砲が戦闘に参加できる。

「副長。『吉野』マストの信号旗を確認。」

 田中は周りが『済遠』、『広乙』に夢中になっている間、旗艦『吉野』を見ていた。そのために真っ先に旗旒信号に気が付いた。実は多めに用意された伝令兵の役割は余りない。基本的に伝声管という金属管と漏斗状の送受口同士を繋いだ通信器を使うので人の足で情報を伝える事象は被弾、破壊されない限り、必要性はあまりない。どうやら艦長は田中に戦争を一番の特等席で見学させたかったらしい。当の本人は見学だけで済ます気はなく、漫画のネタ集めにも用箋挟〈バインダー〉を使用して戦闘の様子を記録してもいたのだが。

「『秋津洲』に『広乙』、他は『済遠』を追わせる内容です。『秋津洲』面舵、追撃に入ります。」

 すぐに旗の意味を理解した士官が東郷艦長に情報を伝える。

「機関室!!最大速力を出す。」

 追撃…逃げる敵を倒す。それには速力だ。ここにも清国に不利がある。清国『済遠』は最大でたったの15ノット。『浪速』は最大18ノット、日本・世界最速の巡洋艦『吉野』は最大23ノット…逃げられるわけがない。


「前方に煤煙2本を確認。国籍不明の船舶がいる模様!!」

 しばらく走ると、眼前に煙が2本見えた、

 戦隊2番艦の『秋津洲』が『広乙』追撃のために隊を一時離れている以上、旗艦『吉野』の真後ろを守るのが『浪速』である。相変わらず、砲煙を気にして若干斜め気味の真後ろにつけている。朝の海霧が日が照るにつれて収まっている上に速力が早い、旗艦『吉野』が日本艦で唯一砲煙の少ない無煙火薬を採用していることからあまり影響は出ていないが。

「まさか…『定遠』と『鎮遠』がいるのか!?」

 その2隻の存在は恐怖である。極東一の硬艦。この船の存在が清国の優位を作り上げていた。それこそ清国水兵と日本の警察官、民間人が互いに殺し合いに発展するほどの乱闘騒ぎになったとしても日本不利な裁定がなされるほどの砲艦外交力を清国に与えていた。

「『吉野』速力低下。」

 これも見ればわかる情報。いつの間にか旗艦『吉野』が真横についている。

「速力、進路そのまま。」

「艦長!!」

 恐怖の飲まれた士官が叫ぶ。そのまま突き進めばたった1隻で極東一の硬艦。『定遠』と『鎮遠』に突っ込むことになるのだ。

「説明せよ。田中。」

 艦長は周りを見渡すと、冷静な自分の元従兵である田中義二を見つける。

「仮に定遠級2隻ならば…勝ち目はありません。われらは逃げるしかありません。この際、『吉野』『秋津洲』よりも戦力価値が低く、火力のある砲を積んでいる『浪速』は殿を取ることになりましょう。友軍の撤退完了後、本艦も離脱しなければならない以上、速力を殺したくはない。『広乙』もそうだったように…」

 それは非情な判断だった。味方を守るためにその身を犠牲にする判断だ。そのためには速力を落とす余裕はなかった。

「敵判明!!商船と清国の小型艦。定遠級ではありません!!」

 緊張した環境の空気を破る見張りの声。朗報を叫ぶ。

「商船ということは朝鮮に兵を運ぶための船でしょう。これを排除しなければなりません。」

 安堵する面々の中、田中は冷静だった。

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