少女が捧げ、そして与えられる幾つものハジメテ
「来たな。準備は?」
「マキナモード! いつでも大丈夫です!」
立ち上がる墨也とマキナモードを展開する桜。
朝食も終わり一息ついた後、墨也は闘気による牽制を抑え、雑魚の妖2体を誘引した。まあ、本来は態々こんな事をしなくてもいいのだが、桜から妖に負けたという失敗経験を払拭させ、再び自信を付けさせることと、無意識に溜まっているストレスを発散させるためには必要な事だった。
(才能が無けりゃ現実を知った方がいいって言えるんだけど、有り余ってるくらいだからなあ)
勿論桜にその適性が無ければ、妖と戦うのは止めろと言えたが、寧ろ満ち溢れている程で、彼女が戦う事を志し覚悟しているのなら、それを手助けするのもまた人生の先輩の役目だと墨也は思っていた。社会人だが別にそれほど大きく年が離れている訳ではないが。
『邪神形態』
墨也はマキナモードを展開する桜に合わせるよう、自らの戦闘態勢である邪神形態を発動して黒で身を包み、その隆起している筋肉を締め上げる。
(邪神形態……邪神?)
その墨也の呟きに困惑する桜。邪神と言われても、漆黒に染まった墨也から感じるのは、字面からは想像できない逞しさと頼もしさだけで、全く邪悪であると思えなかった。
(墨也さんって神様と関わりがある人なのかな?)
この妖や退魔の力、異能溢れる現代において、神もありふれた、とまでは言えないまでも、居る所に居るし、ましてや八百万の神がおわす日ノ本となれば、普通の人間が神と出くわす可能性は、他国と比較にならないほど高かった。しかも、異能の力が発展すると共に、新たな神と呼ばれる存在が生まれており、特別ではあるものの昔と比べるとかなり神は身近な存在だった。
(えーっと、荒魂だっけ?)
その中には荒魂に分類される様な、戦神、闘神なども含まれているが、正真正銘邪神としか言いようが無い禍つ神も存在していた。現在の分類では、制御し難いそれらの神々を全てひっくるめて荒魂と呼称していた。そして日本ではこれらの神々を鎮めるため、専用の社が建てられ、そこで専属の巫女達が日夜務めを果たしていた。
その為桜は、墨也を荒魂の関係者で、その力を引き出して戦っているものと予想していたが、真実はその荒魂に所縁ある人物どころか、そのものであった。
なおこの墨也、神を鎮める機関に顔を出せば、関係者が発狂してその日の内に社を建てながら、最も優秀な巫女を当てて鎮めようとする力を持っているため、その気になればピカピカな新築の社で本尊として就職できる。というかほんの少し先の未来、実際秘密裏にだが祀られて桜達がその巫女扱いされるのだが、それはまだ先の話である。
(いけない集中しないと!)
近寄って来る妖の気配に、桜はそんな考えを捨てて気を引き締めた。
(来た!)
やって来たのは3mほどのミミズの化け物で、全身が粘液でヌメヌメとしたグロテスクな外見だった。強さは低級と言うべき程度だったが、それでも雑魚と呼ぶには少々力をつけすぎているか。
「右は俺、左は桜だ。任せたぞ」
「はい!」
(墨也さんの信頼に応えなきゃ!)
ここでも墨也は、大丈夫か? 行けるか? ではなく桜に必要な、任せたという言葉を投げかけた。
「よし行け!」
「はい! 桜行きます! フルブースト!」
墨也の気合の入った声に、桜もまた同じように応え、最大速度で突撃する。
(墨也さん、隣、頼もしい、かっこいい)
同じように加速している桜の集中力は、自分の隣で速度を合わせるように走っている墨也の姿を捉え、途切れ途切れで複数の認識をした。今まで彼女は、そのピーキーすぎる戦法と速度により、今まで誰かが隣にいて戦ったことがなかった。
「ビッグパーンチ!」
そして桜の必殺技が炸裂する。いや、それしか出来ないと言うべきか。人間では不可能な凄まじい速さで近づき、自身の身の丈よりも大きな機械拳でぶん殴るという、シンプルイズベストの権化。それが彼女のマキナモード、原始の力である"ジャイアント"であった。
『ギュ』
それがミミズ擬きの断末魔だった。殴られたから、ではない。桜は単に横から殴ったのではなく、その圧倒的な大質量を上から叩きつけ、ミミズ擬きをペチャンコに押しつぶしたのだ。その様は足と腕という違いはあるものの、墨也が彼女を助ける際に使用して、天狗の頭を踏み潰した【大界壊断】に似ていた。
(やった!)
天狗には敗れてしまったものの、あれは不幸な事故の様なものだ。つまり初の実戦を勝利で飾れた桜は歓喜の念を抱く。
『すう』
一方桜が仕掛けたほぼ同タイミングで、墨也は口がないのっぺりとした黒い顔にも関わらず、どうやってかほんの僅かに一呼吸して、全身に闘気を行き渡らせる。
【邪神流剛術・塵壊尽】
結果、尽くが壊れ塵と化した。
自らの発する闘気と霊力を超々高速振動させて腕に纏い、それをミミズ擬きに叩きつける事で粉微塵にしたのだ。
空手の正拳突きを放ったかのようなその残身、闘気身に填ち、見に観ち、美に満ちる。
(綺麗……)
墨也は桜に何かあったときにフォロー出来るよう、彼女が敵を倒したのを見届けた後に技を放ったため、一瞬早く相手を倒した桜は、その姿を見ることが出来た。その感想は、綺麗という言葉に全て凝縮されていた。
「やるな桜。あの技、ひょっとして俺が天狗の頭を踏み潰したのが影響してたりする?」
「は、はい! そうです!」
身に纏った黒を解いた墨也が、桜を労いながら先程の技について思ったことを口にする。事実、先程桜がミミズ擬きを圧し潰したのは、墨也が使った技にインスピレーションを受けており、これなら殴って吹き飛ばすより確実に相手を倒せるはずと、物騒な考えで実行されていた。
「ふっふっふ。意図せず邪神流戦闘術を伝授してしまったらしいな。師範代として採点すると……合格!」
「ありがとうございます!」
ど、どうでしたかねと上目遣いで窺う桜に、墨也は力強く頷いて彼女の行いを肯定する。
「よーしそれじゃあ祝勝会だ! ジュースとお菓子をドン!」
「わーい!」
初めて妖に勝利した桜を祝う為、墨也は殊更陽気に振る舞いながら、体の中からジュースとお菓子を取り出す。
それに喜ぶ桜だが気が付いているのだろうか……。
初めての共闘、初めての勝利、初めての祝勝会。その初体験を全て、愛する赤奈ではなく墨也に捧げてしまった事を……。
出会ってまだ2日の男に、幾つもの初めてを与えられ、そして捧げてしまった彼女の運命はいかに……。
副題・技名を言ったり戦ってる時もお話しする、変身少女のお約束世界に紛れ込んだガチの筋肉。