最悪なまでに最高の相性の良さ
「しかしキズナマキナか。いい人と出会えたんだな」
「え、えへへ」
またしても褒める墨也だが、今度は桜に対してというより、桜と絆を結んだ相手にだ。キズナマキナになるには本人の素質も重要だが、何よりパートナーとの強い絆が必要で、まだ年若いく未熟な桜がキズナマキナとして覚醒しているのは、彼女が心から信頼できる相手と巡り会えたことの証拠であった。
そして桜も、その敬愛する赤奈の事を褒められたと、はにかんだ笑顔を見せた。
「それじゃあどんなものか見せてくれ」
「はい!」
「あ、一応言っておくけど、最大スペックとか必殺技は見せなくていいからな」
「え?」
ここで戦う者としての思考の違いが出た。共闘する以上、お互いの戦い方は知っている必要があるとの考えは同じでも、初見殺し的な業や、相手を必ず殺す技を、他人に教える必要はないと考えるのが墨也だ。一方、え? どういう意味ですか? 私よく分かりません。と可愛らしい表情で首を傾げている桜は、一緒に戦うなら、私の全部を見せておかないとだめですよね? と考えていた。
「例えばだけど、後々俺と桜がどこかで戦うとして、いいか例えだからな。桜の必殺技はこうやってよければいい、一番速い速度はこれくらいって対策されるだろ? 自分しか知らないってのは戦う者にとっちゃ大事なんだ」
桜に戦う者としての心構えを説く墨也は、別に殺伐としていない家庭環境なのに、親兄弟でも知らない初見殺しの必殺技を持っていろ。死と悪意が犇めく世界にはそれが必要なのだ。と、曽祖父から教えられていたが、その曽祖父自身が祖である大邪神に限りなく比肩するほど、悪意を源とする力を持っている事を考えると、含蓄があると言うべきか、お前が言うなと悩むところだろう。
「墨也さんなら大丈夫です!」
だがその考えを、桜は信頼の言葉で軽く通り過ぎる。
「お前さん、やっぱり凄いよ」
「そ、そうですかね?」
桜としたら当たり前のことを言っただけなのに、どうして褒められたんだろうといった感じだが、墨也の方は本当に尊いものを見たと目を細めている。
この2人、別の者達からすると、最悪なまでに最高の相性だった。責任感が強くとも、無意識に赤奈の様な先輩で頼りになる者を求めている桜にすれば、自分を尊重してくれて、しかも今まで会ってきた男性の中で最も頼りになる年上の墨也は、まさに最悪に最高だった。
「そんじゃ改めて飛んでみてくれ」
「はい! フルブースト!」
墨也に元気よく返事をした桜は、バーニアを噴出させ、一瞬の溜めの後、一気に最大速度で横に飛行して、また墨也の元へ戻って来た。
「どうですか!?」
「思ったよりずっと速かった。いやマジで。それでその拳を叩きつけるんだろ? そこらの妖なら苦戦もしないな」
(相手が悪かったか)
「ありがとうございます!」
墨也の目から見ても、桜のスピードは中々のもので、相手があの天狗でさえなかったら、今こんなところにいなかったなと思うほど、ある意味予想外だった。
「でも私、天狗に負けちゃって……」
その事を桜も思ったのだろう。彼女には似合わないしゅんとした表情になりながら、マキナモードを解除する。
「なら来年にはぶっ倒してやるって気持ちで頑張れ。桜なら間違いなく出来るとも。おっと、気休めじゃないからな」
「は、はい!」
いや、確かに相性が最高なのもあるが、この墨也というと男が邪神として人の心に這いより、忍び込み、いつの間にか後ろにいることが上手過ぎた。桜の必要としていたのは慰めではなく、励ましと期待の言葉だったのだ。
「よし、そんじゃ朝飯にするか」
「はい!」
「あ、悪い。昨日これ忘れてた。はいビタミンサプリ。男の食生活だとそこまで気が回らなくてな」
「そんな! 助けて頂いただけでもありがたいのに!」
昨夜は夕飯がインスタントラーメンという、栄養も何も考えていない様な食事だったのだ。流石は一人暮らしで万年床の生活を送っている男と言わざるを得ない。しかし、年頃の女の子は美容だのなんだので色々摂取する必要があるなと、奇跡的に思い至った墨也が、体の中からビタミンサプリの入った袋を桜に手渡した。
まあ、思い至った経緯が、俺って男性ホルモン多すぎて将来禿げないよな? と、ここが妖界であると分かっていない様な、馬鹿丸出しな事を考えている時でなければ、もっといい話になったのだが。
(墨也さんってやっぱり大人だなあ!)
尤もそれを知る由のない桜にしてみれば、墨也は細かい事まで気を使ってくれる頼りになる人。となる。まあ思い至った経緯はどうあれ、気に掛けているのは間違いないし、頼りになるのも変わりはない。
「そんじゃとっとと作るかね」
手際よく焼かれる卵、ベーコン、チーズ、それを少し焦がしたパンの上に盛り付け、サラダ、コンソメスープと、墨也は夕飯は手軽に済ませた癖に、朝食はそれに反比例して手間暇かけていた。いや、朝食は一日の活力の元と考えるなら、ある意味正しいのかもしれない。
(わあ、凄い手慣れてる)
その手際に驚いている桜だが、この墨也という男、邪神流柔術、剛術の継承者であるだけに留まらず、邪神流お料理術も継承しており、一般家庭で作れる料理ならほぼほぼ作れる、まさに一家に一人欲しいスペックを誇っていた。
「はいお待ちどう」
「ありがとうございます! 頂きます!」
その食欲をそそる匂いに、お腹を鳴らす桜だが、まさに色気より食い気。そんな事を気にしることなく、卵、ベーコン、チーズが層を作っているパンに噛り付いた。
「おいしー!」
「そりゃよかった」
その味に満面の笑みを浮かべる桜だったが、男の手料理など父のものしか食べたことがなく、あったとしても家庭科の授業で作った料理と考えると、ここでもまた男の手料理を食べるという初体験を奪われていた。
幸せそうに食事をしている桜だが分かっているのだろうか? 自分がどんどん深みに、底なしの黒い泥に沈み込んでいる事を……。
ひいひい爺さん・邪神流柔術開祖にして一族の長老。墨也の教育と躾は両親の仕事だと、本人はひたすら墨也を甘やかしてアウトドアに連れて行った。頼りになるかというと、答えはならない。
ひい爺さん・邪神流柔術正統後継者。ここまでは一子相伝だったが、その下からは継承者が乱立する。ほにゃらら三兄弟みたいなもんである。うん?四? しつけと教育は両親の仕事だと、本人はひたすら墨也を甘やかしたが、ひいひい爺さんと違うところは、やたらと考えがシビアであり、柔術を使うのは最終手段だから、敵とやり合う時はまず建物ごと爆破しろと、邪神流爆殺拳を墨也に伝授している。そのほかにも、邪神流お料理術、お悩み相談術、恋愛相談術、お見合いセッティング術、メンタルケア術、など、多数の教えを墨也に伝授している。なお、お見合いセッティング術は、自分の子供達と孫達の結婚に死ぬほど振り回されたせいでいつの間にか習得していた。邪神流柔術継承者の強すぎる娘に、私より弱い人と結婚しないと言われた時の気持ちを答えよ。
墨也が少女達の心の隙間に入り込むのが上手過ぎて、無自覚に毒牙に掛けるのは、かなりの部分その教えのせいで責任がある。頼りになるかと言われると、なるけどならない。