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夢見る乙女と入り込む男

「すう……」


 桜は夢の中にいた。初めての勝利で精神的に高揚していたため、一日があっと言う間に過ぎ去り、今は寝袋に入って熟睡していた。


 しかし、例え夢の中でも桜に安寧の場所は無かった。


『クケケ!』


『いやあああああ! 妖の赤ちゃんなんか産みたくないいい!』


 夢の中の桜は、まさに絶体絶命だった。忌々しき天狗に敗れた、あの時の経験を追体験していたのだ。そして赤奈に助けを求め……


『墨也さん助けてえええ!』


 いや……違った。確かに桜があの時助けを求めたのは赤奈だったが、夢の中での彼女は、愛する人ではなく墨也の名を叫んだのだ。ある意味で成功体験を脳が覚えていたのだろう。


『おう』


『墨也さん!』


 それに応えるよう、夢の中からドロリと黒い人影が……これも違った。実際には、真っ黒な人型だった邪神形態の墨也が乱入してきたが、夢の中では素顔のままの彼が現われたのだ。


『しっ』


 後の流れは同じだった。墨也が天狗を地面に叩きつけ、その頭を踏み砕いて勝利したのだ。


『ありがとうございます墨也さん!』


『おーう』


 短い付き合いだが、多分墨也ならこうするだろうと、桜の脳は手をひらひらと振る彼の姿を形作る。


 そこに赤奈の姿は何処にも無かった……。


 ◆


 ◆


「うへへ……」


(大物というか図太いというか……)


 邪神の系譜の癖に夢に這い寄れない墨也は、桜が魘されていたら起こそうと思っていたが、聞こえてくるのは締まりのない笑い声なのだ。ここが敵地のど真ん中であると考えると、彼でなくとも桜の事を図太いと評するだろう。


 しかし夢に入り込めなくとも、桜の夢の中には墨也がいるときた。それを彼が知る術はなかったが、もし知れば何とも言えない顔になっただろう。


(しかしひどい目に会った……)


 墨也が思い起こすのは、明鏡止水の境地にいたのに、それを貫通してダメージを与えて来る桜の惚気話だ。そのせいで彼は、桜のパートナーである赤奈と全く面識がないのに、ある程度赤奈の事に詳しくなってしまった。


(耐性が無かったら死んでたな)


 だがしかし。両親、従兄弟に再従兄妹、叔父叔母、祖父母、曽祖父母、高祖父母なんかから常に惚気話を聞かされて育った墨也の耐性は、カーボンナノチューブもびっくりな強度だった。


(俺もなあ……)


 だがここ数年、その耐性に綻びが出始めていた。


(結婚なあ……)


 それなりに結婚願望がある墨也だったが、困ったことにこの男、外見ではなく魂や精神といったもので女性を判断しているため、悪徳蔓延る現代では、これぞと思う者に中々出会えなかった。そのため女性と付き合ったことがないし、しかも彼本人はつい先日無職になったときた。これでは女性の方からお断りなのは当然で、結婚なんてものは夢のまた夢だろう。


 その上段々と従兄妹達が結婚し始め、あれ、墨也君の結婚はいつ? あ、ごめんごめん。彼女いなかったね。ぷぷぷ。とマウントを取ってくるため、邪神流戦闘術継承者による仁義なき戦いが勃発してたりする。


(まあ母さんの方の爺さんも、結婚自体は遅かったし、俺と同じでほぼ無職だったな。なら大丈夫だな! はは……)


 だが、その濃すぎる家系図の中には、そこそこいい歳で結婚して、その上肩書は幾つかあっても実質無職だった者もいて、それが墨也にとって心のよりどころであった。


(ひい爺さんかその辺りを呼んだら、桜をすぐ帰してやれるんだけど、従兄弟連中も含めて全員デカすぎる上に厄いからな……)


 その濃すぎる家系図にも欠点がある。どいつもこいつも個性的過ぎる上に厄過ぎて、単純に助けを呼べばいいというものではないのだ。例えば墨也をひたすら甘やかした高祖父を呼べば、すぐにやって来て彼らを元の世界に戻してくれるだろう。その代わり、あまりにも圧倒的な力を持つがゆえに存在の格が大きすぎるため、こちらに来る途中で時空間を滅茶苦茶にして、世界に未曽有の大災害が齎されるだろう。


(やっぱなしだな……)


 大邪神の血を持つ者の中で、最も常識人な墨也はその考えを改めて却下した。そんな事をすれば、桜と自分の責任で収められる範囲を軽く超えてしまうのだ。


(地道に時空間を広げていくしかないか)


 その一族の中で、墨也はほぼ例外的に別世界への道を、周りへの被害なく広げて通ることが出来た。これは大邪神の系譜ではなく、別の血が混じった事によるものだが、問題は墨也が不器用すぎて、別世界への道をすんなり通れても、それを作り出すのに時間が掛かる事だろう。


 余談だが濃すぎる家系図の中で墨也はとびっきりの一人で、その血を辿ると邪神の呪いが効かない、超越した精神の持ち主が複数、天使、聖女などが名を連ねており、墨也は邪神の系譜の癖に、対邪神に置いて特効的な力を有しているため、従兄妹連中は墨也を揶揄う時、かなり覚悟をする必要があった。まあ、そんな血が混じっているのに、墨也の大本の力が大邪神な辺り、流石は自称頑固汚れ筆頭の力だろう。


 そんな墨也が、今後の予定を考えている最中、夢の中の桜は……。


 ◆


 ◆


『あの、墨也さん……この水着どうですかね……』


『お、おう、その、なんだ』


『ほら桜、もっとちゃんと見せてあげないと』


 海辺で愛する赤奈に促されながら、墨也に照れながら少々際どい水着を披露する桜。


 ◆


『たーまやー!』


『ふふ。かーぎやー』


『ちょ、ちょっと近くないか?』


 浴衣姿の桜と赤奈が、墨也を挟む様にしてくっつき花火を見上がる。


 ◆


『紅葉が綺麗ですね!』


『落ち葉で焼き芋って言いだすかと』


『もう酷いです墨也さん!』


『ふふふふふ』


 赤奈と桜が墨也と手を繋いで、紅葉を目で楽しむ。墨也を通して赤奈と繋がっているのだ。桜の中で違和感はなかった。


 ◆


『す、墨也さん……』


『さあ、いらしてください』


 そして雪化粧に染まった旅館に泊まり、敷かれた布団の上で……。


 ◆


「すう……」


 可愛らしい寝息を立てる桜だが、その夢は果たして……。


 彼女の、いや、彼女達の運命はどうなるのか……それは神のみぞ知る事だろう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 笑い方に垣間見えるお姉様の影響力 [一言] 明らかに誰一人身内死んでそうにないの草 明確に「メンタル100の血が複数入り込んでる」って言ってますねえ…… ついでに言えば天使にも聖女にあたり…
[一言] もしかしてゾンビーズやカード使いの血も混じってるのかこの主人公
[良い点] 血縁上の構成がぶっ飛び過ぎてて究極の雑種でも作る気なんですかねアンタら…… 煽り合いのどつき合いしょっちゅうやってるのはかつての田舎もんと貧乏人の遺伝というべきか、 あとちょっと前まで無垢…
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