街に蔓延る怪物と戦う配信者と不思議なリスの話
「きゃあー! で、出たー!」
「逃げろー! ガイストが現れたぞー!」
「だ、誰かー! 警察を呼べー!」
深夜十二時を過ぎるこの繁華街でたくさんの人々は『ガイスト』から逃げていた。
この阿鼻叫喚ぶりから察するに今日はかなり大物っぽいな。
俺は人々が逃げる方向とは反対方法に歩みを進める。
顔を隠す為のサングラスも忘れずに装着する。
「さてと……今日もいっちょ配信始めますか!」
スマホでキャスの設定をし、配信開始のボタンを押した。
俺の名前は藤原真斗。都内に住むアラサーの配信者である。
いつもは恋愛相談などの配信をするのだが、相棒から『ガイスト』の出現を聞いたため、こうしてここまでやってきたというわけだ。
ガイストとは秘密結社スペードが生み出した恐るべき怪物のことであり、常人を遥かに凌ぐ戦闘力を誇る。
一般人が束になっても太刀打ちすることはできず、本来対抗出来るのは吉◯沙保里くらいのものである。
「くーふふー! 今日は中々の大物みたいだぞ。気をつけろよ」
俺の肩に乗っている『相棒』が話しかけてきた。
「オッケー。今日も派手な配信にしようぜ、コリンちゃん」
おっと、紹介が遅れてしまった。相棒の名前はコリンちゃんという喋る不思議な黄色いリスである。
何を隠そうコリンちゃんも秘密結社スペードから生み出されたガイストなのだが、コリンちゃんは他のガイストとは違い、正義を愛する心を持っている。
言うなればラブリーチャーミーな敵役という訳だ……いや、ちょっと違うか。
コリンちゃんとの出会いは半年前、仕事の帰り道にガイストに襲われそうなところをコリンちゃんに助けてもらったのがきっかけであった。
コリンちゃんからガイストに対抗できる力を与えられ、こうして配信の一環としてガイストと戦う日々を過ごしているのである。
「皆さん、こんばんはー! まさとです。今日はいつもの恋愛相談ではなく、久々にガイスト退治を行なっていきたいと思います!」
配信の挨拶を済ませると早速、視聴者からコメントが投稿された。
今の同接数はゆうに100を超えている。やはり、ガイスト退治の配信は同接数が伸びるな。
――こんばんは、まさとさん!
――ガイスト退治だー!
――神回キタな。
コメントと共に『アイテム』が送られてきた。
アイテムとは視聴者から送られてくる課金アイテムであり、アイテムが送られると配信者の収益として還元されるシステムとなっている。
だが、俺にとってアイテムは単なる課金アイテムじゃない。
何を隠そうコリンちゃんにはアイテムを具現化する不思議な能力を持っているのだ。
「ワニくん。弾10ありがとう。アイラブユー」
コリンちゃんが視聴者にお礼を言うと早速、銃弾10発を具現化させた。
コリンちゃんから銃弾を受け取り、所持している拳銃に弾を装填した。
この拳銃はコリンちゃんが組織から脱走する時に持ち去ったもので、対ガイスト用の物である。
俺は建物を破壊している一体のガイストに照準を定めた。
引き金を引くと強い反動、そして『バン』という大きな銃声と共に弾が発砲した。
ガイストは銃弾に気づくと、ものすごいスピードでその場から離れた。
なお、銃弾は建物に当たり、凄まじいことになってしまった。
「あいつ、かなりはっやいねー。まさと。これは厄介かもよ」
「だねー。ちょっとこれは倒すのに手こずりそう」
ガイストは俺達の存在に気づき、ゆっくりと俺達に近づいてきた。
そのガイストは二足歩行のチーターみたいな見た目をしており、一目でスピードタイプであると分かる。
「このキャッツ様に喧嘩を売るとは良い度胸だな。お前、名前は?」
ガイストの名前はキャッツと言うらしい。
ド直球な名前だと思ったが、怒られそうなので口には出さないことにした。
ひとまず自己紹介で時間を稼ぎながら戦略を立てることにしよう。
「俺の名はまさとだ。趣味で配信をやっている。好きな女性のタイプは巨乳なマダム。あと、好きな食べ物は……」
「くーふふー! コリンちゃんだよー。おい、ガイスト。悪さしてんじゃあねえぞ。’この辺りにいる人達が安心して飲みとかできなくなるじゃねぇか」
せっかく時間稼ぎしていたのにコリンちゃんが空気を読まずに自己紹介を遮ってしまった。
すると、キャッツの瞳孔が開き、嬉しそうに口角を上げる。奴の尻尾がゆらゆらと左右に揺れ始めた。
なんかちょっと可愛いな。
「そうか……人間に味方する愚かなガイストがいると聞いていたが、お前のことだったか。ちょうどいい。ここでお前を殺せば俺は多額の懸賞金を貰えて、めでたく幹部に昇進って訳だな」
なんとコリンちゃんが賞金首のような扱いをされている。実はすごい奴だったりするのか?
ちょっと羨ましい。俺も活躍すればモンキー・D・まさとになれるだろうか。
「あ、そうだ! リスナーのみんなも仲良しする時はちゃんとルフィするんだよ!」
視聴者の中には彼女・彼氏持ちの人間も多い。
自分は真面目な大人なのでそこら辺しっかりするよういつも視聴者に促している。
――どうした、いきなり?
――キャッツちゃん、可愛いねー。まさとさん、倒しちゃやーよ。
確かに今の発言は脈絡が無さすぎたな。すると、ここでとあるアイテムが送られてきた。
このアイテムは中々役に立ちそうである。
「カエルくん、ネギありがとう。アイニードユー」
俺がアイテムを送ってくれた視聴者にお礼を述べると、早速コリンちゃんはアイテムを具現化させてくれた。
「くーふふー! ほら、まさと。アイテムだ。ありがたく受けとれぃ」
具現化したネギを受け取る。この握り心地……こりゃ中々良いネギだな。
「お前、まさとだったか……? そんなもんで一体どうするつもりなんだよ」
俺は剣の刃(緑色の部分)をキャッツに向けた。
大体の戦略は固まった。あとは奴が思惑通りに動いてくれるのを願うばかりだ。
「これで貴様の身体を真っ二つに切り裂く!!!」
「フハハハハ! お前、ばっかじゃねーの!? ネギだろ、それ!」
たかがネギ、されどネギ。カモネギ。
ネギは食べ物になれば、風邪を治す薬にもなり、さらには鉄をも切り裂く最強の武器ともなりうるのだ。
注:なりません。
「分かってないなぁ。これはネギじゃない。これはな……ド◯パッチソードなんだ!」
これはド◯パッチソードだ……誰が何と言おうとド◯パッチソードなんだ。
ド◯パッチソードが何かというとだな、それは自分で調べろ。
何でもかんでも説明すると思ったら大間違いだぞ。
「わっけわかんねぇこと言ってんじゃねぇぞ。クソ配信者が。死に晒せ!」
キャッツは高速で俺の周りをウロチョロと動き回った。
先ほどとは比べものにならないスピードであり、奴の動きが線になって見えた。
これが俗に言うヤムチャ視点って奴だな。
「やだなぁ。人間が死んだ様子なんて、運営にBANされちゃうから視聴者さんに見せれないよ!」
闇雲に銃弾を発砲してみるも、キャッツに当たらず、銃弾は壁や建物に直撃した。
幸いにも今は周囲に人がいないため、壊れた建物などは全てガイストのせいだと言い張ればいい。
おぉっと皆さーん。バレなきゃ犯罪じゃあないんですよ?
「おい、まさと! 闇雲に撃ったってあいつに当たる訳ないだろ!」
「分かってるって。ほら、コリンちゃん。これ持って」
俺はネギ……じゃなかった。ド◯パッチソードをコリンちゃんに渡した。そして、小声で『作戦』を伝える。
残りの銃弾を二発。これで必ず仕留めてみせる。
「お前、結局ネギ使ってねぇじゃねぇか! 死ね!」
真正面からキャッツが鋭い爪で俺に攻撃しようとした。
いくら奴が速くても真正面の攻撃だけなら注意していれば何とか俺でも捉えることができる。
俺はすぐさま引き金を引いた。
拳銃から発砲された銃弾はキャッツの残像を通り抜けていった。
「トれえんだよ……うわ、なんだこれ! 滑るぞ!!」
「くーふふー! 引っ掛かってやんのー」
ズデン。キャッツが派手に転倒した。奴が俺に接近した際、コリンちゃんが俺の背後にネギを落としたのである。
銃弾を躱し、俺の背後に回り込んだキャッツは思惑通りネギを踏んで転倒したというわけだ。
意外に知らない人も多いだろうが、ネギはバナナよりも滑りやすいと言われる。
「コリンちゃんありがとう。さぁ、キャッツ。あの世に行っておいで、行っておいで……BAN、アンド、DEATH!」
銃弾がキャッツの頭部を貫く。奴の身体から消滅の兆しである煙が噴き出してきた。
「ふふふ……俺が死んでもまた新たなガイストが誕生する。せいぜい束の間の安息を楽しむんだな」
キャッツが捨て台詞を吐き、完全に消滅した。
「何度新しいガイストが現れても……俺が全て倒してやんよ」
秘密結社スペードの目的はガイストを使っての世界征服である。
ラブアンドピースの為になんて大それた正義感は持ち合わせていないが、配信業の一環としてこれからもガイストと戦うつもりだ。
俺が発砲しまくったせいで周囲がめちゃくちゃになってしまったが、細かいことは気にしちゃいけない。
大便の前の小便……いや、ちょっと違うか。
なんかそんな感じのことわざがあったはずだが、忘れてしまった。
「気っ持ちわりーな、まさと! カッコつけすぎじゃねぇの!?」
「相変わらず毒舌だねーこりんちゃんはー。それじゃ視聴者の皆さん! ガイスト退治が終了したので今日の配信はこれでおしまいでーす! 明日は恋愛相談するよー!」
――お疲れ様でしたー!
――明日も楽しみにしまーす。
――おやすみー
配信終了ボタンを押し、スマホの電源を切ると、遠くからパトカーの音が聞こえてきた。
おっと、いけない。早い所、この場から離れないと。
事情聴取なんてされた日には、職場から大目玉を食うことだろう。
「おい、まさと! 早くここから立ち去るぞ!」
「分かった、分かった!」
俺とコリンちゃんはスタコラさっさとここから立ち去った。
これからも凶悪なガイストや組織の人間と出会うことになるのだが、それはまた後の話である。