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異世界酒造生活  作者: 悲魔
第三章〜サードフィル〜
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第九十三話「王都での波乱 Part4」

 シールズ侯爵の高笑いが彼の執務室に響き渡っていた。


「クハハハハッ、それは何とも今更な話だな、え、スタンプ?」

「まことに」


 俺の先ほどのスタンプ伯爵に行った最敬礼の話であった。自分の失敗をこうやって再確認されるとなんだかこっぱずかしいしむかつくんだよなぁ。


「仕方ないじゃないですか。いままで調子こいていたと思えば少しは弁えようとするのが普通じゃないですか」

「道理であるな。だが少しは頭を働かせてみよ。平民である貴様が商売を始めて一年も経たないうちに高位貴族と謁見できたうえに食卓を共にしたのだぞ」

「えぇまぁそれは……はい」


 俺はピンと来ずになんとも煮え切らない返事を返した。だからそれと最敬礼がどうだめなのかまるで分らん。いくら侯爵が俺のことを可愛がっているとはいえ、身分の差ははっきりしている。それに前回の会談の報酬で爵位をもらう予定だけどまだ貰ってないしなぁ。

 


 俺のこんな様子を見て侯爵は深い溜息を吐いてやれやれといった様子だった。そこにすかさずスタンプ伯爵がコーヒーカップにコーヒーを注いだ。まるで出来の悪い生徒に苦労している先生をねぎらうようなおじいちゃんだ。


 その様子を見ていると少し腹が立った。


「スタンプがショウゴに社交界の師匠を就けるといった時はどうかと思ったがこれは重症だな。確かに、こやつは酒の事となるとこの私でさえも圧倒してくるゆえ平民であることをたびたび忘れる時があったが……こうなると立派な平民であるな」

「すみません」

「まぁよい。その話はその師匠とやらに任せて、今は貴様を呼び出した本題について話さねばならない。スタンプから王都行きの話は聞いたな」


 侯爵の顔が今までの砕けていた雰囲気の中にあった柔和な顔から、一層厳しく引き締まった。それにともなって、執務室の空気までもピーンと張りつめた。こうなるとこの部屋の高級なしつらえが一層シックに彩られる。


 王都行き……やっぱりその話か。一体どんな面倒ごとだ?


「はい」


 重い空気につられた俺も硬質な返事を返した。


「貴様のウイスキーのことだが、前も話したとおり世界の市場を牛耳るアレス商国が貴様のウイスキーを知った。そして血眼でウイスキーの製造方法を嗅ぎまわっている始末だ。まぁ奴らの心中穏やかではないことは明らかだ。この私も一日の終わりにこれを飲まねば生きていけぬからな」


 侯爵は傍に置いてあったデキャンタ―を指さした。それは驚くほど透き通っていてなんとも眩いプリズムを抱いていた。地球で生きていた時、好きで集めていたブカラのグラスを彷彿させるな。

 そして中には黄金色に輝く慣れ親しんだ液体が入っていた。恐らくいや間違いなく俺のウイスキーだ。俺も酒が飲めなかったころから、毎日スプーン一杯分の雫をなめるだけで幸せだったからな~気持ちはよくわかるぜ。ま、そのせいで死んだわけだが今が幸せだからいいよな。


「それはありがたいお言葉です」

「……わからぬか?」


 少しの間のあと侯爵の意図の分からない探りが入った。一体何を分からないといけないんだあまりにもヒントが少ないな。これだから貴族様はよ!


「すみません」

「ふぅ、先ほど私は自分の事を高位貴族だと申したな」

「えぇ、その通りです」

「その私がお主の酒を痛く気に入っているうえに、お前は王都に行かねばならぬことになった。その原因は何だ……?」


 それは……流石にここまで言われて分からなければバカだな。どうやら俺のウイスキーは旨すぎるらしい。


「王都の貴族が私のウイスキーを欲しがっているのですか?」

「半分正解で半分は間違いといったところだ」

「それはどういう意味でしょうか……」


 侯爵は翡翠色の髪を少し揺らしてコーヒーを一口飲んだ。クソイケメンめ! わかるようにしゃべりやがれ! そしてもったいぶるな!


「まぁよい。腹芸が苦手な平民に知恵を授けよう。お主のウイスキーはすでに私の手によって国王に献上された。秘密裡にだがな。そしてウオッカに関しては王都でも騒ぎになり始めている。ウイスキーの事も貴族たちには知れ渡っている。そこでお主は貴族の歓心を買い、神殿からは大変煙たがられている。下手したらその道中、神の聖名の元誅殺されるかもしれんな」

「そんな!!」

「シールズ!! 貴様が居ながらなぜそのような事態になっているのだ!!」


 びっくりしたぁ……ふぇ。シールズ侯爵の殺害宣言でびっくしたけど、それよりすごい剣幕で怒り出したティナにびっくりしたよ。心臓止まっちゃうよ。


「くくくっ、少しは女らしくなったかと思えば、相変わらず短気で思慮のかける狂犬であるな。最後まで話も聞けないとは」

「ぬかせ、今の私ならば決して怒りで剣先は乱れないぞ」


 殺伐とした空気が立ち込めそうになる前にティナの後ろ頭にチョップを入れた。


「あたっ」

「ティナだめでしょ。この間もそのせいでティナの首が危うくなったんだから。それにそのしりぬぐいをしてくれたのは侯爵だよ。もう忘れたの?」


 俺はにっこり笑った。まるで作り物のような張り付いた笑顔だ。顔は笑っていても決して目は笑っていないだろう。自分ではこの笑顔を確認できないが、ティナには効果抜群のようでみるみる脂汗が滝のように流れ始めていた。


「あ、あぁそうだったな。し、シールズ話を続けろ」

「ティナ? ごめんなさいは?」

「っむ、ずむむむむむ…………シールズ、侯爵……大変失礼した。どうか話を続けてほしい」


 ティナはしぶしぶ侯爵に謝罪をしてくれた。その瞬間はちきれんばかりの笑顔を侯爵が浮かべたのは当然だった。まったく、世話が焼けるよ。でも仕方ないティナの短気は矯正しないと王都になんて連れていけたもんじゃない。


「まさかこれほど面白いことが私の人生で起きようとはな! あのファウスティーナがこの私に頭を下げる日が来るとは! いや愉快だ! 実に実に痛快である!」


 ぷるぷるぷるという音が聞こえてくるほどにティナの体が震えていた。ステイ、ステーイ、ティナ耐えろぉぉぉ。


「侯爵それで私が殺されるかもしれないという話は一体……」

「くはははっ、いやすまない。そうだったな話を戻そう。神殿については知っているか?」


 神殿かぁ。アクアリンデルにも大きな教会みたいなのが建ってたなぁ。神殿についてはティナが詳しかったような……。たしかティナはなんかの巫女で祝福されてるんだよな。それに俺だってクロノス様から祝福されてる身だしなぁ、とはいえだよ? この世界の宗教形態までについてはよく知らないぞ。


「まぁ少しはわかっているような。わかっていないような感じです……」


 俺ははにかみながらごまかしたつもりだったが……侯爵と伯爵は目をぱちくりと閉じたり開けたりして、お互いの顔を見合っては深いため息をつくのだった。

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