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異世界酒造生活  作者: 悲魔
第三章〜サードフィル〜
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第七十話 「仕事終わりの一杯 Part1」

 アクアリンデル城を後にした俺達はユリアたちと合流して家へと帰ってきていた。そして帰ってきて早々やる事といえば、飯にするか、風呂にするか。


 山道を数時間かけて帰ってきたとなれば選択肢は一つだけだった。



「あ”ぁ”〜〜〜」

「旦那、オヤジみたいな声でてますよ?」

「あははは、カイも大人になったら分かるよ。この瞬間がどれだけ気持ち良いか」


 人間の体は不思議だ。何故人は少し熱めのお風呂に肩まで浸かったときに、聞いたことも無いような声が自分から出るのか。それも中々の激渋い声が男女問わず! 俺が湯船に入った分のお湯が容赦なく檜風呂から溢れ出した。


 カイは今体を洗っていた。男同士で風呂に入ることは珍しくない。アントンの背中だって流した事があるからな。俺は今さっきカイに背中を流されていた。


「色々あったなぁ」


 つい先程までの面倒ごとを回想しつつ、俺はそう呟くと風呂のお湯で顔を洗った。熱いお湯が気持ちいいのだ。それに風呂中に漂う檜の良い匂いが堪らなく、吸い込めば吸い込むほど水蒸気の熱気と檜の香りが俺の心を洗浄してくれた。


「旦那は凄いっすよね」

「何が〜」

「何がって……旦那は一代でこれだけの富を築いて、姐さんだって自分の女にして、挙げ句の果てに天下の侯爵様にも気に入られて……あっしなんかとは大違いっすよ」


 カイがこの世界特有のシャンプーで頭を泡だらけにしながらそう言った。いつものチャキチャキの江戸っ子とは思えない自信の無さだった。


 俺は浴槽のヘリに両腕をだらっと掛けて、ヘリに顔を寝そべらせながら少し意地悪な感じで問いただした。


「ミラちゃんとうまくいってないんだ?」

「そっ、そんな事ないっすよ」


 カイはさっきまで鏡がある方を向いていたのに、俺に背を向けて頭を洗い始めた。

 わかりやすいなぁ〜本当に可愛いやつ。俺にも弟がいたらこんな感じだったのかなぁ〜。


「一つだけ心優しいカイ君に恋のアドバイス、聞きたい?」

「…………聞きたいっす」

(あの姐さんを射止めた旦那のアドバイス……気になる!)


 カイは頭を洗うのをやめてこちらを向いた。彼の頭は白くてふわふわな泡のアフロになっていた。そして切実な瞳をしていた。


「優しさは確かに良好な関係を築き上げる。だけど、恋は刺激に満ちているものだ。つまり、時には目の覚めるようなアプローチが必要なんだよ。相手の瞳に映るためにはね」

「つまり……告白しろってことっすか」

「さぁ、するもしないもカイの自由さ。ただ、しないでミラちゃんが他の男の腕に抱かれてるのを見た時に、お前は後悔しないのか。それだけのことさ」

「……うっす」


 大したアドバイスじゃないが、ティーンエイジャーの恋愛はとどのつまり告白をしたか、しなかったか。それだけの事だ。大人になれば告白なんて甘ったるくて青臭いことをしない方が多いからな。

 

 まぁ女にだらしない俺が偉そうに言えることじゃ無いけどなぁ。さて、あがるか。俺は立ち上がった。風呂場に体から雫が落ちる音が響いた。


「それじゃ俺は先に上がるよ」

「うっす」

「あんまり考え過ぎんな。好きなら好きだって叫べばいい。決めるのはお前じゃないミラちゃんだ」


 俺はそう言いながらカイの頭に湯桶で掬ったお湯をぶっかけた。カイの頭についていた泡は綺麗に流されて、真っ黒な髪が貞子みたいにカイの顔を覆った。

 カイ、だいぶ髪伸びたな。


「……うっす」


 ははっ、こりゃ時間がかかりそうだ。


 俺は風呂場を出て洗面台に置いてあったバスタオルで体を拭いていた。すると、脱衣所兼トイレや洗面台に通じている扉がノックされた。


「開けても良いですか?」


 ミラちゃんか……トイレかな?


「どうぞ」

「お着替え中にすみません! どうしてもトイレに行きたくなっちゃ……ふぇ?!」


 ミラちゃんは何やら申し訳なさそうにモジモジ喋りながら入って来て、俺と目があうと突然フリーズしてしまった。


「ん? どうかした?」

「キャァァァァ!!」


 ミラちゃんは両手で拳を作り、力一杯目を瞑って声を張り上げた。


「えっ??……あっ、やべ」


 俺は何事かと思い考えを巡らせると俺は体を拭いている最中だった。かろうじて、大事な息子は隠していたが丸裸である。ミラちゃんはおでこにキスしただけで、妊娠と勘違いする初心な子だから、裸の俺を見てしずかちゃん状態に陥ったらしい。


「な、何事っすか!」


 あちゃ〜カイ、今出てきたら駄目だって! お前は息子すら隠してないんだぞ!


「ッキャァァァァァ!!」


 あぁ、あぁ。ミラちゃんはカイの息子をしっかり見るや否や。ただでさえ真っ赤だった顔がさらに深紅に染め上がり、そのまま顔を両手で覆って走り去ってしまった。


「…………旦那俺もしかしてミラに嫌われ−−」

「−−皆まで言うな。それより恐ろしい事が起きるぞ」


 カイがこれ以上恐ろしいことって何があるのかと、俺の顔を見てきたが……俺は知っている。この騒動を聞きつけてやってくるおっかない黒髪美人を……。


「あんたたち?」


 俺とカイは仲良く、その冷たい声に体をビクつかせた。声の主人は音もなく脱衣所に入ってきて、腕を組み仁王立ちしていた。髪はさかまいては無いものの、黒いオーラが滲み出ていた。


「ゆ、ユリア。わざとじゃ無いんだよ? 間が悪かっただけなんだ」

「そ、そうっす旦那の言う通り、あ、姐さんあっしは、ミラの叫び声を聞いて助けようと思っただけで……」

「黙ってそこに座りなさい」

「「は、はい」」


 俺とカイは湯冷めするほど長い時間裸で正座させられた上に説教された。こうして我が家には男の着替えは十秒以内という理不尽なルールが生まれたのである。



「はぁ、ひどい目に遭ったぜ」

「ボヤくな、ミラはまだ子供だ。お前の配慮が足りなかったのは事実だからな」

「ちぇ〜ティナまでユリアの肩持つのかよ〜」


 そう言うティナもお城で俺の息子を見た時は、俺の頬を思いっきり引っ叩いたくせにさぁ〜。大人ぶっちゃって!


「ハハッ、そう言うな。こうして酒の肴作りを手伝っているだろう?」

「ん、お肉切ってくれてありがと」

「豚カツを作るのか?」

「ぃいんや! 豚カツはお米が欲しくなっちゃうし、酒の肴には贅沢すぎるから今回は……ズバリ豚のヒレ唐揚げです!」


 俺はそう言いながらティナを指さした。今俺が準備しているのは唐揚げのための小麦粉と胡椒に塩、レモンをカットして用意しておいた。


 鳥の唐揚げであれば断然片栗粉派だが、豚の特にヒレの唐揚げは小麦粉派である! 異論は認めない! ヒレ肉はパサつきやすく水分や旨味が逃げやすいが、小麦粉で揚げることによってしっとりと柔らかい衣が、お肉の身に付きやすくなり、旨味を逃さず閉じ込めてジューシーな唐揚げになるのである!


 そしてそれを味わいつつ、ハイボールを飲めば簡単に逝けるぜ!


「からあげ? 何だそれは……」

「ふっ! ふっ! ふぅ〜! 豚を油で揚げるまでは一緒だけど、食感や味はまるで違うから乞うご期待!」

「自信たっぷりなようだな。まぁいいさ、楽しみにしているよ。私は風呂に入ってくる」

「いってら〜」


 さて、作りますか!


 ティナが一口台に切ってくれたグレートボアのヒレ肉! 鼻歌調子で俺は歌った。


 ヒレ肉はぁ〜ロースの内側のお肉ですぅ〜とーっても美味しいお肉ですぅ! しっかりお肉を褒めながら下味を揉み込んでいく。

 

 下味には、臭み消しの生姜と食欲を刺激するニンニクを刻んだものだ。そしてそこに塩胡椒をまぶす。十五分から三十分ほどひんやりとした食料庫で寝かせる。


 その間に、みんなの夕食用に揚げたヒレ肉を挟むパンを用意しておく。これは黒パンだから、街で買ってきた濃いめのソースも用意しておく。このソースはどことなくとんかつソースに似た味わいだ。


 あとは、付け合わせの葉物を千切りにして、あ、でもレタス的なものと酸味がある野菜も挟もっかなぁ〜。と、食料庫から馴染みのある野菜とこの世界特有の野菜を見繕っているとミラちゃんがその入り口に立っていた。


「ショウゴさん、さっきは大きな声あげて御免なさい。……その、何か私に、手伝えることありますか?」


 ミラちゃんはズボンを両手でにぎにぎしながら、恥ずかしそうに先程の謝罪をしてくれた。そんな別に謝ることないのに、本当にミラちゃんは気を使える、ええ娘やなぁ。


「それじゃぁ一緒に野菜切ってくれるかな?」

「ハイッ!」


 俺がそう言うと彼女の顔はパァッと明るくなった。

 

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