第三十二話「ドワーフ来襲 仲直り」
俺の家のダイニングは、三人のドワーフによって占領され、蹂躙されていた。彼らが俺の食料庫から勝手に持ち出した、ハム、ソーセージ、チーズ、パン、干物。そして、机に叩きつけられるジョッキからこぼれ落ちる雫。
その全てが豪快であり、食い汚くもあった。
リンランディア、俺の旧友よ。お前はどんな意図で、こいつらを俺に紹介してきたんだ? 俺の考えが異常なのか? それとも、こいつらのこのノリが、こちらの常識なのか? こんな時にアリエル、旧友の妹である君が居れば、簡潔に教えてくれただろうに。
まぁいい。ここは俺の家で、俺が法そのものだ。きっちり、文句は言わせてもらおう。
最初に動いたのは、ティナだった。赤毛の太り気味のドワーフが、ソーセージを口に運んだ刹那を、彼女のレイピアが射抜いた。
「ぬぉ?!」
赤毛のドワーフが、そのソーセージに噛み付くと、歯と金属がぶつかり合う音がした。太く長いソーセージの真ん中を、端から端まで貫いたレイピアを、彼は噛んでいるのだ。
「どうだ? 美味いか? 血の味がするだろう? そのソーセージは血のソーセージだからな」
ティナは、赤毛のドワーフの口の中に、レイピアを突きつけたまま、彼をその場に立たせた。赤毛のおっさんは、ティナにされるがままダイニングテーブルから引き剥がされた。
もちろん、他のドワーフ達が黙っているわけはなかった。
「な、何をする! このダークエルフ!! 今すぐ、ヴァジムを離さんか!!」
「そうだ! 友人が訪ねてきたら、酒と食事と暖かい暖炉でもてなすのが常識だわい!」
白髪のドワーフと紫色のドワーフが喚き始めた。彼らが、武器を手にしてしまう前に、俺がまず手前にいた白髪のドワーフに掴みかかる。
「ごちゃ、ごちゃうるせぇんだよ!! どこの世界に、友人の友人の債務保証者になるバカが、どこに居るんだゴラァ!? いつから、俺とお前らがお友達になったんですか?! ボケるのも大概にせぇよ! さぁ、まずは大人しく一回家出てもらおうか? 臭いんじゃ己らぁ!!」
「なぁ、ぁ……」
白髪ドワーフは、俺の剣幕を前に声を絞り出すのが精一杯だったようだ。仲間の一人を人質に取ったおかげで、他の二人も大人しく言うことを聞いてくれた。ドワーフの三人の身ぐるみを剥がし、家の軒先に裸で立たせた。そして俺は、彼らに家に備え付けられていた蛇口とホースで、水を放出した。
まだ夏ではあるが、地下水を汲み取っている我が家の水道水は、大変冷たくドワーフの三人は三者三様の反応を見せた。
まず赤髪の小太りドワーフ、その体は、脂肪で覆い隠されては居るものの、小柄な力士のように、岩のような筋肉が隠されているのがわかった。
「ひゃぅ ちゅめたい」
次に、白髪の歴戦の猛者感が出ているドワーフ、その体には生々しい古傷が無数に刻まれていた。そして、頭から冷水を被せると、まるで滝行をしている人みたいに堂々と叫び始めた。
「ハアアアアアア!!」
最後は、ミラと同じ紫色の毛髪をしているドワーフ。彼は、丸い片眼鏡を掛けているのだが、外すように促してもがんとして外さなかった。表情の変化が、最も乏しい人柄だったのだ。試しに、股間に冷水を浴びせた。
「ほっ!? ほ……ほぉぉぉ」
ミラちゃんは、家の玄関から顔を覆いながら、顔を赤らめていて、指の隙間から彼らの痴態を除いていた。ティナと俺に至っては、自分たちでやった事とはいえ、なんとも居た堪れない不快感を感じて、顔を青くしていた。
「一応、謝っておくよティナ。変なもの見せて、ごめん」
「う、うむ。今日は寝つきが悪そうだ」
こうして、とりあえず彼らの体を洗い、衣服を洗濯し、彼らに土足で汚した床を掃除させ、リビングの長机で向かい合うように寛ぐに至った。
「はぁ……疲れた」
俺が、椅子に座って一息ついていると、正面に座っているドワーフ三人が目に入った。最初見たときは、衣服や装備品は泥に塗れていて、肌も黒く髪は乱れ、いかにもシラミでもいそうな見た目だったのに、今では肌は艶々、髪はモフモフである。まるで、大型犬を三頭並べたような愛嬌があった。
「ブハハハ! 悪かったな! まさか、水浴びに服まで洗濯してもらえるとは思わなかったぞい! 人間の家など、入ったことが無かったからの、靴を脱がなければいけないなどとは思いもしなかったわい! すまんかった!」
なんとも剛気な喋り方だろうか。根っからの陽キャなんだろうなドワーフって。ただ、歌舞伎町の頃によく見かけた、底抜けて明るいチャラ男のような不快感はなく、田舎の漁師のような腕力で解決するタイプだ。好きな人種ではないが、憎めない人種であることも事実。
「あははは〜とにかく、勝手に家に入り込まない。土足で家にあがらない。これだけ守ってもらえれば、私は結構ですので」
「「「承知した」」」
息ぴったりな返答をもらい。俺はとりあえず、溜飲を下げた。ミラとティナは、仲良く二人で入浴中である。ミラも汚れていたので、ティナがかいた汗を流すついでに一緒に入ったのだ。
「それでは改めまして、自己紹介しましょう。私は、この家の主人でこの地で酒造りをしているショウゴです。どうぞよろしく」
「これはご丁寧に感謝するぞい! ワシは、ウラヌス山脈のドワーフ王国から来た、杜氏のアントンだ!」
そうやって、自己紹介をしてくれたのは白髪のドワーフである。俺は、杜氏という言葉を、俺以外が使っている事に驚愕した。以前、アーネット子爵と馬車の中で会話した際に、俺が自己紹介で杜氏という言葉を使ったのだが、貴族でさえ馴染みのない言葉だったようで、説明しなければならなかった。
杜氏とは、一つの酒蔵に必ず一人はいる、酒造りの最高責任者の事を指している。
「えっ! 杜氏って酒造りの長のことを意味する、杜氏ですか?!」
「そうじゃ! ワシは、ドワーフ王国の酒造を一手に任されとる。人間のくせに、杜氏を知っているとは、さすがじゃな」
「うわーー!! 嬉しいです! ずっとお会いしてみたかったんですよ、この世界の酒職人に。と言うことは、ここへはリンランディアさんに聞いてと言うことですか?」
「この世界? 変なことを言う奴じゃのう。まぁ良いか。その通り、行商のあのエルフとは、長い付き合いでのう。もうかれこれ、百年になるかのぅ。あいつは、物珍しいものを各地から集めてくる数奇者でな。それが面白くて、よく取引し取ったのだが、とうとうあやつがワシの腰を抜かせる程の、品を持ってきよったんだわい」
「もしかして、それが俺の酒だったんですか?」
白髪のじいさんは、ニヤッと笑った。深いしわが、より一層深く嬉しそうにして、口を開いてくる。
「うむ、そうじゃ。長いこと生きたが、この歳で新しい酒に出会えるとは思いもよらなかった。そこで、普段は山を降りないワシだが、会いたいと思ったのじゃ。ワシの中で燻っていた、新たな酒への挑戦心が息を吹き返したのを強く感じたからのぅ!」
白髪の爺さんドワーフの瞳は、その隣に座っている赤毛のドワーフと同じ深い赤色をしていた。それは太陽が西の大地に沈みかける時のような、夕焼け色で、まだ沈みはしない! という強い決意を感じさせる程に赤かった。
「そうですか、すごい嬉しいです」
この世界でも、俺と同じく酒造りをしている人がいるんだな。ブルガのエール工場にも足を運んだが、あそこに酒造りの情念などは無かった。あったのは、金儲けへの執着。でも、この人を前にしたらわかる。俺と同じ、燃える目をしていて酒が好きだと言うだけで、遠い地からここまでやって来てくれたんだろう。
以前、シールズ侯爵家でみた地図にはドワーフ王国の記載もあった。それは、ここよりはるか北東で、国を一つ挟んだ向こう側だった。もちろん、ランバーグ王国もウラヌス山脈と接してはいるが、それはわずかな部分だ。
「アントンさん、あなた方との出会いは少々行き違いがありましたが、私はあなた方を歓迎します。僭越ですが、私のお酒で今日は飲み明かしましょう」
「おぉ! それは良い! やはり、良き出会いに酒は欠かせぬものよ!! 酒じゃ! 宴じゃ! 踊れや歌えや、飲み明かせ!!」
白髪のアントンが、その渋い声で歌い出し、テーブルに身を乗り出しながら踊り始めてしまった。そして、その流れに俺も釣られて右拳を上に突き出して、大声を出した。
「「「おおお!!」」」
「全く一体、何を盛り上がっているんだ?」
「あぁ、ティナ」
ティナとミラが、お風呂から上がってきた。二人とも楽な格好をしていた。
「とりあえず、彼らを歓迎する事にしたんだ。良いよね?」
「まぁ、ショウゴが良いなら私は構わないぞ。そうとなれば、酒宴の準備をしよう」
ティナが、キッチンに向かうと、ミラがアヒルの子供のようについて行った。どうやらティナを手伝ってくれるようだ。可愛らしい子だな。
その後も、宴の準備が進む中で自己紹介は進んだ。赤毛のドワーフは、名をヴァジムと言ってアントンの息子だった。彼も、父アントンの元で酒造りを勉強中、いずれは父の後を継いで次代の杜氏になるらしい。
ミラと同じ髪色をしたドワーフは、名をドナートと言って、ドワーフ王国の義肢装具士だそうだ。鉱山での採掘中の事故や戦争で、腕や足を失った仲間の為に、より強力な腕や足を作っているそうだ。そして、ミラの叔父である。
意外なことに、彼はミラの付き添いで、ドナートが俺に会いに来たわけではなく、ミラが俺に会いたがったそうだ。それこそ、彼女一人でも旅立つ勢いで、両親のいない彼女の為に、ドナートが保護者としてついてきたと言う事らしい。
ミラちゃんが、俺に会いたがった? どうしてだろうか。後で聞いてみようと思う。
展開が遅いかもしれませんが、丁寧に描いていこうと思いますので、よろしくお願いします。




