ソロはゆっくり準備する
その言葉にこの場にいた殆どの者が動きを止め、俺に意識を向けるのを感じ取れた。
馬鹿は椅子から立ち上がったまま此方を睨んでくる。
力量を測れない奴がいるのは分かっていたがどこに行っても想像を超える馬鹿は存在する。
とはいえ俺がヘルメースにここに連れて来るかどうかを判断させたからにはヘルメースを責める訳にもいかん。
だが、それはそれとして
「荒々しく立つな、怒るにせよ責めるにせよ場を弁えよ」
「な!偉そうに!大体アンタ何様の「座れ」っ…」
軽く怒気を交えた視線で馬鹿を黙らせて、一口だけ水を飲んだ後に仕方なく諭すように穏やかに話す
「貴様が何に怒ろうが勝手だが、貴様の行動で他者の迷惑になる事を考えろ」
そう言うと馬鹿は周りを見て状況を把握し、顔が真っ赤になって縮こまった。
その様子を意外そうにヘルメースとKKが見てくるが無視して運ばれてきた料理を食べ始める。
「ははは、いやはや今日はついていたみたいですね」
「うーんてっきりばっさりやるかコッチで処理するか考えてたんだけどなぁー」
「別に良いじゃん、てかヘルメース流石にやりすぎー」
「いやいやそんなこと「ヘルメース後で」アッハイ」
そんな話をスルーしながら食事に集中した。
コース料理だから一つ一つが綺麗に盛られ、量は少ないが力が漲る感覚がする…よくあるバフのような作用が出ているのだろう。
「ね、ねえねえ、あのエインってプレイヤー本当に何者なの…」
「僕が知っているエインさんは単騎でプレイヤーの大包囲網を完全壊滅したり、明らかにレイドで挑むボスを何体もソロで倒したり、兎に角凄いなんて言葉じゃ足りない人かな…」
そんな小さい声も人の時より聞こえてしまうのはこの身体だからだろう。
とはいえ少人数でそんな話をしていれば他が食いつかないわけがない。
「後、我等が王の有名話といえば国落としでしょうね」
「く、国ですか」
「ええ、ここに居るメンバー以外にも何人か参加させてもらいましたが、殆ど我等が王エイン様が国の騎士から城壁、要塞…あらゆる反抗勢力を潰しましたから」
「あー、あの時の最悪な国か」
「最悪ですか?」
「何それ僕知らない」
「あん時はアンタ居なかったからね、まあ、あの国は潰れて良かったけどあの後ってどうなったんだ?アタシあの後すぐに海に戻って航海に出て知らないんだけど」
「ああ、あのあとは最初こそ苦労しましたが最終的には私とマメメ、あとサイショ、こっちではチェインでしたね。
その3人で他の国が欲しがるような特色を付けて、我等が王の邪魔をしない等の契約を結んで、今ではプレイヤーではなくNPCが運営してますよ」
「うー……あ、ああ!思い出したPK王国のことか、お得意さんだったけど偶々リアルの繁忙期に被って戻ったら亡くなってて驚いたよ、アレは」
「でしょうね、漁れば漁るほど隠れPKから有名PKへの依頼書が結構残されていて、あの時はPKギルドの総本山かと思いましたよ。
まあ、実際2つありましたけど、モノの見事に巻き込み事故でギルドホームごと更地でしたけどね」
「コホン、ご歓談もよろしいですが料理を冷ますには少々長いのでは?」
「そ、それもそうですね、ささ、食べましょう食べましょう」
流石にこのまま喋らすとアルコールでも入っているんじゃないかと言うくらい酔った面倒な奴になりかねない事を察してマメメが咳払いして注意を促す。
会話を聞き流しながら最後まで食べ終えるとゲーム内の時間は23時を回っていた。
食事終了の合図をし、ナプキンを適当に置いて席を立つ。
それを見てマメメは扉に静かに手早く向かい、ヘルメースは締めに入る。
「そろそろお開きですね、この後は?」
「…そうだな、ここは気に入ったが国は気に入らん…故に今から中央に戻り1週間の準備に当てる。
その間に場所が決まればメールで伝えろ」
「かしこまりました、でしたら私もここでの後始末と蜜回収をしてから戻ります」
後半は聞き流して部屋を出る。
課金をして手に入れておいた転移石をプレゼントボックスから取り出して使う。
すると目の前にインターフェースが現れ、〔中立都市ハンダロ〕や〔スーディス王国〕があり、ハンダロを押すとハンダロの〔噴水広場〕〔北門〕〔南門〕など項目が出てきた。
とりあえず〔噴水広場〕を選ぶとカウントダウンが始まり、ゼロになったと同時に景色が暗転して少し間を置いて見覚えのある噴水広場に出た。
とりあえず前に泊まったあの宿に向かうとするか。
人通りはプレイヤーがちらほら居るのと巡回兵が居るくらいで静かなものだ。
とは言え酒場はまだまだ明るく、少し賑わっている。
そういえば服が和服のままだったのを思い出し、インターフェースから〔衣装変え〕を押して課金ついでに買っておいた西洋風服(執事服・黒)を着ておく。
コレはコレで目立つが上から前に貰ったフード付き外套を羽織れば浮いた格好にはならないだろう。
外壁に沿って歩き、宿に入ると店主が前と変わらず無愛想に新聞を読んでいた。
俺が入ったのを見て一瞬目を凝らしていたが、顔で気づいて少し表情が和らぐ。
「おお、アンタか…部屋は前の所を開けたままだからいつでも入れるよ」
「そうか、それはありがたい。
では、とりあえず1週間また世話になる」
「あいよ、鍵の管理は前と変わらない」
「分かった、では早速休ませてもらう」
「ああ、良い夢を」
階段を登り前と同じ部屋のドアを開ける。
中は綺麗に掃除されており、かつベッドのシーツも綺麗なままだ。
他の部屋からは気配がなかったが、キーケースの中が2本無くなっていた事から少なくともプレイヤーが2人は居そうだ。
まあ、鉢合わせたところで何も無いがな。
さてと、ようやく静かで平穏な生活ができる。
とは言え差し当たって金が乏しく準備をヘルメースにまかせるのはいい加減…というよりゲームをやっている気がしない。
………そう言えばいくつか素材があったな、それをとりあえず商業組合に卸せば金にはなるだろう。
翌日、日が昇る前に起き、軽く体を慣らして外へ出る。
プレイヤーはまだ出ていないのかどうなのか…まあ、気にするほどでは無いか。
鍵を渡して外に出ると、まだ少し寒さが残るが日当たりも含めてこういう所ががっかりではある。
丁度新聞配達の子どもが通りがかったので受け取って内容を見る。
記事には帝都にて『封印された獣』が討伐された事ぐらいでそれ以外に興味のそそる事はなかった。
ゲーム世界で昼頃に一度ログアウトする事を考えると外に出るのも少々時間が中途半端でしかない。
……が、アレについて調べるために外に出るのが面倒が少なく済むか。
南門から出て森に入り、気配の少ない深層に向かう。
木々から漏れる光も徐々に少なく、辺りも薄暗くなっていく。
「さて…確かこうだったか」
呼吸を整えつつ、身体に使っていない力を巡らせコントロールし、拳に溜める……そして、手を開け…燃える玉を想像して…さらに火の熱さを思い出し…
「火よ」
そう唱えると手のひらの上に小石の大きさの火球が現れた。
もう片方の手で触るが熱は感じないが、巡らせた力が固まっていた。
ゲーム会社が同じだからか魔力というモノの本質が似ているが今回は種族が半獣種だからか魔力量が前より少ない気がする。
…が、身体に巡らせた時に少々身体が軽くなった気もする。
よくある系統では火水風土、光闇、無…他にも複合などありそうだが、別段魔力について扱えるがこの程度でしか無いのであれば微妙だな。
とはいえ火打石なしでも火が出せるのであればこのレベルで全く問題ない…ないが、わざわざじっくり工程を踏むより身体を慣らして唱えるだけで出せるように為ねば少々不便である事には変わりない。
少ない魔力をより効率よく使い、魔力攻撃に対して更なる対処法を増やす…とりあえず目標としてはコレで良いか。
魔力を巡らせるのは前と変わらないが火を出した時にあの大きさなのはきっと手順か考え方、もしくは単純な魔力不足が要因だろう。
とりあえず昼前までここでじっくり探ってみるか………。
いつも読んで頂きありがとうございます。
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