戦闘狂とめんどくさがり屋
いつも通りの適当シリーズです。今までで最長かもしれません。
次回: https://ncode.syosetu.com/n3287gb/
因縁があった。と言っても、大したことでも無い。同じ獲物を取り合っただけだ。片方の男は装備が悪く、その場は引いたが、何だかいけすかない侍だ、と感じていた。
もう一人、侍の方は目の前の男の強者という雰囲気に思わず興奮を覚えた。どこかで戦うことができたら、などと考えた。
その二人が、とある街で鉢合わせた。
「何で、此処にいんだよクソ侍ィ……!」
男がそんな言葉を投げながら、ある一人を見ていた。どうにもクソ侍と呼ばれた男は意にも介さないようで、フッ、と笑った。
「何でも何もあるか。拙者が侍だからだ」
その言葉に男は舌打ちをする。
「あんたは間違いなく強いだろ。来んなよ、クソ……」
男はそういうと、侍、髪を後ろで縛った男も笑いながらに言う。
「何を言うと思えば、最強の其方がそれを言うか」
「あのなあ、オレはメンドイの嫌いなんだよ」
欲を言えば、苦労せずに賞金を手に入れたい。さらにもっと言えば、戦わずして相手が自滅してくれたら最高だ。
「あんたがいたら戦わねぇとならねぇだろうが」
「其方、それでも戦士か?」
「戦士じゃねぇ。放浪者の傭兵だ」
お前こそ武士か、と男が聞けば彼もすぐに答える。
「武士ではない。ただの侍よ」
「そう言うこった」
そうして、男は歩いて行った。残された侍も、成る程、と言葉を漏らして屋台を探す。
探す屋台は自分をこの国にまで案内してくれた知り合いの店だ。
「よ、ミズキ。どうだい、勝てそうかい?」
「無理そうだな。ヴェルディがいる限りは」
「お前さんがそう言うって事は、ソイツ相当に強いんだな」
「はは、拙者を何だと思っている?」
「妖怪」
屋台の店主は即答した。
侍、ミズキも言葉を出せなかった。人間と思われていないとは、と苦笑いする。
「っと、それより聞いたかい」
「何を」
「人攫いが起きるらしい」
「ほう」
「何でも、この時期は奴隷商人にとってもやりやすい時期だってな」
それもそうだろう。この時期、と言うよりは今日から一週間はお祭りムードだ。というのも武闘祭なるものが開かれるためだ。
その為にみんなの気が緩むのだ。
「何故、拙者に?」
「何故って何も、あんた子供が好きだろ?」
「む?ーーまあ、嫌いではない、な」
「だろ?」
そして、店主は人の良い笑顔を見せる。ミズキも子供が嫌いなわけではない。ただ、苦手だ。
「まあ、あんた強いんだし、見つけたら助けてやってくれ」
「それは依頼かな?」
「どうせあんたのことだ。見つけたら助けるんだろうし、依頼はしねぇよ」
何か否定の言葉を探そうとするが、ミズキも実際に見つけたら助けてしまうと、確信を抱いていた。
「ほら、串焼きだ。それを依頼料とも思ってくれ」
ほら行った行った、と笑顔で押し出されてしまう。渡された串焼きを見て、まあ、仕方ないかと息を吐く。
「どうにも拙者は押しに弱いらしい……」
ミズキは取り敢えず、図らずも手に入れた串焼きを口にしながら屋台の並ぶ街道を歩いていく。
「こら、童。前を見んと危ないぞ」
ミズキはそう言って項垂れながら歩く子供が自身の膝にぶつかったのを理解してそう注意する。
「おじさん、誰?」
「む、おじさん、か。いや、別に構わんが。拙者はミズキ・カワナカ。侍だ」
「おじさん、侍なの?」
「そうだ」
「なら、おじさん強いんでしょ?」
「あまり自分で言うものでは無いと思うが、まあ、それなりと言っておこう」
「おじさん、妹を探すの手伝って!」
「…………」
ミズキは考える。もしこの子供の人探しを手伝って、自身が武闘祭に参加できなくなってはどうする。今回の武闘祭で、上位に入ることで賞金を手に入れようと思っていたのだが。
ただ、目の前の子供の人探しを放って、大ごとになってはミズキは自分を責めるだろう。
「分かった、手伝おう。どこで逸れたのかわかるか?」
「手伝ってくれるの?」
「そう言ったであろう」
「……ありがとう、おじさん!」
ミズキに子供は感謝の言葉を告げると、逸れた場所に案内をする。
「おじさんではなく、ミズキと呼んでくれると有り難いのだが」
「おじさんはおじさんでしょ?」
有り難い。
その言葉通り、子供に名前を呼んでもらうのは難しいようだ。
「まあ、そうだな」
ミズキが少年が妹と逸れたと言う場所に着くと、そこには最強の男、ヴェルディがいた。
「何してんだ?子守か?」
「子守では無い。迷子を探しているのだ」
「そうかい……。でも良いのか、もうそろそろ始まるぞ?」
「仕方がなかろう。拙者はこの子供の方が大事だと思ったのだ」
「ま、何にせよ、メンドイ相手が減ったって事はオレにとっちゃあラッキーだな」
「何だ手伝ってくれぬのか?」
「何でだよ。オレが、んな事する義理なんざねぇだろうが。それとも何か、報酬とか出んのか?」
「報酬は出ないな」
ミズキがそういうと、ヴェルディは興味も失せたようにその場を去ろうとした。
「いや、この串焼きで良ければどうだ」
「いらねぇよ!」
そして彼は人混みの中に入って行ってしまった。
「それに、オレも依頼を受けちまったんだよ」
そう最後に言ってヴェルディはやれやれと言った感じで歩いて行く。
ヴェルディがこんな時に依頼を受けるという事は、それだけ報酬が破格のものなのだろうと、ミズキは予想した。
「おじさん……」
「む、どうした」
「僕、何も返せないよ?」
「拙者は傭兵では無い、安心しろ」
ミズキがそう答えるとおずおずと言った様子で、ミズキのそばに近寄ってくる。
「ほれ、串焼きを食べると良い」
そう言って串焼きを一本、ミズキは少年に手渡した。
「いいの?」
「構わんとも。どうせ貰い物だ」
少年も恐る恐るだが、串焼きを口にする。甘辛いタレが絶妙に肉に絡んで絶品だ。その美味しさに少年も頬が少しだけ緩んだ。
「ありがとう」
「ほら、妹を探すのだろう?」
「うん!」
先ほど、ヴェルディとミズキが会話しているときとは様子が変わり、明るい少年に戻っていた。
「ところで童、妹の名前は?」
「妹はエマ、僕はジュン」
「して、童」
「ジュンだよ、おじさん」
「ミズキだ」
「じゃ、ジュンだよ、ミズキさん」
「そうか、ジュン」
名前を呼ぶと少年は嬉しそうにはにかんだ。ミズキも、その表情につられて笑う。
「そのエマはどんな見た目なんだ?」
今まで、ジュンの目を頼りにしていたが、身長の高いミズキが見た目を知っていた方が見つけるのは早いだろう。
「えっとね。エマは義理の妹なんだ。だから、僕とは見た目が全然違う。エマはね、金色の髪で、腰まで届くくらい長いんだ」
「ほう」
「あとね、可愛くない!」
「ほ、ほう?」
「いっつも生意気で、僕に悪戯ばかりしてくるんだ。全く可愛くなんかないよっ!」
そうは言ってもエマのことを語るジュンの顔はどこか楽しそうだ。
「で、でも二人で帰らないとお母さんに怒られちゃうから、探してるんだ!」
仕方なくなんだよ、とジュンは強調するが、それがミズキには微笑ましく映った。そして、思わずミズキは笑ってしまった。
「な、なんだよう?」
「いや、ならば探さねばな、全力で。君が叱られてしまう」
「そ、そうなんだよ!」
ほら、行こう、と言ってジュンはミズキの手をぐいぐいと引っ張る。
ガタ。
ミズキの肩がすれ違いざまにぶつかる。
「これ、ジュンよ。急くのは分かるが気を付けろよ」
「……エマ?」
「何?」
ジュンは先程、ミズキがぶつかった男の後ろを見ていた。ジャラジャラと鎖を揺らしながらその男はフードを深く被り歩いていた。その見た目は怪しさの塊だが、誰も気にかけていない。
ジュンも一瞬のことで、エマと思しき姿が見えただけで、今は見失っていた。
奴隷商人の姿を認識しているのはミズキだけだ。
そういえば、奴隷商人がやりやすくなっているのだったか。ミズキはそう考えて、先程すれ違った奴隷商人に声をかけようとする。
「すまぬが、そこの奴隷商人。少し、話をいいか……」
言い切る前に奴隷商人は走り出す。鎖を引きずったままに。
「まずは子供が優先だ」
そう呟いて、ミズキは抜刀する。
パキン、と鎖が断ち切れる。
子供たちは解放されるが、奴隷商人を取り逃してしまった。姿を隠していた時点で、奴隷商人は黒と言えた。
「逃したな」
それよりも、と。ミズキは子供達の方へと振り返る。
「……もう安心だ。と言っても、安心しろというのは無理か」
ミズキがそう困ったように言う。すぐに背中の方から、誰かが走ってくる気配を感じた。
「ミズキさん!……はあ、はあ、エマはいる!?」
だいぶ急いだのだろう。息切れをしたジュンがミズキにそう尋ねてきた。
「おにい……」
幼い少女の声がその疑問に答えた。
「エマ!心配かけないでよ!」
「ごめんなさい……」
ジュンはエマを見つけて安心したのか泣きながら、エマに抱きついている。
「ジュンよ」
「何、ミズキさん?」
「子供だけでは危ない。警備隊のものに預けたいのだが、良いか?」
「うん、全然。でもなんで、僕に聞くの?」
「君たちは拙者が送り届ける」
「でも、大丈夫なの?武闘祭は?」
「別に良い。それよりも、やらねばならぬこともあるみたいだしな」
「ありがとう!」
ジュンが感謝の言葉を告げると、エマにもありがとうと言うように促す。
「ありがとうございます」
エマの感謝の言葉を聞き、ジュンが満足したのかミズキに行こうと言って、手を引っ張る。
「こら、急くな」
ミズキがそう注意すると、ジュンははーい、と返事をしてミズキの手を握ったままゆっくりと歩き出す。他の子供たちも、自分を助けてくれたミズキに信頼を寄せていたのか、ミズキの服の裾を引きながら、隠れて歩いていく。
その途中にまたヴェルディと出会した。
「よお、人数が増えたな。間違いなく子守だろ?」
「否定できんな。
ーーああ、そうだ。黒いフードを被った奴隷商人を見なかったか?」
探していてな、とミズキが尋ねるとヴェルディは驚愕に目を開く。そして、またか、と苦々しげに呟いた。
「オレも依頼主にソイツを捕まえろって言われてんだ」
「そうか。悪かったな」
「そのガキはその奴隷商の?」
「ああ、その通りだ」
「ゼッテエ捕まえる」
そう言い残してヴェルディは跳躍した。ミズキにひっついていた子供たちが目を輝かせ、その姿を追っていた。
「もう手段は選ばんのか」
その目立ちようにミズキは思わずそう溢した。
しばらく歩いていると、ようやく警備隊の屯所を見つけた。そこで、子供たちを預けると寂しそうな顔をしたが、別れを告げてジュンたちを連れて屯所を出た。
「所でジュンにエマ。君たちの家はどこだ?」
そう聞けば、ジュンが先導して案内をしてくれる。
ミズキはもう武闘祭に間に合わないことを悟っていた。だから、この子供たちをしっかりと家に帰すという使命を果たさねばならぬと思っていた。
「もう少しだよ」
ジュンがそう言って角を曲がる。そしてそこをまっすぐ歩いていくと、木造の家が見えた。
「ここまでありがとう、ミズキさん!」
「ありがとうございます。こんな愚兄のために」
「元はといえばエマが……!」
「そうやって私のせいにするんだ」
「お前のせいだろ!」
「おにいが一人で行っちゃったくせに!」
「兎に角、無事に帰れたのだから、家の中に入るといい。エマ、ジュンは君の心配をしていたのだぞ?」
そう言うと、ジュンもエマも恥ずかしそうにしたが、二人は言い合いをやめて家の中に入っていった。
ミズキも、ジュンの言っていた可愛くないと言う言葉の意味がよく分かった。
「さて、と。あとは奴隷商人か。幾ら貰えるかね」
そう呟きながら、その家にミズキは背中を向けて疾走する。そして、十分にスピードが出た所で跳躍して、屋根の上に乗り、その上を走る。
日が落ち、武闘祭は夜の盛り上がりを見せ始めていた。
「急ぐか……」
さらにミズキは速度をぐんぐんと上げる。高いところから見下ろせば奴隷商人の位置もわかると言うものだ。
それにーー。
「既に始まっているかもな……」
半ば確信めいたものを感じていた。屋根の上を走っていると、金属のぶつかり合う音が響いてきた。それは武闘祭の会場とは別の場所だ。
まっすぐ行ったところから、その音は聞こえてくる。ミズキは屋根の上を走り続ける。下の道は人が多く、走るわけにはいかないからだ。
そして、ようやく奴隷商人を見つけた。
「見つけたぞ、奴隷商人……!」
ミズキは静かに鞘から刀を抜いた。そして、奴隷商人の背中を切りつけようとするが鎖に阻まれる。
「あー、遅かったか。来る前に終わらせたかったんだけどな」
既に奴隷商人と戦闘を始めていたヴェルディがそうぼやいた。
「ま、それで、投降したらどうだ。奴隷商人、カウラ」
そうヴェルディが彼の大剣の鋒を向けながら尋ねたが、奴隷商人、カウラは鎖を持ってその構えを解かない。
「生き死には問われてねぇからよ。テメェの首、貰ってくぜ」
カウラは鎖を縦横無尽に操り、攻撃を仕掛ける。その殆どはヴェルディにより切り落とされる。
「拙者が此奴の首を貰うぞ」
ミズキが隙だらけのカウラの首を両断しようと迫るが横から吹き飛ばされる。
「がはっ……」
「ソイツの鎖、魔導武器だぞ」
魔導武器は魔力を通すことで、自在に操ることのできる武器だ。その攻撃を受けたものの、ミズキは平然と立ち上がる。
「言うのが遅いわ!」
そして、カウラはミズキに執拗に攻撃を仕掛けていく。
ガキンガキン、とぶつかる音を鳴らしながら、刀でその鎖を弾いていく。
「んじゃあ、今回はオレが貰うぜ」
そう言って、ヴェルディは身軽に鎖の攻撃の間を潜り抜け、横一閃。
カウラの首を切り落とした。
「依頼達成と。クソ侍、お前も来るか?」
ヴェルディがそう尋ねるが、ミズキはそれを首を横に振り断る。
「いや、やめておこう」
「んじゃあな。お前、今回特に何も得られてねぇが良かったのかい?」
そう言われたミズキはすぐに笑って返す。
「いや、得るものはあった」
エマとジュンの笑顔を思い出して、ミズキは朗らかに笑う。
後日、ミズキは奴隷商人からヴェルディの依頼主の子供や富豪の子供を助けたと言うことで莫大な金を手に入れた。そのことでヴェルディと出会ったときに喧嘩となるのだがこれはまた別の話。