第51童 襲撃
突如上空から現れた女。
それはかつて俺が殺したカレンド軍の軍人、ユーリだった。
だがよく見ると、少し以前とは様子が違っている事に気づく。
その額から角の様な物が見え――纏った炎が兜になっている為はっきりとは断言できないが。
そして何よりその瞳の色だ。
以前はその冷徹さを表わすかのようだったアイスブルーの瞳が、今は燃える様な赤い光彩を放っている。
別人?
いや、そんな訳がない。
多少見た目が変わっても、こいつがあの時の糞女だと俺の本能が告げている。
しかし確実に殺した筈なのに……いったいなぜ?
「まさかエルフ程度に、絶好のチャンスを邪魔されるとはねぇ」
彼女は妖艶に舌なめずりする。
チャンスを邪魔されたという割に、その表情は楽し気だ。
まるこので状況を楽しむかの様な――
「なんだ!?」
突如周囲からドスン、ドスンと鈍く思い音が聞こえて来た。
視線を辺りに這わすと、全身黒鎧の騎士達が空から落ちて来るのが見える。
この鈍い音はその着地音だった。
「うふふ。彼ら、強いわよ」
降って来た騎士達が、ユーリの配下だと言うのは疑いようがないだろう。
黒い鎧に身を包まれた騎士達からは異様な雰囲気が漂い、その手には人間サイズの巨大な幅広の剣が握られていた。
「神様!」
エルフ達が素早く俺の周囲を固める。
守ってくれようとするのは有難いが、こう密集されると俺の攻撃魔法が使えなくなってしまう。
「くそっ、近すぎるな」
結界の魔法で遮りたい所だが、余りにも敵が近すぎる。
範囲の調整が難しい魔法なので、この距離だとユーリや黒い騎士達が範囲に入ってしまうか、エルフ達の一部を外に取り残す事になってしまう。
もうこうなると結界は使えない。
次から次へと上空から黒尽くめの騎士達が落ちて来て、俺達は周囲を完全に包囲されてしまう。
この襲撃はカレンドが用意した物かとも一瞬考えたが、どうやら違う様だ。
周囲のカレンド兵達に大きな動きはなく、寧ろ慌てふためいている様にも見えた。
まあ前線の兵士達に伝えられていないだけの可能性もあるが。
「悪いけど、あんた達には――いや、その男。勇人にはここで死んでもらうわ」
「勇人“様”でしょ!」
マーサさんがいつの間にか唱えていた魔法を放つ。
彼女の手から光の矢が生まれ、それはユーリの胸元へと突き刺さった。
「ふふ」
だが魔法を受けたユーリは顔色一つ変えず、不敵に微笑んでいる。
どうやら矢は、炎の鎧を貫く事が出来なかった様だ。
「くっ……」
マーサさんの放つ光の矢はかなり高位の魔法らしく、重装を身に纏った相手を鎧事容易く貫く威力があるらしいのだが……
俺のウォーターを防いだ時の事と言い、やはりこの女、とんでもない化け物の様だ。
「――っ!?」
足元に突如黒い影が落ちた。
視線を上げて確認すると、俺達の上空で黒い何かが蠢いているのが見える。
それは突然弾け飛び、中から飛び出た黒い煙が膜の様に周囲に広がっていく。
「結界か!?」
広がった膜は、襲撃者達とその外側を遮断する。
形状からして、結界なのはほぼ間違いない筈だ。
そして俺達を含む形で自分達の外に結界を張ったと言う事は、此方を逃がさない為の檻として展開したと考えて間違いないだろう。
「五大竜への連絡は遮断させて貰った」
ユーリの隣に黒い騎士が立つ。
その手に剣は無く、細く長い杖がその手に握られている。
重装に身を包み、意匠を凝らした杖を手にする姿は明かにミスマッチだった。
口振り的には、この男が結界を張った犯人だろう。
「あれは厄介な存在だからな」
しかし……五大竜への連絡を絶った?
騎士の言葉が気になり、ちらりと俺は左手の甲を見た。
紋章は刻まれたままだ。
消えたりはしていない。
だが言われてみれば、感覚が少し鈍っている様にも感じる。
試しに紋章を通してエメラルドドラゴンに呼び掛けて見たが、反応は返ってこなかった。
どうやら、ハッタリではなさそうだ。
「それにしてもさっきの魔法、エグかったわねぇ。あんな凄い魔法を見たのは生れてはじめてよ」
ユーリが楽し気に目を細め、まるで世間話でもする可の様に話しかけてきた。
「なんなら、もう一度使ってくれてもいいのよ?まあその場合、あんたの仲間達も只では済まないでしょうけどね」
彼女の言う通りだ。
こんな密集している場所でデスカタストロフなんて使えば、確実に味方にも被害が出る。
「ふふ、どうしたの?使わないのかしら?」
目の前の女は、相変わらずムカつく奴だった。
迂闊に使えないとしって挑発して来る。
今すぐ魔法でその顔を吹き飛ばしてやりたい所だが、半端な魔法はこいつには通じない。
かと言って、強い魔法では確実に仲間に被害が出てしまう。
俺が前に出て撃てばその限りではないかもしれないが、そんな無防備な状態を奴が許してくれる訳がない。
飛び出した瞬間殺されるのは目に見えている。
正直、今のままでは相当分が悪いと言わざる得なかった。
「勇人様、あの女の相手は私とタレスがします。ですがもし、私達の力が及ばなかった場合は、遠慮なく我々ごと魔法で吹き飛ばしてください」
マーサさんがユーリを睨みつけながら、必要なら自分達を斬り捨てろと言って来た。
「神の礎となって果てるのならば本望です。ですからどうか、我々の事はお気になさらずに」
マーサさんの横にタレスさんが並ぶ。
彼女はエルフの中でマーサさんに次ぐ実力者だ。
その両手には銀色に輝く短刀が握られ、顔の前で腕を交差する様に構えている。
「俺が神だってんなら、なおさら皆を死なせる訳には行きませんよ。信者を死なせる神様なんて、無能極まりないですから」
「神様……」
現状、それが難しい事は勿論分かっている。
だがだからと言って、最初っから犠牲を出す前提で動くつもりは更々無かった。
我が儘かもしれないが、犠牲無しでこの状況を切り抜けたい。
「神様!神様への攻撃は、この神様係のリピが必ず止めて見せます!世界樹と共にパワーアップしてますから、あのメラメラ女の攻撃だって平気へっちゃらです!」
リピが元気よく俺の頭にしがみつく。
彼女の使う力は、妖精達の力を集めた結晶の様な物だ。
世界樹を俺の魔力で強化した影響で妖精達の力が増し、その結果リピの力も上がっている。
「期待してるよ」
とは言え、それでもユーリの攻撃を防ぎきれるかは正直厳しく思える。
期待しているとは言った物の、俺が前に飛び出して魔法を使うのは最後の最後。
本当にどうしようもなくなった時の手としておこう。
「あら、よく見たらあの時の妖精じゃないの。どうやら貴方も生き返らせて貰ったみたいね」
まあ分かっていた事だが、“貴方も”と言った事からユーリが蘇生で蘇った事が確定する。
つまり彼女を生き返らせた何者かが居ると言う事だ。
この場に居ない可能性もあるが、もし居るとするなら、強力な結界を張ってみせた黒い騎士が一番怪しい。
先ずはこいつを何とかしないと……ユーリを始末出来たとしても、こいつに蘇生させられしまったのでは目も当てられないからな。
「さて、いつまでも睨み合いをしていても始まらない。そろそろ行かせて貰おうか」
杖を持つ騎士の宣言と同時に、周囲を取り巻く騎士達がゆっくりと剣を構えた。
正確な数は分からないが、少なくとも2-300人はいる様に見える。
此方の数は61人。
数的には5分の1程度だが、エルフは人間より遥かに高い戦闘力を有しているのでこの程度の差ならどうにでもなるだろう。
但し――相手が普通ならば、の話ではあるが。
騎士達から醸し出されるその雰囲気は、明らかに尋常では無かった。
素人の俺でも分かる。
そもそも、空から降ってきてぴんぴんしているのだ。
普通な相手の訳がない。
「かかれ!」
号令に合わせて騎士達が突っ込んでくる。
その動きは重い鎧を身に着けているとは思えない程軽快だ。
予想通り、明らかに普通の人間の動きではなかった。
このままでは数の差で簡単に押し切られる。
そう判断した俺は、それに対処する為の魔法を素早く発動させた。




