第50童 殲滅
遠くから太鼓の音が響いてきた。
その音に合わせて、横一列に並ぶ帝国軍が鬨を上げてゆっくり進軍を始める。
距離としては7-800メート位だろうか。
魔法や弓の射程は精々3-400メートルもないと聞いているので、直ぐには飛んでは来ないだろう。
帝国の布陣に騎兵は見当たらない。
そのほぼ全てが歩兵であり、最前列は赤い大きな盾を手にした重装兵が綺麗に横二列に整列している。
重装の兵が攻撃を受け止め、間隔を開けて配置されている後列の弓や魔法部隊で攻撃を加えると言った戦法の様だ。
それに対してカレンド側は騎兵が多い。
これは魔導士の数が大きく影響していると言えるだろう。
魔法に力を入れている帝国に比べ、王国は魔導士の数がかなり少ない。
弓兵には魔導士ほどの火力が期待できないなため、重装同士正面からがっぷり四つで組み合えば、その分王国側の被害が大きくなってしまう。
その為、局地戦はともかくこういった大規模戦闘では、騎馬による突破や機動力を生かした戦いが王国側の主軸になっている。
らしい。
まあ全部マーサさんの受け売りだが。
敵は確実に此方へと距離を詰めて来るが、王国軍は動かない。
本来ならもう突撃を開始してもいいタイミングなのだが、この一戦に関しては俺が先制を放つと明言してある為、兵士達はその場からまだ動けずにいた。
下手に突っ込めば俺の魔法に巻き込まれてしまうからだ。
「勇人様」
さっさと魔法を放たない事を心配したのか、マーサさんが俺に声を掛けた。
「わかってる」
重装主体の敵の進軍がゆっくりとは言え、余り悠長にしていたら相手の魔法が飛んで来てしまう。
俺がまごついているのは、引き付けた方がダメージが大きくなるとかそう言った合理的な理由ではなかった。
覚悟を決めたつもりではあったが……人を大量に殺す事への忌避感が、俺を躊躇わせる。
「すー、はー」
大きく深呼吸する。
躊躇した結果、国の信用が落ちたのでは此処に来た意味がない。
覚悟を決めろ!
数度深呼吸したのち、俺は全力の魔法を放つ。
「死の破壊!」
魔法は問題なく発動してくれる。
以前の様に魔力を籠め過ぎて勝手に進化し、性質が変化する事を少し懸念していたが、それは杞憂だった様だ。
「……」
黒く禍々しい光が俺の両手から吐き出され、それは瞬く間に視界を覆い尽くし、前方に広がる帝国兵を飲み込んでいく。
ひょっとしたら重装兵辺りには耐えられかと思ったが、そんな考えは光が納まり目の前に広がる光景に一蹴されてしまった
前方に人影はない。
一つたりとも。
帝国兵は……身に着けていた武具も含め、何一つ痕跡を残す事なくまるで最初からそこに居なかったかの様に全て消えてしまっていた。
跡形もなくとは、正にこの事である。
一瞬で全滅。
その事態に周囲は言葉を失う。
だが――
「勇人様危ない!」
最初に声を上げたのはマーサさんだった。
叫ぶと同時に彼女は俺の頭上を飛び越える程高く跳躍し、手にした剣で上から来た何かを切り飛ばした。
「まさか防がれるなんて、驚いたわ」
マーサさんが着地し、遅れてもう一人誰かが地面に着地する。
俺はその人物――女を知っていた。
「まさか……」
その女は確かに俺が殺した筈だった。
間違いなくこの手で。
だがそこには――紅蓮の炎に身を包む、死んだはずの糞女が立っていた。




