第46童 お金
「ええ?交易はなし!?」
帰って来たマーサさん達の報告を聞き、ショックで大声を出してしまう。
そうスムーズにやり取りが出来るとは思ってはいなかったが、まさか交易自体無しとは……
「我々に必要な物は世界樹内で全て賄えますから」
彼女はにっこりと笑顔で返してくる。
確かにエルフは森の中で自生する種族な上に、食事は世界樹で取れる霊液だけでほぼ満足出来ている様だからそれでいいだろう。
だが俺やタラン村の人はそうはいかない。
肉は最悪エルフに頼んで狩って来て貰えばいいだけだろうが、この辺りで取れない塩はどう頑張っても無理だ。
ああ、塩っけたっぷりの鮭が喰いたい!
「それに交易を行おうにも、此方には貨幣がありませんし」
言われて思わず「あっ!」となる。
確かに交易をするには貨幣が無ければ話にはならない。
原始人ではあるまいし、物々交換という訳には行かないだろう。
「お金を作る必要があるのか……」
いや、現状だと作ってもあまり意味はないか。
貨幣という物は、それを発行している国の信用が全てだ。
他人の領地を掠め取って建国したうちの信用など0に等しい。
せめて担保となる貴金属類があればいいのだが、そういった物がない以上、例え貨幣を作っても外部との交易では使い物にならなかった。
「交易は無理かぁ……」
「ええ、今しばらくは」
「今しばらく?」
何か当てでもあるのだろうか?
「じき、ペイレス帝国とカレンド王国の戦争がはじまります」
「え!?」
寝耳に水の話だ。
少し前に休戦協定が結ばれて、世情は安定しているって話だったが……もう戦争が始まるのか?
「相手の宰相をたぶらか――ではなく情報提供を受けていますので、間違いありません。そしてそこが稼ぎ時です」
ん?今たぶらかしたって言おうとしてた?
しかし戦争が稼ぎ時とか、死の商人の様な言葉を彼女は笑顔で話す。
前の謁見の時と言い――蘇生前提とは言え、平然と相手の使者を殺した――実はこの人凄く怖い人なんじゃないかと思えてきた。
「でも稼ぐってどうやって?」
「一つは協力金です。安全保障でお互いを守り合う約束をしているとは言え、当然派兵はタダという訳ではありません。協力を要請すれば、協力金の支払いが生じる様になっています」
「成程」
傭兵として外貨をがっぽり稼いで、それを担保に此方の貨幣に信用を持たせるという訳か。
「もう一つは、戦後に向こうから頭を下げてこちらの商品を高値で買わせます」
商品?
戦争に関連して、相手が欲しがる物とは何だろうか?
ああ、ワイバーン型のゴーレムか。
この世界に飛行機や戦闘機なる物は存在しない。
その為、ワイバーンで容易く制空権を握る事が出来た。
上空から高機動のゴーレムによる一方的な魔法の爆撃などは、戦場で大きな効果が見込めるだろう。
「成程。戦争でその力を見せつけて、ゴーレムを売るって事ですか」
完全に死の商人ムーブだ。
個人的にあんまりそういう事はしたくないんだが。
「まさか!?いずれは敵に回るかもしれない相手に武器なんて売ったりしませんわ!」
マーサさんはとんでもないと言わんばかりに否定する。
あれ?
違った?
じゃあ一体何を売りつけるつもりなのだろうか?
後、サラリとその内カレイド王国が敵に回るみたいな事言いました?
「買わせるのはゴッドポーションの方です」
ゴッドポーション。
大仰な名前だが、霊液に俺の魔力を籠めただけの物だ。
霊液には外部からの魔力を吸収する性質があった様で、そこに目につけたマーサさんに言われ試しに俺の魔力を籠めてみた所、霊液は超高品質なポーションへと生まれ変わる。
その効果は凄まじく、魔力は勿論の事、千切れた腕なども瞬時に回復させる程の効果を持っていた。
因みに俺はこれを常に3つは身に着けておく様、マーサさんから強く言われている。
万一何かあった時の保険用だそうだ。
世界樹に居る間はそんな心配は無用だとは思うのだが、彼女は兎に角心配性だった。
「あれを戦場で瀕死の兵士などに配り、デモンストレーションを行います。そうなれば必ずカレンド王国は喰い付いて来るはず」
死にかけの兵士を使ってとか、嫌なデモンストレーションもあった物だ。
まあそれで助かる命があると言うのなら、此方の思惑は兎も角、相手側にとってはいい事になるのだろうが……やっぱなんかあれだなぁと思わなくもない。
「此方から交易を持ち掛ければ足元を見られてしまいますが、向こうからどうしてもというのなら……」
最後まで言葉にこそしなかったが、彼女の笑顔が「逆にこちらが相手の知元を見ます」と暗に示していた。
まあ彼女は500年も生きているエルフの長だ。
したたかなのは、ある意味当然の事なのだろう。
「しかし戦争かぁ……」
気が重い。
それも死ぬ程。
暫くは戦争なんて起こらないだろうと呑気に構えていたのだが、まさか直ぐに発生しようとは……
平和な日本で暮らしてきた俺が戦場で命をかけて人殺しとか、PTSD待ったなしだぞ。
「安心してください。戦へは我らエルフが向かいますから」
俺の心情を察したのか、マーサさんが戦場へは自分達だけで行くと言いだした。
飛びつきたくなる様な魅力的な提案ではあるが、勿論そんな訳には行かない。
今の事態は元をただせば、俺の意図せぬやりすぎが引き起こした物だ。
その尻拭いを彼女達にだけ押し付ける程、俺も腐ってはいない。
「いや、そういう訳にはいきませんよ……戦場へは俺も向かいます。マーサさん達だけ危険な目に合わせるわけには行きませんから。戦いは俺に任せてください」
俺は覚悟を決め、男らしく言い切った。
戦場に出れば人を殺す事になる。
自分の身も危険に晒されるだろう。
だがそれでも、安全な場所から無責任に彼女達だけを死ぬ危険のある場所に送り出すよりかは遥かにましだ。
「そんな!危険です!」
「危険だからこそ、他の皆だけに押し付ける訳にはいかないんですよ」
命を賭けるのも。
他人を殺して嫌な思いをするのも。
他の誰でもない、俺自身が背負わなければならない業だ。
まあ流石に俺が単独で戦場に向かえばあっさり殺されてしまうだけなので、一応彼女達の手も借りる事にはなるが……基本俺がメインで戦う。
「勇人さん……覚悟をきめられているのですね。分かりました、もうお止めしません。ですが決して無理はなさらないでください。もし貴方に何かがあったら私は……」
横に座っていたマーサさんが、急に俺にしな垂れかかってきた。
その眼は潤んでおり、真っすぐに俺の目を見つめている。
凄く良い雰囲気だ。
但し、この場がエルフ達総出の集会でなければの話ではあるが。
必然、全員の視線が俺達に集まった。
しかし彼女はそんな事などお構いなしに、ぐいぐい体を摺り寄せてくる。
流石に俺がマーサさんを諫めるべきなのだろうが……彼女、すっごく良い匂いがするんだよなぁ。
「きゃっ」
マーサさんの顔が直ぐ間近まで迫ったその時、急に彼女の体が引っ張られ俺から離れた。
「マーサさん。流石にそれは……」
ルーリがすんでの所で止めてくれた様だ。
助かった様な。
惜しいような。
「あら、私ったら……神様が素敵すぎて、つい我を忘れてしまったわ。止めてくれてありがとう」
その時、彼女が小さく舌打ちをした様な気が……
まあきっと気のせいだろう。
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