第45童 思惑
それは此方の度肝を抜く派手な登場だった。
神聖国の代表は、このガザム要塞へと銀色に輝くワイバーンを使って乗り込んで来たのだ。
正確には要塞の手前で着地しているので、当の魔物達は要塞の手前で係留されてはいるが。
お陰で要塞内は一時大騒ぎだった。
全く迷惑極まりない話だ。
「入れ」
扉がノックされたので王子に視線を送ると、鷹揚に頷かれたので入室の許可を出す。
「失礼します」
入って来たのは体長2メートル近くある大男、この要塞を任されているドバン・ダレンだ。
彼は帝国との先の戦争において多大な功績を納めており、それが評価されて今の要塞司令という地位についている。
まあそれも今だけの話だが。
ペイレスとの戦争は最早秒読み状態、避けるのは不可能な状態だった。
優秀な人材を北で遊ばせておく――戦端は南東になるため――つもりはないので、この調印が終わり次第彼には開戦に備えて飛んでもらう予定だ。
「キルス王子。サイレス宰相殿。神聖国からの客人を客室へと案内し終わりました」
「ああ、ご苦労。それで?神を名乗る男はどんな人物だった?」
「いえ、此処にやって来たのは代理の者だけです」
「何?王は来ていないのか?」
その言葉を聞き、奥の椅子に腰かけていたカレンド王国第一王子、キルス・カレンドは眉根を顰めた。
彼がこの調印式の王国側代表だ。
「ふざけやがって」
キルス王子は相手側が代表ではなく、代理を寄越した事が気に入らなかったのだろう。感情をそのままに吐き捨てる。
建国を認めたとはいえ此方の国土内、しかも極小さな領土の小国でしかない相手だ。
国格の差を考えれば、代表が来て然るべき所だろう。
王子が代理に腹を立てるのも無理はなかった。
「まあ暗殺を考慮すれば、仕方のない事でしょう」
何せ建国が建国だ。
此方にその気がないとはいえ、証明する術がない以上、相手がそれを警戒するのは当然の事だった。
だがそれにしても、事前通告の先触れ位は出すべきだろう――こちらは事前に第一王子と明言してある。
大きく譲歩し過ぎた弊害か、かなり舐められてしまった様だ。
まあ、今のところは下に出ておくとしよう。
「ふんっ!ペイレスの事が無ければこんな茶番などせず、踏み潰してやると言いう物を!」
王子が忌々し気に語気を荒めた。
じきペイレスとの戦争が再開する。
理由は此方側が休戦協定を破ったからだそうだ。
勿論、これは相手側の一方的な言――言いがかりでしかない。
何でも、ペイレス帝国の砦に攻め込んで来た軍が我が国の国旗を掲げており、しかもそれを率いていたのはユーリ・サンダルフォンだったそうだ。
開いた口が塞がらないとは正にこの事だろう。
彼女は神聖王国の使役するドラゴンとの戦いで戦死している。
その遺体も回収され、ちゃんと荼毘に服されているのだ。
そんな人間がどうやって軍を率いると言うのやら。
まさか、生き返って暴れているとでも奴らは言うつもりだろうか?
一応彼女の死亡をペイレスに伝えてはいるが、此方の策略だと言って相手は聞く耳を持たない。
相手は何が何でも此方と戦争がしたい様だ。
「まあ彼らには帝国との戦争で役立って貰わなければならないので、暫くは我慢致しましょう」
指揮権こそない物の、戦場に巨大な竜を送り込めるのは魅力的だった。
此方側の戦力に巨大な化け物が混じっている。
それだけで相手側には相当なプレッシャーになる事だろう。
「噂では神王は死者すらも蘇らすと聞き及んでおりますが、真なのでしょうか?」
ドバンがそう口にする。
どうやら噂はかなり広まってしまっている様だ。
それを聞いて私は大きく溜息を吐く。
「そんな訳がないだろう。噂に踊らされてどうする」
「はっ!申し訳ございません」
死者の蘇生。
神国へ送った使者からは、目の前でそれを見せられたと聞いている。
だが死んだ者が生き返らせるなどありえない。
幾らそれが巨大なドラゴンを使役する魔導士であってもだ。
聞けば彼らは同僚の生死をちゃんと確認していないと言う。
恐らく仮死状態になる魔法をかけて死んだ様に見せかけ、その後その魔法を解く事で蘇生した様に見せかけただけだろう。
下らないトリックではあるが、謁見の間で前触れもなくそれを行われればそう思い込んでしまっても仕方のない事ではあるので、彼らを攻めるのは酷だ。
「以後気を付ける様に」
相手がそんな事をしたのは、自分達の力を少しでも大きく見せかける為だろう。
今回のワイバーンでの来訪もその一環に違いない。
だが私はそんな下らないこけ脅しに騙されるつもりはなかった。
「協議の前に、一度すり合わせを行いたい。ダレン、悪いが案内を頼む」
安保同盟の調印式の後に、貿易など、国家間でのやり取りの協議が開かれる事になっている。
いきなり協議に入るより、先んじてすり合わせを行っておいた方がスムーズに事は運ぶ。
「わかりました。王子、失礼致します。サイレス殿どうぞこちらに」
「王子。私はこれから先方とのすり合わせを行ってまいりますので、これで失礼します」
「ああ」
王子に一礼してから、ドバンに案内され神国の人間の元へと向かう。
そして私はそこで運命の出会いを果たした。
美しい一凛の薔薇。
触れれば棘が突き刺さる。
だが何よりも美しく、気高きその花の名は――




