第35童 使者
――カレンド王国・宰相執務室――
「ドラゴンか……」
異変地域に巨大なドラゴンが現れ、調査隊からは設置したベースを放棄して撤退して来たとの報告を受けている。
正直、巨大な竜の報告はにわかには信じがたい話ではあったが、あのユーリ・サンダルフォンが戦死したとなれば信じる他無いだろう。
彼女は人格に大きな問題を抱えた魔導士ではあったが、その力は王国内で右に出る者のいない程の傑出した女性だった。
それこそ、相手が竜でもなければ遅れをとる事は無いだろう。
「しかし……神聖勇人神国とは、なんともふざけた名前だ」
これは調査隊からの報告ではなく、ほぼ同時期にエルフの使者から齎された名だった。
彼らエルフは勇人なる人物を神と崇め、タラントの森跡に突如姿を現した巨大樹を領地とする建国の旨を此方に伝えて来たのだ。
当然あの辺りはカレンド王国の領地なので、使者にその事を伝えたのだが、神の摂理がどうたらこうたらと話にならなかった。
しかも此方の引き留めを無視して勝手に帰ってしまう始末だ。
「やれやれ」
当然こちらの国土内での建国など、到底認められる訳がない。
普通なら軍を送って即刻制圧する所だが……問題はドラゴンだ。
状況的に見て、エルフ達――その主である勇人――がドラゴンを使役しているのは間違いなかった。
それでなくともエルフは魔法に長けた苛烈な戦闘種族だ。
高い戦闘力に加え、一度戦いが始まれば死をも恐れぬ狂戦士と化す為、多くの国が彼らに森を提供し不干渉を貫く事が多い程に危険な種族だった。
そんな彼らにドラゴン迄加わっているとなると、此方としても迂闊に手出しは出来ない。
勿論本腰を入れればこちらが負ける事などありえないが、戦うとなればそれ相応の兵力を投入するが必要があるだろう。
だそれは、此方としては出来れば避けたい事態だった。
理由は至って単純。
東の隣国、ペイレス帝国に隙を見せたくなかったからだ。
今は休戦状態になっているとはいえ、此方が軍を大きく動かせば、内乱と判断して嬉々として奴らが攻め込んで来る事は目に見えていた。
「それを考慮した上での建国と考えるのが妥当か。勇人という男は、かなり厄介な相手と考えた方が良いだろうな」
力を見せつけ、此方が強く出れない状況なのをいい事に建国まで宣言する。
これはかなり用意周到に企てられた物と考えて間違いないだろう。
タラントの異変も、恐らくはこの男の仕業に違いない。
「掌で踊らされている様で癪だが、使者を送るしかないか」
ドラゴンに調査隊のベースキャンプを襲撃された際、死亡したのはユーリ・サンダルフォン1名だけだった。
本気で暴れられていたら、調査隊は間違いなく全滅していた筈だ。
皆殺しにしなかったのは、話し合いの余地があると此方に思わせる為だろう。
完全に此方の行動をコントロールされている。
だがそれが分かっていても、現状打てる手が殆どないと言うのが本音だ。
兎に角、今は相手の狙いや落とし所を探るしかないだろう。
「だが、これはある意味チャンスでもある」
戦力としてのドラゴンは魅力的この上ない。
それを軍に落とし込めたなら、それはこの国にとって大きなプラスになるだろう。
交渉を上手く運び、此方が相手を上手くコントロール出来れば……
「まあ、あまり欲張ると足を掬われるというからな」
何事も欲をかくと碌な事にはならない。
自分の妄想は奥に引っ込め、宰相としての務めに戻る。




