ユーリ・サンダルフォン④
「ここは……」
目覚めるとそこは暗闇だった。
起き上がり周囲を見回す。
だが何も見えない。
床の感触からそこが建物だと推測はできるが、それ以上の事は何も分からなかった。
「一体何処?」
自分の状況が呑み込めない。
私は何故ここにいる?
「やあ、やっとお目覚めかい」
暗闇からの突然の声に身構え、私は呪文を口の中で素早く詠唱する。
唱えるのは勿論、私が生み出した最高の魔法――紅蓮。
詠唱の完了と同時に魔法陣から炎が吐き出され、私を包み込む。
これは私にとって鎧であり剣であった。
身に纏った炎はありとあらゆる攻撃から私を守り。
手にした炎の鞭は敵を容易く粉砕する。
更にはダメージの回復や、欠損部位の代替え迄してくれる私のフェイバリット。
それが紅蓮だ。
私はこの魔法をもってして幾多の戦場を駆け巡り、将軍の位にまで上り詰めている。
相手が誰であろうと、私に敗北はない……負けない?本当に?
頭の中に男の顔が一瞬浮かび上がる。
さえない青年の顔が……だがそれが何者か何故か思い出せなかった。
誰だこの男は?
「思い出したのかい?」
「……」
再び暗闇に男の声が響く。
纏った炎の鎧が照らす範囲に姿は見えない。
紅蓮には辺りの熱を察知する機能もあるのだが、其方にも反応は無かった。
「君は死んだんだよ。ユーリ・サンダルフォン」
再び声が響くが、やはり気配を読み取る事は出来そうになかった。
私は警戒しつつも男に問う。
「私が死んだというなら。此処は地獄だとでも言うつもりかしら?」
良く分からない状況に謎の敵。
分からない事だらけというのは愉快な物では無かった。
取り敢えず、相手の情報を引き出すとしよう。
まずはそこからだ。
「君は生きているさ。僕が生き返らせたんだ」
生き返らせた?
くだらない与太話で私に恩を売るつもりだろうか?
相手の言葉に私は眉根を顰める。
「あら、それは素敵なお話ね。是非お礼がしたいわ。姿を見せて頂けるかしら?」
適当に相手の調子に合わせて言ってはみたが、まあこれで姿を現してくれれば苦労はしない。
のだが……
「ああ、そうだね。姿を隠したまま話すなんてレディーに失礼だ」
音もなく、暗闇の中からフードを被った男が姿を現した。
本当に突然の事で一瞬戸惑ったが、次の瞬間私の炎の鞭が男の肩を捉え――
「ちっ」
鞭が触れた瞬間、男の姿が掻き消える。
今のは幻覚か。
どうやら一杯食わされた様だ。
「おー、怖い怖い。流石僕が見込んだ女性だけはある」
「あら、ごめんなさい。ちょっとした挨拶のつもりだったんだけど、受け取って貰えなかったみたいね」
「ははは、君は本当に面白い女性だ。ああ、そうだ。君は僕が蘇生させた事を信じていない様だから、証拠を見せてあげるよ」
男がそう言うと私の目の前に突如姿見が現れた。
そこに映った姿、それは――
「鬼子?」
鬼子とは、極まれに生まれてくるという異形の人間の事を指す。
その姿は角と牙を持ち、瞳は赤く輝いていると聞く。
鏡に映った私の姿はまさにそれだった。
額からは角が生え、口元からは鋭い牙が覗いている。
そして目は煌々と赤く輝いていた。
私は自らの魔法で炎鏡を作り出し、改めて自分の姿を確認する。
だがそこに映る姿も同じ。
どうやら本当に私は鬼子になってしまっている様だ。
いったい何故?
「それは変異蘇生の影響だよ。変異蘇生は死者をこの世に呼び戻す代わり、その代償として対象を変異させてしまう魔法なのさ」
変異蘇生。
聞いた事の無い魔法だ。
正直死者の蘇生など信じがたいが、そうでもなければ今の私の変容に説明がつかない。
本当に私は死んだのだろうか?
「さあ、思い出してごらん。君がどうやって死んだかを……」
「私がどうやって死んだか?」
「そう。さあ思い出すんだ。君を殺した男の事を」
男の声が妙に私の心をざわつかせる。
同時に私の頭の中に、ある光景が浮かび上がって来た。
男だ。
私は強大なドラゴンに押しつぶされ動けない。
その私に向けて男が手を――
「―――――っ!?あいつ……」
思い出した。
男の顔。
そしてあの苦しく不快な最後の感覚。
そうだ、あいつだ。
あいつが私を殺したのだ。
「あの密入国者……勇人が」




