第19童 一足早い春
一面を覆う雪景色。
何処までも続くその白い世界に、雪の積もっていない場所がみえた。
タラン村だ。
村を中心とした半径100キロからは雪が消え去り、大地から青々とした草花の色が顔をのぞかせている。まるでその様は、雪源という名の砂漠に現れたオアシスの様にみえた。
何故そのような超常現象が起こっているのか。
時は2時間ほど前に遡る。
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「え?出産!?」
カイルから寝耳に水の言葉を投げかけられ、俺は思わず大声を出す。
「ええ、レリーがどうも産気づいたようで……」
レリーと言えば、確か白い銀髪をした優しそうな女性だったかな。
そう言えば彼女のお腹はかなり大きかったような気がする。
この歳まで童貞だった俺は女性に免疫がないため、村の女性と口をきく機会が殆どなかったので全く気付かなかった。
「う、生まれそうなんですか?」
「ええ……それで勇人さんのお力を借りたいと思いまして」
「え!?」
何故俺?
俺は産婆さんじゃないぞ?
女性の体や出産の事を全く知らない俺に、一体何をしろと言うのか?
「実はレリーはここ最近の寒波のせいで風邪にかかってしまい、体力が衰えてしまってるんです。それで……」
ああ、成程。
回復魔法を掛けろって事か。
てっきり魔法で無痛出産させろとか無茶な頼みかと思ったが、どうやらそうでは無かったらしい。出産の手伝いではなく、妊婦さんの体調回復ならお任せあれだ。
「わかりました。任せてください」
「ありがとうございます」
病気系の治癒魔法についてはもう既に学習済みだった。
これだけ糞寒いと風邪の一つでも引くだろうと思って、事前に調べておいたのだ。
備えあれば憂いなしとは正にこの事。
「早速魔法で風邪を治しますよ」
「え!?」
カイルが驚いた様な声を上げる。
その表情は明かにびっくりしている様子だ。
あれ?
俺ひょっとして変な事口走った?
考えてみても、何をやらかしたのか思い浮かばない。
「えーっと……勇人さんは、魔法で風邪が治せるのですか?」
「ええ、まあ……」
え?それ?
何でそれで驚くんだ?
今力を貸してくれって言ってたじゃん。
どう考えても治せって意味だろ、この場合。
「そ、そうなんですか。それは助かります。怪我や病気の回復は、神聖魔法を扱える神官の方だけかと思っていたのですが、勇人さんも仕えたんですね」
神聖魔法……
うん、知らん。
普通の魔法とは違うのだろうか?
後でカイルに話を聞いて見るとしよう。
ていうか回復させられないと思ってたんなら、俺に一体何を頼むつもりだったんだ?
「それと、出来ればレリーの家の周りに魔法で大きな土のかまくらを作って貰えないでしょうか。この寒い中出産はきついと思うので、彼女の家の周りだけでも冷気を遮断して貰えると助かります」
カイルが俺の疑問に答えるかの様に言葉を続ける。
成程、家を丸ごと包む様なかまくらを作って貰おうとしてたわけか。
「ええ、お安い御用ですよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ぽかぽかと天から降り注ぐ陽光に目を細める。
まるで春の訪れの様だ。
というか初夏レベルだ。
寧ろちょっと暑い。
「さっすが神様で――」
俺は素早くリピを鷲掴みにして黙らせる。
神様言うな。
いい加減学習しろ。
「いや、凄いですねこの魔法。これならレリーも安心して出産に挑めますよ」
「そ、そうですか」
結論から言うとやり過ぎた。
レリーさんに快適に出産して貰いたかったので、かまくら以上の手はないかと図書館を検索した結果、気温自体を上げる魔法を発見。
これ幸いとその魔法――温暖化――を使ったのだが……糞寒いので、少しでも温度が上がればと思って魔力を多めに込めたのが失敗だった。
春どころか急に夏がやって来てしまう。
しかも村一帯どころか、タランの森や世界樹の辺りにまでその影響がもろに出てしまっていた――エアフライで上空高くに飛んで効果範囲は確認済み。
完全に、超が付くレベルの異常気象だった。
しかもこの魔法は最低一か月は続いてしまう様で、この辺りの生態系が滅茶苦茶になってしまわないか心配だ。
ま、やらかしてしまったものは仕方がない。
今はレリーさんが子供を無事出産する事だけ祈っておこう。
後にこのやらかしが大きなトラブルの種になる訳だが、今の俺には知る由も無かった。




