天国で待ってて
男「もしもし」
女「もしもし」
男「久しぶり」
女「久しぶり。こうやって話すのって何ヶ月ぶり?」
男「君が死んじゃったのが、三ヶ月前だから。それ以来かな」
女「もうそんなに経つんだ。なかなか連絡が取れなくてごめんね」
男「そっちはどう?」
女「そっちって?」
男「天国の具合」
女「ああ、それね。うーん、話に聞いていたほど素晴らしい場所じゃないけど、がっかりするほど駄目な場所でもないかな。空気はきれいだし、空は高いし、なんていっても、みんな良い人ばっかりだから。あ、そうそう。知ってた? 天国に来て一番最初にやることってさ、靴のサイズを図ることなんだよ」
男「靴のサイズ?」
女「順番に並んで、自分の番が来たらボランティアの人に自分の足のサイズを図ってもらうの。でね、天国での細かいルールとか住所とかの説明を受けている間に裏で靴が用意されてて、説明が終わった後にそれぞれ自分だけの靴をプレゼントしてくれるってわけ」
男「何か不思議だね。なんで、靴をプレゼントしてくれるんだろう」
女「天国に人が少なかった頃は道のあちこちが荒れちゃってて、足の裏を怪我しちゃう人がたくさんいたからなんだってさ。今ではもうそんなことはないんだけど、昔からの慣習が今でも続いているらしいの。靴自体はさ、別にどうってことない普通の白のスニーカーなんだ。でもね、見た目はすごく普通なんだけどさ、足にピッタリだし、軽いし、すごく丈夫なの。今も履いてるんだけど、君に見せたいな。天国にいるから無理なんだけど。ねえ、そっちはどんな感じだった?」
男「どんな感じって何が?」
女「私が死んだ後、どうだったってこと。死んだすぐ後のことは全然わからないから、ちょっとだけ気になって。私のお葬式とかどうだった?」
男「君の友達がたくさん来てくれて、君が若くして死んだことをすごく悲しんでくれたよ。君の遺体はピンク色の百合の花とか青いバラの花が敷き詰められた白い棺の中に横たえられていて、すごく穏やかな表情をして眠っていた」
女「穂乃果はどうだった?」
男「穂乃果ちゃんが参列者の中で一番大声で泣いてたよ。やっぱり、君たち姉妹はすごく仲良かったから、仕方ないよね」
女「七海と剛太くんは?」
男「二人共すごく泣いてた。特に剛太はすごくいいやつだから、穂乃果ちゃんの次くらいに大声で泣いてた。でもさ、やっぱり食い意地だけは張ってて、通夜の席で剛太が鼻水と涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら寿司をバクバク食べてたよ。それで、七海ちゃんにこっぴどく怒られてた」
女「あはは、想像できるなぁ。すごく二人らしい」
男「これは知らないと思うけど、今度二人が結婚することになったよ」
女「そっか。やっとだね。正直なところ遅すぎって気もするけど」
男「結婚して、子供ができて、その子が女の子なら、君の名前をつけるってさ」
女「……」
男「……」
女「……多分、私に似て、すごく美人な子になるだろうね」
男「女の子は父親に似るって言うから、剛太に似るんじゃないかな」
女「じゃあ、私と剛太くんを足して、おデブな美人さんかな? 多分」
男「……」
女「……」
女「君は?」
男「僕?」
女「私が死んで悲しかった?」
男「三ヶ月経ってもまだ立ち直れない程度には悲しんでるよ」
女「……」
男「……」
女「何かごめんね。こんな年で先に死んじゃって」
男「謝るくらいなら死なないでよ」
女「無茶言わないでよ。若年性の癌だったんだから」
男「……僕も死ねば君に会えるのかな?」
女「ちゃんと天国に行けるだけの資格があればね。日頃からちゃんと徳は積んでる?」
男「自信ないかも。そもそも、何をしたら天国にいけばいいのかもわかんないし、まだ聞くだけでは天国がどんなところかも想像できないし」
女「天国がどんな感じかを知りたいだけなら、部屋の中で上を向けばいいと思うよ」
男「どういうこと?」
女「だってさ、天国はてんじょうにあるから」
男「……」
女「……」
男「天国に行ってから腕が落ちたんじゃない?」
女「おかしいな。こっちの知り合いとか神様にはウケたんだけど」
男「そっちには神様がいるの?」
女「神様くらいいるよ、天国なんだから。たまにマンションの共用部分であったりするんだ。それでときどきボードゲームをして遊んだりするの。最近はもっぱらカタンばっかりやってる」
男「意外だね」
女「運要素が少なくて戦略性の高いゲームだって神様も褒めてたよ。君が天国に来たらさ、一緒にやろうよ。私と君と神様とでさ」
男「……」
女「……」
女「……聞こえてる?」
男「聞こえてるよ」
女「……」
男「……」
女「ちょっとだけわがまま言っていい?」
男「何?」
女「『愛してる』って言って」
男「愛してるよ。ずっと」
女「……」
女「ずるいなぁ、今のは」
男「よかった?」
女「ちょっとだけ」
男「もう一回だけ言おっか?」
女「ううん。大丈夫。これ以上聞くと会いたくなっちゃうから」
男「……」
女「今すぐ会いに行くよ、なんてダサいセリフは言わないでね」
男「寂しくない?」
女「ほーんのちょびっとだけね。でもね、私はもう死んじゃったから無理だけど、君にはできるだけ長生きして欲しいな。何だかんだ言ってさ、生きるってそれほど悪いもんじゃないから。でも、できるだけいい歳のとり方はしてね。天国に来れなかったら元も子もないから」
男「どうすればいい歳のとり方ができるかな?」
女「そんなの簡単だよ。たくさん素敵な人と出会って、たくさん痛い目にあって、それからたくさん笑うような人生を送ればいいの。天国に来れた私が言うから間違いないよ。短い人生だったけど、私の人生はそんな人生だったから」
男「……」
女「できそう?」
男「君みたいな素敵な人と出会えて、それから君を失ってとんでもなく痛い目にあったから……後はたくさん笑うだけだね」
女「できるだけ長生きしてね。私の分も。それでさ、天国でたくさん面白い話を聞かせてね」
男「……君は待てる?」
女「……そこで私に聞くのは駄目だよ」
男「そっか、ごめんごめん」
男「……」
男「じゃあ、改めて。長い間待たせることになるかもしれないけど、寂しい思いをさせちゃうかもしれないけど。きっといつか天国に行くから。それまでの間……天国で待ってて」
女「うん……待ってる。だから、一つ約束ね」
男「約束?」
女「天国に来るまでにはさ、カタンのルールくらいはちゃんと覚えてきてね」
男「……」
女「……ごめん。ちょっとだけ待ってて」
男「うん」
男「……」
女「……なんか、そろそろ他の人と電話を交代しないといけないみたい」
男「次はいつ電話できる?」
女「それはわからないの。天国には電話が少ないし、私の他にもみんな誰かと話したい人で一杯だから。それにやっぱり天国だから、電波が届きにくいんだよね」
男「そっか……わかった。電話待ってるから」
女「うん……またね」
男「また」
女「うん。また」
男「愛してるよ」
女「バカ」
男「おやすみ」
女「おやすみなさい」