きっと灰色の日々。
―――――ピッ ――――――
きっと・・・・世界は幸福で溢れていると思うんだ。
「五百円になります。」
―――――ピッ――――――
だってさ・・・真っ当に生きていれば餓死することなんてないし・・・
「お返しは六百三十円です。」
―――――ピッ―――――
探せば、楽しいことなんて、そこら中にあふれているだろ・・・?
「どうぞ、ご利用くださいませ。」
―――――ピッ―――――
でも、ふとした瞬間に思ってしまうんだよ・・・・
「コーヒーはあちらでお願いします。」
―――――ピッ―――――
俺たちって・・・本当に幸せなんだろうかって・・・
―――――ピッ―――――
毎日同じ時間に起きて、
―――――ピッ―――――
毎日同じ通勤をして、
―――――ピッ―――――
毎日同じ制服を着て、
―――――「五百九十二円です」―――――
毎日同じセリフばっか言ってる。
なんだ・・・
俺
た
ち
は
、
ロ
ボ
ッ
ト
と
何
も
変
わ
ら
な
い
じ
ゃ
な
い
か
・
・
・
「君・・・いい目をしているね。」
俺を現実世界に引き戻したのは、そんな一言だった。
ドサッと置かれる大量の栄養ドリンク。
顔を上げると男性とも女性ともとれる白髪の人間。
ちらっと見えた時刻は午前一時を回ったころ、閑散とした店内には、俺と目の前のその人しかいないようで、
「すいません、お待たせしました。」
俺はしまったなぁと思いつつ,慌ててバーコードリーダーで会計を始めようとしたのだけれど・・・。
その人は、それを遮るかのように、ズイッと身を乗り出してきて、まるで恋人であるかのように、俺の瞳をじっとのぞき込んできたんだ。
「・・・あのー。」
おかげで俺は、会計をすることもできぬまま、目の前の不審な人物を直視せざるを得なかった。
ぼさぼさの髪の毛と、それとは対照的に均整の整った目鼻、何日徹夜したらそんなになるんだというような真っ黒な隈に、左右で若干色の違う瞳。そして、世界の何がそんなに憎いのだろう、歪みきった笑みをはりつかせてその人物は俺を見ていた。
「君の瞳は、絶望の目・・・いや・・・虚無の目かな・・・」
「・・・・?」
その人は笑みをより一層深くしたかと思うと、一つうんと頷いて・・・
「喜びたまえ、合格だよ・・・君。」
そうつぶやいたんだ。まるで、宝物を見つけたトレジャーハンターかのように。
そして、狂ったように笑った。
「あははは、アハハハハハハハ
ハ
hahahahahaha・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・。」
だから、瞬時に分かってしまった。きっと、この人とはかかわってはならない類の人なんだって。コンビニに備え付けられている、防犯時用の警報装置に手を伸ばすのだけど・・・
「灯台下暗し・・・とは・・・こう言ったことを言うのだろうね・・・
ねぇ・・・店員さん?」
その人は、なんだかたかが外れてしまった人形のように狂 イ きった眼デ・・・
長年愛情をこめてきた作品を眺めるかのようにおレを 慈しんで・・・愛のこもった狂笑をウカベル 。
、
きっと、
ここを舞台のステージの中心だと勘違いでもしているのだろう・・・
本当にうれしそうに
歪み切った笑みはそのまま、
まるで一流の役者のようにくるりと一回転 優雅に舞って・・・
もうどうしようもないくらい、愉快そうに・・・・天国にた
どり
着けた、 亡者のように・・・ 優しく
ユ ガ ン ダ
笑
み
をウカベル
。。。
でも、 傍目からすると、その光景はどうしようもなく狂気であり、やはり恐ろしく思えてしまうのだ。俺はそっと警報装置を押そうとした・・・そ
の
―
―
瞬
間
―
―
その人は、まるでそれを見越していたかのようにぴたりと動きを止め、目を怪しく細めると・・・
「俺たちは、ロボットと何も変わらないじゃないか。」
「・・・・・へ?」
「まさに、君の思った通りだね。」
思考が止まる。だってそれは・・・さっき・・・
俺はその人を見た、、、、、、、、その人は、
「私は君が欲しくなった。」
――そして、――
「君もまた、私が必要なはずなのだ。」
そう言って、妖しく笑っていた。
「・・・・どういうことですか?」
白衣の人はどんとレジカウンターに肘をつくと、こちらをのぞき込むようにいやらしい視線を向ける。
「興味を持ったかね?」
「・・・・・持っていません。」
その人はその言葉を全くもって無視すると、
「そうか・・・興味がない・・・ねぇ・・・。」
まるで、こちらのことをすべて見透かしているかのようにやっぱり笑う。それはなんだか獲物を狩るハンターのように思えた。
今にもその場から逃げ出したい衝動と、その人の話をもっと聞いてみたいという好奇心が一瞬交差する。
もしかすると、俺の頭の中もまた、グチャグチャニいかれてしまっているのかもしれない。
「ところで、どうして君は、そんなにうつろな目をしているんだい?」
その人はそう問いかけてきた。
「・・・・・・。」
俺は、何も答えることができず沈黙を保つのだけど・・・
「普通の人生を送っているだけでは、そうはならないはずだよ?」
脳裏に一瞬、あの人のはにかんだ笑顔が浮かんでしまった。
もう永遠に会えなくなってしまったあの人。
そいつは、また笑う。
対照的に俺は思い出したくものを思い出してしまったせいか、胸の奥がむかむかした。
「私なら、君の心にあるもの・・・それを忘れさせることができる・・・そう言ったら?」
だから、その言葉を聞いた時、一瞬、思考が止まってしまったんだ。
この人は・・・一体何なんだ?
会って数十秒もたっていないだろう。なのに、こちらの心・・・それをすべて見透かしているかのような・・・。
それは、まるで詐欺師のようなはったりの言葉に思えて・・・
でも・・・
深夜のコンビニで行われるには、あまりにもシュールな言葉のやり取り。馬鹿だなぁと鼻で笑うのが当たり前だろうに・・・それでも、その人から目を離すことができずにいる自分がいる。
「・・・・どういうことですか?」
白衣の人は、小首をちょこんとかしげて
「君に・・・」
やっぱり笑っていた。
「世界をあげよう。」
「・・・・世界?」
「そう・・・世界だ。」
・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・ばかにしてんのか?
・・新しい世界?んなもん、あるわけないじゃん。
―でも―
その白衣の人の・・・その瞳が、それはまったくもってほら話ではないのだよと語っている。
「あいにくですが、宗教には興味がありませんので。」
「安心したまえ、わたしもまた世界の真理なんぞに興味はない。これは、理性的で、科学的な話さ。」
「・・・興味ありません。」
「でも君は、私から目を離せないでいる。脳が拒否しても、君の本能は・・・・そうじゃない。」
「・・・・。」
「・・・・。」
「・・・・。」
数秒見つめ合うこと数秒。
「ふぅ、、、まぁ・・・いいか。」
諦めたようにそういうと、ポケットから財布を取り出した。
「今、ここで話す内容でもなかったな。」
笑みを崩さぬまま、レジの前にお金をおいた。
俺は、警戒しながら会計を済ませるのだけど、その人はおつりと商品を受け取ると、すたすたと出口に向かっていく。まるで、今の会話全てを忘れてしまったかのように。
スタスタスタスタ・・・・
そして、まもなく出口、その扉が開いた瞬間
ピタッ
、突然くるりとくるりと向き直って、
「覚えておきたまえ、君はもう・・・逃げることはできないのだということを・・・」
まるで、天使のように優しい笑顔を張り付けて、彼女は最後にこう言ったのだった。