第98話 道徳
リリイのお母さんの葬式が終わったので、僕と校長先生は王都に帰ることになった。もう冬休みに入っているので、リリイはこのまま冬休みが終わるまで自宅で過ごす。数週間ほどリリイとはお別れだ。
「校長先生、そしてキルル、側に居てくれてありがとう」
リリイの村を出ようとしている僕たちをリリイが見送りに来てくれた。喪に服しているリリイは未だに黒いワンピースを着ている。離れるのが名残惜しい可愛さだ。
「リリイ、冬休み終わったら、学校来てね。待ってるよ」
「ええ」
リリイは弱々しく微笑んで答えた。またその表情が可愛くてたまらない。できることならこの間のように抱き寄せたかった。だけど、見送りの場には校長先生の他、リリイのお父さんや、馬車の運転役の戦士さんもいて、人目があるので、言葉を交わすことしか出来なかった。
僕と校長先生を乗せた馬車は、王都に向けて出発した。校長先生は今も素顔に黒いコート姿だった。
リリイと馬車で二人というのも緊張したが、校長先生と馬車で二人というのもなんだか緊張する。なんだろう。この間の校長室で会話したときから、妙に校長先生を警戒してしまう。なにか、僕じゃ想像もつかないことを言い出しそうだしやりだしそうな雰囲気があって少し怖い。
先生は、長い足を組んだ状態でぼんやり考え事をしていたが、ふと僕の方を見て、話しだした。
「それにしてもキルルくん、ずいぶんだいそれたことやるようになったじゃないですか。リリイさんとしれっと抱き合っちゃって」
「先生、見てたんですか!?」
「はい、偶然ですよ。いやそんな顔しないでください。偶然ですから」
「ていうか、先生恋愛話好きですね……」
「そうですね。私は恋愛を主軸に生きているので。いろいろ批判もされますけど、個人的には何が悪いのかさっぱりですよ」
一応、国で一番の魔道士学校の校長だというのになんて自由な人なんだろう。ここまで突き抜けてると嫌いになれないのが不思議だ。
「先生、一応『先生』なんですし、めちゃくちゃな恋愛したらそりゃ怒られるんじゃ……?」
僕がそう言うと先生は笑いだした。
「キルルくんは『殺し』以外は本当にまともですね。真面目といいますか。たしかに生徒に手を出しまくっていたころは批判されましたねえ。十年前ぐらいに、まだ私が一教員だったころ、学校内の自分の部屋でハーレム作ってたことがあったんですけど、当時の校長にバレたとき死ぬほど怒られましたね」
「せ、先生……」
今までいろいろ聞いたと思っていたが、まだ恋愛やらかしエピソードがあったとは……。
「あのときは若かったし、素顔で過ごしていたんで、寄ってくる生徒が多くて。どの生徒も可愛かったんでハーレムにしなきゃしょうがない状態だったんですよね。だからあんなに怒られると思ってなくてびっくりしましたねえ」
もうどこから突っ込んだらいいのかわからなかった。先生こそしょうがない人だと思う。
「先生それでよく校長先生になりましたね。校長先生ってすごく出世じゃないですか?」
「まあ、私と付き合っていた生徒は皆私に褒められようと魔法のレベル上げも勉強も熱心で、優秀だったんですよ。うちの学校は道徳よりレベル上げに重きを置いているのものですから、結局評価されてしまって」
「な、なんと……」
「校長になった頃には、だいぶ落ち着いてきてたんで、ハーレムも、素顔で過ごすのもやめたんです。だけど、恋愛とかを抜きにすると指導の仕方が難しくて苦労しましたね。ネルさんとか、トイくんが留年してしまったのはそういうことです。君たちの学年の特殊魔道士たちが、あの二人を引き上げてくれたので、本当に感謝してます」
先生は、真面目な顔で僕を見つめて微笑んだ。
「キルルくんも今レベル65ぐらいですか。人を殺せる日が近づいてきてますね。殺す相手の目星とかありますか?」
さすが、道徳度外視の学校の校長先生だ。さらりと殺人の話を始めた。先生もいろいろ問題はあれども、やはり僕にとっては先生の存在は有難かった。とはいえいじめてきたやつ全員殺す予定について先生に話すかどうかは、少し迷った。
「目星がないのでしたら、とりあえず死刑囚の執行やりますか? 今執行待ちの死刑囚が二人いますよ」
「えっ! やります!」
僕は思わず即答した。死刑囚なら殺してもなんのわだかまりも生まない。僕の心にはなんの迷いもなかった。
「キルルくん、君って子は……」
「え? なんですか?」
「いいえ。なんでもないです。レベル80になったら死刑囚のところに連れていきますから、よろしくお願いしますね」
と、先生は言った。
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