第83話 カランドのスランプ
学校に戻っても夏休み中でみんな帰省中だし、寮にいても退屈……と思っていたら、ロビーに人がいることに気がついた。
ロビーにいたのはカランドだった。一人でバイオリンを引いていた。
「カランド! 帰ってたの!?」
カランドは僕の姿に気づくと、バイオリンの手を止めた。
「キルル! 一応帰省したんだけど、音楽学校の課題もあるし、すぐ王都に戻ってきちゃった」
「そうなんだ。相変わらず忙しいんだね」
「忙しいっていうか……このところ音楽魔法のレベルが全然上がらなくってね。夏休みでもあまり気持ちが休まらなくて」
「レベルが上がらない? 音楽魔法を使う時間もないぐらい、音楽学校って忙しいの?」
「そうじゃないんだよ。音楽魔法は使ってるんだけど、なぜかレベルが上がらないんだよね。もう二ヶ月ぐらい上がってないんだ。まだレベル39だよ」
「え……?」
「『音楽魔法』って、使えば使うほどレベルが上がる魔法じゃないんだよ。ある日突然、一気にレベルが3上がったりするんだ。だから今までもレベルが上がらない時期ってあったんだけど、二ヶ月も上がらないってのはさすがに参っちゃって……」
「ええ!? そうなの!?」
僕は心底驚いた。「即死魔法」は使えば使うほど、つまり殺せば殺すほど上がるわけだが、「音楽魔法」は違うのか。全然知らなかった。
「『即死魔法』はひたすら使えばレベル上がるもんなあ。『音楽魔法』って大変なんだね。ていうか、カランドも、そんなに困ってたならもっと早く言えばいいのに」
カランドが驚いだ顔をする。
「夏休みに入る前に言ってくれれば、みんなで協力できたのに」
「ほんとだ、そうだね」
カランドも、いつも穏やかそうに見えるが、悩みがあってもなかなか表に出せない気質なのだろう。
「さっき弾いてた曲も音楽魔法なの?」
「いや、さっきのは音楽学校の課題だよ。作曲の課題」
「作曲!? カランドって作曲できるの!?」
「え? 音楽学校行ってたら普通に作曲の課題があるし、できるよ。そんなにびっくりする?」
「びっくりするよ! 作曲なんてできないよ! どうやるのかもわからないよ!」
「そっか、作曲は適当でよければすぐできるけどね。例えば……」
カランドがバイオリンを構えて何か弾きだした。暗くて陰鬱な曲が流れる。暗い曲が好きな僕にとっては心地良い曲だ。
「すごい! 良い曲だね! なんて曲?」
「今適当に弾いたから曲名はないよ。キルルに合わせて『即死魔法』って感じの曲にしたんだ」
「ええ! 今カランドが作った曲ってこと?」
「そうだよ」
「ええー!!」
「そんなに驚かなくても……」
カランドはくすくす笑っている。
「驚くよ! 僕なんて楽器も何も弾けないもん!」
「楽器って、ピアノも?」
「うん、ピアノも弾けない、ていうか、ピアノもバイオリンも弾いたことないや」
「僕の部屋にピアノあるよ。弾いてみる?」
カランドの部屋にお邪魔すると、大きなピアノがどーんと置いてあった。すごい。広い寮の部屋のスペースをなんていい感じに活用しているだろう。大きな鳥の首を飾って喜んでいる僕って一体……と思った。
「さっき作った曲、楽譜に書いたよ。弾いてみて」
楽譜というのを手渡されたが、僕は何が書いてあるのかさっぱりわからない。
「あ! もしかして、キルル、楽譜も読めない!?」
「うん、何がなんだか……」
「そっか、ごめんね、ええと、ここは、この鍵盤を押すんだよ」
僕はピアノの前に立って、カランドが指差した鍵盤を叩いた。ポーン、と澄んだ音が部屋に響く。
「それで、次はここ、それで次は……」
カランドに教えられながら、たどたどしく鍵盤を叩いた。途切れ途切れだけど、ちゃんとメロディらしきものが生まれてくる。
「うん、一応最後まで弾けたじゃない、キルル」
なんとか一曲弾いたが、とても疲れてしまった。
「ピアノって難しいね。カランドってすごいや……」
「そう……? 僕は家族も音楽家だったから、楽器なんてできて当たり前で、すごいなんて言われたことないよ。だけど、嬉しい。ありがとう」
なんと、カランドの音楽魔法はこの日一気に5上がった。僕に褒められたのが良かったのか、ピアノを教えたことで初心に帰ったのが良かったのか、原因はわからないが、カランドにはとても感謝されたのだった。
それにしても、レベルが上がる要因が不明って、なんだか嫌だなあ。僕は殺すだけでいいなんて、ラッキーだなあ。と思いながら、モンスターを殺して回る夏休みを過ごした。
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