第70話 自覚
僕の前に、女王様が立っている。仮面を被っていた。顔の上半分は見えない。見える部分の口元は穏やかに微笑んでいた。もう退位が決まっているだけあって、口元も首筋にも年齢を感じたが、肌は光を放つような神々しい美しさだった。
「あなたが『即死魔道士キルル』ですね。よくぞここまで来てくれました」
女王様は穏やかな表情と言葉で僕を迎え入れた。
「はい」
僕が緊張気味に返事をすると、
「『即死魔道士』とは思えぬほど穏やかそうな青年だこと。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
女王様の包み込むような暖かな雰囲気と相反して、女王様を護衛する戦士及び魔法使いは恐ろしく緊迫していた。僕の両端に整列した護衛達は僕を凄まじい目つきで睨んでいる。
「これ、お前たち、この子はまだ私に危害を加えることはできませんよ。そんなに怖い顔で取り囲むのはおやめなさい」
「は、はい」
やはり、この護衛達の物々しさは、普段通りではないのだろう。「即死魔道士」という肩書きから、僕を危険人物と見なして見張っているのだ。
「特殊魔道士が強すぎず弱すぎずの時期を狙って謁見を行おうとしている」というトイの言葉にものすごく合点がいった。入学したばかりの僕が、この扱いを受けたらショックを受けていただろう。そして人を殺せるレベルの即死魔法を身につけていたらもうここには立てない。今がちょうどよかったのだ。僕は、護衛達の厳戒な警備の様子を冷静に受けとめていた。自分が「即死魔道士」であり、恐れられる存在と十分自覚していた。
「『即死魔道士キルル』、学校生活はいかがですか。楽しいですか?」
女王様は穏やかな声で僕に尋ねた。
「は、はい」
「それは、よかったです。なにせ『特殊魔道士』はあの学校に強制入学になっていますから、皆さんが楽しく生活できているか、いつも気にかけています」
「あ、ありがとうございます」
「『即死魔道士キルル』、あなたは既に強力な力を持っています。今後レベルが上がればさらに、大きな力を手にします。その力、どうかこの国のため、人のために使っていただきたいのです」
「はい」
「私達は、あなたの力を封じることはできません。すべてあなたの心のに任せることしかできないのです。あなたがこの先も、学校生活を通して、この街、そしてこの国を愛してくれることを祈っています」
「はい」
女王様が校長先生に向かって目配せした。
「キルルくん、謁見は以上です。行きましょう」
「はい」
僕は女王様に深々とお辞儀をして、部屋を出た。短い謁見だったが、終わるとどっと疲れた。
「ふふふ、緊張したでしょう」
校長先生は僕に笑いかけた。校長先生はいつものピエロの顔ではなく素顔だった。さすがに女王様の前でピエロメイクというわけにはいかないのだろう。
「では、みんなで学校に戻りましょう」
僕は校長先生と、みんなが待機している部屋に向かう。
女王様に後光がさしているかのように見せるため光を取り込む荘厳な謁見の間。女王様の微笑みとお言葉。そして僕を睨む護衛達。束の間の出来事だったのに僕の頭に焼き付いて離れない。
僕はこの日のことを一生忘れないだろう。
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