第61話 依頼
それから数日後のことだった。僕は、いつものように即死魔法のレベル上げのため、学校の外に出たとき、
「キルルさん」
と呼び止める声がした。振り返ると、アレンが立っていた。
「アレン! どうしたの? 今日は、一人?」
「はい」
アレンは、この間遊んだ時より、心なしか表情が明るく見えた。
「今、お時間ありますか? 少し話したいことが……」
僕は快く話をを聞くことにし、道端にあったベンチに腰掛けた。
「ロッドとマントがあるといかにも魔道士って感じですね」
アレンは僕のロッドをまじまじと見つめながら言った。この間とは打って変わって爛々とした目で見つめている。アレンが生き生きとしてくれたのは嬉しいけれど、少し照れくさくなった僕は、本題に入ることにした。
「えっと、話ってなに?」
「単刀直入に言いますが、僕を殺してくれませんか」
「ええ!?」
びっくりした僕を差し置いてアレンは話を続ける。
「僕はこの間飛び降りて死のうとしましたが、軌道を変えられてしまい、ゆっくり落下したのですごく怖かったんです。なので、もうあの方法で死のうとは思えません。上手い死に方がわからず悩んでいましたが、キルルさんの即死魔法を見て感動しました。あれなら一瞬で死ねるから怖くない。僕は即死魔法で死にたいです」
「な……」
僕は、アレンと接点を持ったことを後悔した。やっぱり、即死魔道士の僕が死にたい人間と関わってはいけなかったのだ。
「アレン、魔法の素質がないのは気の毒だけど、だからといって死ななくてもいいじゃないか」
「ぶっちぎりに魔法の素質があるキルルさんになにがわかるんですか? 僕はなんの力もない自分に心底嫌気がさしているんです」
「アレン……だめだよ。やっぱり、君は殺せないよ。その理由では殺せない」
「どうしてです?」
「僕は、精霊が見えなくて、適性検査を受ける前から魔法の才能がないって決めつけられて、いじめられてたんだ。結果的には、一般魔法の素質はなかったけど即死魔法の素質があって魔道士になれた。だけど今も魔法の素質がない人が他人事に思えないんだ」
自分は魔法の素質がないだろうと思いながら過ごした期間があったから、僕は今も時々魔道士として過ごしているのが信じられなくなることがある。今のすべてが夢のようと言うか、魔法の素質がない感覚に逆戻りするときが今もあるのだ。
スーと、アレンは、「もうひとつの僕」なのだ。そんなアレンを殺せるわけがなかった。
「なにより、今の僕のレベルじゃまだ人を殺せないんだ。だから、今すぐ君の希望には答えられないよ。ごめん」
「……わかりました」
アレンはそれ以上は食い下がることなく、去っていった。
後日、スーの部屋に行ってこの話をすると、
「やっぱり、そうなったか……」
スーは、こうなることをある程度想定していたようで、さほど驚いていなかった。
「ああ、僕には、アレンを殺せないよ。どうにか、死ぬことは諦めてもらえないかなあ?」
スーは渋い表情で少し考えたあと、思わぬことを言った。
「……ねえ、そのアレンの依頼、いっそ引き受けたらどうかな?」
「どういうこと!?」
「僕さ、キルルが、僕をいじめていた奴らを殺してくれるって言ってくれたから、今があるというか、いじめのことをとりあえず忘れて明るく過ごせたと思うんだ。あいつらがまだ死んでなくても、そのうち死ぬんだと思ったら気が晴れたんだよ。ということはさ、アレンも、もう少ししたら楽に死ねる、と思えたらしばらくの間明るく過ごせて、そうして明るく過ごしているうちに、死ぬ気がなくなるかもしれないよ」
「……なるほど」
たしかに、この間僕の前に現れたアレンは、少し晴れやかな表情をしていた。もしかしたら、死ぬことはアレンにとって生きる希望になるかもしれない。死ぬことが生きる希望ってなんか変だけど。僕が即死魔法で殺人するにはあと一年ぐらいかかるから、引き受ければあと一年はアレンの自殺を引き止められるだろう。
「だけど、僕がレベル80になったとき、アレンがまだ死にたいって気持ちだったらどうしよう?」
「そのときはそのときで、何か理由をつけて断ればいいよ。ものすごい額の殺人依頼料ふっかけるとか」
「はは、いいね、そうしよう」
後日、スーの部屋にアレンを呼んで、依頼を引き受けるという話をアレンにすることにした。
「一応、依頼は引き受けることにするけど、実行するのは早くて一年後だよ。それと、いつでも撤回してくれていいからね」
僕がそう言うと、
「はい、わかりました。ありがとうございます」
アレンは、今まで見たなかで一番晴れやかな顔をして答えた。
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